第824話 B級になった尾道組が山の上に泊まりに来る件



 その日の朝から天気はぐずついて、雪だか雨だかが時折ちらつく感じ。肌寒さは今年の秋一番で、そろそろ本格的な冬が近くまで到来している模様だ。

 ちなみに、今年の初雪は積もりこそしなかったけどとっくに降っている。2回目の降雪が少し積もって、年少組は浮かれていたけどそれはすぐ溶けてしまった。


 そんな天候の中、陽菜とみっちゃんの尾道組が所定の位置についたとの報せがスマホから。それを聞いた来栖家の一行は、敷地内の“鼠ダンジョン”の前へ。

 この悪天候の中、車を駅まで運転しなくて良いのは地味に有り難い。特に姫香などが運転すると、助手席に座る者は恐怖で毎回絶叫するのだ。


 その点、ワープ装置を使っての行き来は、時間も節約出来て現代の旅行革命かも。今回も新鮮な魚をクーラーボックスに詰めて訪れた2名は、お世話になりますと元気に挨拶。

 それからルルンバちゃんに荷物を持って貰って、来栖邸へと田んぼのあぜ道を進んで行く。すっかり秋の様相の田んぼは、それはそれで哀愁があって良い景色だ。


 そんな中、来栖邸に近付いた陽菜は庭の世界樹の若木を見て元気だなとの発言。青々と葉を茂らせている若木は、どうやらこの程度の寒さはへっちゃらみたい。

 何とも強い生命力、さすが異界をまたいで成長する原種である。


「そう言えばそうだね、ずっとそこにあるからあんまり気にしてなかったよ。駅前の世界樹の若木も、まだ葉っぱは元気なのかな?」

「そうだね、アッチは今や町の名物になってちょっと大変だよ。低い葉っぱをちぎって持って帰ろうとする輩も出没し始めて、自警団も毎回パトロールしてるね。

 有名になるのはいいけど、マナー的な問題も起きちゃうとね」

「へえっ、そんな事が……ちなみに、葉っぱに何か特殊な効果とかあるんっスか?」


 残念ながら無いねとの発言は、錬金術を修行中の紗良から。リリアラや妖精ちゃんと研究してみたけど、どうやらまだ若木のせいか効能は特に無いそうな。

 或いは、こちらの世界の土が合ってないのかも……その辺の研究は、今後も続けて行くみたい。何しろ研究対象が、こんな近くにある恵まれた環境なのだ。


 それからB級昇格おめでとうとか、今夜はパーティだよとかかしましく話し合う子供たち。その勢いのまま、来栖邸にお邪魔して学校で勉強中の子供たちの帰りを待つ。

 その頃から美登利や小鳩は来栖邸を訪れて、お土産の魚を見て下準備を始める素振り。新鮮なお魚は、山の上だとなかなか巡り合えないのだ。


 その他の面々もボチボチ訪れて、お祝いの言葉や近況を質問したりとお客さんとのコミュニケーション。毎月の事なので、互いに変な壁は存在しないので遣り取りも活発だ。

 ザジなどすっかり師匠気取りで、夕方の特訓では成長具合を見てやるニャと鷹揚おうような態度。その辺も含めて、お泊まり会が楽しみだとの発言の両者である。



 そんな来栖家の敷地は、小学生たちが戻って来てから更に騒がしくなって行った。護人の麓への送迎で、植松の爺婆も一緒にお招きしたのもその一因かも。

 みっちゃんのお土産の鮮魚は、それだけたくさん量があったのだ。それをみんなで食べようと、いつもの来栖家主催の宴会が始まる予感。


 植松の婆も、到着してすぐに台所の作業へと参加して行った。植松の爺は、護人と一緒に来年の作付けの計画を敷地を回りながら話し合っている。

 その後ろをついて回る、レイジーと茶々丸とヒバリはまるでブレーメンの音楽隊のよう。ヒバリに関しては、お外の探索は勝手に1人ではダメといつも言われている。

 そのせいで、誰かにくっ付いて散歩する癖がついているみたい。


 茶々丸も良くお世話しているし、ペット間の交流は良好そうで何より。ムームーちゃんも、いつもの護人の肩に乗っかって敷地内の景色を堪能している。

 とは言え、秋も深い田んぼや畑は見ていても物悲しくなるばかり。冬野菜の白菜が、鍋への使用のためにキープされてるのがぴょこっとあるだけ。


 温室に関しては、既に紗良とリリアラの物になってしまって野菜は作られていない。それもまた増やすかなぁと、護人とお爺は話し合っている。

 例えはイチゴの栽培とか、子供たちはとても喜ぶだろう。市場に出しての反応は分からないが、この山の上は子供も多いのでやってみて悪くないかも。


 キウィの収穫もそろそろで、ジャムにしようと子供達も待ちびている感じ。そんな子供たちだが、年少組は遼も交えて元気に外を走り回っている。

 護人達が外回りから戻って来たら、年少組は姫香に言われて座敷の拡張を目論んでいた。毎度の混雑を避けようと、どうやら中庭に張り出しスペースを作るつもりみたい。


 今の時期、夜は随分寒いのでそれはそれで大変そう。それを何とか、魔法アイテムを流用して快適空間を作ってとの姉のお達しである。

 もちろん、それを利用するのは高確率で年少組に他ならない。それなら自由に作っちゃおうぜと、叔父のキャンプ道具や探索で仕入れた魔法アイテムを前に知恵を絞る子供たち。


「屋根はこれで問題無いね、カナちゃん……壁は別にいらないかな、ハスキー達が自由に出入り出来たら楽しいもんね。

 問題は、夜の寒さをどうするかって事だけだよね」

「あっ、それならこのアイテムで解決するかも……『鳥居の結界』って言うんだけどね、空気もある程度閉じ込めてくれるから夜の寒さも平気かも?」

「あったまる道具なら、『温暖の絨毯』とか『温保石』とかあるよねぇ。試しにその道具、ちょっと作動させてみようよっ!」


 ノリノリな子供たちは、そんな感じで自分達の夜の巣作りに余念がない。仕舞いには“浮遊大陸”の回収品の『浮遊石』まで持ち出して、お座敷を浮かせる計画まで始める始末。

 それはそれで楽しそうと、ザジやリリアラまで寄って来て案を出してくれている。そんな事をしていると、そろそろ厩舎裏の特訓を始めようとの声がどこかから。


 待ってましたと、運動着に着替えて意気込む陽菜とみっちゃんは既にヤル気満々。ザジ師匠を掴まえて、さっそくご教授願っている感じだ。

 その横では、香多奈が『泥ゴーレム製造機(魔)』を作動させて、楽しそうに子供たちで仮想敵との対戦を行っている。やはり魔道具も、1度使ってみないとその本当の性能は分からない。


 その観点で言えば、この魔法アイテムはそんなに悪くは無さそう。産み出された泥ゴーレムは、確かに強くはないけど核が破壊されない限り何度も再生してくれるのだ。

 キッズ達の練習相手には丁度いいなと、見守る護人も納得の性能。ちなみにもう1つの『無限湧きの温石』だが、こちらはとっくに露天風呂に取り換え済みである。


 何しろ薬効付きの温水の無限湧きである、これ以上の贅沢は無いって感じ。ただし、こちらの敷地内の露天風呂は、浴槽が1つしかないので現状は男女交替で入っている。

 男性陣はそれが不満で、近々もう1つ男性用の浴槽を作ろうと奮起している次第。何しろ女性陣の入浴時間は総じて長く、汗をいたまま30分以上待たされるのは苦行でしかないのだ。


 ちなみに、“温泉旅館ダンジョン”で入手した、ゆずや菖蒲しょうぶは既に露天風呂で消費済みである。季節外れだろうと、情緒を味わえればそれでオッケー。

 そんなキッズ達に混じって、特訓しているムームーちゃんやヒバリはやや浮いている感も。それでも本人たちは大真面目で、オートマタの操作や飛ぶ練習を家族に見守られながらこなしている。


「いいよっ、ヒバリ……今のは5メートルは飛べたかな、少なくとも鶏よりは立派だねっ。高さは気にしなくて良いからね、落ちた時に痛いから」

「ムームーちゃんの鎧の操作も、普通に歩くには堂に入って来たねぇ。ツグミちゃんの『アビスローブ』の操作より、しっかりしている感じがするよっ」

「ツグミの方は、珍しく苦戦してるよねぇ……何でもソツなくこなす子なのに。今回覚えたスキルのせいなのか、それともこのローブの運用が合ってないのかなぁ。

 ちょっと一度、隠れ里の工房に持ち込んでみた方がいいかも?」


 リリアラにも見せたけど、錬金術での強化はピーキーになる恐れがあると断られたのだ。兵器として運用するなら、安全な性能を引き出せる改造をこなした方が良いと。

 確かにその通りなので、この件は先送りとなった次第。お陰でツグミは、新スキル《アビスドーム》とこのマントの操作、どちらも四苦八苦して大変そう。


 そんな各々の特訓も、いつしか台所から漂って来る良い匂いに、皆が揃って気もそぞろになる毎度のパターン。それからお風呂に入ろうと、誰かしらが声を発しての入浴タイムに突入する。

 男性陣は、女性陣のお風呂が終わるのを待つか、それとも家のお風呂で済ます事も。それからお待ちかねの夕食の時間である、今夜はお土産の鮮魚が豪華に卓を賑わせている筈。

 そんな期待の下、お風呂でサッパリした面々は来栖邸に詰め掛けるのだった。




「これは何の魚、とっても美味しいね! お刺身を食べたの、いつ以来かなぁ?」

「お刺身は美味しいけど、まだまだメインのおかずが沢山あるからね、遼君。それだけで、お腹をパンパンにしたら勿体無いよっ。

 ちなみにそれはタイのお刺身だね、高級魚だよっ!」

「高級魚かぁ……釣り上げるのが大変なのかな、私はこっちの煮たお魚も好きだなぁ。お婆ちゃんの味だよね、家庭料理だなって安心の美味しさ!」

「分かるっ、でも私はこっちのカボチャコロッケの方が好き!」


 そんな好き勝手に盛り上がっているキッズ席は、縁側の外まで飛び出してかなり風変り。とは言え、居心地は良いようでお陰でリビング席も幾分か余裕が出来ていた。

 ハスキー達も子供たちの周囲に集まって、温かい魔法の絨毯じゅうたんを堪能している。茶々丸や萌も普通にいて、賑やかな夜に彩りを加えている。


 そしてハスキー達は、時折キッズ達からおこぼれを貰ってご満悦な表情。彼女達も、食べ慣れていないお魚は珍しくて食が進んでいる模様だ。

 そんな中、大人たちは既に宴会モードに突入して騒がしいったらない有り様。“温泉旅館ダンジョン”で回収したビールはとっくに無くなって、今は“宝物庫”の高級ワインが振る舞われている。


 これは割とレアなお酒なので、家族へのお土産に陽菜とみっちゃんにも持たせる予定。その他にも、B級昇格のお祝いと称して先ほど贈呈式が執り行われていた。

 そして盛大な拍手と、酔っ払いたちからのヤジが飛び交うと言う。ザジは感動で大泣きするし、師匠としても喜んでいるようで何よりである。


 ちなみに来栖家が送ったのは、『魔法の鞄』や『強化の巻物』など諸々の品。それから、『金魚のイヤリング』や『蛙のブローチ』などの水耐性の魔法装備などなど。

 時間があれば、一緒に異界の隠れ里の工房に出掛けて、『振電石のインゴット』などをアクセサリーに加工して貰うのも良い。怜央奈も青空市で合流するだろうし、その後の方が喧嘩にならずに良いかも知れない。


 そんな真面目な話とか、“巫女姫”八神の冬の予知対策などを一行が話していたのは最初の方だけ。お酒が進むにつれて、大人たちの座席は次第にカオスへと突入して行く流れに。

 逆にキッズ席は、和やかで温かなムードを持続中……何しろ『鳥居の結界』装置は思っていたより優秀で、騒音すら遮断する事が可能だったのだ。


 それを操る香多奈に、また人が来たよと報告する遼は楽しそう。宴会の騒動から避難して来た人は、これで5人目でキッズ席も既に満杯だ。

 その中には、あまりお酒をたしなまない星羅やみっちゃんもいて、解放された顔付きだったり。ハスキー達に席を譲って貰って、ヤレヤレと食事を楽しみ始めている。

 とは言え、賑やかな夜はまだ始まったばかり。





 ――寒さすら追い払う来栖邸の騒ぎは、どうやら夜中まで続きそう。






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