第823話 隣町の町興し依頼の片付けに奔走する件



 “温泉旅館ダンジョン”の間引きに関しては、その後無事に15層の中ボスを退治に至った。それからドロップ品と宝箱を回収して、退去用の魔方陣で脱出に成功。

 外は完全に夕暮れ時で、まずまず予定通りの道中でその点は何より。予定外だったのは、ダンジョン内でのレア種の出現と、出た後に確認した護人の携帯の着信である。


 それは案の定の依頼主で、隣町の協会での報告をお待ちしているとのむねだった。間引きを終えても、依頼主との縁は切れてはくれない模様。

 疲れているのになと、そんな思いは社会人としてつちかわれた常識が封殺してしまう。探索者は基本的に自由業だと、世間では思われているけどおおむねそうだと護人も思う。


 基本的に協会との関係性だけ保っていれば、食いっはぐれる事は無いのだから。後は腕次第とは、何とも恵まれた職業だとは思う。

 こんな企業依頼は滅多に無いだろうし、それも探索者の方が立場が上の感じを受ける。とは言え、やはり良好な関係を保っておいた方がお互いの為には違いない。


「そうですね……それなら私がレポートを書いて、相手の自治体と企業に提出しましょうか。探索者を雇う相場とか調べて、魔素と“変質”の危険性も書き記しておきましょう。

 その点に関しては、小島博士からたくさんご教授頂いてますからね」

「それは丁寧で良いね、距離を置くにしてもある程度は恨まれない様にしないと。済まないが、その辺の処理は紗良の方で頼むよ」

「小島先生のあの授業も、たまには役に立つんだねぇ……」


 そんな辛辣しんらつな言葉を口にする香多奈は、教授の名声その他を全く信用していないっぽい。普段の言動がアレなので、それは仕方無いかなと紗良も秘かに思う。

 美登利を筆頭とするゼミ系は、毎回小島博士の暴走で散々に苦労しているのだ。それを知る来栖家の子供たちは、教授の事を大きな子供と信じて疑っていない。


 それはともかく、探索の終わった来栖家はキャンプカーで着替えて帰路へとつく。1日の疲れは溜まっているけど、今回は隣町の報告が待っている。

 向こうの言い分としては、魔石の換金だけは依頼元の協会でして欲しいみたい。動画編集は能見さんに頼むのは決まっているので、換金のみに隣町の協会に寄る流れだ。


 そんな訳で、忙しなく魔石やポーションや鑑定の書などを整頓する紗良は大変そう。香多奈も手伝って、山を走る車内は大わらわな状態である。

 それでも何とか、見慣れぬ協会前に車が到着するまでに荷物整理は終了してくれた。さっさと帰ってひとっ風呂浴びたい一行は、早く済まそうと建物へと突入をかます。


 もちろんそれには、護衛としてハスキー達も付き従うのは当然だ。ドサマギに茶々丸もついて来たが、この際仕方がないと全員が諦め模様。

 ルルンバちゃんと萌が、お留守番に残ってくれただけでもありがたい。ただまぁ、協会の職員たちはそうは思わなかったようで、建物内は騒然とした雰囲気だ。

 そんなのに構ってられない護人は、ただ用件を告げてブースを占領する。


「何で茶々丸までついて来てるの、魔石とお金を交換するだけだよっ。それより、朝のダンジョン前で待ち構えていた人たち、いなくて良かったね、叔父さん」

「これっ、そう言うのは大声でしゃべったら駄目だよ、香多奈……間引きの報告をして来るから、ここで大人しくしてなさい」

「今回は15層まで潜ったけど、大した額にはならなそうだね、紗良姉さん。小粒ばっかりで、大物の敵との遭遇は少なかったもんね。

 13層のレア種で、辻褄つじつまを合わせた感じだったもんね」


 レア種が出たとの姫香のウッカリ発言に、協会内にざわめきが走る。お陰でその前の末妹の発言は、有耶無耶うやむやになってくれたようでまずは安心。

 それからその辺の事情と、15層まで間引きした報告を協会の事務員に報告する。この間引きの謝礼は5万ぽっちで、まぁその辺はどうでも良い。


 こちらは録画データを提出して、仕事はキッチリこなしたと胸を張って報告するのみ。レア種を倒そうがダンジョンコアを破壊しようが、この額が変わる事はまず無いのだ。

 それから10分も待たされただろうか……長く感じたが、それはハスキー達に建物内を占領された向こうも同じ感覚なのかも。そして提示されたのは、150万円とまずまずの金額。


 レア種の落とした魔石(特大)と、その時の宝箱から回収した魔結晶(大)は、鞄の中で売り候補には無い。ただしこの時、お茶の1つも出さず冷たい視線の塩対応に紗良は秘かに腹を立てていた。

 そこで追加で、それらも全部売りましょうとリーダーの護人に耳打ちする長女。お金を受け取って、トレイに新たに1個50万円以上の魔石と魔結晶を10個ほど並べて行く。


 それに絶叫する職員さん、そんな現金はウチにはありませんと必死な対応。どうやら、どこの協会もキャパオーバーの際はこんなリアクションになるらしい。

 もちろん魔石の引き取りは協会の主な仕事の1つだが、額の出っ張った月があると支部に不正があったのかと怪しまれてしまう。その結果、鬼より恐ろしい監査員が視察に支部を訪れる事も。


 魔石など大きくてもこぶし大で、持ち運びはとっても楽な品である。不正に持ち帰って闇に流すなど、意外と簡単に出来てしまうのだ。

 それを防ぐ協会の監査員は、とても厳しいので有名である。仁志支部長や能見さんが毎回絶叫するのも、あながち大げさでは決して無いのだ。


 そんな事情など知った事ではない紗良は、お互い仕事はプロとしてこなしましょうと強気な発言。それには澄まし顔で奥に座っていた支部長も出張って来て、束の間の交渉に。

 それを面白がる姫香も参加して来て、そっちが断るならこっちも次回からの依頼は全て断るよと笑顔で言い放つ。それは当然だよねと、末妹もブースに座ってミケをあやしながら呟いている。


 ちょっとしたカオスだが、結局は来月頭の振り込みで何とか決着はつく流れに。これで晴れてお役御免の一行は、揃って建物を後にして帰路につく事に。

 そして帰宅後、ご自慢の露天風呂で探索の疲れを洗い流すのだった――





 次の日の休日は、家族で地元の協会に動画編集の依頼を出したり回収品の整頓をしたり。11月の青空市も間近なので、荷物整理は進めておかないといけない。

 ちなみにスキル書とオーブ珠の相性チェックは、定番の全滅となって残念な限り。暇な時にご近所の皆にもチェックして貰って、ダメなら売るか自警団に寄付となりそう。


 それより動画の編集依頼では、相変わらずですねと能見さんに呆れられてしまった。どうやら13層でのレア種との遭遇を言われているよう。

 ウチのチームには福の神がいるからねと、何故か自慢する香多奈は明らかにお調子者。護人は仁志支部長と、隣町の依頼の顛末について話し合っている。


 取り敢えずは、紗良の作成するレポートで事態が収まってくれれば一番良いのだが。それで駄目なら、仁志支部長も解決に乗り出してくれるとの事。

 そこは我が町のA級ランク探索者チームの為である、一肌脱ぐのもやぶさかではない。そもそもこの町は特殊で、他の町の倍以上のダンジョンを抱えているのだ。


 それなのに、他の町の間引きまで請け負っていたら手数が幾らあっても足りなくなってしまう。今の時代、自分たちの事は自分たちでするのは当たり前なのだ。

 警察などの行政職が消滅した現代では、それは新たな常識となっている。来栖家の住まう日馬桜町も同じく、他の町まで守る余裕はない。


 その辺もレポートにしたためて、紗良は相手側につきつけるつもり。棘のあるやり方だが、良い様に使い回されるよりはマシである。

 そんな感じで対策を講じつつ、協会の用件は恙無つつがなく終了の運びに。ちなみに、今回の魔法アイテムに関しては水耐性や熱湯耐性装備が多かった。



【灰色ウナギの腕輪】装備効果:熱湯耐性&麻痺耐性up・中

【蛙のブローチ】装備効果:水耐性&魔力up・小

【金魚のイヤリング】装備効果:水耐性&知力up・中

【温泉のナイフ】装備効果:熱湯耐性&魔法防御・中

【泥ゴーレム製造機(魔)】使用効果:泥ゴーレムを製造・永続

【泥除けのベルト】装備効果:汚れ耐性&物理防御up・大

【無限湧きの温石】設置効果:薬効付きの温水を発生・永続


その他:『強化の巻物』(攻撃)×1、『強化の巻物』(防御)×2、『強化の巻物』(耐性)×2、『ルビーの指輪』(魔力&魔法防御up)×1、




 そんな感じで、別段に強力な魔法アイテムは混じっていなかった。強いて言えば、レア種の落とした宝箱からの回収品の2つが良い感じかも。

 1つ目は『泥ゴーレム製造機(魔)』で、これは召喚系と言うか魔石で泥ゴーレムを生み出す装置らしい。ただし、泥ゴーレム自体はそんな強くないし、召喚スピードも次から次へとは無理みたい。


 夕方の訓練の対戦相手に利用出来るかもだが、使い方はその位しか思いつかない。戦った相手は、泥だらけになるのを我慢して貰うの前提ではあるけど。

 もう1つの『無限湧きの温石』は、これぞ“温泉旅館ダンジョン”の回収品って魔法アイテムであった。温水の湧きペースもかなり早く、これは来栖家の露天風呂に流用決定かも。


 本来は、温泉計画にあくせくしている隣町に、安い値段で売ってあげるのが親切なのかも。とは言え、そこまで損を被るいわれは来栖家には無い。

 それじゃあ、通常価格で譲って全てが丸く収まるかと言われればそれも疑問である。何しろそのプランナーが企画した温泉計画が、頓挫とんざした時に残るのは借金のみとかいかにもありそう。


 そんな訳で当初の計画通りに、来栖家の面倒は紗良のレポートに留める事に。ちなみに地元の協会へのお裾分けは、今回は旅館回収の石鹸とお味噌だった。

 動画を一緒に観ていた能見さんは、ミケの新スキルには絶句してコメントも数少ない有り様。その代わり、妖精ちゃんの王冠付与スキルは、これは可愛くていいですねと好評だった。


 そう言う意味では、今回の新スキルの較べ合いは妖精ちゃんに軍配が上がったのかも。そんな内心は両者には内緒だが、チームの強化には間違いなく繋がりそう。

 そんな休日の探索の後片付けは、ほぼ予定通りに消化されて行ったのだった。




 そしてその次の日、年少組が慌しく護人の車で麓の小学校へと送り出された後。紗良と姫香の方は、尾道組が泊まりに来ると言うのでその準備に大わらわ。

 とは言っても、泊まる部屋はいつもの通りだし特にその辺の支度はしなくて平気。問題は、彼女達がこの前B級ランクに昇格したそうなのだ。


 そのお祝いをしてあげなければ、同じギルド員として示しがつかない。彼女達も頑張った甲斐が無いし、その辺は盛大にパーティをもよおす予定の2人である。

 護人にも相談したところ、来栖家の溜め込んだ魔法アイテムをプレゼントする許可も貰えた。後はそのプレゼントの選別やら、お祝いの支度やらを進めて行く予定。

 張り切って動き回る姉妹は、陽菜とみっちゃんを驚かす気満々。





 ――そんな訳で、探索が終わっても忙しい来栖邸の周辺であった。






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