第827話 11月の青空市も盛況のうちに終わりを迎える件



 キッズ達が町の警護団の真似事をしている間、来栖家のブースもそれなりに繁盛していた。何しろダンジョン産と言え、シャンプーや石鹸が大安売りされているのだ。

 この期を逃すまいと、おばちゃん連中はその重さと相談しながら購入に列をなしている。それから、鬼の報酬ダンジョンで回収した暖房器具や冬用品も売れ行きは好調。


 電気毛布や靴下やマフラーに始まって、冬用のコートやちょっとお高めの服も売れてくれる。それから電化製品の、炊飯器やトースター、DVDプレーヤーとか携帯ラジオや湯沸かしポットも順調に買い手がついて行った。

 恒例となった解毒ポーションや解熱ポーションも、お昼の間に全てけてくれた。この辺は売れ筋商品なので、予定通りではある。


 売り子たちは交代制で、お昼を食べたり休憩中に屋台を巡ったり。異世界チームの面々も、土屋女史や柊木に案内されて青空市を見て回っている模様。

 お泊まり組の陽菜とみっちゃんも、すっかり青空市の売り子に慣れて客対応もソツなくこなせている。今も値引き交渉に、仕方無いなぁって感じで応じている所。


 これも実は技術があって、簡単に応じては相手ももっと値切れると思ってしまってよろしくない。こっちも苦しいけど身銭を切りますよ、負けたあって顔で応じるのが技である。

 そう紗良に教わった陽菜とみっちゃんは、おばちゃん連中にそれを実行中。オジサンたちになると、若いお嬢さんに値切り交渉などみっともないと提示額で買って行く人が多い。


 そして近所のおばちゃんからの、頑張っての差し入れも貰えるに至ると。2人揃って青空市の魅力に、どっぷりまって誇らし気な表情に。

 売り子に楽しみを見い出した2人を見て、まとめ役の紗良も満足気な顔でお昼のお好み焼きを食べている。車内に飽きたのか、ミケが外の様子を窺いに顔を出してニャアと人を呼んで来た。


「はいはい……今は護人さんと姫ちゃんは、異世界チームやご近所さん達と屋台を見回ってるよ。抱っこして欲しいのかな、ミケちゃん?

 寒いの嫌だもんね、私のお膝でいいかな?」

「相変わらずお猫様には甘いんだな、紗良姉……まぁ、前回の動画も凄かったから、私も逆らおうとは毛ほども思わないけど。

 それより、屋台を回り組はともかくとして、怜央奈の到着が遅いな」

「本当っスね、いつもはお昼前に来て一緒にご飯食べてるのに。一緒に来る広島チームに、何か用事があったとかっスかねぇ?

 せっかくB級に昇格した、私の勇姿を見て欲しいのに」


 悔しがるかなと、陽菜もC級に取り残された怜央奈の反応は楽しみらしい。そんな話をしている内にも、若い団体さんがバスケットボールやバッシュ、野球のグローブや卓球セットなどを買って行った。

 そしてお昼を過ぎた時点で、安めに設定したシャンプーとリンスやボディソープや石鹸は、全て売りさばける結果に。これには、紗良も笑顔でブースの再配置が忙しい。


 今度は入浴剤や靴類を頑張って売ってねと、売り子たちに容赦のない指示出しが飛んで来る。陽菜とみっちゃんは、紗良姉は黙ってご飯休憩しててよって表情で見返している。

 そんなブースにやって来たのは、すっかり常連のチーム『ジャミラ』の佐久間とその仲間たちだった。今月もエーテルをよろしくと、毎度の補充と共にリーダーの佐久間は掘り出し物を探す目付き。


 彼は中年だが、玩具やホビー用品に目が無いのを紗良は良く知っていた。そこで例のボードゲームやダイズを取り出すと、これは幻のって反応をする佐久間。

 それを言い値で買い取る彼は、とっても幸せそうな顔付きである。それを眺める陽菜は、冷ややかな表情だが誰も損してないのでまずは良かった。


 チームメイトの女性は、安く売ってる乳液剤や化粧水をこちらもご機嫌に購入してくれた。ついでに入浴剤も買ってくれて、良い感じに商品がけて行ってくれている。

 そうこうしている内に、屋台巡り組が上機嫌で帰って来た。姫香を先頭に、その後ろの人数は何故か出発した時の倍は増えている。どうやら、知り合いチームと途中で合流した模様だ。


 後ろにいるのは、ギルド『羅漢』のキッズ達やら宮島から来た『慈しマーズ』やらの若い衆が数名。それから広島の協会所属の宮藤と荒里もいるようで、どうやら護人に会いに来たみたい。

 そしてようやく売り子の交代、陽菜とみっちゃんが休憩だと伸びをしながらブースを立っている。彼女達は今から、紗良の護衛をしながら屋台巡りをする予定。


 一方の戻って来た姫香とザジ達は、午後も売り上げを伸ばすぞと張り切っている。土屋女史はコミュ障なので、そそくさと護衛役の後ろの席を占領して澄まし顔。

 連れて来られた若いチーム2組は、ブースの売り物を見てきゃいきゃい騒いでいる。それなりにお小遣いも持っているようで、何を買おうかと盛り上がっている。


「それじゃあ屋台巡りを楽しんで来てね、みんな。ブースの管理は任せておいて、ザジはともかく、あきらちゃんがいるから破綻はしないと思うよっ」

「何を言うニャ、ウチも売り子を頑張るニャ! 他の分野と言え、弟子たちだけに活躍をさせる訳には行かないニャ!」

「ザジちゃん、まだこっちのお金の価値を把握して無いじゃないっすか。ここは私に任せて、呼び込みをお願いしますよ。

 ほら、いらっしゃい~って威勢良く言う奴!」


 柊木にそう言われるも、ブースの売り子席をテコでも動かないザジは強情者には違いない。仕方なくの3人体制を、心配そうに見つめて去って行く紗良であった。

 その後ろでは、何やら護人とひそひそ話を始める広島の隠密部隊の2人。もうすぐ甲斐谷チームが青空市に到着するので、会合を開きたいとの話である。


 騒がしいブースを避けて、大人たちはキャンピングカーの中へと避難する。それに当然の如くついて行くレイジーと、肩の上の定位置のムームーちゃん。

 そんな軟体生物を目で追う荒里は、触ってみたい感情を押し殺している気も。先に車内に戻っていたミケは、すっかりキャンピングカーの主の貫禄かんろくだ。

 闇の仕事を請け負う宮藤たちも、この小柄な生物の覇気には幾分緊張気味。




 そんな時間を過ごしていたら、ようやくいつもの市内からのメンバーが到着した。一緒にいるのは甲斐谷と“巫女姫”八神、それからギルド『ヘリオン』の翔馬とギルド『麒麟』の淳二である。

 それから見慣れない2人が自己紹介して来て、どうやら安芸太田あきおおた町の『芸北げいほくクラブ』ギルドのギルマスと自警団の団長らしい。互いに須磨すまと遠藤と名乗り、今回の会合にも参加するらしい。


 “三段峡ダンジョン”の間引きではお世話になりましたとの話から、どうやら初対面では無さそうだ。全く覚えていない護人は、それを顔に出さずに社交辞令に余念がない。

 どうやら今回の予知に関して、焦点のエリアと言う事で一度話し合おうとの流れみたい。『芸北クラブ』ギルドも、やっとこB級ランクが3名と言う小規模で、自警団も例に漏れず素人の集まりっぽい。


 その辺は日馬桜町も同じくで、どこもエリアの安全確保は大変みたい。そこに来て、積雪の時期にダンジョンが生えて来るかもって予知が舞い込んで来たのだ。

 地元としては、寝耳に水の青天の霹靂へきれきな案件には違いない。


「その点に関しては、A級の来栖家チームに西広島の関連は任せる予定でいるんだ。広島市の戦力は、冬の間は三原方面の間引きを行う予定なんでね。

 何しろ春の騒乱から、この地の協会はまだ復帰し切れてないからな。本当に、“ダン団”と“浮遊大陸”の残した傷跡は大きくて参ってるよ」

「協会の復興を含めて、事務的な案件も多く控えているから大変なのは確かよね。まぁ、お陰様で探索者を引退したら、協会の支部長のポスト程度にはつけるかしらね。

 それ程に雑事もこなさなきゃだから、察して頂戴」


 笑顔で話す八神だが、本当に探索以外の雑事は大変だってのが口調ににじみ出ていた。それを聞く翔馬や淳二も、手伝いに市内と三原を何往復もしているそうな。

 お陰で探索も最近は行けてないと、変な愚痴をこぼす始末である。小さいギルドは人手不足で大変なんだと、今や20人規模のギルマスの護人に羨ましそうな視線を向ける両者である。


 その自覚がちっともない護人は、ウチは姫香が頑張ってくれてるからと妙な言い訳など。それから、西広島の予知案件は精一杯頑張らせて貰うよとフォローの言葉を発する。

 その具体案を、安芸太田町の客人に披露する。


「こちらの態勢が落ち着いたら、冬になる前に安芸太田町のゲート式のダンジョンに、位置記憶にお邪魔させて貰います。なるべく、交通の便の良い所がいいかな?

 そうしておけば、『ワープ装置』で有事には到着出来ますから」

「なるほど、雪がどれだけ積もっていても、ほんの一瞬で応援に来て貰える訳ですか! それは本当に素晴らしい……どこが良いかな、ゲート式なら186号沿いの“芸北運動公園ダンジョン”が一番いいかなっ?」

「そうですね……“三段峡ダンジョン”や“龍頭峡ダンジョン”もゲート式ですが、山の中で不便ですからね。いやいや、A級やB級チームを幾つも抱える『日馬割』ギルドに、そこまでして貰えるとは本当に嬉しい報せですな」


 そう言って、明らかに表情の明るくなる安芸太田町の2人であった。午前の会合では、岩国チームも冬の予知に一緒に備えてくれるとの申し出もあった。

 そう言う意味では、横の繋がりも随分とこなれて来て護人としても嬉しい限り。青空市のチーム同士の会合も、すっかり恒例化する程にはなって来た。


 知らない内に来栖家チームとギルド『日馬割』の評判も上がっているし、護人としても頼って来る人たちの救済はなるべくしたい。そうすれば、いつかその善行が自分の周辺に戻って来ると信じて。

 それは別に、自分自身でなくて全然構わないのだ。ギルドの子供たちでも良いし、地元の町にだって別に構わない。横の繋がりとは、そう言うモノだと護人は割り切っている。


 それからスマホの番号の交換をしたり、細かな打ち合わせをしたりとの時間を過ごし。約30分の会合は、何とか無事に終了の運びに。

 ちなみにここまで遅くなったのは、怜央奈が陽菜とみっちゃんのB級昇格のお祝いに、自前のケーキを用意してたからだそう。何とも友達思いで、特に嫉妬はしていないとの事。


 今はブースにいる姫香達と、楽しそうに話しているようでこれでいつものお泊まり組が集合を果たした格好だ。ザジ師匠も、笑顔で弟子の合流を喜んでいる。

 もうすぐ戻ってくる予定の尾道組と、今月も敷地内ダンジョンの探索を頑張るぞと。ご機嫌にそう宣言する猫娘に、姫香が目立たないでよとたしなめの言葉を発している。


 キャンピングカー内の客人を見送りながら、そんなブース内の騒ぎを目にする護人。相変わらず子供たちは元気で、ブースの客足もまずまずな模様で良かった。

 ところが車を出る際の宮藤が、護人に近付いて内緒話のテイで話し掛けて来た。その内容は割と衝撃的で、何と例の天狗の目撃情報である。


「いやね、護人の旦那……我々も福山の一件で、怪しい影の情報は積極的に入手するようにはしていたんですよ。そしたら空を飛ぶ怪しい影が、最近はこの辺りに出没してるって話じゃないですか。

 鬼の情報情報とも違うし、護人の旦那は心当たりあるんじゃないですねか? どの道、人類に敵対しないのなら、動向を窺っておく位で良いとは思うんですが。





 ――とにかくこの町が天狗の予知の焦点かもです、充分にお気をつけて」







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る