第778話 いつの間にか死霊軍の古城に招かれている件



 気がついたら闇から抜けていて、その間の記憶は途絶えていた。まるで長大な転移ゲートを潜っていた気分だが、或いは本当にそうだったのかも知れない。

 意識を取り戻した護人は、真っ先に家族の安否を確認する。その過程で、自分達がどうやら古い建物内に連れて来られたのに気付いた。


 それはまるで、ゲームに出て来る王様との謁見の間のような部屋だった。石造りで冷たそうな印象はいなめないが、石造りの床には赤いカーペットが敷かれてある。

 家族は誰1人欠ける事無く全員無事で、護人はホッと安堵のため息をつく。とは言え、玉座らしき場所にいる存在を感じて、その感情も一瞬で凍り付く事に。


 例えば“喰らうモノ”ダンジョンで強敵と遣り合ったが、あの時でもこんな力の差を感じる事は無かったかも。その存在との戦力差は、まだ大陸クジラや大陸大亀との差の方に近い気がする。

 それだけ隔絶された剣呑さを備えた存在が、高い位置に用意された玉座に座っていた。しかも2体いて、どちらも死霊系の王様格であるらしい。


 その左右には、骸骨兵とゴーストが2体ずつ2セット控えていた。巨大な有角骸骨騎士と、古風なドレスを着た女性のゴーストが左側に。右側には、立派な鎧の首を小脇に抱えたデュラハンと、恐らく自分達をこの場にさらって来た老執事のゴーストが。

 部屋は割と広くて窓もあったけど、そこからの景色は漆黒に塗り固められていた。既に夜になってしまったのか、それともそう言う仕様なのかは判然とせず。

 時計を確認すれば、或いは今の時刻は分かるかもだが。


「あれっ、護人さん……ここどこ? えっ、私達ひょっとして、敵の拠点に連れて来られたっ?」

「えっ、それって私達も失踪案件の仲間入りって事? 大変っ、ザジ達に知らせて、すぐに助けに来て貰わないと!」

「取り敢えず、全員が無事で良かった……後は皆で、ペット達を落ち着かせてくれ。下手に逆らうとヤバい連中が、あの玉座に座っているから。

 不味い事に、ムッターシャチームでも歯が立たない可能性がある」


 それってお手上げじゃんと、彼らの強さを充分に理解している姫香の呟きに。そんな連中が何の用かなと、至極もっともな末妹の疑問である。

 幸いにも、ハスキー達も不用意に玉座やその周辺の死霊軍に喧嘩を吹っ掛ける事はしないよう。彼女達も、ひょっとして敵との実力差を肌で感じ取っているのかも。


 不意に、玉座に座っている片方が、何か言葉を発したように感じた。と言うか、この感覚は念話に近いかも……ムームーちゃんとのやり取りで、その辺に戸惑いはない来栖家チーム。

 それは挨拶であり、それから来栖家チームの現状の説明であった。


 その物言いは多少古臭くて、意味不明な言い回しも混じっていたモノの。理路整然とした説明で、呆気無く自分達の立ち位置と連れ去られた理由は判明してしまった。

 説明を行った玉座のリッチキングは、自身を“常闇王”ダァルと名乗った。どうやらここは“浮遊大陸”の死霊軍の領地内らしく、そこの古城の一室みたいだ。


 その隣の人物も、同じ位の重鎮みたいで圧迫感が半端ではない。護人の視線を感じ取ったのか、リッチキングは隣の人物を“黒天”のミゲルだと紹介してくれる。

 青白い美麗な顔をしているが、その本体は超巨大な死霊の思念体らしい。つい最近、この“浮遊大陸”に遊びに来たと言われた一行は、その正体を思わず思い浮かべる事に。


 そんな仲良し2人が、今暇潰しに熱中しているのが『ダンジョン育成』ゲームであるらしい。その駒として地上や“浮遊大陸”から人や獣人をさらってダンジョンに放り込んでいるのだが。

 ちっとも突破してくれなくて、とうとう白羽の矢がたったのが来栖家チームであるらしい。なるほど、ここ数週間で失踪チームが増えた理由はこれに間違いなさそう。

 つまり目の前の死霊王が、この一連の事件の張本人みたいだ。


「はあっ、やっと2チーム揃ったとか言ってるね……ってか、随分と身勝手な言い草だねっ。あっ、あのチームはひょっとして、私達が探してた失踪チームかなっ?

 お爺ちゃんがいるのは、どのチームだっけ?」

「確か『チーム白狸』だったかな……最年少っぽい真ん中の子が、恐らくB級の“幸運少年ラッキーボーイ”だろう。お爺ちゃんは、確か“白爺”って二つ名だった筈。

 まぁ、この状況で生き残れたってのは、確かに強運ではあるかな?」

「ゲームの駒扱いだけどね……失礼しちゃうよっ、本当に!」


 そう言っていきどおる姫香や子供たちは、幸いにも死霊軍団に囲まれても委縮はしていない模様。向こうのチームは随分と消耗していて、連れ去られて随分日にちが経っている模様。

 その間、ずっと死霊軍に囲まれて、生きた心地がしなかったのは想像にかたくない。そして2チーム揃った事で、リッチ王はゲームを始められると喜んでいる。


 良く分からないが、趣味と言うか暇潰しで造った2つのダンジョンがこの地にあるみたい。それに攫って来たチームをぶち込んで、出来合いを競うみたいな遊びを行うそうな?

 駒扱いをされるのは確かに不本意だが、逆らえば命の保証は無さそうだ。その位なら、ダンジョンに突入してクリアした方が建設的ではある。

 ところが、それをぶち破る末妹の暴走が始まった。


「ちょっと、大人しく聞いていれば人の事を駒扱いして失礼ねっ! そもそも2チーム揃ったって言ってるけど、こっちは1日中探索して疲れてるのよっ。

 だいたいねっ、私達と向こうのチームの力の差とか考えてないでしょっ? そんなんじゃ、とっても公平とは言えないから後で絶対に揉める原因になっちゃうよっ!」


 そんな暴言に、護人は大慌てで末妹の口をふさぎに掛かる。対して妖精ちゃんは、良いぞもっと言ってやれってリアクション。食って掛かられたリッチ王は、戸惑いを隠せない様子。

 それはそうだろう、気分良くゲームに取り掛かろうと思っていたら、ゲームの駒に文句を言われたのだ。しかも、お前はゲームのルールを分かってないなと。


 相手のルールが緩々なのは、恐らく本当に暇潰しで、厳格な決まりなど無いに等しいからなのだろう。それを少女に突っ込まれるとは、全く想像もしていなかったに違いない。


 そこに付け込む香多奈は、怖いモノ知らずでズケズケと災害級の死霊王へと理論を吹っ掛けて行く。ハンサムな死霊王はともかく、骸骨のリッチ王は表情など窺えない筈なのだが。

 明らかに怯んでいる風情で、どうやら末妹の目論見は今のところ大成功を収めている模様。その議論の行く末を、固唾かたずをのんで見守る家族の面々である。


 それは引っ立てられて来たB級の『チーム白狸』も一緒で、何が起きているのか把握し切れていない模様。ただし、魔導ゴーレムを含めた救助チームを目にして、多少の希望も見えて来た状況なのかも。

 そして今は、少女の意味不明の暴走に魂がどっかに飛んでいる状態みたい。彼らも恐らく、死霊軍の王たちの実力には薄々気づいているのだろう。

 要するに、喧嘩を売る相手を間違っているよと。


 ところが、恐らくSS級の死霊軍の王2人は、顔を寄せ合ってどうしよう的なリアクション。どうやら少女の提案に、一考の余地があるとでも思って貰えたのだろうか。

 或いは、香多奈の持つ《人類皆友達》スキルが、知らずに発動しているのかも。死霊軍の王にも通用するとは、友達スキル恐るべしである。

 呆れる護人は、思わず少女を抱える腕の力を抜いてしまう。


「とにかくこっちは、1日探索してクタクタなんだからねっ! そっちの作ったダンジョンの査定をするにしても、休みを貰わないとやってられないよっ!

 幽霊は休まないで良いかもだけど、人間はベッドでぐっすり眠らないと疲れが取れないのっ。この大きな建物、人間の休める部屋はちゃんとあるのっ?」

 ――その点の心配には及ばない、小さきモノよ。お主の提案は実に興味深い……こちらもせっかく育てたダンジョンなのだ、腑抜けたやからを招き入れても面白味を感じぬでな。

 良く分かった、今宵は休んで明日にでも2つのダンジョンの査定とやらをして貰おうか。


 護人が力を抜いた途端に、再び末妹の交渉が発動してしまった。そして何故かすんなりと、明日の来栖家チームのスケジュールが決定の運びに。

 しかも一気に2ヵ所である……どの程度の深さかは定かでは無いけど、今日以上のハードな日程になりそう。それでも香多奈は満足そうで、妖精ちゃんと交渉成立を喜ぶ仕草。


 それからリッチ王のダァルの呼びかけで、一行の背後に案内役のメイドが出現した。思わずビクッとなるハスキー達だが、明らかなゴースト体なので警戒するのも当然か。

 古風なメイド衣装の彼女だが、元はまだ若い少女だったみたい。異界人風の人相なので、あちら側の出生な気がする。そんな彼女の案内で、一行は謁見の場を後にする事に。


 もちろんB級の『チーム白狸』も、慌ててその後に続いている。姫香は背後を確認しながら、あの死霊四天王も相当な実力だねと護人に呟いている。

 護人の《心眼》と紗良の《鑑定》の見立てでは、あの場にいた死霊軍のレベルは総じて50以上だとの事。異世界チームのムッターシャでさえ、50の壁は突破していない。


 死霊軍団のトップのリッチ王と黒王に至っては、70以上と突き抜けているそうな。さすが不死の王達である、経験値の取得に掛ける時間も桁違いだったのだろう。

 下手したらこちらの倍のレベルの敵に、無事に解放されて良かったと安堵する護人と紗良である。後ろに続く『チーム白狸』の面々も、その点は全く同じ模様。




 それからゴーストメイドに連れられて案内された部屋で、ようやく家族だけの時間を得られる事に。隣の部屋をあてがわれた『チーム白狸』との会話の時間は、そこに到着するまでのほんの数分。

 部屋はすぐ隣なので、行き来は可能かもだけど下手に死霊軍を刺激するのも不味い。こちらは捕虜の身なのだ、あまり実感はないけれど。


 主に姫香が会話役になって、向こうのリーダーの青年と情報交換した所。残りの行方不明のC級3チームは、王たちの遊戯ゆうぎの犠牲に散って行ってしまったそう。

 詳しい事は分からないが、他にもとらわれた獣人軍やホムンクルス兵など、5人から10人単位で結構な数に上るそう。それでも攻略出来ない2つのダンジョンは、推定A級ランクと言う事になりそう。


 ちなみに、彼らは実力を見込まれて、その実力に合う片割れチームの出現待ちでキープされていたそうな。70歳の白翁はくおうと名乗る老人が、そう言いながらひそひそ話に割り込んで来た。

 ラッキーじゃったなとの視線は、隣を歩く少年に向けられており。姫香より年下に感じるその少年が、老人の孫の“幸運少年ラッキーボーイ” らしい。


「そんな感じで、まぁ失踪チームの行方は多分だけど全部把握出来たかな? 自分達も捕らえられてる状態でアレだけど、前向きに行かなきゃね」

「そうだな、取り敢えずはみんなで無事に生きて戻れるように全力を注ごうか。今夜はとにかくじっくり休んで、明日の無茶振り探索に備えよう。

 ハスキー達も、よろしく頼んだよ」

「それなら今夜は、同じ部屋の中で一緒に寝られるねっ。コロ助、私の隣で寝て良いからねっ!」


 案内された洋室は、暖炉や家具や巨大ベッドも付いているが、どう見ても家族4人+ペットたくさんが過ごすには不向き。それでも多少の粗相があっても、死霊軍は気にしないだろう。

 そもそも元から掃除もおざなりで、メイドがいてもゴーストの身体だと掃除もままならないのかも。そんな訳で、さっそく今夜を過ごせる状態に掃除を始める長女である。


 その辺はたくましく、姫香や香多奈もすかさずサポートに動き始める。ペット達のトイレを設置したり、使える寝具を鞄から取り出したり。

 夕食の準備も並行して、護人も参加しながら大忙しである。いつの間にか、例のメイドゴーストがお手伝いに混じっていたのには驚いたけど。


 そこは彼女の職場でもあるし、プライドがそうさせたのかも。末妹など、さっそく話し掛けて仲良くなろうとコミュニケーションを取っている始末。

 その周囲では、張り切って床掃除を行うルルンバちゃんの姿が。室内作業が苦手なペット達は、端っこに固まって大人しく休憩中である。

 割とカオスな現場だが、子供たちは割と楽しそう。





 ――時折笑い声が上がったり、捕虜の身にあるまじき行為かも?






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