第769話 いよいよ“太古のダンジョン”の失踪事件に取り組む件



 昨日は白い狸が出るとの噂の、宿に泊まった来栖家チームと異世界+星羅チームの面々である。今は朝食も食べ終わり、そろそろ探索の準備を始めようと話し合っている所。

 その白い狸の出没がささやかれる中庭だが、現在はハスキー達が陣取って我が物顔な有り様。これではさすがに、レアな目撃も叶いそうにない。


 それを残念がる末妹だが、姫香とザジはそれ所でもない様子。一足早く探索着へと着替えて、ルルンバちゃんとズブガジと山登りをこなす予定なのだ。

 その他の面々は、ロープウエーで遅れて出掛ける事が決まっている。従って、もう少しだけ時間に余裕がある訳だ。とは言え、紗良や星羅辺りは申し訳なさそうな素振り。


 頑張ってねと姫香とザジを激励しているが、本人たちは特に何にも思っていないみたい。何しろ2体に騎乗して、道案内するだけの役目である。

 危険な探索に較べれば、欠伸あくびが出そうな内容に他ならず。


「そんじゃ、どっちが早く着くか分かんないけど、山頂で会おうねっ! こっちは紅葉を眺めながら、ザジとドライブを楽しんで来るよ」

「何かあったら巻貝の通信機で知らせてね、姫ちゃん……ルルンバちゃんとズブガジちゃんも、見慣れない山道を気を付けて進んでね?」


 そんな言葉のやり取りを旅館の前で行って、ルルンバちゃんとズブガジはいざ弥山みせんを目指して駆け始める。それに騎乗する姫香とザジは、至って呑気に一行に手を振っている。

 見送った面々も、そろそろ出発の準備に取り掛からなければ。それを聞いて張り切り始める末妹だが、昨日は観光もほぼ出来ずに残念そうな表情である。


 捜索依頼が今日1日で終われば、明日は観光出来るよと慰める長女は超ポジティブである。それを聞いたムッターシャとリリアラも、それは楽しみだと前向きな顔付きに。

 異世界人の彼らは、日本の建築物や風習に外国人以上に食い付く傾向があるのだ。昨日の夕方に、海に浮かぶ赤い鳥居を見た際にも物凄くテンションが上がっていた。


 この様子を見て、もっと連れ出してあげれば良かったと後悔する来栖家の面々である。もっとも、最初の頃は彼らをなるべく目立たせまいとの思惑もあったのだけど。

 現在はどちらかと言えば、その探索者としての実力を大いに発揮して貰いたいフェーズなのかも。周囲の奇異の目に関しては、彼らには跳ね除けられる力を有している。


 不安なのは、その力を取り込もうとか利用しようと考える大いなる団体の存在である。そんな輩が近付かないよう見張るのも、協会所属の土屋と柊木のお仕事だったり。

 来栖家チームの役割は、そのお手伝いとかその他の生活補助とか諸々だろうか。それは当然、ギルドの一員なので言われなくてもやるつもりの護人と子供たちである。

 幸いにも、両者の関係はとっても友好で、今の所は何の問題も無し。



「ちなみに、宮島には野犬が1匹もいないのは知ってるかい、香多奈? 昔は野犬が群れて鹿を狩ってたりしてたんで、駆除されたそうだよ。

 そのせいで、狸も増えて白い狸も目撃されるようになったのかな」

「へえっ、そうなんだ……今は食糧不足で、その鹿もすっかり減っちゃってるよねぇ。広島のハトも減ったって双子も言ってたから、仕方が無いのかもね」

「ハスキーとか大型犬が、宮島に上陸したのひょっとして初かも知れないですね、護人さん。地元で飼ってた人とかいたのかなぁ……島の暮らしとか、あんまり詳しくないから分からないですね。

 その辺は、山の上とかと一緒なのかなぁ?」


 そう言って首を傾げる紗良だけど、実は島の暮らしは田舎の山の上より数段ハードである。山の生活も相当に不便だけど、海を隔てると買い物などの物資補給も相当に大変。

 滅多にない事だけど、台風が来れば普段は波の穏やかな瀬戸内海も相当に荒れるのだ。そのせいでフェリーが結構になる事もあるし、島民は冷凍庫の2台目持ちは常識なのだとか。


 宮島も実は、広島の海岸線と同じで平らな土地は意外と少ない。坂の上の住居に棲む住民は意外と多いので、その点は尾道並みに生活は大変かも。

 何より宮島には、お墓を建てる事が出来ない決まりなので、住人のお墓は本土に作らないといけない。学校も中学までしかないし、島の暮らしは色々と大変なのだ。


 お墓が近くに建てれないのは不便だねぇと、香多奈は驚いた様子。ウチなんか小学校までしか無いよねと、変な所で張り合ってるのはアレだけど。

 そんな宮島も、“大変動”では相当な被害に遭ったみたいである。今はそれを乗り越えて、それなりに島に来訪する客の対応も出来るようになっているそうな。


 ちなみに宮島に出現したダンジョンは全部で3つ、一番有名な“厳島ダンジョン”はB級とランクが高い。他の2つもB級で、活発な探索者の活動場所にはなり得なくて残念な限り。

 そこにやって来た“浮遊大陸”と、それに付随した“太古のダンジョン”のお陰で、最近は新人探索者も来るようになってくれた。今では広島県で、一番のパワースポットと呼ばれているそうだ。


 お陰で弥山みせんの山頂に、宮島の協会支部が急遽きゅうきょ出来る始末である。今日もそこで事情を聴いて、A級2チームで救援活動へとおもむく予定。

 異世界チームのムッターシャとリリアラに至っては、未だに観光気分が抜けていない感じ。それでも迎えに来てくれた協会職員に従って、2チームの面々はロープウエー乗り場まで朝早くから移動を果たす。


 来栖家の子供たちも、それからペット勢も宮島の観光地を抜けて山へと続くルートを楽しんでいる。案内の協会職員は、電話で何やら通信が忙しそう。

 どうやら、今から乗るロープウエーの手配が忙しいみたい。何しろ姫香とザジが不在にもかかわらず、ペット達も含めて2チームの大所帯である。


 結局は、時間を置いて二手に分かれて途中の駅で再び合流。そこからは大きな箱に乗って、全員で一度に『獅子岩駅』へと到着を果たした。

 所要時間はスムーズに乗り換えて15分程度、この後に弥山みせんの山頂まで30分の道のりとの事。展望台をスルーして、一行は頂上を目指して歩き始める。


 どうやらロープウエーでの移動も、楽しんでいた異世界チームは上機嫌。高い場所から海を眺めるのも、感動しているようで誘った甲斐もあったと言うモノ。

 もっとも、誘ったのは今からの救護任務の依頼だけれど。これを無事にこなさない事には、失踪した4チームも報われないに違いない。




「おおっ、本当に山のてっぺんに事務所が建ってるねっ! 姫香お姉ちゃんとザジの2人と2台は、もう到着してるかなっ?

 こっちも案外、山登りに時間が掛かっちゃったもんね」

「そうだね、もっと山頂に近いイメージがあったけど……何にしろ、2人とルルンバちゃん達と合流して、協会事務所で詳しい話を聞かせて貰おうか。

 それからダンジョンに突入するから、10時頃の出発になるかな?」

「あっ、通信機によるともう近くまで来てるみたいだねっ。良かった、変に迷ったりしないで……事務所の話し合いは、護人さんと土屋女史だけでする感じですか?」


 事前の情報収集はほぼ終わっているので、ここの事務所では詳しい話を聞くだけである。それから突入許可を協会に貰っての、探索任務が始まる流れみたい。

 何しろ今では、1日に数チームが探索に訪れる有名ダンジョンなのだ。きちんと管理しておかないと、今回みたいな失踪騒ぎにずっと気付けない可能性も。


 そんな訳で、代表して護人と土屋女史が開いたばかりの事務所へと挨拶におもむく。先ほどの案内してくれた職員を含めて、そこでは3名のスタッフが出迎えてくれた。

 それから4チームの失踪の時間経緯と、1冊のファイルを渡される。そこには失踪したチーム員の、顔写真や簡単なプロフィールが書かれてあった。


 なるほど、確かに今から救助に向かうのに相手の顔を知らないと話にならない。ちなみにチーム名だが、B級が『チーム白狸』でそれ以外が『無頼漢ズ』『ブラッサム』『鯉党連合』の3つらしい。

 護人と一緒に顔写真を眺めていた土屋が、ファイルのあるページでピタッと止まった。どうやら『無頼漢ズ』チームの数名に見覚えがあるらしく、今月の青空市で桃井姉弟にいちゃもんを吹っ掛けた連中だと断言する。


 さっそく罰が当たったなと呟く土屋だが、チーム全員で失踪8日目は重過ぎる罰の気が。1週間近くダンジョン内で行方不明となると、生存の確率は限りなく低い。

 B級の『チーム白狸』で今日で失踪5日目、かなり微妙である。こちらはかなり変わった編成で、“幸運少年ラッキーボーイ”の二つ名の14歳の少年と、“白翁はくおう”と呼ばれる70歳の探索者が同じチームに在籍しているらしい。


 他は20代の若者3名で、全員が揃ってB級ランクと実力は確かっぽい感じを受ける。救助依頼を気楽に受けて、速攻で向かったのも好印象で生きていて欲しくはあるけれど。

 5日は厳しいなと、これまた土屋の呟き。


「どちらにしろ、それだけの期間があれば遺体の場合はダンジョンに吸収されて、遺品は宝箱に使用される確率はうんと高い筈です。それらの回収品を持ち帰って頂ければ、依頼の方はクリア扱いとなります。

 ただまぁ“太古のダンジョン”の8つのルートの繋がりは、実はよく分かっていない所もあるんです。うっかり別のルートと繋がってたり、はたまた“アビス”と繋がってたって話もあるそうで。

 そんな訳で、生存の確率もゼロでは無いと思いたいですね」

「来栖家チームは、確か“アビス”からトラップゲートで“太古のダンジョン”に飛ばされた経験があるんだったかな? しかもそれを抜けたら、“浮遊大陸”の地上部分に出たそうな。

 それを考えると、うっかり地上に出て彷徨さまよってる可能性もあるのかな」


 それはありそうだと、護人も同意しながらファイルの名簿を見直す。最年少の失踪者は14歳らしく、そんな若者が探索中に命を落とすのは悲し過ぎる。

 別に70歳の老人は別に良いって事ではないが、年寄りの冷や水感は否めない。そんなハッスルお爺ちゃんに会ってみたい気はするが、果たしてその願いが叶うかは今の所は不明。



 それから姫香とザジが、ルルンバちゃんとズブガジを連れて無事に合流を果たした。それを受けて、それじゃあいよいよ“太古のダンジョン”へ向かおうかと張り切る子供たち。

 協会の案内人は、その入り口のゲートまで案内してくれるとの事。どうやら4チームがどのルートを選択したのか、その場所で教えてくれるみたい。


 確かにそれは大事、話では8つのルートがあるそうだけど、見当違いのゲートに入っても手掛かりは追えないだろう。その8つのルートは難易度も別々で、4チームが失踪したのはC級ランクの難易度のルートらしい。

 それも2ルートでの遭難だそうなので、来栖家チームと異世界+星羅チームで丁度良い感じではある。どちらも階層渡りの手段はゲート潜りで、中ボスの間には退出用の魔方陣も湧くのは確認済み。


「でも、今の所はトラップゲートとか凶悪な罠の報告は上がってないんだよね? まぁ、掛かったチームが報告出来ないパターンもあるかも知れないけど。

 単純に敵の毒牙に掛かって、チームが全滅したパターンも当然あるだろうし。色々と考える事は多くて、救援活動がどうなるかは完全に予測不能だねっ」

「本当にね、まぁこっちも用心して進むしかないよねぇ……ハスキー達の鼻を当てにして、いつものように探索すべしだよっ!」


 そう話し合う姉妹は、この一連の失踪騒ぎをあまり重く受け止めていない模様。ただし、用心して進む気持ちがあれば護人としては問題無し。

 後は本当に、香多奈の言うようにハスキー達に頼るしかない。その結果がどうなるかは、姫香が口にした通りに予測は不能なのだ。

 もちろんベストは、4チーム全員の無事な救出である。





 ――ただし、ダンジョンがそんな生ぬるくないのは、探索者は全員知っている。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る