第819話 10層の中ボスが微妙な強さだった件



 9層で見付けた旅館の入り口にいた敵は、みんなで仲良く撃破へと至った。ハスキー達が飛び込んで敵をかき乱し、その後は後衛の遠隔攻撃が炸裂した感じ。

 ムームーちゃんも久々にキル数を稼ぎ、ようやく機嫌も戻って来た模様。悲惨な結果に終わった前衛デビューだが、また訓練して挑めば良い話だ。


 ルルンバちゃんに関しては、魔銃での討伐も見事な腕前である。そこは機械ならではなのか、スキルを持っているかのような誤射の無さは凄いかも。

 護人の出番はなかったけど、皆を褒めての統率仕事はそれなりに大変である。何しろこっちでねて、あっちで落ち込んでとペット達の感情にも揺れ幅があるのだ。


 リーダー業って、人が思うより遥かに大変なのは本当である。それをサポートする姫香も、次は宿泊フロアに向かうよと指揮取りを頑張ってくれている。

 そしてその中の1部屋で、久々に強化の巻物や魔玉、それから魔結晶(小)や薬品類の入った籠を発見。備え付けの冷蔵庫には缶ビールやジュースも入っていて、何故か冷えていると言う。


 それらを容赦なく回収して回って、部屋に潜んでいた敵も全て間引きを終える。このフロアは、相変わらず大ゴキや大ネズミと弱い敵ばかりである。

 脅かし役の巨大スライムも、あれ以来見掛けていなくて拍子抜け。布団ふとん戸棚を開けるたびに、ドキドキしている末妹は明らかに刺激を欲する顔付きだと言うのに。


 それはともかく、残るは旅館の温泉フロアのみ……ここも毎度の敵ばかりで、蒸気ガストや灰色ウナギを倒してしまえば終了である。たまにカッパや、カエル男がいるのはご愛敬。

 そいつ等を、憎しみを持って倒して行くハスキー達はある意味正直者である。素直な感情で間引き業務をこなして、気がつけば10層へと到達していた。


「意外と早い時間に、区切りの10層についちゃったね……まだ3時前だし、これは15層まで向かうのは確定かなっ。

 ハスキー達もまだまだ元気だし、香多奈もそんな疲れてないでしょ?」

「不思議と平気かも……水の精霊ちゃんを召喚しっ放しだし、実は途中でバテるかなって思ってたんだけど。

 やっぱり地道な訓練って大事だねぇ、妖精ちゃん」

「訓練も良いけど、ほどほどにしておくようにな、香多奈……ダンジョン内でぶっ倒れたら、みんなに迷惑をかけて大変なんだから。

 気分が悪くなったら、すぐMP回復ポーション飲むか、送還するんだぞ」


 大丈夫だよとの、末妹の根拠はないけど自信たっぷりな返答に、護人は何度悩まされて来た事か。姫香がにらんで来るけど、妖精ちゃんは過保護なその対応をまるで相手にせず。

 そんな面々は、すっかり安定のルートでまずは中庭エリアの間引きから。露天風呂を巡りながら、その周辺をうろついている獣人やガーゴイルを倒して回る。


 その作業も、すっかり慣れたモノで大した時間も掛からずに宿泊エリアの入り口へと辿り着いた。そこの玄関口にたむろする敵を駆逐して、建物内の間引きをついでに行う一行である。

 この10層でも、ある部屋から回収品をゲット出来た。段々と中身も豪華になって来て、備え付けの金庫の中から装飾品を幾つか獲得する。


 その中の1つは魔法アイテムらしく、ようやく運が回って来た感じ。ミケさん遅いよと非難を受ける愛猫だが、毎度のスルースキルはさすがである。

 そうして回収作業の終わった面々は、玄関口まで戻って反対の温泉フロアへ。こちらに中ボスの間があるとの推測に、勇んで突入を決め込む一行である。


 その事前準備に、水耐性装備を全員がつけてメインで戦う者を決める。今回は出番の少ない護人が譲って貰って、いざ久々の戦闘に気合いを入れるリーダーである。

 そうして扉を開け放っての突入だが、広々とした脱衣所に今の所は敵の姿は無し。これは潜んでいるパターンかなと、護人は用心しつつ浴槽フロアへと入って行く。

 熱いのを我慢して、中央まで進むもしかし敵影は無し。


「……あれっ、本当に敵が見当たらないな? おかしいな、次の層への階段に宝箱、それから退去用の魔方陣も端っこに見えているってのに。

 何で中ボスだけ、スッポリ姿が見えないんだ?」

「おかしいね、ゴーストとか蒸気タイプの敵で見えにくいとか? ハスキー達、叔父さんが活躍出来ないから、敵を捜してあげて」

「そうは言っても、本当に気配も何も無いねぇ……えっ、私達が宿泊フロアを探索している間に、誰かが抜け駆けして倒しちゃったとか?

 ハスキー達、白状しなさいっ!」


 姫香に濡れぎぬを着せられたハスキー達は、やってないよと慌てて釈明の表情。長女が何とか取り成してくれて、ちゃんと一緒にいたよとアリバイは立証して貰えた。

 それなら中ボスはどこなのよと、結局は大きな疑問が一周するだけの結果に。仕舞いには後衛陣も近くを捜し始めて、事態は妙な方向へと進行して行く。


 ここでやらかしたのは、案の定の末妹の香多奈であった。端っこの壁際にある、鏡と椅子付きの洗い場をルルンバちゃんと共に探索中の事。

 ふと違和感を感じて、薄く曇った鏡を覗き込んだその瞬間。鏡の中の探索着姿の少女が、本人とは全く別の表情で笑いかけて来たのだ。


 ひえっと飛びのいて背後にスッ転ぶ末妹に、どうしたのと驚いた家族の応対は時既に遅し。次の瞬間には、鏡を割って飛び出して来る分身モンスターとその従者たち。

 ドッペルゲンガーは、過去にも来栖家は戦った事のある厄介なモンスターである。あの時は護人の戦闘力をコピーされて、割と大変だった気が。


 ところが今回コピーされたのは、来栖家チーム最弱の香多奈である。さて、このハプニングだらけの中ボス戦の行方は、一体どうなる事やら?

 慌てたルルンバちゃんが、咄嗟に末妹のガードに入るが周囲はそれ以上に混沌としていた。何とズラッと並んだ全ての鏡が割れて、鏡面パペットが出現したのだ。

 そして最初の1体は、例の香多奈のそっくりさんである。


「うわっ、やっと中ボスが出て来てくれたのはいいけどさ……これって、いつかの鏡の魔人のドッペルゲンガーじゃ?

 香多奈がロックオンされてるよっ、ルルンバちゃん防いでっ!」

「おっと、こりゃ不味いな……何とかこっちに下がって来て、香多奈っ! ルルンバちゃん、時間稼ぎを頼むよっ!」


 護人と姫香に頼られたAIロボは、張り切って突如として出現した敵を通せんぼに掛かる。肝心の末妹の分身体は、そんな魔導ゴーレムに見向きもせず凄い形相。

 そうして自身のオリジナルを付け狙って、息の根を止めてすり替わるのがこの敵のスタイル。しかも盾役のルルンバちゃん、このそっくりさんを殴ろうとした手を思わず止めてしまった。


 敵だと分かっていても、心優しい彼は末妹の容姿をした者に手を掛けるのは躊躇ちゅうちょしてしまうみたい。その隙を突いて、何と香多奈ドッペルの咆哮技が発動した。

 これは恐らく、末妹の『叱責』スキルの応用なのかも……コピーした相手のスキルまで使えるとは、かなり優秀な敵な気がする。


 それを近距離で喰らったルルンバちゃんは、途端に腰砕けでへたり込む始末。しかし、そんなの関係ないぜと鏡の魔人に攻撃する者が。

 その正体は、召喚されっぱなしの水の精霊だった。このエリアも幸い水気には困らず、元気いっぱいの彼女は水の槍で中ボスを串刺しにして行く。


 その威力は、妖精ちゃんの王冠のバフ効果が残っているのか物凄いモノが。逃げようとしていた末妹も、思わず静止してその顛末を眺めている。

 スキルを喰らって、固まっていたルルンバちゃんもそれは同じく。やる事か無くなったAIロボは、何となく周囲にいた鏡面パペットを破壊しに掛かる。


 そいつ等は、殴る度にバリンと音をさせて意外ともろい造りだった模様。あっという間に駆逐されて行って、かくしてハプニングだらけの中ボス戦は終了の運びに。

 つまりはドサマギで、中ボスのドッペル魔人も水の精霊の水の槍で倒されていたと言う。ホッとした表情なのは、護人や姉達も同じくである。特に怒りモードの姫香は、末妹に勝手にうろつき回るなと目を吊り上げて叱っている。

 何はともあれ、これにて10層までの間引きは一応は完了。




 それからようやく落ち着いて、子供たちは宝箱の回収を行う流れに。ちなみに中ボスは、魔石(中)1個とスキル書を1枚ドロップしてくれた。

 箱の中に関しては、鑑定の書や魔玉(水)が少々に薬品系が割とたくさん。魔結晶(中)も7個に木の実も入ってて、後はタオルや浴衣や手鏡や化粧水などの雑貨がメインだった。


 お湯に浮かべて遊ぶ系の玩具も割と出て来て、その並びは温泉旅館系で統一されている。当たりの品は、妖精ちゃんによると水耐性の装備が2つあったらしい。

 売れ筋魔法アイテムの回収に、子供たちもやったねと盛り上がっている。それから小休憩を挟んで、さっきの中ボス戦の反省点など話し合う事に。


「いや、しかし俺の時のコピーモンスターは、スキルまではコピーしなかったからな。ちょっと驚いたけど、すぐに反撃が出来て良かったよ。

 その点は、ルルンバちゃんと水の精霊に感謝だな」

「さすがにMPが持たないから、もう戻って貰ったけど……あれだけ活躍してくれるなら、次からも召喚しっぱなしでもいいかもね、叔父さんっ。

 問題は、相変わらず私のMPが足りるかどうかだよね」

「まぁ、今回は一番弱い香多奈のドッペルゲンガーが出現して、ある意味助かったかな。ルルンバちゃんとかハスキー達だったら、相手するのが物凄く大変だっただろうし。

 そう言う意味じゃ、あれだけ怒った後だけどお手柄だったわ、香多奈」


 そんなの𠮟られ損じゃんといきどおる末妹だが、今後の召喚スキル諸々の運用はどうなる事やら。自身でも言っていたMP問題は、ちょっとやそっとでは解決しない。

 本人が言うには、召喚して周囲を漂っている分には全く問題は無いらしい。その召喚された精霊が、魔法を使う際にどうやら召喚主のMPを拝借するそうで。


 その容赦のない取り立てが、末妹的にはとっても辛いみたいである。それは仕方ないなと、肩をすくめる妖精ちゃんにも対処法は分からない模様。

 今までの探索でも、意外とMPアップ効果の装備品は出て来ていない。それらを集めれば、ひょっとして多少は運用が楽になるかもと紗良は提案する。


 それは良い案だナと乗っかる小さな淑女、つまりはその位しか対策は無いみたいだ。ガッカリ模様の末妹だけど、こればっかりは仕方がない。

 それより、温泉フロア内での休憩は湿度が凄くてそれなりに大変である。ハスキー達の毛並みも、湿度にやられてしっとり模様で大変そう。


 そんな訳で、宝箱の中身の回収も終わったし、少し早めに探索を再開する事に。予定通りに、今回目指すは15層までと割と大台となっている。

 そこまで間引きすれば、少なくとも文句はどこからも出ない筈。隣町の依頼なので、後から何か文句を言われる事態は少しでも失くしておきたい護人である。


 そんなリーダーの号令に、張り切ってハスキー達は立ち上がって先導の素振り。チームの隊列も、11層目以降も大きく変化はしない方向だ。

 その辺は、エリアの構成によって多少は変るかもってな程度。そして改めて突入して、確認した11層からの温泉旅館ダンジョン”のエリア配置は凄いの一言だった。

 子供たちなど、あんぐりと口を開けてその建物を見上げる始末。


「うわぁ、凄い……まるでアニメの温泉旅館だよっ」

「うん、多分その辺がモデルなのかも……」





 ――某アニメ映画そっくりな温泉宿が、そこにはそびえ立っていた。





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