第773話 6層以降のエリアの変化に面食らう件



 昼休憩の間の通信では、異世界+星羅チームの方も探索は順調だとの事。ただし失踪チームの手掛かりは、来栖家チームと同様に全く得られていない現状みたい。

 お互い様だねと口にする香多奈は、どうやらその時に本来の目的を思い出した表情。別に攻めるつもりは無いけど、せめてハスキー達には覚えていて欲しい。


 そう思う護人の号令掛けで、いざ再開される“太古のダンジョン”の探索……もとい、失踪チームの救助任務である。とは言え、落し物は全て吸収されるダンジョン内では、この依頼は特別に難易度が高いのも確か。

 護人としても、取り敢えず10層までは潜って確認する予定ではある。それ以上となると、相手のチームの実力からしても到達出来た可能性は極めて低い。


 そこまで考えると、肝となるのはやはりこの6層から10層の間のエリアだろうか。特に10層の中ボスは、ガチャ機を回そうとチームが無理して挑んだシーンが浮かぶよう。

 薄情ではあるが、生きている可能性は極めて少ない10日前の探索者チームである。もう1チームは1週間前だったか、どちらにしても期待薄なのは確か。


「わっ、6層からは濁流の川辺エリアだよっ、これはちょっと大変そうっ! 下手に水に落ちたら、あっという間に流されて行っちゃうね、これって」

「うわっ、本当だ……しかも水がにごってて、中に何がいるか全く分からないねぇ。敵はいると思うけど、いるとしたら何だろうねぇ?」


 ワニとかなぁと、長女の紗良の疑問形に思い付いた単語を呟く末妹である。それを横目でにらむ姫香は、まぁワニ位なら許そうかって表情なのだろう。

 まかり間違って、竜とか変な生物の名前を呟かれたらたまったモノではない。ダンジョンがそれを拾うかもだし、末妹の《天啓》が招かないとも限らないのだ。


 それはともかく、6層からは涸れ谷はすっかり姿を変えて、そこは濁流だくりゅうの通り道となっていた。断崖の高さはさっきの倍で、底の方には木板で組み立てられた簡易通路が設えてある。

 それは川の上のすれすれの位置にずっと伸びていて、どうぞ歩いて行って下さいと言わんばかり。それ以外の通路は無いので、それを進むしかこちらに手は無い。


 木板の通路は、それほど立派な造りでもないので進むのは割と大変そう。ルルンバちゃんなんか、重量オーバーでうっかり踏み潰してしまうかも。

 それでも進み始めたハスキー達は、大丈夫そうと後衛陣に視線を送って来た。どうやら見た目に反して、木板は意外と頑丈な造りみたいでその点は安心である。


「良かったね、ルルンバちゃん……ルルンバちゃんの重さだと、川に沈んだら二度と浮かんで来れないもんね?」

「物騒な事を平然と言うんじゃないわよ、香多奈っ。大丈夫……流れは急だけど、きっと深さはそれ程でもない筈だから。

 万が一落っこちても、流されない限りは平気だよ」


 むしろアンタが気をつけなさいと、姫香の締めの言葉で一行は木板の通路を進んで行く。そして間もなく登場する、6層のモンスター群。

 まず出て来たのは、大蛙と大タニシのペアだった。大蛙は激流の中から顔を出し、大タニシは崖に張り付いていたのを香多奈が発見する。


 それをルルンバちゃんが魔法で撃ち落とし、崖の敵は素早く掃討に成功した。そして川の大蛙は、レイジーが『可変ソード』を伸ばしてあっという間に真っ二つにしていた。

 何とも素早い攻撃、今は足場が悪いというのにお構いなしのペット達の撃退速度である。思わずナイスと褒め称える子供たちに、レイジーはクールに尻尾を振って応えてくれた。


 それからペット勢を率いて、率先して先へと進んで行ってくれる。そうやって後衛の安全の確保をしてくれる姿は、何とも頼もしく感じてしまう。

 ちなみにこの濁流のエリア、水の音がうるさ過ぎて周囲の音が聞き取り辛い。敵の接近も分かり難くて、そう言う意味では難易度は高くなっている。


 そんなの関係ないぜと、ハスキー達は先行しては敵を察知して倒して行っている。今も大蛙2匹と、吸盤付きのハゼみたいな魚型のモンスターの群れを、軽く一掃してから周囲確認。

 立ち止まったのは、どうやら崖の上の岩のくぼみに宝箱を発見したからみたい。このエリア初の仕掛けに、護人も緊張しつつそれの確保へと向かう。


「ちょっと飛んで回収して来る、みんなはここで待っていてくれ」

「分かった、気を付けてね護人さんっ」


 そんな姫香の言葉を受けて、薔薇のマントで崖に配置されていた宝箱の元へ。それは旅行カバン程度の大きさで、持ち帰る前に軽く中身をチェックした所。

 特に遺品っぽい品物は入っておらず、まずはホッと一息の護人である。


 後衛に合流して本格的に確認したところ、中からは強化の巻物や虹色の果実、薬品類が3種類に魔結晶(中)も3個とかなりの当たりが出て来た。

 ここに来て何だろうといぶかる一行だが、貰えるモノは貰っておこうと末妹は超ポジティブ発言。それもそうだねと、深く考える事をすっぱりやめる子供たちである。


 ついでに竜のコインも2枚入っていて、運が向いて来たと香多奈は大はしゃぎ。護人としては、探索が続くのを喜んでいいのか微妙な面持ちである。

 その頃には、木板の簡易通路は段々と複雑さを増して来ていた。谷底の激流コースは、大岩の障害物を含んで波乱に満ち始めている感じ。


 それを超えて進む通路の設計は、控え目に言ってもアスレチックコースみたいな様相に。げんなりとした表情の長女だが、頑張ろうと末妹に励まされて足を前へと進めて行く。

 ルルンバちゃんも、修理から戻って来てから立体的な動きにキレが出てきた気も。多足の生物の蜘蛛さながらに、立体的な通路も駆け上がってへっちゃらをアピールしている。


 それにあやかりたい様子の紗良だが、何とか最初の大岩はクリア出来た。ヒバリの入った鞄を抱えた末妹も、特に濡れたり足を滑らす事も無く踏破完了。

 そして高台から眺めると、すぐそこに次の層へのゲートが見えていた。


「ああっ、助かった……こんなコースが続いたら、どうしようかと思っちゃったよ」

「足を滑らせたら大変だもんね、この次は私がしんがりを務めようか、紗良姉さん。香多奈も次からは、ヒバリの鞄は私が持つよ。

 間違って落としたら、大変な事になっちゃうもんね」


 落とさないよと憤慨する香多奈だが、取り敢えず次からは姫香が2人のフォローに回る事が決定した。まだまだ次が7層目、10層までは長い道のりである。

 後衛陣が追い付いたのを確認して、ハスキー達はゲートを潜って行ってしまった。どうやら怪我をした者も補給が欲しい者もいなかったようで、その点は安心である。

 そんな訳で、後衛陣も揃って遅れまいと、ゲートを潜って7層へ。




 そして驚き、目の前には水のカーテンが掛かっていた。どうやら滝の裏に出たようで、崖の上から下の濁流へと別の水源が合流している。

 ただし、驚いたのは人間だけのよう……ハスキー達は水のカーテンを華麗に避けて、木板の通路を伝って谷底ルートを進み始めている。


 そしていきなり戦闘になったようで、凄い音が後衛陣の方にまでは聞こえて来た。慌てて確認する護人と子供たち、そこには大ワニと格闘するハスキー軍団の姿が。

 何とも勇ましい肉弾戦で、大ワニは早くも水の中に逃げたそうにしている。ところが水の中には、順番待ちのワニの集団がいる模様で。


 変な場所で混雑しているが、それが向こうの仇になったのは確かみたい。哀れにも最初の大ワニは駆逐され、お替りの大ワニにもスキルの被弾が通っている始末。

 狭い木板の上の戦いは、こんな感じで苦労が絶えない。それは向こう側も同じようで、結局は多対1匹を強いられて悲惨な幕引きとなってしまった。


 大ワニは割と大物だった様で、そのドロップは魔石(小)に鰐皮となかなかの品揃え。良いねとご機嫌な末妹と、華麗な勝利に満足気なハスキー達である。

 ところが茶々丸は、今回は足場が悪くて得意のチャージ技があまり使えていないと言う。とっても不満そうで、相棒の萌もなだめるのに苦労している有り様である。


「仕方ないなぁ、それじゃあこのエリアじゃ騎乗を止めて、いつもの変化で人間の姿になりなさい。紗良姉さん、何か良い予備武器あったかな?」

「えっと、凄く性能のいい槍なら予備にあるかな? それから全ステータスアップの王冠と、ダマスカス鋼製のブーツがあるね。

 茶々丸ちゃんには元から着てた忍者服があった筈だから、それに追加でこれらを装備するのはどうかな?」


 香多奈も寄って来て、装備を見て良いんじゃないと賛成の素振り。黒い忍者服と金ピカの王冠は、微妙に似合ってなくも無いけど仕方がない。

 何しろこの王冠は、珍しく妖精ちゃんに没収されずに済んだ魔法アイテムなのだ。ついでに『ダマスカス鋼のブーツ』だが、全ステアップ+魔法着脱の良品である。


 更に言うと『ヴィブラニウムの槍』は、不折&貫通&衝撃・特大と言う予備に置いておくのが勿体無い逸品である。それを提示された茶々丸は、大喜びでドロンと人の姿に化けて行く。

 今回は、何故か遼の姿に変わったみたいだが、しっかり額からは2本のヤギ角が伸びている。その頭に『王者の王冠』を乗せて貰った茶々丸(遼)は、大喜びで飛び回っている。


 はしゃいでいるヤンチャ者を落ち着かせて、次いでブーツと槍も持たせてやる。ブーツは魔法の品なのでサイズ補正は完璧だが、槍は体形に合わぬ長さかも。

 それでも苦にした様子もなく、それを振り回す茶々丸(遼)は水を得た魚のよう。姫香はしっかりと、レイジーの言う事聞くんだよと釘を刺して前衛へと送り出してやる。


 レイジーは少々うんざりした表情に見えたけど、きっと気のせいだろう。そこからの探索再開は、茶々丸(遼)と萌の小柄な2人の活躍が超見モノかも?

 もっとも、それは撮影役の香多奈の独断と偏見のナレーションには違いない。まぁ、目立つ存在なのは確かだし、今の所はレイジーより前には出ておらずその点は安心だ。


「良かったねぇ、茶々丸ちゃんも次の戦闘からは活躍出来そうで……でも何で、今回は遼君の姿になったのかなぁ?

 あっ、さっそく出て来た敵と戦い始めた、今度はリザードマンかな」

「そうだね、足場の悪い場所でもちゃんと戦えてるのは偉いね。張り切り過ぎて、川に落っこちなければいいけど……あっ、落っこちた」

「……仕方ない、救助に行って来るよ」


 ヤン茶々丸は、どこまで行ってもヤンチャな性格は治らないようだ。慌てているのは前線のレイジーも同じで、『歩脚術』で助けに行こうとしてくれている。

 護人も薔薇のマントの飛行能力で、濁流にさらわれた茶々丸の救助に大忙し。他のチームの失踪に潜って、自分のチームから失踪者を出すなんて本当に笑えない。


 姫香もレイジーの抜けた穴を塞ごうと、大慌てで前線のフォローに回っている。結局は、どこまでもお騒がせな茶々丸は、何とか数分後に護人が救助に成功した。

 人型への変化を勧めた姫香は、不味い提案しちゃったかなと戦闘終わりに天を仰ぐ仕草。それは予備の装備を渡した紗良も同じで、こちらはどうフローしようかと頭を悩ませていた。


 末妹のみ、散々におバカだねぇと救助されてしょげ返っている茶々丸に罵声を浴びせ掛けてている。叱る役は確かに必要だけど、何とも容赦のない悪口の羅列だ。

 それを取り成す護人も、内心は同じ思いだけどさすがに可愛そうと言う思いが勝ってる様子。濡れた装備を乾かすのに忙しい紗良も、ドンマイと小さな声で呟くのみ。

 そんな訳で、7層の攻略はしばらくの間停滞しそう。





 ――茶々丸の評価も、同じく停滞ていたい気味なのは本人にはナイショ。






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