第820話 神隠しにあわないよう注意しながら温泉宿を進む件



「これは“千と〇尋の神隠し”の温泉宿だね、建物の外観は割とそっくりだけど……中の構造も、そんな感じなのかなぁ?」

「どうだろう、アレは確か神様が日本各地から湯治に来られるって設定だったかな? 何と言うか、そもそも湯船にかると言う文化は海外では割と珍しいそうでね。

 温泉とか露天風呂ってのは、外国人からしたらマニアックなんだそうだよ」

「えっ、じゃあ外人さんはお風呂使わないの? あっ、そうか……シャワーとかで済ましちゃうんだ、それは何とも物足りないねぇ」


 そんな話を交わす来栖家チームと、中に入ろうよと急かして来るハスキー達。建物の玄関口は、今は閉ざされていてペット達も勝手に入れなくなっている。

 そこで進み出た姫香が、軽く扉を押しての開放の構え。呆気なく開いた扉の奥には、やはり老舗しにせ感たっぷりの、どこか映画に出て来そうな内装が広がっていた。


 おおっと感動する子供たちは、かま爺とか出て来ないかなと浮かれた様子。ちなみにその声優役だった菅原文太さんは、広島弁のCMで有名になったけど広島とは無縁である。

 中国地方のヤ〇ザ映画に何本も出ていた関係で、どうやらそんな印象がついてしまった模様。この人は宮城県出身で、晩年は芸能活動を控えて農業を中心とした活動をしていたそうな。


 ちなみにあのCMでの広島弁は、本来のユーザー(?)間でも違和感があるかどうかが話題となった。ただまぁ、方言と言うのは地方や年代で微妙に変わって来る物でもある。

 だからCMの方言で温かみを感じて貰えれば、それで良かったのではと思う次第。もっとも、ヤ〇ザ映画の広島弁で「怖っ……」と思った人も大勢いたかもだが。


 そんなウンチクを子供たちに語る護人だが、そのCMを知らない世代の姉妹の反応はイマイチ。窯爺の声の人は、飽くまでガラガラ声のオジサンって認識みたいだ。

 そんな建物内だが、当然ながらそんなアニメチックな敵は出て来ず。ただし、カエル男や妖怪風の魚人系の敵はわんさかお出迎えしてくれた。


 玄関口が広いだけに、敵も張り切って四方から殺到して来る。それらを迎え撃つハスキー達は、家族に見守られて幸せそうに戦い始める。

 そして数分で、最初の敵は全て魔石へと変わってくれた。それらを拾い集めるけど、ほぼ魔石(微小)でつまりは雑魚ばかりだった模様。


 11層にまで乗り込んだからと言って、途端に敵が強くなる訳ではないみたい。その点では、護人も安堵しながら次に向かうべき場所を模索している。

 ちなみに末妹の香多奈の勘は、上の階層に向かうべきとささやいているそう。とは言え間引き依頼の途中なので、1階から全て見て回るべきではある。


 そんな訳で、廊下を進みながら閉まっているふすまを全部開けて行く作業を始める姫香である。敵が出て来たら、待ち構えているハスキー達が飛び掛かると言う流れ作業での戦闘だ。

 こっちでもやるよと、途中から香多奈の案が採用されて襖開けは2手に別れる事に。そんな訳で、1部屋ごとに姫香と護人での確認作業が始まった。


 待ち構え役をになったルルンバちゃんは、敵よ出て来いと大張り切り。何しろ今日は、必殺のレーザー砲を1度も撃っていないのだ。

 それだけ強敵が出て来ないって事もあるけど、物足りないのには違いはない。とは言え、室内での大技はさすがに自重が働く理性的なAIロボだったり。


「意外と敵の待ち伏せは少ないね、いたとしても妖怪みたいなのが2~3匹だし。宝箱も置かれてないし、中は普通のダンジョンだねぇ」

「本当だね、妖怪タイプとヤモリ獣人の従業員みたいな敵が半々かな? ってか、部屋は従業員の控室とか台所ばっかりだよ。

 あっちに行くと、温泉エリアに出るみたいだね」


 そうなんだと、台所からかめに入った砂糖や塩を回収し終わった紗良は上機嫌。そっちに階段は無いよねと、深読みを始める姫香と香多奈である。

 まぁ、次の層への階段を早めに発見しても特に悪い事は何も無い。建物の上層階の間引きを終えて、また戻って来れば良いだけの話だ。


 そんな感じで良い感じの暖簾のれんを潜って木造仕立ての脱衣所へ。そこにもカッパやヤモリ獣人がいて、ハスキー達も大忙しである。

 茶々萌コンビも、家族の前で良い所を見せようと大張り切りで大変な有り様。建物内で暴れる仔ヤギは、もう少し節度とか加減を覚えて欲しい所ではある。


 そんな話をしながら、落ちた魔石を拾って一同は浴槽フロアをチェック。そこには、前の層にも見掛けた蒸気ガストや灰色ウナギが縄張りを張っていた。

 そいつ等を間引いている最中に、コロ助が水風呂の中に初見の敵を発見。何と色鮮やかな出目金で、バスケットボールの大きさで浴槽を優雅に泳いでいる。


 これは敵かなぁと、小首を傾げるコロ助は敵の反応を窺いながら水面に鼻面を近付ける。その途端、ビッグサイズの出目金はさらに膨れ上がってまるで風船のように。

 ビックリしたコロ助は、思わず『牙突』で攻撃しての敵認定。スキルの牙が突き刺さった出目金は、物凄い音を立てて破裂して行った。


 それに驚く後衛陣は、コロ助何したのとお茶目なハスキー犬を犯人扱い。周囲は散々な有り様で、どうやら自爆攻撃はかなりの威力だったようだ。

 咄嗟に《防御の陣》を張ったコロ助は、水にも濡れず爆破ダメージも受けずに済んだ。ただし、飼い主からのお叱りは、どうやっても防げずトホホな表情に。


「何かね、敵が自爆したからボクは悪くないって言ってる……水の中を赤いのが泳いでたんだって、灰色ウナギとは違う敵がいたみたいだね。

 レイジーとツグミも注意してね、茶々萌コンビもだよっ!」

「何だ、コロ助が悪戯いたずらしたんじゃなかったのか。それは良かったけど、さすが10層超えると厄介な敵も増えて来る感じかな。

 後衛のみんなも注意してね、特に香多奈はうっかりだから」


 誰がウッカリよと、白熱する末妹はまだまだ元気そう。朝からの探索が夕方にまで掛かるのは、すっかり定番とは言え歩き詰めだけになかなか大変だ。

 ハスキー達はその上で戦闘もこなすし、本当に毎回頭の下がる勤勉振りである。そんなチームの疲労具合を、護人と紗良は逐一チェックして管理している。


 そんな作業も大変には違いないが、縁の下の力持ちがいないとチーム運営が成り立たないのも事実である。ちなみに確認した所、温泉エリアには階段は存在せず。

 やっぱり上だねと、その場を去る一行は温泉の内装には口々に賛美の言葉を贈っていた。何しろ今まで見て来た中では、一番の豪華なしつらえだったのだ。


 まるで本当に、神様が湯治に来る施設のような豪華な浴槽その他である。思わず子供達も、ひとっ風呂浴びて行きたいねとこぼしたほど。

 それから紗良が、恒例のウンチクで外人さんは毎日湯船に浸かる習慣はないんだよと披露する。シャワーがメインだが、綺麗好きではあるみたい。


 そもそもユニットバスは洗い場が無いので、浴槽内で身体を洗ったら張ったお湯が汚れてしまう。1人が入浴する毎に、お湯を張り直してたらさすがに大変だ。

 外国によっては、水が不足してお風呂文化が無いって所もあったりする。そんな訳で、日本は割と贅沢に水を使えて幸福な国なのかも知れない。


 そんな話を長女から聞いて、それはラッキーだねと良く分からないお得感に浸る香多奈は超素直である。ちなみに先ほどの脱衣所では、シャンプーや化粧用品を幾つか回収出来た。

 それから一行は、立派な木造の階段を上って2階フロアへ。そして出て来た巨大な顔だけの妖怪に、末妹は興奮してやっぱり出たよとカメラを向けている。


 関係無いねとさっさと討伐するハスキー達は、階段での戦闘もなんのその。茶々萌も同じく、もっと出て来いと階段を上り切って廊下を爆走している。

 戻っておいでと、早速お叱りの言葉を発する姫香は仔ヤギのフォローが大変そう。そして戻って来た茶々萌コンビの後ろには、飛翔する生首妖怪が数体まとわり付いていた。


「わっ、妖怪も気持ち悪いのが出て来るとテンション下がっちゃうね。さっきの顔だけ妖怪の時は、やっと出ましたって感じだったんだけどな。

 ハスキー達、さっさとやっつけちゃって!」

「現金だね、香多奈……まぁ、言いたい事は何となく分かるけど。おっと、勝手にふすまが開いたと思ったら、追加の敵が待ち構えてたみたい。

 ルルンバちゃん、通せんぼを手伝って」


 姫香にそう言われたAIロボは、突然開いた襖の奥にいたヤモリ獣人達をブロックに掛かる。そいつ等は揃って浴衣姿で、刀や苦無を手にやり手の雰囲気。

 それらを魔銃で始末して行くルルンバちゃん、廊下でもハスキー達が戦っているのが戦闘音で分かる。護人もフォローに入ってくれて、これで後衛はバッチリ安全だ。


 どうやら11層エリアも、敵の数は結構多いみたい。お座敷にいたヤモリ獣人も7匹くらい致し、廊下の敵もお替わりが殺到して来ている模様。

 ちなみにお座敷はかなり広かったけど、低いテーブルが並んでいる以外は特に金目の物は無し。座布団もたくさん並んでいたけど、特に持って帰ろうとも思わない。


そうして戦いが一段落して、魔石を拾い始める末妹とルルンバちゃん。他の者も手伝うが、これと言った珍しいドロップ品は混じっていなかった。

 残念と気を取り直して、再び2階フロアを探索する来栖家チーム。それ以降は敵も回収品も特筆すべき事もなく、一行は続けて3階層フロアへ。


「あれっ、ここが最上階なのかな? 吹き抜けとかあって、構造が複雑で良く分かんないね。4階もあるのかな、階段は繋がってないねぇ」

「秘密の階段があるのかもね、映画ではエレベーターとか無かったっけ? さすがにこの建物には、そんな洒落たモノはついて無いみたいだね」

「外壁にくっ付いてる秘密の通路とかも無いかな、地下フロアに繋がってる感じの。お風呂を沸かす装置とか、あっても不思議じゃないのにねぇ」


 好き勝手にそんなネタバレ発言をする姉妹だが、覗いた窓越しには暗い闇夜が見えるのみ。建物内は灯りがあちこちに用意されていて、歩き回るのに不便はない。

 ただし、外へ出るのは窓からでは無理な様子で変なショートカットは無理みたい。中庭もあるにはあったけど、ドン詰まりでそこを伝って他の場所には行けなかった。


 つまりは、あるのか不明の4階層や地下作業場を捜すのは割と困難そう。そんな話をしている間にも、妖怪タイプの敵がわんさか押し寄せて来ていた。

 それを倒して進んで、ついでにお座敷も確認する律儀な子供たち。そして3つ目の大きなお座敷の真ん中に、次の層への階段を発見。


 机と座布団に囲まれた畳に階段が出来ている光景は、割とシュールだが仕方がない。ダンジョンってそう言うモノなのだ、魔方陣やゲートならまだ恰好はつくのに。

 その辺の文句がポンポン出て来る末妹は、まだまだ元気でその点は安心である。それでもお昼休憩から結構経っているので、この辺で1度MP回復の休憩も挟むべきか。


 そう護人が提案するも、エーテルの回し飲みで大丈夫だよとの姫香の言葉。前衛組も疲労はそんなでもないそうで、本当に頼もしい限りである。

 そんな訳で、取り敢えず薬品の回し飲みを終えた一行は、階段を降りて12層フロアへ。時刻は3時過ぎで、まずは予定通りのペースと言える。

 ただまぁ、こんなアニメ風のエリアが出て来るとは想像外。





 ――ダンジョンって、たまにこっちの斜め上の発想を見せてくれて面白い。






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