第767話 山の上も段々と冬対策を進めて行く件



 平日を利用しての新人ズの2度目の探索も無事終わり、山の上の生活は束の間の平穏を迎えていた。具体的には、秋のイベントの稲刈りや柿や柚子の収穫も終えてひと段落ついた所。

 新人ズの3名も、探索者活動での儲けが功を奏したのだろう。自分達の力で生活していけそうと知って、明らかに肩の力が抜けたようである。


 その点は、確かに居候状態をずっと続けなくて良いと知った安堵感は大きいかも。そう言う意味でも、保護者付きとは言え2度の探索活動の成功はまずは良かった。

 お陰で桃井姉弟にしても遼にしても、明らかに以前より表情に余裕が生まれた気がする。それから何か3人で画策していたと思ったら、そのサプライズは週末に判明した。



 それはともかく、知り合いの探索者からあれこれとラインが届くに、どうやら宮島が本格的にヤバいらしい。来栖家チームに依頼が来るかもねと、姫香は冷静に護人に呟く。

 そのラインには、依頼を受けたB級チームも戻って来ないとの衝撃の内容が。


「宮島との距離的には、市内の有名ギルドに依頼が行ってもおかしくないけどさ。市内の高ランクチームは、1ヶ月以上の県北レイドが終わったばかりだもんね。

 廿日市はつかいちは地元だし、ウチに依頼が来る気がするなぁ」

「それは参ったな、敷地の前の道路工事を始めたばっかりだってのに。配管さえしっかり張り巡らせば、後は温水を流すだけで道路の積雪問題とはおさらばだからね。

 ウチは温水は魔法装置で簡単に出来るし、配管もタイルもこの間買い揃えたばっかりだしな。後は工事するだけだってのに、変な依頼に駆り出されたく無いな」

「もう地面の半分以上を、掘り起こしちゃってるもんねぇ……ルルンバちゃんが凄く張り切って、久々の小型ショベル姿で走り回ってくれたからね。

 取り敢えず、出来る所まではみんなで進めちゃおう!」


 作業着姿の子供たちは、そんな感じで働く気満々で頼もしい限り。そして手順良く、ルルンバちゃんの掘り起こした地面の配管作業をこなし始める。

 今は平日のお昼過ぎで、香多奈たち小学生組はついさっき学校から戻ったばかりである。そしてすぐに敷地作業に手を貸す姿は、アッパレと言うしかない。


 本当は週末の時間をこの作業に充てる気だった来栖家だが、その辺のスケジュールが不透明とあって。凛香チームの隼人や子供たちの手を借りつつ、地道に進めている次第である。

 桃井姉弟や遼も手伝っていて、穴掘り作業を楽しそうにこなしている。この辺は、働かざる者食うべからずとちゃんと分っているようで何よりだ。


 しかも、大変な作業もみんなでワイワイ騒ぎながらやれば楽しいと、しっかり気付いてくれているみたい。田舎の生活では、細々とした作業は延々とあるので、楽しみながら作業を行う能力は必須である。

 ルルンバちゃんも同じく、その姿は探索に同行しているテンションと寸分変わらない程である。人間との共同作業は、彼にとっては何でも楽しいのかも知れない。


 お料理係の面々も心得たモノで、この後にはしっかりとご褒美の食事が待ち構えている。この辺の分担作業は、稲刈りや田植えを通してすっかり慣れている面々だったり。

 そんな訳で、冬への対策は着々と進む山の上だった。




 そんな作業の後の食事中に、買った中古車の装甲をどうするのと話しているのは隼人と久遠だった。最近の隼人は、本当に面倒見の良いお兄ちゃんポジションである。

 隼人としては、探索者として使う車に装甲無しは有り得ないと思っている様子。確かにダンジョン探索に向かう車なのだから、野良のモンスターとの遭遇率も高いかも。


 整備のお金は出してあげるよと、思い切り甘い保護者の護人の言葉を制す隼人お兄ちゃん。その位は自分達で出さないと、車に対する愛着が湧かないぞとのもっともな意見に。

 そりゃそうだと、側にいた子供たちから多数の同意の文句が上がる始末。今日はいっぱい頑張ったメンバー達は、文句も言わずに人参とごぼうのきんぴらを食している途中。


 ついでにカブのお味噌汁も、たくさん食べてねと紗良からの無言の圧力が。大半は植松のお婆に漬け物にして貰ったのだが、まだ結構余っているようだ。

 桃井姉によると、チームでの積立金は2回の探索で5万円ちょっと程あるそうな。それに自分達で出し合って、今度の隣町への用事の際に改造して貰うと口にする。


「そうだねぇ、近くでやってくれる人がいるなら一番いいんだけどねぇ。林田のお兄ちゃんとか、たまに車のパーツとか趣味でいじってるけどね?」

「ああ、確かにれん君は器用だけど……さすがに部品が無いと、装甲の追加とかは無理だろう。こう言うのが回収出来るダンジョンが、近くにあればいいんだけどね」

「そうだね、カブとか人参も別に嫌じゃないけど……そう言えば叔父さんの持ってた外国の小説に、カブと豚の話があったよね?

 あれってどういう内容だったっけ?」


 香多奈の振りに、それはシャーロット・マクラウドのミステリー小説だねと解説を始める護人である。それはアメリカの架空の田舎の大学町を舞台にした物語で、農業大学の教授が主人公なのだ。

 教授は大きく育つカブを発明し、それを食べた豚や家畜の糞がバイオガス発電に役立っていると書かれていたのだが。それがそっくり北海道のある町で実践されて、驚いた記憶が護人にはあったりする。


 推理小説なので、その辺の記述はあまり詳しくは無いのだが。この小説の翻訳をした人が、実は広島の出身だったりもするのだ。

 小説自体も面白いよとの言葉に、食事中の数名が興味を持った表情。貸し出してあげるから呼んでご覧と、来栖家の読書の啓蒙けいもう活動はいつもだいたいこんな感じ。


 主に護人や紗良が、自分が面白いと感じた小説やコミックを、年少者の面々に貸し与えるのだ。近くに図書館など洒落たモノの無い田舎町では、こんな感じで本は人から人へと渡って行く。読書愛好家としては、こうやって布教して行くのも楽しみの1つである。

 結局、護人の推薦の小説は読むスピードの速い年長者から借りて、順次年少組に渡って行く事に。外国の小説は生活文化の違いで戸惑う事も多いが、是非楽しんで欲しいと護人は思う。

 そんな感じで、ご褒美の夕食会は進んで行くのだった。




 その次の平日の放課後も、敷地内の作業は続いていた。子供達も手伝って、人数はそれなりにいるのだが皆が土木工事に慣れてないのは当然で。

 護人やルルンバちゃんも頑張っているのだが、やはり道路一面に配管を通す作業はなかなかに大変である。そのせいで、配管工事の方は遅々として進んでおらずな現状である。


 その代わり、隼人の提案の敷地内の奥の土壌改良はまずまず順調みたい。ダンジョン産の肥料などをき込んだ土壌は、何だか輝きも違っているように見える。

 試しに秋の野菜を植えようかと話し合う現場に、植松の爺婆も様子を見に来てくれていた。今日は夕食会を開くと言うので、お呼ばれに招かれた感じである。


「ああ、新しい子たちが料理しよるんか、そりゃええのぅ……ほんじゃあ、楽しみにしとかんといかんねぇ」

「久遠君や遼ちゃんは、料理した事無いからお手伝いだけどね。餃子を包む役をやってるらしいよ、楽しそうだねっ!」


 カナちゃんにかかったら、何でも楽しくなっちゃうねとお婆も笑って同意している。お爺もそりゃあ楽しみじゃと、隼人の作業を見守りながら話に加わっている。

 周囲では香多奈や和香や穂積がネコ車を操ったり、雑草を抜いたりと作業中。その周辺にはコロ助や茶々丸が、護衛役として見張り役をこなしている。


 もっとも茶々丸に関しては、走り回っているヒバリに気もそぞろだけれど。自分も一緒に遊ぼうかなと、内心ではそんな葛藤が巻き起こっているのかも。

 ヒバりの体重は順調に増えているけど、相変わらずフワモコの羽毛の目立つ幼児体型ではある。それがとっても可愛いと、家族どころか山の上の住人にとっても人気だ。


 そんな訳で、色んな人に可愛がられて人慣れに関しては順調なヒバリである。ただまぁ、香多奈が計画しているグリフォンライダーの道は当分先の事になりそう。

 それでも探索に同行させるのは、妖精ちゃんの指示があるからに他ならない。どうやら、彼女の『新入りは全て自分の陣営に取り込んじゃうぞ』作戦は、今も実行中らしい。


 問題なのは、ヒバリが割と人懐っこくて家のぬしであるミケとも仲が良くなっている事。ミケも子供には優しいし、モコフワな感触を気に入っているようだ。

 まぁ、ヒバリが来栖家と山の上の環境に慣れてくれてるのは、とっても良い事だと皆も思っている。最近は平日の平和な時間を、ハスキー達について散歩などもしている模様のヒバリである。


 さすがにソロで駆け回るのは、まだ怖いらしい0歳児のヒバリである。ハスキー達もようやくこの不思議生物に慣れて、お世話も普通にこなすようになって来た。

 ヒバリの方も、構って貰えてとっても嬉しそう……ただし、同じ感じで山の上に参加して来た萌は、割と微妙な表情でこの新入りを眺めている。


 とは言え、いじめる程でもない……何しろ、精霊体が肉体を持つ決定を下すのは、相当な勇気が必要なのだ。萌も同じく、その気持ちは良く分かる。

 それでも一緒にいたい魅力が、この来栖家にはあるのだろう。良く分からないが、苦楽を共にするだけの価値を萌もヒバリも感じたに違いない。


 ――それはまるで、赤ん坊が生まれる先を自ら決めるみたいな?




 そんな萌とヒバリの思惑とは関係なく、桃井姉弟と遼の主催の夕食会は開催された。名目的には、ここまでお世話になったお返しがしたいとの事らしい。

 それなら物を買うより、お料理のプレゼントがいいよと美登利や小鳩の入れ知恵に。その両者に手伝って貰っての、今回の宴会となった模様である。


 植松の爺婆も招かれて、料理はともかくセッティングは本格的である。とは言え、山の上のメンバーが集合したせいで、来栖家のリビングはとっても狭苦しく感じられるのは仕方がない。

 それでも、押し合いへし合いしながらご飯を食べるのが、最近の来栖邸の風物詩になって来ている感も。そんな今回の夕食のメインは、新人ズが一生懸命作った餃子だった。


 こちらの製作には、美登利と小鳩も手伝ったので大きな失敗は無いみたいだ。それでも変な形の餃子が混じっているのは、ご愛敬と言う事で気にしない優しい面々。

 何しろ数が凄い、軽く200個以上はあるので足りなくなる事も無いだろう。それから茜の感謝の言葉や護人の号令掛けが終わって、始まる賑やかな夕食会。

 そして餃子を口に運んだ面々が、次々に微妙な表情に。


「あれっ、これって……中身は白菜とかじゃないの?」

「ええっと、紗良姉さんのお願いで……半分は、ゴボウと人参が入ってます」

「当たりはキャビアとか、虹色の果実が入ってるのもあるよっ! 私と和香ちゃんも手伝って、中身の具のアイデアを出したのっ!

 たくさんあるから、遠慮なく食べてねっ!」


 どうやら香多奈が一肌脱いだらしく、つまり晩餐会ばんさんかいは一気にカオスになってしまった。遼もご機嫌に、カブの入った奴もあるよと追従する。

 最近のお裾分け攻撃で、その言葉だけは聞きたくなかった大人たち。とは言え子供の気遣いを無碍にするわけには行かず、美味しいよと形のいびつな餃子を口に運んで行く。


 植松の爺婆は、そんな事には全く動じない昔の人ではあるモノの。そんな人たちが、間違って虹色の果実を食べたらどうなるんだろうと子供たちの素朴な疑問。

 そんなスリルをはらみながら、夕食会は賑やかに過ぎて行く。





 ――来栖邸にとっては、こんなの日常の一部でしかなかったり。









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