第821話 “温泉旅館ダンジョン”の間引きも終わりを迎える件



 12層フロアの始まりも、やっぱり建物の玄関前からだった。先に中庭を見ようとの姫香の提案に、ハスキー達が素早く反応してそちらへ向かってくれる。

 そして黒ん坊の妖怪を数体倒して、改めて玄関を開け放って中の間引きを始める一行。中にはカエル男や妖怪タイプの敵が数体、それも問題無くみんなで倒して間引きは完了。


「それじゃあ、土足でお邪魔しま~す……綺麗な廊下なのに、何だか罪悪感があるよね。まぁ、敵もポンポン出て来るから仕方無いけど。

 ここもやっぱり、1階から探索でいいよね、叔父さん」

「そうだね……さっきと同じく、戸やふすまの前は充分注意して行こう。建物エリアは、案外と死角が多くて不意打ちを受けやすいからね」


 は~いと元気な返事の末妹に、ペット達も用心しながら探索を開始する。そして台所や使用人室の物色を終え、宴会部屋に待ち構えていた敵も討伐終了。

 後はお風呂エリアだけだが、脱衣所と浴槽のセットは男女に別れて2つある。11層では両方ともきっちり間引きを行ったのだが、このエリアは何故か入り口の暖簾のれんが1つしか見つからない。


 混浴しか無いねと、この変化に小首を傾げる前衛陣だが考えても理由は判然としない。入って確かめるしかないよねと、姫香は深く考えず引き戸を開け放って行った。

 それを見て先行しようとしたハスキー達だが、脱衣所でいきなり立ち止まる破目に。その先の浴槽フロアは、蒸気が凄くてどこに何があるのか全く見えない有り様。


 それを見た妖精ちゃんが、アレは狂った霧の精霊だナと説明をしてくれた。確かに目を凝らしてみると、白い蒸気の中から恨みに満ちた顔が浮かんで来てる気が。

 それから叫び声なども聞こえるし、これは大物の予感が伝わって来る。精霊系は過去にも戦った事があるけど、確かにどれも手強かった記憶がある。


 実際、脱衣所にいる面々は奇妙な息苦しさに見舞われていた。どうやら既に、敵の攻撃範囲に入っている感じで慌てる護人は反撃を指示する。

 敵の本体はどこかは定かではないけど、ボーっとしていたら霧に呑み込まれてお陀仏だぶつの可能性が。それを悟ったレイジーは、主の命令に炎のブレスで対応する。


 霧の触手は、そのブレスに触れて呆気なく拡散して行った。それと共に微かな絶叫が上空のどこかから聞こえて来て感じがする。

 効いてるよと、末妹の応援に後押しされてレイジーは炎のブレスで見えない敵を押し込んで行く。それに呼応するように、萌も紫炎のブレスでお手伝い。


 妖精ちゃんの言う所の、狂った霧の精霊はどうやら熱には弱い模様。本来は霧で包み込んで相手を始末する筈が、それもままならずにもがき苦しんでいる。

 よく観察してみれば、白い霧の部分は随分と縮小している感じを受ける。それを眺めていたムームーちゃんも、自分もやるデシと《炎心》スキルでの参加を表明する。


 そして一丁前に青白い炎のブレスを吐いて、大物の精霊系の敵の討伐に弾みをつける軟体幼児。もっと前に出るデシと、護人に指示出しして幾分か興奮している模様である。

 その甲斐あってか、3色の炎に反撃の機会もなく倒された霧の精霊は哀れではあった。逆に、来栖家のペット勢はやってやったぜと得意満面。


 ドロップした魔石(中)とオーブ珠に、真っ先に飛びつく香多奈はご機嫌そうな表情。紗良と姫香は、脱衣所の棚にもポーションや魔結晶(中)や木の実を発見して喜んでいる。

 ハスキー達が確認した所、他の雑魚モンスターはここにはいないようだ。それなら良かったと、回収を済ませた一行は階段のある吹き抜けの玄関までUターンする。

 そうして、同じ要領で2階と3階の間引きを完了。




「さて、次が13層で時間的にも予定通りな感じだね、護人さん。このまま15層まで間引きして、今回の依頼は達成な感じかな?

 ハッキリ言って、温泉旅館の復興なんてウチは関わらなくていよね?」

「そうだな、そこまでお隣りの町に貢献する必要も無いだろうしね。さて、休憩も終わったし15層までもうひと頑張り頼むよ、みんな」

「任せておいてっ、妖精ちゃんもオヤツを食べて元気が回復したって言ってるし。もう1回くらい、新しいスキルを使って貰おうよっ!」


 確かにアレは凄かったねと、掛けて貰った姫香はウンウンと頷いている。今度は強敵を相手に試すと良いよと、末妹も小さな相棒の見せ場を所望している感じ。

 次の強敵って15層の中ボスかなと、呑気な会話をしながら13層へと辿り着いた来栖家チーム。オヤツ休憩を終えて、一行の意気は良い感じに復活している。


 来栖家チームは子供もいるため、こまめな休憩はすっかり定着している。疲れ知らずのハスキー達やAIロボには生温いかもだが、チーム事情なのだから仕方がない。

 そんなコンディションで辿り着いた13層だが、何だか様子がヘン。最初に回った中庭に敵の姿が窺えず、ハスキー達はアレッと言う表情に。


 それは当然、護人や子供達も同じく……慎重に姫が温泉宿の扉を開けて、中を窺うもやっぱり出迎えの雑魚敵の姿は皆無。またアンタが招いたねと、鋭い視線が家族から末妹に注がれる。

 無実だよと、器用にリアクションで返答する香多奈だが時既に遅し。これはレア種がどこかにいるなと、チームは慎重に建物内に入って場所の特定を始める。


 また温泉フロアかなと、紗良が小声で口にするけどその予想は違ったみたい。立派な木造階段の上から、何かが這いずり降りる音がまるで演出のように聞こえて来たのだ。

 それに気付いた護人が、チームに備えろと号令を掛ける。末妹は、ルルンバちゃんに射線は通っているよと先制攻撃のアドバイス。


 素直なAIロボは、それなら撃つよ~と今日初めてのレーザー砲を出て来た敵にぶっ放す。2階の暗がりから出現したソイツは、まるで泥の塊のような容姿をしていた。

 巨大さは階段を上から下まで埋め尽くすほど、いや泥の汚れ落ちがそう見させているのかも。例えると、まるで泥汚れを温泉で落としに来た地方の巨大妖怪みたい。


 そんな素直な感想を漏らす紗良と香多奈だが、実際はルルンバちゃんのレーザー砲が不発で驚き顔に。全く効かない訳では無かったが、泥の表皮が削れただけに終わったのだ。

 どうやら泥の化け物は、その形状に意味はある模様……今はソイツ、階段を落ち切ってその巨体を来栖家の前にさらしている所。


 その何とも言えない臭いに、ハスキー達は総じて腰が引けている感じ。それは仕方ないと、代わりに護人がスコップを片手に前へと出て行く。

 同じくルルンバちゃんも、ショックを受けつつも前衛の壁役にと立ちはだかる構え。必殺技の効果が無かったとは言え、後衛に近付ける訳には行かない。


 臭いのキツイこの禍々まがまがしい敵は、ハスキー達にとっては天敵みたい。明らかにしっぽが下がって、さすがの戦闘集団もその意欲はダダ下がり。

 茶々萌コンビも、下手に突っ掛からないよう姫香にきつく手綱を握られている。萌は炎のブレスを試しているけど、ほとんど効果は上がっていない。


「不味いよ、護人さん……ハスキー達が、敵の臭いで明らかに戦力ダウンしてる! あの巨体じゃ、取っ掛かりもつけにくいし困ったよね。

 どうしよう、ここはミケに頼んでみる?」

「いや、俺が行こ……うおっと、今の攻撃は何だ? ひょっとして泥のブレスかな、取り敢えず酷い臭いだなっ!」

「ひあっ、ルルンバちゃんが臭い泥まみれになっちゃった。溶けたりしないかなっ……大丈夫、ルルンバちゃんっ!?」


 巨大な泥まみれの敵は、こちらに有効な対抗手段がないと知ってやりたい放題だ。口と思しき場所から吐き出された泥は、見事に魔導ゴーレムに命中して臭い泥だらけに。

 えんがちょを切りたい状況だが、例え泥で汚れても心優しきAIロボは仲間である。懸命に離れた場所から声を掛けて、めげちゃダメだよと支える姉妹である。


 ちなみに、臭い泥には溶解効果は無かったようで何より。それより護人も姫香も近寄りたくなくて、例え近付いて武器で攻撃してもダメージは期待出来そうもない。

 それならシャベルでの『掘削』スキルかなとも思うのだが、相手が巨体過ぎて一部が削れるだけと言う。一応、敵も苦しんでいるので『掘削』のダメージは通るようだ。


 姫香に至っては有効な手段が見付からず、やっぱりミケに応援を要請するしか手はなさそう。香多奈もお願いと来栖家のエースに出動要請、当のミケもこの臭いには参っているよう。

 それより、末妹の暴挙に何故か妖精ちゃんがいきどおって、私に頼るべきだロと抗議がうるさい。どうやら先ほどの決着は、チビ妖精の中ではまだついていない模様。


 そんなら叔父さんに王冠効果をつけてよと、香多奈もミケの反応を窺いながらそんな提案を相棒にする。2人が同時に暴れたら、ハチャメチャになる予感は末妹の心中にもあったのかも知れない。

 よし来たと珍しく素直な小さな淑女、同時にミケもコイツに手柄を渡すモノかと《猫パンチ》の使用に踏み切る。途端に上から踏み潰される、哀れな泥の巨大な妖怪。


 その威力は、まさに子供の泥んこ遊びの如し……周囲に飛び散る泥の分だけ、レア種にダメージが通ったのが不幸中の幸いか。それと同時に、王冠効果を貰った護人の『掘削』が炸裂した。

 さっきまで一部をすくい取る威力だったのに、今回のそれは貫通して反対へと飛び出す威力。さすがに上からパンチで潰され、胴体に風穴を開けられた泥のレア種は虫の息。

 そして数秒耐えて、結局はそのまま昇天して行く結果に。



 幸いな事に、本体が消えたタイミングで飛び散った泥も臭いも消えてくれた。それを見てホッとする子供たちと、心から安堵の表情のハスキー軍団である。

 護人も確かにこの王冠効果は凄いなと、感心しながら頭上を見上げる仕草。と言っても、どうやっても自分の頭の上は見る事は叶わず。


 それは当然だが、今回もミケと妖精ちゃんの意地の張り合いは取り敢えず引き分けだろうか。その方が丸く収まるし、魔石を拾いに寄って来た末妹にはその方向で話を収める様に耳打ちする護人であった。

 香多奈も心得たモノで、魔石(特大)とオーブ珠を手に満面の笑顔で了解との返事。他にも階段を上がった先に、宝箱が設置されているのを目敏めざとく発見する姫香である。


 それを確認しに階段を上って行く子供たちは、さっきのレア種がよどみの原因だったのかもねと話し合っていた。つまりは、このダンジョンの妙な敵のバランスの悪さを言ってるみたい。

 B級とは思えない浅層の敵の弱さなどは、あのレア種が配管詰まりみたいに引き起こしていたのではと。そんな推測を口にする紗良は、さすが小島博士から勉強を教わっているだけある。


 今ではリリアラからも錬金術を学んでおり、すっかり学者並みの知識を得ている来栖家の長女だったり。何にしろ、厄介な敵を大した被害もなく倒せて本当に良かった。

 そして宝場を確認、中からは強化の巻物や鑑定の書や魔玉(土)、それから魔結晶(大)が10個に薬品では中級エリクサーやエーテルなどを回収出来た。


 それから高級入浴剤や素材系が少々、泥パックの美容系用品などが出て来た。それから妖精ちゃんの反応した、良く分からない機械とベルト装備が1つずつ。

 他にも色々と入っていて、さすがレア種を倒しただけはあった。一行はこの後の計画を話し合うけど、このまま15層を目指すのか良さげと言う事に落ち付いた。

 そこて中ボスを倒して、退去用の魔方陣で地上に戻るのが一番速そう。





 ――そんな訳で、“温泉旅館ダンジョン”との付き合いももうすぐ終了。






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