第763話 勇者が覚醒の兆しを見せ始める件



 来栖家から借り受けた『王者の剣』だが、効果は“不折&光属性&威圧・大”であるらしい。その能力は、確かにレベルたった3の新人が持つような物ではないみたい。

 とは言え、それを自在に操れるのは《勇者》スキルの恩恵なのだろう。何と言うか、『威圧』で怯んだゾンビ相手に、向こうの苦手属性の『光属性』の一撃である。


 それはスケルトンも一緒で、まるで雑草を刈り取るかのような手応えしかないこの違和感。新人の久遠くおんでなくても、恐らくは戸惑う事だろう。

 それは後衛の茜も一緒で、渡された浄化ポーション入りの水鉄砲の威力が凄過ぎる。こちらはダンジョン産ではあるけど、市販されている物だとの説明を受けたのだけれど。


 その殺傷能力は、まるで魔法じゃないのと見紛みまがうばかり。それが浄化ポーションのパワーなのだが、ゾンビやスケルトン程度なら一撃で倒してしまえる。

 しかも仲間に間違ってかかっても、ダメージは無いので初心者にはお勧めである。唯一の欠点と言えは、浄化ポーションの値段だろうか。

 100mlで2千円……1リットルで2万円は、ポーションと同じ値段である。


「うわっ、そんな高価なお値段なんだっ……それじゃあこの水鉄砲は、あんまり使わない方がいいのかなっ?

 久遠の剣で倒せば、ただで倒せるもんねっ」

「それはそうだけど、ウチも割と在庫を抱えてるからね。ポーション系も半年とか1年とかで駄目になっちゃうから、古いのは消費した方がお得って考え方もあるよ。

 そんな訳だから、気にせず使ってね、茜ちゃん」

「ねえっ、今度は僕の武器を使ってみてもいい?」


 そう元気に発言したのは、この暗闇の洞窟タイプを少しも怖がっていないりょう少年だった。それは彼の持つ《闇の君主》スキルのせいかもだし、違うのかも知れない。

 とにかく1層の雑魚モンスター狩りは、順調そのものでルルンバちゃんの出番も無い程。この“墓地ダンジョン”は、雰囲気は怖いけど準備さえあればこんなモノである。


 洞窟エリアの本道に沿って、まず並んでいるのは墓石や卒塔婆そとうばである。たまに提灯ちょうちんや石灯篭とうろうがロウソクのほのかな光を提供して来る。

 総じて不気味で、心なしか空気も生温かくてゾンビの腐敗臭も漂って来そうな感じ。現に、前回に来栖家チームで探索に来た時よりも、敵の湧く数は多い気もする。


 そんな訳で、今度はツグミに見守って貰いながら、遼の影操りを利用した『木の実爆弾』の投擲とうてき実験の開始。普通に投げても良いのだが、スキルは使わないと成長しないので。

 こんな浅層の、敵が弱いエリアでお試し戦闘をこなすのもある意味常識とも言える。皆が見守る中、何とか遼の影操りは『木の実爆弾』を持ち上げる事に成功した。

 そして恨めしそうな足取りのゾンビに、見事に投擲も成功!


「やった、これも凄い威力だねっ、お姉ちゃん……影の操作も上手かったよね、ツグミちゃん?」

「うわっ、これはなかなか……浄化ポーションよりも威力は高いんじゃないの、紗良姉さん? さすがの錬金の成果だね、大量に造れたら協会も買い取ってくれるかもだよっ。

 ポーション瓶と一緒に、錬金で大儲けだねっ♪」


 姫香が言うポーション瓶とは、劣化防止の魔方陣の組み込まれた特性の瓶の事。こちらは日馬桜町の協会支部から、本部への売り込みが成功して。

 毎月50本ほどの納入で、それなりの売り上げを紗良のふところにもたらしてくれていた。確かに清浄の木の実は、温室での栽培には成功している。


 ただし裂帛れっぱくの木の実の方は、育成は順調だけど元が大木の様でまだ実をつけるには至っていない。そんな訳で、製品化は当分先かなぁと残念そうな口ぶりの紗良である。

 今回はお試しなので、作った20個は存分に使ってねとのお達しに。遼は分かったと元気に返事して、茜や久遠にも分けてあげている。


 この辺のチームの仲の良さも、1ヶ月に満たないながらも順調なようで何より。主に遼少年の屈託のなさと、それから天真爛漫な性格が潤滑油じゅんかつゆとなっている感じかも。

 連れて来た土屋女史に似たのか、桃井姉弟の方はどちらかと言うと人見知りな性格の模様。それでも家事や外の手伝いはきっちりこなすし、山の生活には順応して来ている。


 それには保護者役の土屋も一安心の素振りで、ぶっちゃけ探索者に適応が無くても良かったのだ。たまたま姉弟が超レアスキルを引いたのは、山の上に棲まう神様の悪戯いたずらだとすら感じている土屋である。

 そもそも言わせて貰うと、協会の職員上がりの土屋は、こんな酷い敷地環境を今まで見た事は一度も無かった。何よりさほど離れていない敷地エリア内に、ダンジョンが3つも生えているのだ!

 こんな場所は、広島県内どころか全国でも稀ではなかろうか。


 それを含めて、桃井姉弟をこのギルドに招くのに大いに葛藤があった。『日馬割』ギルドがアットホームで、とっても良い物件なのは紛れもない事実である。

 ただし、自分に保護者としての能力があるかとか、姉弟がここでの生活に馴染めるかとか。考える事は色々あったのだが、結果は案じるより産むが何とやらで。


 早くも2度目のお試し探索で、上々な成果を披露してくれている。ちなみに良く分からない特殊スキルについては、土屋はキッパリ思考を諦めて触れない事に。

 来栖家の子供達は面白がっているが、他言無用を護人が言い渡してくれてまずは良かった。これ以上の混乱は、ひよこマーク保護者の土屋には手に負えそうもない。


 そんな事を考えている内に、1層の探索もいつの間にか終わっていた。1つだけあった支道は、遼が姫香とツグミに付き添われてたった2分で戻って来た次第。

 その手には魔石(微小)が1個握られており、スライムを自力で倒したよと嬉しそう。良かったねと褒める紗良だが、直に触っちゃダメだよと魔石の扱いを易しく教えている。


 魔素の塊の魔石系は、扱いを間違えると“変質”の引き金になってしまう。治療を終えたばかりの遼少年だが、その辺の知識が足りなかったのは一目瞭然である。

 それを新人ズに教え込むのが、この保護者同伴の探索の目的でもある訳だ。安全とは、何もモンスターの脅威を物理的に遠ざけるだけではない。

 しっかりとした知識を身につけるのも、同じく大事ではある。



 そして降り立った2層目も、同じく不気味な雰囲気の死霊の徘徊するエリアだった。真っ直ぐ続く洞窟エリアは、探索の時間が掛からなくて楽ではある。

 お陰で子供達の足でも、20分も掛からず1層をクリア出来てしまった。今回の目標は10層と言い渡してあるけど、疲労を見極めて早めに切り上げるのもアリだ。


 特に遼は、香多奈と同じ年齢なのだ……肉の付き方は随分劣って、とても体力があるようには見えない。いざと言う時は、帰りを土屋がおんぶして戻るとも言ってくれている。

 探索がはかどらなかった場合は、紗良と姫香とで10層かそれ以上を間引きする手も残っている。ルルンバちゃんのドローン形態での参加は、そう言う意味では早まったかも。


 子供が数人乗ってもへっちゃらな魔導ゴーレムは、まさにこの手の帰還用の魔方陣のないダンジョンでは超便利。後ろに取り付けた簡易シートに乗って貰って、運べば良いのだから。

 そんな事を話し合う保護者たち後衛陣だが、もう既に2層の探索も半分を過ぎてしまっている。初見のゾンビ犬も、強さは人型のゾンビとそれ程に変わりは無いよう。

 あっさりと久遠の『王者の剣』に斬られ、成仏して行ってくれた。


 それを見た遼は、ああっと言う残念そうな表情。動物好きなのは筋金入りらしく、可哀想とか内心で思っているようだ。とは言え、ツグミに同意を求められても、返答の仕様も無いだろうけど。

 この2層からは、メインの戦闘はほぼ久遠が担う流れが出来上がっていた。浄化ポーションの値段を聞いた茜が、遠慮を感じたのも理由の1つ。


 それ以上に、動きの遅いゾンビ程度なら久遠の剣術でも充分に通用するのが分かったのだ。スケルトンも同様で、ルルンバちゃんのドローン形態も盾役には不足はない感じ。

 彼も水鉄砲を持っているので、いざと言う時の参戦は可能である。今の所は、罠や待ち伏せが無いかの偵察をメインに頑張ってくれている優秀なAIロボだったり。


 その成果は続いての3層で見事に叶って、倒れて来た石灯篭を避ける事に成功。近くにいたチーム員もかばう事が出来て、紗良や姫香からも称賛を浴びるルルンバちゃんであった。

 簡単な罠ではあったけど、石の重さは合計で百キロ以上はあった。それが直撃したら、初心探索者の彼らだと怪我を超えて骨折までしてたかも。


「左右の障害物も、こんな感じでトラップに組み込まれてるかもだから注意してね。油断してたら怪我じゃすまないよ、みんなっ!

 ルルンバちゃんはお手柄だね、言葉が喋れないからアレだけど」

「そうだね、ルルンバちゃんは注意喚起が出来ないからねぇ……だからみんなの方で、挙動には充分に注意してあげてね?」

「わっ、分かりました……本当にありがとうね、ルルンバちゃん」


 ご機嫌なAIロボは、簡易アームを振り振りして何でもないよの合図を送って来る。そしてついでのように、崩れた石灯篭の背後に半紙で編まれた箱があるよと報告してくれた。

 それは簡易宝箱だった様で、中からは鑑定の書が3枚に魔玉(闇)が2個、それからポーション瓶とロウソクと線香の入った箱が出て来た。


 それを見た新人ズは微妙な顔、こんなの回収しても嬉しくないってのがありありだ。それでも褒められて上機嫌のルルンバちゃんを気遣って、皆が嬉しそうな表情を作っている。

 それにしても、ドローン形態でも安定の前衛振りは素晴らしい。まぁ、この特殊な死霊系しか出て来ない、ダンジョンならではの珍現象かも知れないけれど。


 とにかく今のトラップを目にして、新人ズも気合いを入れ直した様子。気を付けて行くよと、リーダーの茜が年下2人に気合い入れの言葉を掛ける。

 それを温かい目で見守る保護者視点の後衛陣、そして3層の探索は再スタートの運びに。この層からスケルトン弓兵や、魔導士タイプが出て来て難易度は確実にアップしている。

 そんな訳で、この声掛けはとっても的を射ているとも。


「久遠っ、アンタの盾さばきに後衛の安全が掛かっているからねっ! 弓矢も魔法も、全部シャットダウンしちゃいなさいっ!」

「わ、分かった……何とかやってみる!」

「後衛2人は、遠隔合戦に持ち込めるならやってみろっ。敵の数を減らせば、必然的にみんなの安全率も上がって行くからな」


 そんな対応に慌てている新人3人だけど、キーマンの久遠が意外と安定しているのは心強い。そして相手の弓矢や魔術師も、所詮はもろいスケルトンである。

 浄化ポーションの水鉄砲、もしくは『木の実爆弾』で致命打を与えられる敵なのは間違いなく。後衛の茜と遼は、張り切って骸骨の退治に取り掛かる。


 結果はそれぞれ一撃で仕留めて、味方の遠隔被害はゼロと優秀な成績を残す事に。なかなかの対応力に、姫香や土屋からも称賛の声が響き渡る。

 それに気を良くした遼が、調子に乗って追加の『木の実爆弾』の投与を行う。お陰で久遠が構えた盾の向こうは、綺麗サッパリ敵影が消え去る破目に。


 そしてやり過ぎは良くないぞと注意されるキッズ、加減って難しいねぇと慰め役の紗良はすぐに対処する。こちらのチームワークも、何と言うか抜かりない感じ。

 褒めて伸ばしたいのは山々だけど、間違って覚える事もやめて欲しくない。トライ&エラーは、成長の一番の近道だとみんな分かっている。


 それなのに、叱ってはいけないと言う教育現場の風潮は如何いかがなモノか。いや、来栖家も無駄に叩いたり暴力を振るう事はしないけど。

 リーダーの護人や紗良が柔らかい性格なので、姫香や土屋は厳しく行こうねとは前々から話し合っている事柄である。それで新人の事故率が減るなら、喜んで嫌われ役になるとの覚悟の役割分担とも言えるだろうか。

 それだけ、現場で教えるって難しいし未だに正解の分からない面々である。





 ――そんな一行は、3層を突破していざ“墓地ダンジョン”4層へ。





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