第825話 11月の青空市も大盛況で客足も良い件



 2週間ほど前に初雪が降った11月の青空市だが、その日は快晴で穏やかな天気となった。晴れ女がいるせいっスねと、何故かみっちゃんは誇らし気な表情。

 来栖家の面々は、今日も朝から市場の準備に余念がない。宿泊組と熊爺家の子供たちとタッグを組んで、日馬桜町に訪れたお客様を持て成す気満々だ。


 そんな来栖家のブースは、いつもと同じ場所で何の問題も無し。売り子側の熊爺家のキッズ達も、段々と青空市の形式に慣れて来た模様。

 お泊まりの尾道組もヤル気満々で、お手伝いを頑張るぞとハッスルしている。そんな感じで、毎度の午前の野菜類の直売準備は進んで行く。


 さすがに朝は冷えるけど、各ブースの今日は稼ぐぞとの熱気はなかなかに凄まじい。客入りを直前にして、あちこちの屋台から騒がしい声があがっている。

 来栖家のブースも同様で、お釣りのチェックとか野菜のセット売り準備とか慌しい。今回も混乱を最小限に留めるよう、あらかじめこちらでセット販売をする予定。


「500円セットは、おひとり様1袋までで売るようにしよう……これなら、小銭でのお釣りの心配がグッと減るからねっ。

 なるべく重さは一緒になるよう、みんな袋詰めして頂戴ね!」

「了解っ、告知用の張り紙を作っておくねっ、紗良姉っ! 半端モノの袋の方は、確か300円で良かったよね?」

「ブースの上からどんどん商品が消えて行く筈だから、ウチらでガンガン補充して行けばいいんだな。

 さっ、双子と一緒に裏方仕事を頑張るぞ」


 そう呟いている陽菜は、接客は苦手だがヤル気は人一倍と言う風情をかもし出している。その点は双子も同様で、愛想は無いけどテキパキと動く姿勢は称賛モノである。

 そんな子供たちを後ろから眺めながら、護人はキャンプ道具を持ち出してのベース設定を完了させる。その背後にはキャンピングカーがあって、木枯らしを防いでくれている。


 そう言う点では安心だし、ブースは紗良と姫香に任せておけばよい。こちらはペット達と、いざと言う時の用心棒役をこなしておけば良い。

 他にも大人組は、異世界チームの面々も参加を決め込んでいた。ザジやリリアラは、フードをかぶって目立たない工夫を行っている。


 そのお付きと言う訳ではないが、土屋と柊木も隣の席に姿勢よく腰掛けていた。星羅もキャンピングカーの室内で、身バレしない様に念入りに化粧中。

 彼女に関しては、三原の“元聖女”だと誰かに知られたら大変な騒ぎになってしまう。ある意味では、ザジやリリアラ以上に注意しないと駄目な存在ではある。


 それでもずっと山の上生活は可哀想過ぎるので、最近は変装しての外出は定期となって来た。さすがに探索者が多く集まる遠征の際は、《変化》の魔法アイテムで誤魔化しているのが現状なのだ。

 その方法もMPを消費するので、なかなか大変には違いなく。化粧や簡単な変装で誤魔化せるなら、その方が何倍も楽ではある。


 その方法を模索しながら、星羅は現在行動範囲を広げている所である。この青空市は、不特定多数の人が大勢集まるので難易度が少々高いとは言え。

 短時間の間、屋台で買い物をしたりその辺を散策する位は許されると思う次第。最初の内は、土屋や柊木や異世界チームと行動を共にする予定でいるそうな。


 そのくらい慎重な方が、恐らく良いと思われる……何しろ星羅は、何と言うか不幸な星の下に生まれた気質が窺えるので。変に油断して、不手際を招くよりはずっと良い。

 その辺をよく理解している、普段一緒に活動しているチームの面々である。それから異世界チームの皆も、身分を極力伏せるって点では一緒である。


 そんな面々は、護人よりもっと背後でフードを深くかぶって待機中。接客や人込みは無理だが、青空市の雰囲気は楽しんでいる模様だ。

 人込みが落ち着いたら屋台巡りもする予定たし、護人が忙し時には用心棒も行うつもり。恐らく今日も、護人に面談を求める来客は何組か訪れる筈。

 様々な思いの中、11月の青空市は開催されるのだった――




「はいはいっ、押さないでちゃんと列を作って下さいね~! 個数制限あるので、今月も全員ちゃんと買えるはずですよっ!

 袋を手に取ったら、お隣りで清算済ませて下さいっ!」

「正規品も規格外の野菜の詰め合わせも、お1人様1個ずつですよっ! 充分に数があるので、慌てないで大丈夫ですよ~!」

「うむっ、半年前に比べると随分と秩序だって来てるな……前は売り子をしていても、命の危険を感じた程だったんだが」

「し~っ……陽菜ちゃんってば、小声でもそう言う事は言わないの!」


 年少の和香にそうたしなめられ、それは失敬とあまり反省していない様子の陽菜である。それでもテキパキと作業中の手だけは止めず、裏方で野菜の袋詰めを続行中。

 これがとどこおると、本当に売り子が客からの殺気にさいなまれ兼ねない。それだけ、購入客のおばちゃん連中は今もこの野菜購入に命を懸けているみたいだ。


 その大半に関しては、既に紗良や姫香も顔を覚えた常連さんである。遠くから電車に乗って来た客層も、割と多くて本当に頭の下がる思い。

 いや、向こうもこの青空市にうまみを感じて常連となったので、その点ではウィン×2の関係だろうか。そんな事を考えながら、紗良は笑みを絶やさずに接客に当たる。


 本来は人見知りと言うか、余り人前には立ちたくない性格なのにこの青空市は性格の変わる紗良である。本人もちょっと不思議だが、やり甲斐みたいなモノは確かに感じている。

 人間は生来しょうらい、社会性を有する生き物なのだろう。人との繋がりを何かしらで確認しないと不安で、紗良の場合はこの青空市の売り子なのかも知れない。


 ここで役立っている実感を得て、来栖家の長女の面目を保つ感じだろうか。それなりに儲けも出るし、社会貢献も出来る上に年少組の社会勉強にもなっている。

 こんな素敵なイベントは他にないと、接客中の紗良は思っている次第である。もっとも妹達からすれば、長女は今や家族になくてはならない存在に他ならない。


 家事全般に手抜かりの無い長女の紗良は、今や来栖家の大事な一員である。こんな青空市での売り子作業など、お役立ち度としてはほんの1割程度でしかない。

 姫香や香多奈は、だから紗良の青空市での入れ込み具合を、ただの趣味だと思っていた。楽しんでお金儲けをする姿を応援しようと、妹の立場でサポートする感じ。

 そんな意識のすれ違いを抱えたまま、午前の部は進んで行くのだった。




 ほぼいつも通りの時刻に、用意していた野菜類やら漬け物類は全部売れて行ってくれた。自然とブース前の混雑も解消して、ホッと一息の売り子たちである。

 お手伝いの陽菜やみっちゃんも同じく、胸を撫で下ろして嵐は去ったと呟いている。その点は、熊爺家のキッズ達も同様で何となくやり遂げた表情。


 ところが、香多奈を始めとするキッズ達は、これからが本番と顔を見合わせ頷き合う素振り。和香と穂積も、片付けを手伝いながら遊びに行く気満々である。

 今回もりょうと双子を誘い出して、屋台でお昼を買い込んでの秘密の探索と洒落込む予定。別の場所では、キヨちゃんやリンカも合流を待っていてくれてる筈。


「叔父さんっ、お手伝い終わったから遊びに行くお小遣い頂戴っ! えっと、今回はお手伝いの子供が全部で6人分だねっ!」

「ああ、ご苦労様……それじゃあ、いつも通りにお昼代込みで1人2千円でいいかい? 大きいのしか無いけど、ちゃんとみんなで分けるんだぞ」

「護人のオッちゃん、ありがとうっ!」


 元気な遼のお礼の言葉に、双子や和香と穂積もお礼の言葉を合唱する。それを笑顔で、楽しんでおいでと送り出す護人である。もっとも、護衛の手配には抜かりはないけど。

 いつものコロ助と萌は当然として、ドローン形態のルルンバちゃんも実は待機中。さすがに茶々丸の同伴は、イレギュラー要素が強過ぎて却下された。


 とは言え、どうしてもついて来ると駄々をねる仔ヤギを、仲間外れにするのは可哀想と言う事で。今回は帯同を許して、現在はキャンピングカー前でハスキー達と警護中である。

 役目を貰えた仔ヤギは、レイジーの隣でとっても嬉しそう。


 そのお陰か、相棒の萌がお出掛けして行っても特に不満を表明しない茶々丸である。その点は良かったけど、来訪客から見たらハスキーと一緒に地面に寝そべる仔ヤギは奇妙に映るかも。

 道行く人たちに驚かれるのは、脚を止めて貰えて販売の良い戦略とも言える。そんな来栖家のブースは、素早く様変わりして探索で回収した商品がズラリと並ぶ形に。


 そして姫香とみっちゃんの、威勢の良い呼び込みの声が響き始める。紗良と茜は、そろそろ休憩に入って屋台でお昼の買い足しをしようかと計画中。

 そこにやって来る、岩国チームのヘンリーやギルの巨漢コンビ。いや、鈴木や三笠や舞戻まいもどもいるのだが、巨漢に隠れてすっかりと目立たない存在に成り果てている。


 それでも彼らは礼儀正しく日本語で挨拶をして、お昼をおごるから後ろの机を貸してくれと交換条件を提示して来た。つまりは護人と話があるのだろうと、それを了承する姫香である。

 そして慌しくなるブースの後ろの休憩所、キャンプ用の机が並べられて紗良のお握りが持ち出される。そこに差し入れのお好み焼きと、焼きそばやフランクフルトの大量投下。


 そこにふらっと立ち寄った形で、ギルド『羅漢』の雨宮がやって来て声を掛けた。そしてついでにと、ブースに並ぶシャンプーや石鹸、ボードゲームを購入してくれた。


「ウちのギルドも子供が増えて、こういう遊びの道具は差し入れすると喜ばれるんだよね。実は追加で、この秋に新たに3名市内から受け入れをしてね。

 他にも何か、プレゼント的な物を置いて無いかな?」

「あっ、そっちも人数増えたんだ、おめでとう……こっちの新入りも顔はもう知ってるよね、一応は保護者同伴で探索デビューは果たした感じだよっ!

 あっ、プレゼントなら防御アップの『ダイヤの首飾り』とかどう?」


 魔法の装飾品も随分と各所で回収して、試しに青空市で売る事になった来栖家ブースである。そして姫香のトークで、見事に3つ売りで18万円の儲けが確定した。

 それを眺める新入りの茜は、これが探索者の横の繋がりかとビックリ顔。ついでに、探索者って儲かるんだなぁと、内心で認識を改めているみたい。


 彼女が昔に所属していたチームは、実力不足と搾取さくしゅのダブルパンチで生活に困窮こんきゅうするレベルだった。それが今や、毎日ちゃんとご飯を食べれて安全に配慮されて探索出来ている。

 その改善振りは驚くほどで、誘ってくれた土屋女史には本当に感謝しかない桃井姉弟である。そして買い物を済ませた雨宮は、来栖家の昼食会に参加を申し込んでいる。


 どうやら、ギルド『羅漢』の“夢見” 高坂ツグムの情報と、“巫女姫”八神の予知内容をすり合わせたい模様。そんな訳で、岩国3チームとの会合が始まる事に。

 西広島エリアの平和維持には、この戦力は頼もし過ぎる。





 ――新入りの茜からすれば、心の底からそう思う次第だったり。





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