第777話 広島周辺の探索者&ダンジョン事情その27



「おい、誰かポーション余ってないか……怪我しちまった」

「またかよ、これじゃあこの探索も赤字になっちまうぞ。少しはポーション無しで、戦いを乗り切れよ」


 ギスギスした空気の『無頼漢ズ』チームだが、これが通常運転とも言える。元から特に仲が良かった者同士でもないし、ビジネスライクなチームなのだから当然だ。

 このチームは、元は桃井姉弟の所属していたチームの3名と、それからC級の2名で再結成して出来たモノだ。C級チームとチームを組めると、井上や最上もがみは嬉々として桃井姉弟を切り捨てたのだけど。


 ここに来て雲行きが怪しくなって、その行為を後悔している所である。まずはこのC級チームの2人、腕は良いのだが性格が最悪なのだ。

 特にリーダー格の吉野は、人の扱いが雑と言うか残忍な傾向が。今のポーション発言もそうだが、人死によりも利益を優先する発言がやたらと目立つ。


 それからもう1つ、以前に在籍していた桃井弟の『盾術士』スキルは切り離すべきでは無かった。アレは前衛で良い的になってくれるので、狩りが圧倒的に楽になるのだ。

 7人チームだと分け前が減るからと、向こうの吉野に言われて首にしたのだけれど。せめて弟の久遠だけは、手元に残しておくべきだったと今更ながらに後悔する井上である。


 とは言え、あの姉弟は仲が良かったので、弟だけ残せと言っても聞かなかっただろう。本当に残念である、いざとなったら切り離す駒が手元にない不便さと来たら。

 何しろ井上たちは、桃井姉弟にも多少なりともの投資は行ったのだ。スキル書もそうだし、仮にも2年近く食わせてやっていたのもそうである。


 そもそも吉野たちC級2人も、前に所属していたチームの解散具合が妙だとの噂も。元は4人チームの2人が探索中に死亡しており、残った吉野たちはピンピンしていたのだ。

 探索に事故はつきもので、周囲に目撃者もいなかったのでその件は有耶無耶うやむやになったとは言え。録画の類いもしていなかったそうで、怪しいと言えばキリが無い。


 井上と最上はそんな新しいメンバーの評価を、今では『頼もしい仲間』から『いつ裏切っても不思議ではない同僚』に切り替えていた。それは自分達も、全く似たような思考回路だからなのかも知れない。

 もう1人のメンバーと、その点は要注意との意思共有は忘れずキープしながら。それでも“太古のダンジョン”の探索は、まずまず順調に進んで行く。


 その点は、悔しいが吉野ともう1人の魔法スキル持ちの実力は確かである。あれだけ苦労していた5層の中ボス部屋の壁も、今では楽に踏破出来ているのがその証拠である。

 お陰で井上と最上も、スキル書の相性チェックで見事2つ目のスキルをゲット出来た。そんなこんなで自信がついて、小銭も溜まって来た今日この頃である。


 そんな訳で、その儲けを使おうと田舎の青空市とやらに出掛けてみたら、例の尻尾切りをした姉弟と偶然に出会ってしまった。幸せそうに店番をしていた姿を見て、思わずいちゃもんをつけたのは後ろめたさの表れかも知れない。

 そうこうしていたら、元米兵の巨漢に凄まれてしまったりもしたけれど。何事もなく逃げられたので、こっちの勝ちに等しい対応が出来た。

 その調子で、この新チームも上手く切り抜けたいモノだ。


「おい、何かおかしくないか……この層に降りて来てから、雑魚モンスターに1回も出遭ってないぞ、俺たち」

「そういやそうだな、何でだ? えっ、まさかレア種の出現パターンかっ!?」


 まかりなりにも、探索者を3年以上やってるC級の吉野は、10分以上進んでその異変に気付いた。中ボスを倒しての6層で、ここまでの道のりはまずまず順調。

 それなのに、この非常事態である……思わず周囲を確認して、足を止めるのも当然だろう。ちなみに彼らに、レア種との戦闘の経験は全く無い。


 逃げようぜとの最上の声掛けも、どうやら一足遅かったようだ。彼らの足はしびれた様に動かなくなっており、遠くから意志を持つ漆黒が迫って来る気配が。

 その暗闇は、いつの間にか彼らの周囲を囲んでいた。既に逃げ場はどこにもなく、そして近付いて来た影が段々と人の姿を形どって行く。

 それは老執事の格好をした、闇から切り抜かれたようなゴーストだった。


あるじの欲するのは、活きの良い探索者チームだが……コイツ等なら、まぁ何とか合格ラインだろう。駄目なら、面倒だがまたさらって来るだけだ。

 やれやれ、今度の生贄いけにえは長く持って欲しいモノだ」


 ――ゴースト老執事は、そう言って優雅にため息をつくのだった。









「この敷地から向こうの道路まで、配管工事をして欲しいのよ。途中までは素人さん達で頑張ったけど、生憎とメインの家の人達が用事で出張してしまってるの。

 そんな訳で、プロのあなたたちに頼もうかなって」

「そりゃ、ワシ等はプロじゃし、やれと言われた作業は完璧にこなすワイ。ただ、何でこんな地面の真下に配管を通すんじゃ?

 これじゃあ、何かあった時にすぐ配管にダメージが入っちまうぞ」

「ええ、そうねぇ……えっと、あなたたちの中には冬がとても寒いとか、雪が積もるとかって概念の分かる人はいるかしら?」


 リリアラが丁寧に説明しているのは、7人の仕事のプロのノーム達だった。異界の隠れ里から連れて来た、山の上の塔の建設作業員たちである。

 そんな彼らだが、どうやら冬は寒くて山の上ではこんもり雪が積もると言う概念が分からなかったらしい。たまにあるのだが、その辺を考えない建物が雪の積もる地区に建つと冬とか大変なのだ。


 屋根が潰れそうになったり、氷柱つららが妙な場所に出来て生活の邪魔になったり。雪の被害を舐めて、事故が発生したりもするから侮れない。

 そんな事を秋の訪れと共に教えて貰ったリリアラは、冬対策を建設中の塔にもほどこそうとノームの建築屋さんと話し合ったりしていたのだ。そのついでに、例の敷地内の配管工事も手掛けて貰えるか問うてみた所。


 全員が良く分かっていなくて、戸惑う雰囲気が両者の間に流れる事に。それから苦労して、リリアラは雪が積もる概念と弊害を説明し終えたのだった。

 ノームは土の中での洞窟生活を好むので、冬の寒さの概念が分かりにくいのかも知れない。そもそも例の隠れ里には、四季の到来も曖昧なのだろう。


 とにかく来栖家は、遠征に出掛けて未だに帰って来れていない。その留守を預かる身としては、敷地内の改装くらいは手掛けておいてあげたい。

 何しろ、彼らは現在“太古のダンジョン”での失踪チームの救助依頼で大変な事になっているのだ。具体的には、宮島遠征から戻って来たのは異世界+星羅チームのみだった。


 巻貝の通信機で話したところ、どうやら彼らは“浮遊大陸”の死霊軍の城にお泊まりしているらしい。そこで失踪していたB級チームを発見したが、諸事情によって帰るのに時間が掛かるとの事。

 どうやら、そこの領主であるリッチ王と仲良くなったらしい。安全は保障されてると聞いたのだけれど、ザジはビックリ仰天して嘘だニャを連発していた。


 ムッターシャにしても、相手は災害級の敵だぞと驚きを隠せない様子。ただまぁ、来栖家チームだからなぁって感情も、どこかにあるのも本当だ。

 死霊軍団も、知性のあるタイプは全部が悪と言う訳ではない。人間と同じである……特に、生前に善人だと話の通じる死霊モンスターになる可能性は高い。


 それにしても、来栖家チームの連中は何とも破天荒な活躍が目立つ。まさかそのコミュニケーション能力が、“浮遊大陸”の死霊軍にまで及ぶとは。

 主に末妹の仕業との話だが、信じられない思いはリリアラだって同じである。そんな顛末だが、余計な心配を掛けまいと他の山の上の住民に詳細は伏せてある次第。


 少し現地で残業するとだけ伝えて、それで凛香チームやゼミ生チームの面々は納得してくれた。それとは逆に、ムッターシャやザジは昔の伝手を頼って“リッチ王”と“冥界の王”の素性を調べ始めていた。

 彼らは長生きと言うか不死なので、故郷の世界でも様々な伝説を残している。それこそ、人間の王国を丸々1つ潰したとかそんな話も残っているほど。


 それが来栖家チームの窮地の脱出に使えるかは不明だが、少なくともサポートに動くとしてもその位しか出来ない。もどかしい思いをしながらも、この敷地の主の無事な帰還を祈る異世界チームの3人であった。

 いや、ズブガジだって仲良しのルルンバちゃんの無事な帰還は願ってやまない筈。


 ――そんな敷地内では、ノーム作業員たちの工事が着工し始めていた。









 14歳のB級探索者“幸運少年ラッキーボーイ” 小久保をようする『チーム白狸』は、現在は絶賛囚われ中だった。リーダーの田沢も、いよいよ年貢の納め時かなと観念した表情で室内で大人しくしている。

 何しろ、一歩部屋の外に出たら死霊軍団がわんさかいるのだ。その王様のリッチ王と冥界の王は、白翁はくおうに言わせるとA級を遥かに超える存在らしい。


 『チーム白狸』のチーム構成だが、これが少々変わっている。リーダーの田沢と村上、それから唯一の女性の白川は20代で探索経験2~3年のC級探索者である。

 彼らは地元の廿日市や広島市、その周辺を縄張りとして主に海側で活躍を行っていた。それが去年にチーム最年少の小久保と、最年長の70代の白翁はくおうを迎えて5人チームに。


 この2人はお爺とその孫らしく、探索歴はやっぱり3年くらいはあるらしい。“幸運少年ラッキーボーイ”と二つ名の小久保駿しゅんの両親は、残念ながら“大変動”で既に他界していたとの事。

 そのかたきとばかりに、ダンジョンに潜って探索者をこころざしたのは良いとして。お爺の白翁はくおうも昔の格闘経験を活かして、意外と活躍出来てしまったと言う経緯が。


 こうして色んな縁を経て、5人チームとなった『チーム白狸』はそれなりに快進撃を続けた。何より大きかったのが、やはりB級の“幸運少年ラッキーボーイ”の存在だろうか。

 彼のドロップ運は並ではなく、ステータスも幸運度はA+を誇っている次第である。それから祖父仕込みの戦闘能力も、かなり高くて前衛として文句のないレベル。


 新たに5人チームでの活躍も、それなりにフィットして儲けも名声も順調に上がって言った所に。儲かりそうな“太古のダンジョン”の噂を聞いて、彼らのチームは宮島へと狩場を移したのだった。

 それが数か月も経たない内に、このザマである。探索者と言う職業は、本当に先行き不透明でままならないモノだ。とは言え、ここでも何故か幸運が発動して生き延びて軟禁状態となっている次第である。

 本当に、駿しゅんの“幸運”は伊達ではないって感じ。


「それにしても、救援に駆けつけてくれたのが噂のギルド『日馬割』とは驚いたな。確か山の上の田舎チームで、家族で探索者をしてるって話だっけ?

 吉和かどっかだっけ、1年でA級に昇り詰めた有名チームだよな?」

「さっき見た限りじゃ、あんまり強そうに見えなかったけどなぁ。装備は良さそうだったけど、子供やペットもいたしA級って冗談かなって思っちゃったよ。

 五郎ごろう爺さんは『見識』スキルで見たんだろ、どんなだった?」


 白翁はくおうこと五郎爺さんは、前衛も後衛もこなす70代ながらバリバリ現役の探索者である。そんな爺さんの『見識』は、いわゆる鑑定スキルの一種で敵の強さが分かると言うモノ。

 そんな爺さんのアドバイスで、2体の死霊王のランクを確認出来たのだった。それによって、コイツ等には敵わないと知った『チーム白狸』はえて捕虜の身に。


 他のチームがダンジョンへと引っ立てられて行くのを見ても、それに抗するすべも無いと来ている。それは仕方がない、何しろ生物としての格が違い過ぎるのだ。

 そして自分達も同じ目にと覚悟していた時に、突如として現れた救出部隊の面々である。そのA級チームの強さを疑う田沢と村上の発言に、五郎爺さんはあご髭を撫でながら返答した。


「いやいや、なんのなんの……さすがにあの死霊王たちには及ばんが、あのチームの人間もペット達も、軽く人外ルートに足を踏み入れておるぞ?

 しかもその強さが絡み合って見えたのは……アレは恐らく、チームのきずなの強さじゃな。相乗効果とも言うべきか、短時間でのぼり詰めたのも納得出来るわい。

 言うておくが、ワシらじゃあのニャンコにも敵わんぞ?」


 ニャンコなんかいたっけと、唯一の女性の白川がおっとりと口を挟む。それに対して、最年少の駿しゅんがアレはヤバい生物だったなと額の汗を拭きながら呟いた。

 駿もどうやら、敵と言うか人を見る目はそれなりにあるようだ。祖父譲りなのかは不明だが、それによると目を合わせた瞬間にヤンのかコラァと眼力で格を示されたそう。


 そもそも、軽トラサイズの魔導ゴーレムがチーム内にいる時点で変である。誰も敢えて突っ込まないのか、そこが不思議で仕方がないリーダーの田沢だった。

 そして今回の窮地だが、そんな妙ちくりんなA級チームに救出される事に。そのやり取りだが、何故かそのチームの一番最年少の子供が仕切っていたと言う。


 それが駿よりも小さな少女と言うのだから、任せて大丈夫なのと言う疑問が湧くのも当然だ。今回も“幸運少年ラッキーボーイ”のせいで生き延びれるねとか、とても気楽には言えない雰囲気。

 とは言え、今回の案件はそんなA級チームに全て任せるしか手はない訳だ。それを悟っているチーム員たちは、ただ静かに彼らの無事を祈るのみ。

 たとえ、チーム内に犬や猫や仔ヤギがいる妙なチームだろうとも。





 ――その場合は駿の“幸運”を頼るべき、A級チームの実力を頼るべき?






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