第835話 “武”のエリアの最終エリアに到達を果たす件



 姫香と人狼の2度目の戦いだが、これまた凄い事になっていた。相手の人狼は、今回は酔拳っぽい奇妙な動きで間合いを外したり突然攻撃を仕掛けて来たり。

 おおっと驚いてそれに対応する姫香は、何故かちょっと楽しそう。フラフラの相手は、そんな姫香の攻撃を千鳥足で避けてしまって意外と凄い使い手かも?


 一方の護人は、階層主らしき盾と剣持ちの鎧のモンスターとやり合っていた。こちらもなかなかの強敵で、護人の“四腕”攻撃を丁寧に盾でブロックしている。

 その動きは、まさに武芸に秀でている者のそれで、何とムームーちゃんの魔法もその盾は封じてしまった。それに驚く軟体幼児、護人も同じく驚き顔で敵を観察する。


 鎧のモンスターは、恐らくはゴーレムやパペットなどと同じく魔法生物の筈である。それなのに、何と言うか人間臭い動きでこちらを翻弄して来る。

 鎧の中にゴーストでもいるのかも、そんな事を考えながら護人は《奥の手》とシャベルでの『掘削』スキルの併用で敵へアタック。驚いた事に、敵はそれすら盾で防いでしまった。


 『掘削』スキルが効かなかった敵など、今までの探索活動の歴史でいなかったかも……それともこの盾が凄いのか、まだ5層目の階層主なのに大ボス並みの緊張感である。

 さすが“武”のエリア、出て来る敵も猛者で固められているみたい。そんな事を考えながら、護人は敵の隙を窺いながらひたすら耐える作業。


 幸いながら、向こうの剣術はそこまで熾烈では無く、守り程には技術は及んでない。そしてついに、薔薇のマントのパンチも完璧に防がれ、そこから腹を立てたマントの暴走が始まった。

 以前に『雪竜の鱗マント』を取り込んだ薔薇のマントは、氷属性も操れるようになっていた。殴る度に凍って行く敵の姿に、ムームーちゃんもこれは好機と思ったのだろう。


 《氷砕》スキルをじんわりと、足元から忍ばせての秘かなサポートを行う軟体幼児。2体の秘密の合わせ技は、いつの間にかバッチリ決まって相手はたまらず氷漬けに。

 驚く護人だが、その時には《奥の手》と薔薇のマントのダブルパンチが決まっていた。そのままガラスを割るように破壊された敵将は、魔石(中)を落としてお亡くなりに。



 一方の姫香だが、周囲の敵もハスキー達が倒して少しだけ焦っていた。こちらもフィニッシュに持って行きたいが、予測不能な敵の動きはなかなかとらえるのが難しい。

 その内に、こちらを馬鹿にするような酔っ払いの動きにだんだん腹が立って来た姫香である。相手がその気なら本当に酔わせてやろうと、彼女は白百合のマントに命令を送る。


 実はこのマントの“空間収納&薬品散布”を、姫香はもっと極めようと以前から考えていたのだ。それを姉の紗良に相談したところ、薬品の候補を色々と貰う事が出来た。

 とは言え、劇薬の類いは姫香にも効果が及ぶと危ないので却下である。そうなると、なかなか有効な薬品は浄化ポーションや回復ポーション意外に思いつかない。

 そこで思い付いたのが、アルコール度数の高めのお酒である。


 これは意外と効くそうで、使う際には吸い込んじゃダメだよと紗良にも釘を刺されていた。まぁ、劇薬ほどにはダメージは無いのだが、急に肌や口から吸い込むとやっぱり怖いそう。

 その辺の取り扱いだが、白百合のマントはソツなく行ってくれたみたい。途端に酔っ払い状態になる酔拳使い、どうやら魔石生まれのモンスターも酩酊めいていするみたい。


 良い感じに酔拳で、姫香の攻撃をさばいていた人狼の拳法家だったのだが。本当に酔っぱらって、その場に腰から崩れ落ちる姿はちょっと哀れ。

 お酒も程々にとは思うが、この場合は強制的に酔っ払い状態にされた訳である。ある意味毒の付与より即効性のある薬品散布は、白百合のマントの新しい武器になるかも。

 そんな敵に容赦なく止めを刺して、これで最上階の攻防は終了の運びに。


「ふうっ、何とかなってくれた……紗良姉さん、例のお酒散布で敵を酔わせちゃえ作戦はバッチリ成功だったよ!

 白百合のマントも、ぶっつけ本番にしては上手くやってくれたかな」

「そっか、それは何より……あれっ、姫ちゃんの顔ちょっと赤くなってない? ひょっとして、お酒の成分吸い込んじゃったっ?」

「ああっ、本当だ……姫香お姉ちゃん、酔っぱらっているよ」


 そう評する香多奈は、酔っぱらった姉を面白そうに観察している。逆に紗良は、これは不味いとすぐに『回復』スキルで正常の状態へと戻す作業。

 そんな人狼も魔石(中)とスキル書を落として、なかなかの強敵だった事実が窺える。コイツもひょっとしたら、階層主の片割れだったのかも知れない。


 奥にも宝箱が置かれてあって、治療に忙しい姉達の代わりに護人と香多奈が回収作業を行う。今回も薬品や魔結晶(小)に混じって、面白い武器が幾つか入っていた。

 トンファーやヌンチャクもそうだが、盾や剣も良さそうなのが多くありそう。とくにあの高性能の盾が回収出来たら、今後の探索もはかどりそうで嬉しい限り。


 そんな事を話し合っていると、姫香の治療も何とか終わってくれた。ハスキーやペット達にも怪我は無いみたいで、これで5層エリアも完全制覇となりそうだ。

 ドタバタしたけど、ようやく折り返し地点と言った所。



 そうして臨んだ6層エリアも、構造はほぼ同じで八角形の塔建築のフロアだった。心得た面々だが、どっこい今度待ち構えていた敵はたった1体である。

 それを見て、逆にまごついてしまう来栖家チームはバカ正直と言うか根が真っ当ではある。道場のようなフロアにたたずんでいるのは、シャドウ族の武道家だった。


 何故に武道家だと断言出来るかだけど、その敵が道着を着込んでいるからである。その色は黒で、何と言うか敵役感がにじみ出ている気もする。

 そんな来栖家は、相談した結果その敵と戦う者を茶々萌コンビに定める事に。何より茶々丸は、シャドウ族とはとっても相性が良いし適役だとの判断だ。


 そこに萌を加えるのは、まぁ子供だから仕方が無いねって考えが大きい。再び仔ヤギ姿に戻っている茶々丸は、萌を背中に乗せて出番を貰えた事に上機嫌。

 やってやるゼとひづめをかき鳴らして、今にも突進して行きそうな茶々丸に対して。萌の方は、いつもの平常心で槍を構えて敵を離れた場所で見定めている。


「そんな訳で、この層は1つのフロアに対して敵の配置も単数になってるみたいだから。こっちもチームから、候補をつのって戦う事にするよっ。

 トップバッターは茶々萌コンビだよ、頑張って行ってらっしゃい!」

「頑張るんだよ、茶々萌っ……トップバッターに選ばれたんだから、立派に務めを果たしてらっしゃい!

 敵も強そうだし、油断しちゃダメだよっ!」


 火に油を注いだ感のある激励に、茶々丸のヤル気はうなぎ登りで大変な事に。あまり言わなきゃ良いのにと、護人や紗良は内心では思っていたり。

 とにかく、期待して送り出されたチビッ子コンビは、先制で特攻をかけようとして途中で急ブレーキ。何故なら相手の道着姿のシャドー族が、丁寧にお辞儀をして来たのだ。


 アレッと言う顔付きの両者は、取り敢えず応じる様にお辞儀を返す。そんな仔ヤギと仔竜の姿は、傍目から見ていたらちょっと可愛いかも知れない。

 それはともかく、いきなり『突進』でケリをつけようと思ってた茶々丸は肩透かしを喰らった表情。一方の萌は、抜け目なく相手を見定めている。


 そこから拳法の構えを取るシャドー族、影の身ながらなかなかの所作である。それを受けて、仔ヤギから降りて無手になって応じる萌はやや過剰演出かも。

 茶々丸も驚いて、それがマナーなのって隣で戸惑っている。そんな中、武器を持たない両者の手足を使った格闘戦が唐突に始まってしまった。

 チビッ子萌も、シャドウ族を相手になかなかの動き振り。


 そして背後からは、頑張れーとかやっちゃえとかの家族からの熱い声援が。小柄な萌だが、敵の拳や蹴り技への対応は器用にこなしている。

 それを見つめる茶々丸も、呆気に取られてこの戦いは何だって表情。別に相手の作法に応じる義務は全く無いのだが、家族はそれを当然のように熱い声援を送っている。


 シャドウ族と言うのは、元々が影が動いているので顔も手足も視覚で捉えようと思ったらなかなか大変だ。それなのに、萌は相手の蹴りや殴り攻撃を持ち前の感覚で全ていなしている。

 さすがと言う他ないけど、その終わりも意外と呆気無かった。


 向こうも拳法使いとして、素晴らしい体さばきで称賛に値するレベル。ただし、一連の動きでつい茶々丸に背を向ける瞬間があったのだ。

 しかも、仔ヤギとの距離はほんの2メートル程度で、要するに隙だらけの背中を敵へと見せた訳だ。なので、この後の顛末は仔ヤギを叱るのも筋違いだろう。


 つまりは反射的に、茶々丸は敵の無防備な背中に思わず『突進』をかましてしまったのだ。可哀想な拳法使いのシャドウ族は、仔ヤギの角に体を貫かれてお亡くなりに。

 アッと言う言葉が、戦いを見守っていた面々から発せられたのは仕方がない。ただまぁ、当の萌はその勝利は当然だって顔付きで、その場で頷いて拳を仕舞う仕草。


 何だか格好の良い子竜だが、聴衆の反応はイマイチと言うバツの悪さ。茶々丸もさすがにその空気には敏感に反応して、勝ちは勝ちだよってアピールも無し。

 それを取りまとめるように、優しい紗良がお疲れ様とその場を取り仕切る。


「うん、まぁ……アレは仕方が無いよね、敵が隙を見せちゃったんだし。茶々ちゃんは悪くないよ、気を取り直して次へ行こうか!

 怪我もしていないみたいだし、それが一番だよねっ、うん」

「まぁ、みんながそれでいいなら……でも萌の動きは、習っても無いのにちょっと本格的だったね?

 何でだろう、どっかで練習してたのかな?」

「う~ん、雰囲気で手合わせしてみましたって感じだった気もするけど。取り敢えずは無傷で勝てたし、良かったんじゃ無いかな?

 茶々丸に関しても、あれはあれで良かったと思うよ?」


 敢えて空気を読まなくても良いでしょ派の姫香は、そんな感じで仔ヤギの肩を持つのであった。護人も同じく、怪我なく次へ進めるなら怒る案件でもない。

 そんな感じで、来栖家は階段を上って次の2層のフロアを覗く。そうして見たのは、やっぱりたった1体で通せんぼ役を担っている獅子獣人だった。


 手には大剣を持って、まさに“武”の体現者のようなたたずまいはとっても強そう。それを見た護人は、今度は自分が行こうかと名乗りを上げる。

 その時、獅子獣人の隣に牛ほどのサイズのオスのライオンが召喚された。金色のたてがみのそいつは、やたらと目立っていてこちらも強敵の部類かも。


 それを見て驚く一行、ただしレイジーは歓迎の仕草で勇んであるじの隣へと躍り出る。確かにこれで不公平は無い、後衛からも頑張れと声援が飛んで来ている。

 そしてまたもや、敵の獅子獣人のお辞儀からの大剣の構え。護人も一定の敬意を払うように、静かに構えを取って戦いにおもむく姿勢を表示する。


 ところが大獅子とレイジーは、礼儀より敵の血を見たいとの血気盛んなぶつかり合い。大型肉食獣の喧嘩のように、取っ組み合いから激しい攻防が始まった。

 敵の大獅子の咆哮は、ドラムのように魂に恐れを叩き込む振動を発していた。それを浴びた後衛陣が、思わずしゃがみ込む程でその強さは推して知るべし。

 そして恐らくは、獅子獣人も全くあなどれない強敵のようだ。





 ――その両者が、弾かれたように己の武器を撃ち合わせ始めた。






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