第829話 “鬼の報酬ダンジョン”の4つ目に挑戦する件



 そんな感じで、ようやく辿り着いた“鬼の報酬ダンジョン”のゼロ層フロアである。そこはいつも通りに、3つのゲートが好きに選べる仕様みたい。

 慣れた感じでここまで案内したハスキー達は、夜中の特訓でこの辺りも利用している可能性も。それは別に良いのだが、護人としてはちょっとソワソワしてしまう。


 手綱を操れる内は良いのだが、世の中には“変質”で狂暴化するペットの話が溢れ返っている。探索に連れ回しておいて言える立場ではないが、やっぱりその辺のケアは大事。

 それは子供達も充分に承知していて、姫香なども毎朝一緒のマラソンや体調チェックは欠かさない。そう言う意味では、家族の誰もが毎日何かしらのコミュニケーションを取っている。


 そんな愛に対して、忠義でむくいるハスキー達は今日も元気いっぱいである。ダンジョンゲートを前に、敵は全部自分達で倒すとヤル気充分。

 まぁ、それを本当にされると困るので、姫香も勝手は許さないつもり。特に探索中の怪我の多い茶々萌コンビは、しっかりと制御する予定だ。


「さて、それじゃあ3つの入り口のどれから入ろうか……香多奈、選んでいいわよ」

「じゃあ右の奴から、何か本みたいなマークが描かれている扉ね!」

「何だろうね、恐らくは中のエリアの特徴をマークにしていると思うけど。ひょっとして、本がたくさん回収出来るエリアなのかなぁ?」


 読書好きな紗良の夢見がちな言葉とは裏腹に、ハスキー達は行く先が決まったと勇んでそのゲートに突入して行く。それに一歩遅れて、姫香と茶々萌コンビが続く。

 それから後衛陣の、仲良く手を繋いでゲートイン。階段形式だとそれほど怖くはないが、ゲートの入り口はいつになっても怖い両者である。


 家族と全然別の場所に出たらどうしようと、そんな想像も脳裏をよぎってしまう。そんな訳で、姉に手を繋いでもらった末妹は反対の手を護人へと伸ばして行く。

 それを何故か握り返す、お茶目なルルンバちゃんだったり。


 そんな一団がゲートへ消えて、最後に護人がいつもの装備で潜って行く。肩には軟体幼児を乗せて、真っ赤な薔薇のマントを派手にたなびかせて。

 別に格好つけている訳ではないが、薔薇のマントは主人の見栄えを良くする演出が大好きなのだ。撮影役の末妹がいなくて本当に良かったと、何となく恥入ってしまう護人である。



 そして出た先の安否チェックを行うが、それはハスキー達も既に終えてくれていた模様。全員が一か所に固まっていて、その点はハブられずに済んで何より。

 下手をすると、既に探索が始まって前衛陣はここにいない可能性も。ところが中衛の姫香を含めて、出現したエリアに思い切り戸惑っているようだ。


「うわぁ、本当に図書館みたいなエリアだぁ……本がぎゅうぎゅうに詰まった本棚がいっぱい並んで、通路を作っている感じなのかな?

 レイジーに萌っ、このエリアは炎のブレス禁止だよっ!」

「まぁ、本を傷付けたくないし当然だよねぇ……あと、一歩間違ったら延焼してこっちが酷い目に遭いそうだもんねぇ」

「確かにそうだな、しかしこんな風変わりなダンジョンもあるんだなぁ。壮大だけど、これだけの本を持ち帰ったらやっぱり怒られちゃうのかな?」


 護人のその言葉に、子供たちは近くの本棚から本を取り出しての試し読みなど。そして判明したのは、本は本物だけど日本語以外だったり古かったりと持ち帰るには不適切って事実。

 探せば日本語の本もあるのだろうが、膨大な本棚を前にその労力は果たして報われるのかは謎である。そんな訳で、話し合った一行は普通に探索を頑張る事に。


 読書が趣味の護人や紗良は、後ろ髪を引かれる案件には違いないとは言え。まだ1層目と言うこともあって、下手に時間を掛け過ぎるのもよろしくない。

 ここは普通に探索に勤しんで、偶然趣味にあった本を適当に見繕みつくろうのが良さそう。そう結論付けて、ハスキー達に出発の合図を送る。


 とは言え、ハスキー達も本棚の迷宮などは初めてでどこを目指すか混乱している模様。取り敢えず敵の臭いを目指して、警戒しながら進み始めてくれた。

 それを追う中衛の姫香は、やや違う視点でこの妙なエリアを眺める。つまり“鬼の報酬ダンジョン”は、明確なコンテンツ分けが存在するのだ。

 それで言うと、このエリアは差し詰め“知識”とかそんな感じだろうか。


 少し後ろをついて来る後衛陣に、自分の推測を口にする姫香だが反応は様々。紗良は同意の素振りだが、末妹の香多奈はそんな単純なモノじゃないでしょと反論している。

 生意気なその態度に、いつもの姉妹喧嘩になる手前で護人の仲裁が。と言うより、ハスキー達がようやく敵と相まみえて戦闘に突入したみたいだ。


「あっ、本当だ……敵は定番のパペット兵かな、恰好から推測するに司書さんなのかもね? っと大変、ゴーストもいるみたい。紗良姉さん、水鉄砲の準備をお願いっ!

 茶々萌っ、支援に行くよ……マントちゃんは、浄化ポーション散布をお願い!」

「えっ、了解……姫ちゃん、水鉄砲持たなくて大丈夫?」


 せっかちな姫香は、白百合のマントに薬品散布を命じて本棚を透過して出現したゴーストに対する。慌てた様子のマントだが、何とか間に合って明らかに怯む敵のゴースト。

 それを華麗に、愛用の『天使の執行杖』で切り刻んで行く姫香であった。前衛の陣形にほころびは無し、安定して安全を確保しながら敵をほふっていっている。


 それから戦いを無事に終えて、ドロップ品を回収し始める面々。それを見た紗良は、萌とルルンバちゃんに浄化ポーション入りの水鉄砲を配布する。

 末妹の香多奈も、紗良が追加で制作した清浄&裂帛の『木の実爆弾』を手にして楽しそう。今度は自分が倒してやると、その自信は一体どこから出て来るのやら。


 それから探索を再開した来栖家チームだが、相変わらずどちらに進むべきかは分からない。巨大な図書館のような迷宮は、それだけ広くて雰囲気が物凄い。

 基本は木造のタイル張りの通路や、灯りの絞られたランプの列。見知らぬ文字で書かれた項目の表示板の並びや、ほんのり発する冊子の独特の匂い。


 幸い、魔法のコンパスのお陰で進む方向は分かるけど、距離までは分からず戸惑いながら進むハスキー達。それでも家族からは、敵は当然多いよねと変な信頼が漏れ出ている。

 つまりは、今までの経験から照らし合わせたパターン的な評価である。


「絶対にたくさん敵は出て来るから、油断しちゃダメだよっ、みんなっ! 特にここって、道の分岐があちこちにあるから囲まれちゃったら大変だよっ」

「まぁ、確かにそうだね……その上レイジーと萌は、炎のブレスを封印されてるもんね。でもクリアしたら、今回も性能のいい武器か防具を貰える筈だよね?

 ザジ達のチームも、儲かってくれるといいけど」


 一緒の時間に突入した女子チームは、既に恒例の編成で特に心配する程の事もない。陽菜やみっちゃんも、既にB級ランクに昇格してその腕前は周知の事実だ。

 今回は、星羅チームもこぞって参加しており人数的な不足も無し。あちらの“鬼のダンジョン”も敵の出現数は多いけど、稼いで戻って来てくれる筈。


 3層をクリアしたら通信してみるつもりだが、向こうから掛かって来たらちょっとショックかも。クリア時間を競うつもりはないけど、ライバル関係ってそう言うモノである。

 そんな話をしながら、しばらくは古い図書館のような通路を進んで行く来栖家チーム。時折出現するのは、司書姿のパペットやゴーストのセットのみ。


 そんな連中を退けながら、10分も進んだ先に不意にひらけた場所が出現した。それはちょっとお洒落な、図書館の読書エリアのような場所みたい。

 ソファとか整然と並べられているけど、何故かそれが四角いリングに見えてしまう不思議。そんな配置の中央には、3メートル級のゴーストがたたずんでいた。


 ようやく骨のありそうな敵が出たと、騒ぎ始める末妹だがゴーストに骨は無い。そのゴーストは、手に大きな紙切れを持って不穏な動きをしていた。

 何だろうと、水鉄砲を用意していた面々はアタックを躊躇ちゅうちょする。次の瞬間、その赤い紙切れは勝手に折り畳まれて折り鶴に変化した。

 そして宙を滑空して、一行へと襲い掛かって来る。


「うわっ、ビックリモンスターだっ、折り紙でどんどん手下を増やしてるよっ! ゴーストの癖に、変なスキル持っててずるいっ!

 みんな、さっさと本体のゴーストをやっつけて!」

「うわっ、折り紙の出来上がるスピードが半端なく速いねっ!? これは参ったね……兎とか、やっこさんの兵隊も出て来たよっ!

 炎のブレス……は駄目だから、片っ端から切り刻むよっ!」

「取り敢えず、一度は《浄化》スキルを撃ち込んでみますねっ! それで駄目だったら、追加でゴーストに攻撃をお願いっ、みんなっ!」


 この騒ぎの元凶の、ゴーストを一刻も早く倒そうと紗良も大慌てで《浄化》魔法を行使する。ところが折り紙ゴーストは、苦しむ様子を見せるも消滅はしてくれず。

 香多奈も張り切って木の実爆弾を投げ込むが、召喚された折り紙モンスターに全てブロックされてしまった。さすが召喚モンスター、あるじの護衛は万全である。


 そんな感じで、ハスキー達が乱戦に持ち込むも折り紙モンスターの数は10匹を超えてしまう有り様。炎のブレス禁止が、地味に響いて劣勢に追い込まれる結果に。

 それでも暴れる気満々の前衛陣は、気にする事無く薄っぺらな敵をほふって行く。武器やスキルを自在に使って、数の不利など全く感じさせない働きっぷり。


 茶々萌コンビも頑張って、ショートチャージで目の前の敵を穴ぼこにするのに夢中。それをフォローする姫香は、意外と手強いこの折り紙モンスターの止め刺しに必死。

 コイツ等は、パペット兵みたいに急所を叩かないと、穴を開けた位では消滅してくれない模様。それこそ、焼き払ったら楽に倒せるだろうに、炎無し縛りは意外と辛いかも。


「護人さん、コイツは紙に見えるけど、本質はパペットみたい! 核みたいな急所があって、そこを潰さないと破壊出来ないかもっ?

 炎は駄目縛りが、意外とキツイ敵だよっ!」

「仕方ない、炎のブレスを解禁しよう……俺のマントとムームーちゃんの水スキルで、万一延焼したら食い止める方向で行くぞっ。

 レイジー、なるべく低火力で敵を燃やし尽くせっ!」

「ゴーゴー、レイジー……萌も頑張れ、ついでにゴーストも燃やしちゃえっ!」


 末妹の『応援』を貰って、炎のブレスを持つ両者はヤル気満々で敵と対峙する。レイジーは出力を絞れとの指示を聞いて、新装備の『赤灼熱のマフラー』の使用に踏み切る。

 これは、炎を蛇化させて放つ事が可能な装備品である。ブレスのように炎が放射状に広がらないのは、とっても便利だし何なら数匹だって召喚出来てしまえる。


 そんなレイジーの機転のお陰で、数の優位で荒ぶっていた折り紙モンスターは途端に劣勢に。その隙に護人が、『ヴィブラニウムの神剣』で召喚主のゴーストの撃破に成功した。

 萌も不格好ながら、接近してのブレスで延焼被害を何とか抑えようと努力している。長女の紗良も、《氷雪》スキルで燃え散った折り紙の消化に尽力している模様。


 結果的に、レイジーの炎の蛇軍団は大活躍で、半数以上の折り紙モンスターを燃やしてしまっていた。ついでに火災もなく、この窮地きゅうちを脱する事に成功した。

 やったねと、家族からお褒めの言葉を貰って上機嫌のペット達。周囲には、折り紙モンスターが落とした魔石があちこちに転がっている。

 それを拾っていると、ソファの下に宝箱も発見。





 ――その報告に、やったねと盛り上がる子供たちであった。






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