第831話 知識のエリアを順調に攻略して行く件



「ところでここのエリアのテーマだけど、改めて“知”とか“知識”でいいかなっ? 図書館エリアや実験室とか、いかにもそんな感じだもんね。

 “鬼のダンジョン”は色々とテーマがあって面白いよねぇ」

「そうだな、ひょっとして報酬もそっち系だったら嬉しいんだが。取り敢えず分厚い本の類いは、結構宝箱や本棚から回収出来てるな。

 出来れば、ライトな小説やコミックも何冊か回収したいよな」

「本当だよねっ……姫香お姉ちゃんなんか、参考書を見た途端に鳥肌立ってたもん! 戦闘や仕掛けが大変な分、ダンジョンはもっと探索者の喜ぶ報酬を用意するべきだよっ」


 そう言っていきどおる香多奈は、姉の姫香からの拳骨げんこつ制裁を華麗にけて顰蹙ひんしゅくを買っている。騒がしい後衛陣に、ハスキー達が呆れてこちらを窺う素振り。

 確かにこんな馬鹿みたいな言い合いで、探索を中断するのはよろしくない。そんな訳で、護人は進むべき方向を見定めて出発の合図を出す。


 今回のエリアは、割と大き目の部屋が連なってエリアを構成しているようだ。さっきみたいな巨大図書館仕様ではなく、進むべき方向は分かりやすくて助かる。

 ハスキー達も心得たモノで、先行しながら敵の気配や罠の設置を探っている。そして隣の部屋へと移動を果たして、さっそくの敵のお出迎えに対応。


 今回もホムンクルス兵がメインだが、中にはキメラ型の動物も混じっていた。ヒツジとワニか何かの混成生物やら、人間タイプにカニのハサミやトカゲの尻尾が生えていたり。

 奇妙な生物のオンパレードで、マッドな実験が行われているって設定なのだろうか。勘弁して欲しいよと、子供たちは愚痴ぐちりながら討伐戦のお手伝い。


 長女の紗良などは本気で怒っていて、錬金術をこんな生命の冒涜ぼうとくに使うべきでないとの発言。こんなに怒る紗良は珍しく、ルルンバちゃんなど隣でビクビクしている。

 そんなキメラの強さだが、1層の雑魚より確実に強くなっている感はある。それでも癖の強いキメラたちも、ハスキー軍団に掛かれば雑魚扱いである。

 順調に数を減らして、この部屋の安全も確保に至る事が出来た。


 と思った矢先、ナニか来るよと末妹の鋭い叫びが室内に響き渡った。その声に周囲を見渡す一行だが、確かに室内の空気が一瞬冷え込んだ気配が。

 何事と、焦る来栖家チームに襲い掛かって来たのは、何と透けた羊の幽霊だった。メェーとの哀愁を誘う鳴き声は、一行にしびれるような弱体効果を与える。


「うおっ、コイツ等は羊のゴーストかっ!? 初めて見たなっ、鳴き声に特殊効果があるぞっ……反撃とフォローを頼むっ、紗良っ!」

「り、了解しましたっ……前方に《浄化》スキル行きますねっ!」

「ルルンバちゃん、水鉄砲だよっ……後ろから襲われないか、一緒に見張ろう!」


 香多奈もナイスな対応をしてくれて、ついでに紗良の《浄化》で2体の霊ヒツジが撃破されて魔石へと変わって行った。護人も『ヴィブラニウムの神剣』で1体ほふって、半透明の敵の次の襲撃に備える。

 そんな襲撃は数分間に渡って続き、時折発されるメェーと言う鳴き声に苦しめらつつ。何とかしのぎ切って、転がった魔石(小)は実に11個。


 危機が去ったのを確認した一行は、ヤレヤレといった表情でお互いに怪我がないかの確認を行う。香多奈とルルンバちゃんは、落ちた魔石を拾って羊の霊に文句たらたら。

 あの弱体効果の鳴き声は無いよねと、文句はその一点に尽きるらしい。羊ってウチでは飼って無いよねと、姫香の興味はちょっと別にある模様。


 紗良はお得意のウンチクで、羊と山羊ヤギの違いについて妹達に解説してくれた。例えば角の生え方か違うとか、羊は群れる動物で平地を好むけど、山羊は山岳地帯に生息して木登りも可能だとか。

 羊は群れるので多頭飼育がしやすく、羊毛や肉を目的に飼われる事が多い。一方の山羊は、牛と同じく乳や肉だがお肉に関しては臭みが強く、現在は一部地域のみしか食べられていない。


 そうなんだと、茶々丸を見ながらの末妹の返事に、ウチは乳のみだよと護人は弁解口調。そもそも山羊は、牛や羊ほど餌や手間が掛からず飼育が容易なのだ。

 他にも山羊にはでたらめな所があって、雄ヤギが乳を出す事がたまにあるらしい。そうなのとビックリする子供たちは、茶々丸を眺めて何やら期待する素振り。


 その視線に、尻込みする仔ヤギは真っ当なリアクションには違いない。護人も同じオスとして、先に進むよとフォローして探索再開を一行にうながす。

 そんな訳でヤギとヒツジ論争は、一旦の終着を迎えて来栖家チームは次の部屋へ。そこも実験室のような割と広い部屋で、壁際は本棚で埋め尽くされていた。


 それは良いけど、炎系のスキルが使い難くて仕方がない。ダンジョン仕様を信じるなら、延焼はしないかもだが常識が邪魔をしてしまう感じ。

 お陰でレイジーも自重して、いつもより暴れる姿に迫力がない。一応は、愛用のほむらの魔剣を使っているけど、炎のブレスは許可待ち状態である。


 それでも、雑魚の討伐には特に苦労していないハスキー軍団は自力も強いって事だ。ツグミとコロ助も、何となく室内エリアに遠慮して動きはおしとやか。

 次の部屋にいたホムンクルス兵も、キメラ仕様でちょっと不気味な容姿の敵が混じっていた。それに構わず、前衛陣は敵を減らして行く作業に従事して行く。


 姫香と茶々萌コンビも、後れをとるモノかと奮闘して敵を倒して行っている。そして数分後には、この室内で動く敵は全て魔石に変わっていた。

 その後に室内のチェックをする一行だが、実験用具を持ち帰るのは余り食指が湧かない。紗良も同様みたいで、恐らく毒入りの薬品瓶に顔をしかめている。


「まぁ、別に欲しい物が無ければ無視してもいいよね……奥に行けば、もっとマシな回収品があるよ、きっと。このダンジョンも癖が強くて、先が読めないけど」

「本当だな、さっき命名した“知識”エリアだったか……それを念頭に推測するに、本系や人造人間系が出て来るのは納得かな。

 この奥も、恐らくそんな仕掛けと敵が出て来そうだね」


 そんな事を話し合う護人と香多奈は、次の部屋への期待と警戒を口にしながらハスキー達にゴーサインを出す。それに従って、チームは再び前進を開始する。

 お隣りの部屋だが、入った途端に他とは様相が違うのがすぐに分かった。随分と広い間取りとなっていて、太い柱やはりが巡らされているのが目に入る。


 細々こまごまとした実験用具は端に追いやられ、壁際の本棚は相変わらず賑やかなオブジェのよう。それより柱に紛れて、大量の人の入れそうなカプセル容器はホムンクルス兵製造機だろうか。

 趣味が悪いったらないが、先に出現したのは実験用白衣を着たパペット兵の群れだった。手にしたノコギリや斧は、一体何を斬るためだろうと嫌な想像をしてしまう。


 ハスキー達は構わず突進して行って、その点は有り難い限り。姫香もサポートしながら、奥のカプセルにもしっかり注意を払っている。

 その時、稲光のような閃光が一瞬だけ室内を襲った。上を見れば高い天井には、明り取りの窓が広くしつらえられている。もう一度、今度は雷鳴付きのこの演出は一体ナニ?


 それは意外とすぐに判明して、部屋奥の装置が突然に作動したみたい。遠くて良く見えないが、実験ベッドが置かれていて、その上に横たわっていた者がゆっくりと起き上がる。

 フランケンさんだと、香多奈がまずは驚きのリアクション。どうやら階層主らしいが、何とも過剰な演出に思えなくもない。とは言え、抑え込む者は必要だろう。


 護人が名乗り出ようとした所、沈黙を守っていたカプセル容器の割れる音が各所から響いて来た。どうやらホムンクルス兵も、遅い起床を果たしてパーティに参加を決め込む模様。

 しかもその数は、軽く20体近くいそうな雰囲気。


「うおっ、あっちも多いな……仕方ない、あのボスの抑え込みはルルンバちゃんに頼んでもいいかい? 俺とムームーちゃんは、ホムンクルス兵の討伐に当たるとしよう。

 後衛陣は、それぞれフォローを頼んだよ」

「了解っ、ミケさんも暇だったら程々に参加していいからね……でも室内エリアなんだから、やり過ぎはダメだよっ。

 ミケさんが暴れると、戦っているみんなにも被害が出ちゃうからねっ!」

「うんっ、ハスキー達もパペット兵をほぼ撃破出来たかな……あっ、奥からガーゴイルが追加で出て来たみたいっ。

 5体くらいいるね、向こうももう少し時間が掛かりそう」


 各所で敵が出現して、恐らく最終フロアの戦いは大掛かりな戦闘に展開して行きそう。それでも押せ押せの来栖家チームは、新たなホムンクルス兵の群れにムームーちゃんが《闇腐敗》スキルをぶっ放した所。

 先制での範囲攻撃に、思い切り怯むホムンクルス兵達である。今回も様々な魔改造をほどこされたそいつ等は、それでも腐敗スキルに耐性は持っていなかったみたい。


 今回はオートマタ鎧の出番は無いかもだが、軟体幼児の本領発揮はやはり魔法である。確実に遠隔ユニットの幼児スライムは、この先はどんな進化を辿たどるのやら。

 それはともかく、弱った敵を“四腕”で粉砕して行く護人は他のメンバーも気になって仕方がない。特に階層主を任せたルルンバちゃんだが、果たして平気だろうか。


 護人の方には手数があるので、数の多いこちらを選んだけど向こうの敵の方が明らかに強そうだった。とは言え、ルルンバちゃんの強さを信じていない訳では決してない。

 だけど、香多奈がフランケンと呼んだ敵の実力が未知なのも確かである。



 そのルルンバちゃんだが、末妹の声援を受け張り切って3メートルを超す人造人間と対峙していた。継ぎはぎだらけのその肉体は、青白くてとっても不健康。

 体格は良いけど、そんなに強そうには見えないとの子供たちの推測はしかし大外れ。不用意に近付いたAIロボを、そいつはワンパンチで揺らがせたのだ。


 何しろ魔銃もろくに効かないこの階層主、それなら近付いて殴り合いだとの思考は仕方がない。計算外だったのは、その規格外のパワーだった。

 ふらつく機体に、更に追撃の拳が見舞われる。外装がへこみそうなその膂力りょりょくは、さすが改造人間と賞賛すべきだろう。


 ただし、ルルンバちゃんの意地はそれを上回ったようで、魔導ボディから反撃のパンチが繰り出される。その威力は、敵の階層主に負けず劣らずで相手はたまらずノックダウン。

 腰の入ったいいパンチだよと、末妹に褒められたAIロボは束の間有頂天に。そして相手から、転がったままの態勢で反撃のりを喰らって、こちらも引っくり返りそうに。


 油断しちゃダメと紗良にたしなめられ、気合を入れ直すAIロボ。立ち直ろうとした相手を見定め、近距離からのボディプレスを見舞ってやる。

 これはたまに子供たちが、遊びで敷きわらの上でやってるプロレスごっこからヒントを得た技である。ただし、彼の超重量を喰らった相手は目が飛び出すほどのダメージを受けた模様。


 末妹の香多奈も、うわぁと叫んで禁断の技が飛び出しましたとか思わず実況モードに。それから、ワンツースリーとカウントを取る仕草……スリーのタイミングで、何故か敵は都合よく魔石に変化してくれた。

 恐らく気力が絶たれたのだろう、そして勝利のガッツポーズのルルンバちゃんであった。



 他の戦いも、おおむね来栖家チームの勝利となってこのフロアの制圧は完了の運びに。フランケンは魔石(中)とスキル書を落としてくれて、報酬もまずまずだった。

 探せば恐らく、この部屋のどこかに次の層のゲートと宝箱もありそうだ。戻って来るチーム員の怪我チェックを行う長女と、ご苦労様と皆にねぎらいの言葉を掛ける末妹。

 それからもちろん、ルルンバちゃんの活躍も忘れず家族に報告する。





 ――ただまぁ、あの禁断の技は封印すべきかなと、心中で悩む香多奈であった。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る