第828話 パワーアップの検証に近場のダンジョンに潜ってみる件



 山の上の生活だが、11月に入る前に初雪も降って寒さも本格的に。各家も早々に冬支度を始め、年越しが初の異世界チームもテンションが上がっているようだ。

 そこはお隣りの凛香チームの子供たちが、作法を教えたり炬燵こたつや暖房用品を用意してあげたり。あれこれと世話を焼いて、冬の過ごし方を伝授している。


 そんな訳で、来栖家も参加しての大きな買い物に出掛けたり、恒例の餅つき大会を行ったり。鏡餅の用意はもう少し先だが、その予行演習はみんな喜んで参加してくれた。

 その中心の植松の爺婆は、子供たちに囲まれて楽しそう。護人に期待していた孫問題は、孫同然の子供たちが近所に増えた事で満足してくれている感も。


 11月の最初の日曜の青空市が終わって、来栖家の敷地内もそんな感じで慌しく過ぎて行く。それは探索業も同様かと思ったが、あれ以降は協会からの依頼も来ていない。

 前回の無茶振りは、そう言う意味ではレアケースだったのかも知れない。そもそもA級チームを担ぎ出す案件でも無かった気もするし、その辺は人のさに付け込まれた感も。


 と言うか、隣町のよしみとか人情を引き合いに出されたら、断るのも大変ではある。この件は無事に間引きも終わって、協会本部の方からも厳重注意がなされたとの話が伝わって来た。

 つまりは、A級チームを安く見積もるんじゃねぇよと。


「まぁ、田舎の発展を色んな角度から考えるのは大賛成だけどさ。継続が困難な商売とかだと、後でつまづいて大変な事になっちゃう可能性が高いじゃん?

 そう言う意味では、さっさと断った方が親切だったよね、護人さん」

「そうだな……そもそも俺も、地元の町の自治会でてんてこ舞いだってのに。よそ様の町の事まで、責任なんて持てっこないだろうに。

 そう思ったら、まだ町に探索者を誘致する計画の方がマシだって思えて来るよ」

「実際に結構増えてるもんね、ウチの町の探索者も。姫香お姉ちゃんも、ギルド員が増えて嬉しいでしょ?」


 まあねと返す姫香だが、あれでなかなかギルド運営に関しては苦労しているみたい。ギルド『日馬割』は緩い規則と仲の良さが売りで、その分誰でも入れる訳ではない。

 ちなみに、隣町への提出レポートを随分力を込めて書いていた紗良は、その出番が無くなって少し寂しそう。そのレポートより、協会本部の一喝でコトは全部済んでしまった模様である。

 そもそもA級チームが2組もいるギルドなど、広島中を捜しても『日馬割』だけである。そんなギルドが定期的に行っているのが、厩舎裏の夕方の特訓である。


 他にも余ったスキル書とオーブ珠の定期融通とか、お食事会とかお泊り会とか行事は意外と多い。それでもやはり、ほぼ毎日行われる夕方の特訓はギルドの肝であろう。

 参加するのは山の上のメンバーが主だが、月水金の勉強会に訪れる熊爺家の双子は、夕方まで待って訓練に参加する事も良くある。

 “大変動”で親を亡くした彼らは、どうやら身を守る力を求む傾向が強いよう。


 そもそもこの日馬桜町は、ダンジョン数が他の町と較べて段違いに多いと言う問題点を抱えている。そんな中で生活するのに、探索者としてのたしなみは確かに必要かも。

 そんな訳で、この町には末妹の香多奈と同じ年代の探索者の数は意外と多いと言う。しかも双子も新入りのりょうも、将来が有望の期待の星だったり。


 香多奈も秘かに、将来は自分のチームを持つのだと妖精ちゃんと計画を練っていた。そんな候補に入れられているとも知らず、切磋琢磨せっさたくまするキッズ達であった。

 そんな新入り達に関してだが、桃井姉弟を含めて3回目のお試し探索の準備は進んでいた。ただし、今回はお泊まりに来ている陽菜やみっちゃんも同行すると意気込んでいたり。


 これもギルドへの恩返しだとか、先輩として後輩の面倒を見るのは当然だとか。要するに、新人の実力が気になって仕方がないみたい。

 あとは可愛い後輩をかまってあげたいとか、そんな理由もあるのだろう。遼は嬉しそうだけど、果たしてあかね久遠くおんは何て思っているのだか。


 それに関しては、姫香も友達の暴走を止めるのは早々に諦めていた。仕方ないなと割り切って、桃井姉弟にも我慢して貰うしかないかなって。

 後ろから少々うるさいヤジとか飛んで来るかもだが、1度同行すればすぐ飽きてくれるだろう。と言うか、そろそろ過保護過ぎる保護者同伴も取り止めても良いかもだ。


 この辺は、リーダーの護人が子供たちの安全は第一の方針なので仕方がない。世間の目もあるし、姫香も別段に手間だとは思ってはいない。

 ただし、桃井姉弟にとっては信頼が無いのかと悩んでいる感じではあったので。この保護者同伴システムも、そろそろ取りやめを考える時期なのかも。




 そんな山の上のギルド『日馬割』だが、現在は尾道と広島市からお泊まり組が居座っていた。これは尾道組が『ワープ装置』をゲットしてから、毎月の恒例行事となっている。

 なので別段問題は無いのだが、彼女達は大抵が夕方の特訓だけでは物足りなくなってしまうのだ。その結果、師匠と仰ぐザジをそそのかして、近場のダンジョンに潜る計画を立てると言う。


 それに来栖家チームも巻き込まれるのは、何と言うか末妹の発言の強さだろうか。向こうばっかり探索に出掛けてズルいと言うのが、少女の言い分なのは毎度の事。

 ただし今回は、姫香もダンジョンでスキル検証がしたいよねと、妹の発言に前向きであった。先月も同時進行で、敷地内の“鬼の報酬ダンジョン”に潜った経緯もある。


 そんな訳で、ダンジョン内の報酬のゲットも視野に入れつつ、11月の第2土曜日に敷地内ダンジョンに潜る流れに。その気配を察知して、ペット達も興奮を隠しきれない模様。

 先月はあれだけ探索三昧ざんまいだったと言うのに、何と言うタフネス振りであろうか。もっともハスキー達は、家族で大好きな狩りが出来ると言う喜びが大きいのかも。


「それじゃ、紗良姉さん……お弁当を作ってくれてありがとう、大切に味わって食べさせてもらいます。それから香多奈、通信はいいけど頻度は程々にな?

 前回は多過ぎだ、こっちも集中して探索してるんだぞ?」

「サラッ、本当におにぎりにウメは入ってないニャ?」

「ザジは本当に、梅干しがトラウマだねぇ……それより、怜央奈や陽菜の事を頼んだよっ。まぁ、今回は星羅せいらや土屋女史も同行するから平気かな?」


 任せておいてと、姫香の言葉に今回は同行予定の星羅チームの面々は張り切って返答する。それもその筈、彼女達も新スキルを幾つか取得していたのだ。

 特に、来栖家チームが“浮遊大陸”から持ち帰ったスキル書とオーブ珠は、反応した者が多かった気も。やはり異世界産のスキル書は、反応が違う気がする面々である。


 尾道組は残念ながら新取得は無かったけど、土屋女史は《鉄壁》と言う名の盾スキルをゲット。そして星羅は、今までの苦労が実って『剣術』スキルを取得に至った。

 夕方の特訓でも、皆と一緒に前衛の訓練をこなしていた成果である。スキル自体は割と平凡だけど、持っているといないでは基本の動きが違って来る。


 斬撃に力も乗るし、さすがスキルは一味違う。聞いた話では、派生で必殺技なんてのも生まれる事もあるそうで、星羅は増々訓練に力を入れる始末。

 その成果をダンジョン探索で確かめたいと、今回もかなり入れ込んでいるみたいな彼女である。《蘇生》や『回復』スキル持ちの星羅の前衛は、色々と物議をかもしたモノの。

 本人が望むならと、割と自由な風潮のギルド『日馬割』ではある。



 ついでに言うと、来栖家も前回の探索で新スキルを取得したメンバーは多かった。宝珠を使用したツグミの《アビスドーム》とか、ルルンバちゃんの《並列思考》がその代表だ。

 妖精ちゃんの覚えた《女王冠》はともかくとして、何とミケもオーブ珠から《猫パンチ》と言う特殊スキルを得た。縮まらぬ差に、悔しがる妖精ちゃんは一体ナニと戦っているのやら。


 ついでにまだまだ仔グリフォンのヒバリも、『飛翔』スキルを取得した。初のスキルゲットに、子供たちは大いに浮かれてヒバリを褒めそやす素振り。

 唯一の有識者の顔をした妖精ちゃんも、モンスターの成長は早いからなぁとしたり顔。確かに自然界では、肉食系も草食系も1年もすれば自分で餌を取り始める。


 でないと生きていけないから当然だが、モンスターに関してもそんな感じと考えて良いのかも。そもそもグリフォンは幻獣なので、そこに当てまるかも不明と来ている。

 ちなみにヒバリの食事は、今や離乳食を卒業して何でも食べるように。ハスキー達のペットフードも美味しそうに食べるし、家族の与えた御飯も普通に食べる。


 むしろ食欲旺盛おうせいで、大丈夫なのかなと心配になるレベル。それでもすくすくと成長しているので、まずは一安心と言った所だろうか。

 ただし、リッチ王から融通して貰った《巨大化》と《変化》の魔法アイテムの使用には苦労している模様だ。ついでに初めて覚えた『飛翔』スキルも、使いこなすには至っていない。

 まだ精々、5メートルの距離を飛べたら良いかなって程度である。



「そんな訳で、今日もヒバリは連れて行くけど、危ないから紗良姉さんと香多奈の側を離れちゃダメだからね?

 ルルンバちゃんも、ちゃんと面倒見てあげるんだよ」

「そのルルンバちゃんも、覚えた《並列思考》をまだ使いこなせて無いもんねぇ。今日も予備パーツは置いて行くのでいいかな、叔父さん?」

「そうだな……試すとしたらドローン形態と本体の分離から、両方を操る感じの所からかな? それがスムーズに出来るようになれば、“浮遊大陸”で貰った防護用の魔導ボディも使いこなせるようになるさ。

 慌てる事は無いからね、ルルンバちゃん」


 護人に優しくさとされたAIロボは、了解と両手をあげてのリアクション。足元を駆け回る仔グリフォンの事は、コイツの面倒見るのかぁとか厄介に思っているかもだが。

 そんな事はおくびにも出さず、今日も頑張る表明を周囲に振り撒くルルンバちゃんである。魔弾の補充も機体のメンテも家族にこなして貰った彼は、ハスキー達同様に探索には超前向きに張り切っていた。


 そんなハスキー軍団も、肝心のツグミが未だ新スキルの修行中でやや心許こころもとない感じ。まぁ、大幅に戦力アップは為されてないけど、元が破格の戦力なのでそこは問題は無いとも。

 ザジ率いる女性チームも、用意は出来たと敷地内のダンジョンへと別れを告げて歩いて行った。こちらも準備は出来ましたと、紗良の言葉に来栖家チームも動き出す。


 ハスキー達は、全て心得ているように一行をもう1つの敷地内のダンジョンへと案内する。茶々萌コンビがすかさずそれに続き、今回も先陣に混ざる気満々だ。

 このコンビは、前回での探索で特にスキルも装備も変更は無い。なので子供たちとしては、いつも通りに適当に頑張ってと言う他なく。


「ヤンチャしたら駄目だよ、2人ともっ……今日は新しくスキルを覚えた人たちの、検証がメインなんだからねっ?

 まぁ、前回の探索で大抵は見終わってるけど」

「アンタ達は、今日も私と一緒に中衛の位置がいいかなっ? まぁ、ツグミの新スキルもまだ検証する程には使いこなせていないっぽいからね。

 ミケと妖精ちゃんのスキルも確認終わってるし、いつも通りでいいのかも?」


 そんな感じでの今回の探索なのだが、特に検証すべきスキルも実は残って無さそう。ヒバリに期待する訳にも行かず、ツグミとルルンバちゃんのスキルは、慣れるのにもう少し時間が掛かりそう。

 後はチームのパワーアップを、現場で検証するだけって感じだろうか。何しろこの“鬼の報酬ダンジョン”だが、敵の多さと強さは折り紙付きである。

 “浮遊大陸”で身につけた強さを、ここの敵で検証するのは良い案かも。





 ――もっとも向こうからすれば、はた迷惑なだけかもだが。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る