第774話 休憩を挟みながらコイン集めに精を出す件



 再び仔ヤギの姿に戻った茶々丸は、泥汚れも綺麗に落ちて白い毛並みもツヤツヤ。例えそれが望まぬ水浴びだったとしても、結果的には良かったのかも知れない。

 そのせいで、レイジーに死ぬほど圧を掛けられてションボリ姿が哀愁を誘ったとしても。家族の面々は、はしゃぎ過ぎは良くないよと教えるためにえて冷たい態度。


 今は茶々丸の濡らした装備品を乾かすために、一同は足止め休憩を余儀なくされている所。キャンプ用の焚き火セットは、こんな時はとっても便利。

 火源もレイジーやムームーちゃんに頼めば、簡単に用意してくれる。紗良はそんな感じで茶々丸のお世話を行って、他の面々はMP回復の休憩モードに。


「あ~あ、せっかく紗良お姉ちゃんが用意してくれた良装備が、完全に水びたしだよっ。こう言うのは何て言うのかな、猿も木から落ちて川流れのポンポコリン?」

「色々混じってるけど、ポンポコリンって何だい、香多奈? こらっ、茶々丸……恥ずかしいのは分かるけど、腰を小突くのは止めなさい」

「護人さんが叱り方甘いから、茶々丸も甘えて来るんだよ……茶々丸のおバカ振りをことわざで例えるなら、身から出たさびとかじゃないの、おバ香多奈っ」

「そうだねぇ、後は……飛んで火に入る夏の虫とかかなぁ? 本当に気をつけなきゃ駄目だよ、茶々丸ちゃん。例え泳げる人でも、あの速さで流されて行ったら危ないんだからねっ」


 そう叱る紗良の頭の中では、“ロバが旅に出た所で馬になって帰って来る訳ではない”なんてことわざが一瞬浮かんだのだけれど。さすがに仔ヤギをロバ(愚か者)扱いは酷いと思って、口に出さなかった次第である。

 この長めの休憩に、ハスキー達も完全にのんびりムード。近くに敵の気配はないし、休める時に休んでおくのが彼女たちのスタイルである。



 結局は、30分以上の休憩中に敵の襲撃は1度も無し。濁流と滝の流れる音を聞きながら、一行はキャンプ道具を取り出して早めのオヤツタイムを楽しむ事に。

 焚き火のお陰で、茶々丸の各装備も何とか乾いてくれて一安心。それを仔ヤギ(遼)に着せてあげる紗良は、すっかりお母さんの顔付きだったり。


 それを眺めるハスキー達は、そろそろ出発時間だと揃って立ち上がって探索モードへと気持ちを切り替えている。姫香も同じく、茶々丸に釘をさしながらキャンプ道具を片付け始める。

 それから護人の、そろそろ出発しようかの号令を受けて。末妹の元気の良い返事と、ハスキー達が尻尾を振って先行して行く毎度のスタイル。


 あれだけションボリしていたのにりていない茶々丸は、立派な槍を担いでそれに続く。ヤレヤレと言う顔付きで、サポートに姫香も前衛へと出張って行く素振り。

 これも成長の為だと、保護者の大変さを噛みしめているサポート役の面々である。


 そして5分も進まない内に、再び大タニシとの遭遇戦がやって来た。壁際に張り付いているそいつ等に気を取られている際に、今度水際から奇襲をかけて来たのは大水カマキリだった。

 しかもキメラタイプの様で、下半身はナマズだか何かがくっ付いている。その巨大な口から放たれたアクアブレスで、再び茶々丸が流されそうに。


 今度は姫香と萌がフォローして、何とか再度の激流下りはまぬがれる事が出来た。ただし、約3名の下半身が水浸しの憂き目に。

 腹を立てた姫香が、水棲キメラに対して憂さ晴らしに強烈な反撃を見舞う。防御力は大した事は無かったキメラは、その一撃で魔石になってくれた。


 ついでにコインも3枚落として、何となく法則性みたいなモノは見えて来たかも。つまりは、雑魚モンスターより一段強い敵が、コインを落とす可能性が高いみたい。

 アクアブレス自体は、水流を高圧で吐き出す技で殺傷能力はそれ程には無い。とは言え押し出された先が激流で、流されて行ったらやっぱり大ゴトである。


 そうならずに済んだのは良かったけれど、ズボンずぶ濡れがまた3名増えてしまった。どうしようかと悩む紗良だけど、着替えはもう少し進んでからでいいよと姫香の返答。

 そんな5分進むたびに服を乾かしていたら、いつまで経っても次に進めない。そう言って憮然ぶぜんな表情の姫香だが、紗良が水耐性の装備を取り出してこの件は見事クリア。


「これで濡れても気にならなくない、姫ちゃん……このエリアは意外と水辺が近いから、今からでも全員が装備した方がいいのかもね?

 もっと早めに気付いてたら、茶々丸ちゃんもあんなに叱られなかったのにねぇ」

「ナイスひらめき……確かにこれ付けたら、濡れてるのが全然気にならなくなったよ。頭いいねっ、さすがだよ紗良姉さんっ!」

「おおっ、なるほどな……これはナイス時短だなっ、さすが紗良」


 皆にめられて満更でも無さそうな長女は、照れながらも家族の分の水耐性アイテムを配布して行く。前衛のハスキー達はもとより、ミケやムームーちゃんやヒバリの分まで数は充分に揃っている。

 香多奈もペット達への装備を手伝いながら、これで万全だねと変な自信を口にしている。お調子者めと姫香の呟きも、聞こえないふりでやり過ごしている模様。


 それはそれで口喧嘩にならずに平和だが、ある種の緊張が走っている気もする護人である。などと勝手に思っている内に、前衛陣が次の層へのゲートを見付けてくれた。

 これで7層をクリアして、次は8層だ……今の層も、失踪したチームの痕跡らしきモノは無かった。それにつれて、段々と無いのが当たり前かなと思い始めている一行だったり。

 それ程に、ダンジョンの痕跡を消す能力はとっても高いのだ。



 さて、8層も同じく激流の谷川の側の木板の簡易通路渡りである。親切に置かれた木板の通路だが、これが無いと進むのもままならない川の流れだ。

 たまに大きな岩場やら壁のでっぱりはあるけど、それを伝って川を移動するのはちょっと無理。ちなみに進むルートだが、上流へと向かう感じである。


 下流に向かえない事も無いけど、木板の通路は上流の方向にしか通じていない有り様である。下流を眺めると、少し先で滝になっているのかぷつんと川が途切れている。

 これは本当に、激流に呑み込まれるといよいよ洒落にならない感じだ。チーム内にそう伝えると、了解と明るい返事が子供たちから返って来た。


 ただし紗良だけは、顔が少々蒼褪めていて事の重大さを充分に把握している模様。そして前衛は、いつの間にか派手にワニの群れと戦闘を繰り広げていた。

 今度の奴らは総じて2メートル級で、あまり大きいサイズではない。1匹だけ色の濃い奴がいて、ソイツは4メートル級で目の並びがヘンである。


 よく観察してみたら、どうやら目が片方4つずつ合計8つも付いている。あいつもキメラタイプかなと呟く護人に、そしたらコイン落とすかもと末妹の期待の台詞。

 それを退治したのは萌で、頭部に派手に槍で穴を穿うがっての勝利となった。茶々丸も手伝っていて、何と言うか渡された『ヴィブラニウムの槍』はさすが一級品だ。


 貫通力が並じゃないのは、茶々丸(遼)の『角の英知』や《刺殺術》の恩恵もあるのだろう。それでも、槍の性能である貫通&衝撃の付与も大きい気がする。

 サイズの問題さえなければ、茶々丸はこっちで前衛も全然アリかも。子供の姿にしか変身出来ない、変な縛りさえ何とかなればの話ではあるけど。

 まぁ、勝利に無邪気に喜ぶ姿は見ていてホッコリはする。


「チビッ子コンビもなかなかやるわね、萌と茶々丸の事だけどさ。今の槍さばきとか凄かったよね、大柄なワニに全く怯まず倒し切っちゃったよ。

 まぁ、あんまり褒めると図に乗りそうで怖いけど」

「そうだなぁ、ただ……俺的にはサイズ感と言うか、体重差も相当に怖いかな。ワニの尻尾攻撃が当たったら、2人共どこまでも飛んで行きそうだったし。

 現実的には、茶々丸はやっぱり仔ヤギ姿で『巨人のリング』を使って欲しいな」

「他人の姿を借りてるのも、ちょっとアレだしねぇ……遼君の姿であんな動きしてたら、どっかで誤解を招きそうで怖いよねぇ?」


 確かにその怖さもあるねと、護人は末妹の言葉に同意の素振り。あれやこれやで、やっぱり茶々丸は仔ヤギの姿で探索に同行して貰う事になりそう。

 いや、探索の同行は強制ではないので、本人が嫌がれば別に来栖家の敷地で待ってて貰っても全然構わない。ただし本人は、自分はハスキーチームの一員なのだと、信じて疑ってない模様だから仕方がない。


 そして8つ目のワニからは、めでたく鬼のコインが3枚ほどドロップ。それを喜ぶ香多奈だが、竜の柄のコインが少ないねと不満を口にしている。

 前衛陣は、茶々丸の遅れを取り戻すように休憩も取らずに進んで行く。そして絡んで来た、大蛾とカエル獣人の群れを華麗に撃破。


 ここでのドロップは、魔石と素材以外は無かった模様である。子供姿の萌と茶々丸(遼)が、しゃがみ込んで魔石を拾う姿は何となくシュールである。

 本人たちは、至って楽しそうなのは救いというか見ていて和む。ルルンバちゃんも、それに混じりたそうにしているのはドロップを拾うのに使命感か何かある為かも。


 それでも、後衛の護衛と言う任務を重く受け止めている彼は、とっても立派には違いない。また今度、ルルンバちゃんが活躍出来そうなエリアでは、前衛を頑張って貰う事にしようと護人は思う。

 そんな事を考えながら、護人は前衛陣の戦いをじっと見守る。新たに出て来たワニ獣人は、かなり手強そうでC級ランクとは言えさすが深層って感じ。


 その中に1匹だけ、やたらと装備の良さそうなリーダー格が混じっていた。それを目敏めざとく発見した香多奈は、コイン落ちろ~と念を飛ばしている。

 一番欲しいのは竜の刻印のコインらしいけど、ドロップしたのはまたもや鬼のコイン4枚だった。それを華麗に倒したレイジーは、まだまだ余裕がありそう。


 喜びながら残念がる、器用な末妹は取り敢えず置いといて。それを回収したツグミは、もう敵はいないよと周囲を眺めてドロップ品を手渡しに後衛の方へと歩いて来る。

 そんな一行の目の前には、割と大きな岩が立ち塞がっていて、どうやらこれは谷の上部から落ちて来たモノらしい。上に目をやると、土砂崩れのような土の筋が出来ていた。


 それを上がって確認しようとは思わないし、土砂崩れに巻き込まれでもしたら大変だ。さっさと移動するに限るし、ダンジョン内で気を抜くなんて自殺行為である。

 子供たちも護人の視線に気付いたようで、さっさと進もうと早い足取りで木板の通路を進んで行く。それが功を奏したか定かでは無いけど、取り敢えず何事もなく岩の散乱するエリアは抜け出る事に成功した。


 その奥は崖上から水が合流して来る、滝のエリアとなっていた。滝の合間の両サイドの崖には、苔なのか何なのか可愛い色合いの植物がこんもりと茂っている。

 パッと見、流れ落ちる水の筋と光の加減でなかなかに幻想的な景色ではある。ただし末妹の興味は、どこかに宝箱が隠されてないかなってのに尽きるみたい。


「アンタって、本当に典型的な花より団子タイプだよねぇ……あっ、やっと次の層へのゲートが見えて来たかな。

 最後の敵の待ち伏せは無いみたい、この層は意外とあっさりしてたよね」

「そうだな、失踪チームの手掛かりも無かったし、先に進もうか。ここで少し休憩しても良いけど、ハスキー達にはまだまだ余力はありそうだな」

「茶々丸と萌も全然元気だねっ、10層までノンストップで行けるかもっ! でもコインの補充を頑張らないと、嬉しさは半減だからねっ、みんなっ!」


 ここの目的はガチャ回しでなくて、失踪したチームの捜索なのだけど。それを改めて口にするのも、何と言うか野暮やぼに感じてしまう護人である。

 末妹の楽しみに水を差すのは、結局は姫香も躊躇ちゅうちょしたようだ。ペット達の疲労度を自分でも確認して、それじゃあ続けて進もうと進言して来る。

 そんな訳で、目標の10層まで残りあと2層である。





 ――果たしてそれまでに、失踪チームの手掛かりが掴めるのかは全く未定。






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