第818話 午後の温泉探索も家族で順調にこなして行く件



 お昼休憩を室内の宴会場で終えた来栖家チームは、食休みの時間を経て午後の探索を再開する。その先頭には、すっかり元気を取り戻したハスキー軍団の姿が。

 何度も注意された後衛との距離だが、さすがに強烈なおきゅうで懲りた様子。別に意図してえた訳では無かったけど、結果的には良かったみたい。


 姫香もそれには満足の様子で、中衛の位置取りを茶々萌コンビと行っている。その少し後ろには、いつもの後衛メンバー達が賑やかに追随している。

 そして現在は8層に到着して、予定通りに全員で中庭エリアから探索を始めている所。立ち塞がるのは、サル獣人とヤモリ獣人の混成軍がメインみたい。


 たまにガーゴイルやゴーレムが混じるが、そんな遭遇戦もそこまで多くは無い。この中庭エリアには露天風呂が3~4つあって、遭遇もその位である。

 そして、露天風呂で待ち構えている敵がいたり、いない時には宝箱が置かれていたり。入浴して待ち構えている敵は、割と手強くて最初の戦闘ではハスキー達も手古摺てこずってしまった。


 ただまぁ、2度目以降は攻略法もすっかり理解して、素早く退治して魔石を回収する優秀振り。何より今回は、後衛陣からしっかりと声援が届いていてヤル気が違い過ぎる。

 ついでに末妹の『応援』効果もバッチリだし、戦う程に最短討伐記録を更新する有り様。これには姫香も、現金だなぁと半ば呆れての観戦である。


 もちろん茶々萌コンビと共にフォローもするけど、8層ではその必要もなさげだったり。それ程にヤル気に満ちたハスキー達は、位置取りもバッチリで何も言う事は無し。

 そうして中庭エリアも、20分程度で間引きは完了してしまった。


「本当に現金な子達だねぇ、出来るなら最初からすればいいのにさ。でもまぁ、大ゴトになる前に、ハスキー達の先行し過ぎ問題が解消出来て良かったよ。

 ウチはリーダーが怒らないからね、最悪は防げた気がするかな?」

「そっ、そうだね……姫ちゃんも凄く威厳はあるけど、ハスキー達はどうしても護人さんを群れの主として認定してるからねぇ。

 本当に、雨降って地固まるって感じだね」

「これなら撮影器具を分けなくて済むし、まぁ良かったよね。ハスキー達は護衛犬なんだから、そもそも任務を放っておいて先に言っちゃうのがおかしいんだよっ。

 反省しなさい、アンタ達っ!」


 香多奈の言い分はもっともだが、反省したから今の状態がある訳である。一歩遅いよとの姫香の突っ込みに、それもそうだねと納得してしまう末妹。

 そんなやり取りを挟みつつ、一行は3度目の銭湯っぽい建物の中の探索を始める。ここも番台パペット兵やカエル男が、引き戸の向こうで待ち伏せていた。


 それを華麗に倒して行く、ハスキー達&茶々萌コンビである。それを撮影する末妹は、水の精霊に視界を遮られて文句をこぼしている。

 これにも紆余曲折あって、召喚したままの状態を妖精ちゃんに命じられた形だろうか。要するに実践訓練と言うか、そんな感じで出しっ放しの維持の練習だ。


 ちなみにこの水の精霊も、ミケは苦手のようで近付こうともしない有り様。明らかに怖がっていて、ミケから捕食者のオーラでも出ているのかも知れない。

 それを面白がる末妹だが、撮影ついでに新スキルの披露をしてよとミケと妖精ちゃんに無茶振りをかます。ここまで探索は順調過ぎるし、映像的に盛り上がりが無いとつまんないでしょとの言い分に。


 確かにそうだねと、長女の紗良もその意見には賛成の素振り。肩に乗って今日はほとんど働いていない愛猫ミケに、ご機嫌伺いしつつハスキー達に待ったを掛ける。

 新スキルを披露するにも、敵がいてくれないと話にならない。そんな訳で、次のフロアの敵をミケちゃんに譲ってあげてとの直談判である。

 ハスキー達からすれば、長老に逆らうんかいワレと言われてる気分?


「あっ、今のお願いは恫喝どうかつに近いかもだね、紗良姉さん……ハスキー達が、完全に尻尾を丸めて尻込みしてるよっ」

「えっ、そんなつもりは全く無かったんだけど……だって敵がいないと、ミケちゃんも攻撃相手がいないかなって思って」

「なるほど……ハスキー達からすれば、そんなら自分らに新スキルを喰らわせてやろうかワレって聞こえたのかも?

 完全に尻尾が、股の間に入っちゃってるよ、紗良お姉ちゃん」


 最近のミケは、年を取って丸くなった感じが家族にはあるけど、ハスキー達は全く違う印象を持っているよう。その認識の違いは、或いは野生の勘みたいな所から来るのかも。

 末妹はあまり気にせず、温泉エリアの敵を新しいスキルでやっつけてよとミケにリクエスト。たまにはミケさんも暴れたいでしょと、そのお節介は果たしてどう作用するのやら。


 それにむくれているのは、妖精ちゃんただ1人で何でアッチが先なんだと文句たらたら。香多奈は妖精ちゃんはトリだよと、そんな小さな淑女をなだめている。

 そしてハスキー達に道を譲られて、珍しく紗良と香多奈が先行する流れに。一応は護衛役に護人も一緒について、覗き込んだ先は定番の巨大浴槽の間である。


 すっかりハンターの眼差しのミケは、しかし室内の敵の少なさにガッカリした表情。特に大物のが無いのでは、新スキルを披露するにも話にならない。

 仕方ないので、浴槽から姿を見せたカッパを標的にする事に。そんなに大きくは無いけど、まぁお試しのスキル披露には贅沢は言っていられない。


 何しろミケ本人にも、このスキルの使用感は良く分かっていないのだ。ただしすんなりと体に馴染んだので、使える事は確かではある。

 そんな感じで敵に放った《猫パンチ》は、割と悲惨な現象を巻き起こしてしまった。そう言う意味では、ハスキー達の野生の勘は大当たりである。


 何しろ、敵と一緒に湯船のお湯も半分以上が吹き飛んで、その広範囲に及ぶ威力と来たら。危うく溢れ返ったお湯にのみ込まれそうになった後衛陣は、悲鳴を上げて逃げ回る有り様である。

 建物も結構揺れたみたいで、その攻撃力は間違っても《猫パンチ》なんて可愛い呼称では無さげ。その当人は、自分のせいじゃ無いもんねと早くも知らん顔。

 確かに、こんな場所で使えと言った飼い主に大半の責任はあるのかも。


「ミケさんってば、やり過ぎだよっ……何でたった1体の敵を倒すのに、こんな無差別パンチを繰り出すのよっ!

 そんで自分は知らん振りするし、反省してっ!」

「う~ん、これは……特殊スキルだけに、相当に強力な技だと予測しておくべきだったかな? それにしても、建物が揺れる程の威力とは恐れ入ったな。

 これは物理攻撃なのかな、それとも衝撃魔法系?」

「どっちでしょうね、方向は恐らく真上からの振り下ろしかなって思うけど。今後はあまり狭い場所では、使わない様にお願いした方がいいかもですね」


 本当だよと、味方を巻き込む恐れのある強力なスキルの初披露に、来栖家の面々も戦々恐々な有り様である。その事実に、早く気づけて良かったねと姫香などはポジティブ思考。

 確かにそうだなと、護人は同意の言葉をつむぎながら先に宿泊エリアを探索しようとチームに声掛け。何しろこの温泉エリア、ミケのヤンチャでどこもかしこもお湯浸しなのだ。


 こんな場所での戦闘行為は、間違って足を滑らしたりとイレギュラーが発生する可能性がある。そんな訳で、ちょっと間を置くのは確かにナイス判断かも。

 そうして回れ右した一行は、ハスキー達の先導で建物の中へと入って行く。そこで少々のアイテム回収を果たして、弱い敵を蹴散らす事5分余り。


 それから相変わらずの惨状の温泉エリアを、何とか事故もなく突っ切って次の層へ。9層目ともなると、その辺の獣人達にもそれなりの手応えが出て来た模様。

 前衛陣も張り切っての間引き作業は続き、姫香や茶々萌コンビもそのお手伝いに余念がない。ルルンバちゃんもたまに殲滅戦に参加して、探索のペースも良い感じ。


 ミケのおイタも尾を引かなかったようで、チーム内の雰囲気も悪くない。そして次は私の番だロと、せっつくチビ妖精の新スキルの披露の順場がやって来た。

 その報告を聞いて、それじゃあ次の敵はキープねと場を仕切る姫香である。さっきみたいな惨状を作りたくない家族は、精一杯の安全マージンを先立って作る構え。


 具体的には、誰も巻き込まれない様に一定の距離を置いてとハスキー達に指示出しなど。そんな中、期待してるよとの末妹のヨイショが響き渡る。

 その声援を背に、大威張りの妖精ちゃんは敵の一団を見据えてさあ行け! とのリアクション。その頭には光の王冠が輝いており、恐らくこれは新スキルの影響だろう。


 その時、香多奈の肩に停まっていた水の妖精の頭上にも、同じく光の王冠が輝いた。その効果なのか、人間サイズに成長した妖艶な水の精霊が爆誕する。

 同じく、何故か手下認定されたのか、姫香とルルンバちゃんの頭上にも可愛く光る王冠が。その効果は絶大で、姫香は驚きながら身体能力の変化を実感する。

 そして水の槍で先制攻撃する、ヤンチャな水の精霊。


 それを驚きの目で見守る一同は、比較的に使いやすそうなスキルだと言う事実に安堵の表情。茂みから出現した獣人&ガーゴイルの一団は、その先制攻撃で悲惨な結果に。

 その後の姫香の攻撃も、『身体強化』より2ランク上のバフ効果を貰って上出来の成果。その疾走する姿は、他の者が目で追うのも大変な程だったり。


 明らかに凄い新スキルのお披露目に、家族皆が使える妖精ちゃんの事実に驚愕の素振り。確かにこれは、大威張りでミケと対峙するだけの能力かも。

 ただし、これは飽くまで他人の能力を上昇させるバフ効果スキルみたいだ。要するに自分は弱っちいままで、これで凶悪な来栖家の捕食者には対抗はとても出来ない。


 その事実をスッポリ考えていないチビ妖精は、ちょっと哀れですらある。それでも香多奈は、小さな友達をめそやして良い気分にさせる努力をしている。

 何しろ、これはこれで色々と使えるスキルなのは確定なのだから。


 その事実を知らせるように、1分足らずで敵を殲滅し終えた姫香は凄いを連発する。そんな姉妹から称賛を得た妖精ちゃんは、確かに女王様気質には違いない。

 そして踊らされるまま、今後も来栖家のサポートに全力を尽くすと思われる。そんな未来を想像して、ややあわれみの表情で小さな淑女を見つめる紗良であった。



 そんなやり取りを終えた一行は、9層の中庭エリアも無事に踏破を終了した。ここまでで、2つの新スキルチェックを終えて、ついでにムームーちゃんの鎧型オートマタの動作も見る事が出来た。

 B級ダンジョンにしては敵が強くないと感じつつも、まずまず順調な道のりである。時間的なペースも良いし、これなら夕方までに10~15層は行けそう。


「あっ、建物が見えて来た……ここも意外と広いけど、探索の時間は短くて済むんだよね。その割には、アイテム回収もまずまずだよね、紗良お姉ちゃん」

「そうだね、日用品が多くて魔法系のアイテムは今の所は少ないけど。それでも、青空市で売る用の商品は結構回収出来てる感じかな?」


 そう口にする紗良は、上機嫌でチームの面々を見遣って好調をアピール。実際、チーム内に怪我人もほぼ出ずにここまで来れて、間引きも上手く行っている。

 護人も同じく、10層の中ボスが弱ければもっと先に潜る事は決定だ。帰還用の魔方陣も確認出来たし、後は何事もなく探索が終わってくれるのを祈るだけ。

 例えば暇だから、イベントを起こすなんて考える必要は全く無い。





 ――その願いは、果たしてダンジョンの神に届くのかは不明である。





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