第762話 今度は紗良と姫香が保護者役で新人ズが探索する件



 新人ズのランクを一刻も早く上げるぞ計画は、姫香の中ではとっても大事らしい。早急に取り組むべき事案でもあり、そんな訳で護人と相談した所。

 ギルド『日馬割』のリーダーは、呑気にまずは移動用の足が欲しいかなと言及して。県北レイドでの儲けで、新たにお隣さん用にオートマ車を購入する流れに。


 お泊りしていた客人の陽菜やみっちゃんが帰って行って、時間に余裕が出来た事もあって。香多奈が学校に出掛けているお昼過ぎに、一行は隣町の早川モーターズにお邪魔した。

 それから毎度の交渉で、良い中古車が無いかと見て回る。相談した結果、運転が未熟な茜が運転する予定なので、最初はぶつけてもダメージが少ない中古車が良いと言う事に。


 これはまぁ、田舎でなくてもあるあるの事例で、特に問題は無く茜は可愛いクリーム色の軽自動車を選択。後は購入して、ひたすら地元に戻って練習あるのみ。

 幸いにも、土屋や柊木が付き合うと言ってくれ教官役は無事に決定した。田舎の運転練習は、対向車の心配はさほどないけど崖や狭い道は幾らでも出て来るのだ。


 そのため、やっぱり側で見てくれる教官役は絶対に必須である。“大変動”以降のドライブ技術も、やっぱり安全優先には違いが無いのだ。

 その午後の恒例練習だが、3日目になると何故か運転役は弟の久遠に変わっていた。どうやら桃井姉は、車の運転の適性はあまり高くは無かった模様である。

 これには来栖家の女性陣も、分かるよと揃って頷いて慰める素振り。


「まぁ、チームの中で1人でも上手な人がいれば問題は無いよ、うん。本当はサブ運転手がいた方が、遠征とかで交替で運転出来ていいとは思うけどさ。

 当面は近所ばっかの筈だから、運転はゆっくり練習しようね」

「はっ、はい……遼君に抜かされないよう、頑張らなくちゃ」

「そっ、そうね……私も前に進める事くらいは出来るんだけど。大きなキャンピングカーだったり、バック駐車とかは難易度が高くて怖気付いちゃうのよねぇ」


 そんな紗良の告白を聞いて、茜はへえっと意外そうな表情に。何しろ来栖家の長女は、家事全般が出来て周囲への気遣いも完璧な女性だとのもっぱらの評判なのだ。

 それを聞いて、真っ赤になって否定する紗良はちょっと可愛いかも。本人は運動音痴だし、探索ではみんなの足を引っ張ってばかりだよと謙遜けんそんを口にする。


 それをさえぎって、紗良姉さんはどこに嫁に出しても恥ずかしくない女性だからねと姫香の言葉。大威張りのその表情は、本心からに違いなさげ。

 そんな肉親の持ち上げにも、慌てまくりの長女ではあるけれど。現在いるのは、午後の暇な時間を利用しての地元の協会の依頼チェックである。


 ここで地元のダンジョン情報を確認して、依頼が出ていれば新人ズに受けさせようとの目論見だ。確認中の能見さんは、現在は奥のパソコンと睨めっこ。

 今回ここにいるのは、新人ズの3名と保護者の土屋女史、それから来栖家からは紗良と姫香が参加を決め込んでいる。護人は別件の自治会で、呼び出しを喰らって不在である。


 車も分乗して、久遠の運転する軽自動車と姫香の白バンでやって来た次第である。もちろんツグミも一緒で、遼と一緒に駐車場で遊びながら待機中。

 もっともツグミからしたら、新入りの子供を構ってあげている感覚なのだろう。とにかくさっさとランクを上げたい姫香は、能見さんに良い所お願いと声を掛ける。


「ええっとですね……現在、魔素濃度が高くて依頼を出せそうなのは“ゴミ処理場ダンジョン”か“墓地ダンジョン”のどちらかですね。

 どちらも癖が強いので、新人さんに勧めたくはないんですけど。2つの内のどちらかと言われたら、ランクの低い“墓地ダンジョン”の方ですかね?」

「あっ、去年の秋くらいに私たちのチームで間引きした記憶があるね。紗良姉さんがついて来てくれるんなら、死霊系のダンジョンでも問題無いんじゃないかな?

 どう思う、香織かおりちゃん?」

「うむっ、問題は無いと思うが……今回も『日馬割』ギルドから、死霊系に有利なアイテムは貸してくれるんだろう?」


 そっちは問題無いよと、お気楽に請け負う姫香はともかくとして。紗良の方は、浄化ポーションの水鉄砲や、錬金で研究中のアイテムを持ち出せるよと具体的な物言いである。

 それを聞いて、安心した表情を見せる正直な性格の桃井姉弟である。実は今回は、この姉妹が付き添いと聞いてやや不安だったのだ。護人は今回、多忙で探索に同行出来ないそう。


 そこで私が行くよと代打を買って出た姫香と、新人ズの活動が心配な紗良が名乗りを上げてくれて。土屋と一緒に、明日の午前から探索に向かう事が決定した。

 久し振りに岡野先生に会えるねと、楽しそうな紗良はお土産を何にしようかと既に心ここにあらず。姫香の方は、魔石を稼げると良いねと姉弟の鼓舞こぶに忙しい。


 土屋の方は、今回もルルンバちゃんの貸し出しは可能だろうかと2人に問うも。それはちょっと反則じゃないのと、スパルタ気質の姫香は難色を示す。

 紗良の方も、浄化ポーションがあれば壁役はそんなに必要無いかもと首を傾げる始末。援軍を求めて能見さんに視線を向ける土屋だが、彼女にもチーム内事情に口を挟む権限はない。


 姫香は少しだけ譲歩して、ドローン形態なら良いよと言ってくれた。去年の来栖家でも10層を軽く突破出来た低ランクダンジョンだし、そこまで警戒する必要もないとの経験者の言葉である。

 そんな説明を受けた土屋は、それで良いかと茜に問うてみる。保護者の土屋以上に不安そうな桃井姉弟だが、おんぶに抱っこ状態もアレだと思ったのだろう。

 何しろ保護役に、今回も大人3人が同伴予定なのだ。


「私は、別にそれで構いません……洞窟タイプなんですよね、それなら久遠の盾役だけでも大丈夫かと。後衛からの攻撃手段も、今回は水鉄砲があるそうですし。

 それなら私も遼にも、多分だけど簡単に扱えそうです」

「そうそう、探索だからって難しく考える必要はないのよ。私達が探索した動画で事前情報も得られるし、いざとなったら紗良姉さんの《浄化》もあるもんね。

 怪我しても今回は『回復』要員もいるし、ツグミがいるから不意打ちの危険も減るでしょ。これで失敗しろって方が逆に難しいよ、ねぇ能見さんっ?」

「そっ、そうですねぇ……でも姫香ちゃん、新人さんにあまりプレッシャーかけちゃダメ」


 親しい能見さんにそうたしなめられて、今のってプレッシャーになるかなと仰天した表情の姫香である。茜の方を窺うも、向こうにも目を背けられた姫香は憮然とした表情。

 何にしろ、姫香の言っている事の7割くらいは本当なので過剰な心配は必要なさそう。そう桃井姉弟を安心させて、一行は別々の車で帰路につくのだった。


 そしてそれぞれ、探索の為の準備を始めて明日に備える構え。来栖家としては、香多奈にバレてごねられても困るのでその辺は慎重に。

 どちらにしても後からはバレるけど、ついて行くと言って学校を休まれるよりはマシ。その辺は、保護者として護人とも固く約束をしている紗良であった。


 幸いにも、紗良の錬金工房は普段は末妹も寄り付かない温室の一室である。そこで“比婆山ダンジョン”の“冥界エリア”用にと研究していた品を、今回は新人ズに貸し出す予定。

 研究の成果が上手く発揮出来るかは、明日のお楽しみ――。




 次の日は、勘の良い末妹が今日の予定に気付く事もなく、小学生たちは無事に学校へと出掛けてくれた。まずは良かったと安堵しつつ、午前中のお出掛けの準備を始める姉妹である。

 護人の方は、昨日に引き続き自治会の案件で麓に用事があるようだ。どうやら、秋のお祭りを中途半端にしか出来なかった分、氏神様をお祭りするようで。


 ダンジョン化した地元の神社の大掃除と、それから宮司ぐうじさんを呼んで秋の収穫のお礼をするそうな。大変な仕事ながら、ダンジョンが近くにある為に大人達の仕事になった次第である。

 特に頼りにされているのは、護人やら自警団の面々なのは当然かも。紗良や姫香も一応は立候補したのだが、人数的には足りてるそう。


 それならばと、遠慮なく新人ズの2回目の探索を決行する事に。今回の“墓地ダンジョン”は、C級で魔素濃度は高いけど探索経験のある保護者付きだ。

 しかも今回も、バッチリ来栖家から頼りになる装備品を貸し出している。まずは前衛の久遠には、片手剣で光属性の『王者の剣』を使って貰う事に。


 同じく前衛のルルンバちゃんは、今回はドローン形態で参戦である。これは別に意地悪ではなく、優遇処置は少しずつ控えて行くべきとの判断の元の決断である。

 そんなルルンバちゃんにも水鉄砲を持たせてあるので、死霊系の敵相手なら問題は無し。同じくリーダーの茜も浄化ポーション入りの水鉄砲を持ち、対策は万全だ。


 最後に最年少の遼には、紗良が特別に作った『木の実爆弾』を持たせておいた。これは清浄の木の実と裂帛の木の実を掛け合わせて作った、いわゆる炸裂弾である。

 とは言え、一般人にぶつけてもちょっと痛い程度で何の被害もない。ところがアンデット特攻はえげつない程で、死霊系にはバッチリ効果を発揮する……筈である。


「残念ながら、近くに死霊系の湧くダンジョンが無いから、理論だけの試作品なんだけどね。この前の“比婆山ダンジョン”で試したかったけど、強敵の出現で出しそびれちゃったの。

 そんな訳で、今回は遼君が頑張って試してみてね」

「分かった、敵に向かって投げればいいんだよね?」

「危ないから近付き過ぎちゃダメだよ、出来たら影縛りの影を使うイメージでね。遼はまだまだツグミ程には影を操れないけど、訓練じゃ割と上手く出来てたからね」


 そんな話をしながら、姫香の運転するキャンピングカーは、危なっかしい速度で目的地へ。助手席の茜は、落ち着いてを何度も連呼する有り様で顔面蒼白状態である。

 とは言え、他人の家の大型車の運転は土屋も自信が無いと言う事で、来栖家所有の車の運転を拒否。何にしろ、無事に目的地に着いたのだからまぁ良かった。


 車を駐車したのは、去年も利用した岡野家の庭先である。それから紗良と姫香が、かつてピアノと習字の先生をしていたお婆ちゃん先生へと挨拶に伺う事に。

 新人ズは土屋女史と一緒に、一足先に“墓地ダンジョン”の入り口で待機モード。それぞれ武器や装備や備品をチェックしながら、落ち着かない時間を過ごす。


 数分もしたら、お待たせと明るい声色で姫香達が土がき出しの裏山への小路を登って来た。見晴らしも中途半端なこの山の中腹には、この付近の先祖代々の墓が建っていた。

 その端の斜面側に、人間がらくらく通れるサイズのダンジョン入り口が。土屋の指示で魔素濃度を測っていた茜は、それを来栖家の姉妹へと報告する。


 それは協会の情報通りに、結構な高さになっていた。それを確認した紗良と姫香は、それじゃあ探索を開始しようと新人ズに声を掛ける。

 今回の撮影役は、前衛はドローン形態のルルンバちゃんで、後衛は紗良が担う流れに。その長女の肩の上には、相棒のミケはおらずに寂しい限り。


 その代わり、姫香の相棒のツグミはしっかりと参加を決め込んでいる。こちらも今回の役割をしっかりと理解しており、サポート役に徹する構え。

 後ろからついて来る保護者役は、今回は女性3名とやや多いけれど。お互い口出しは控えようねと、新人ズの成長と独立をうながす考えは一緒みたい。


 今回はドローン形態での参加のルルンバちゃんも、基本は一緒である。魔導ボディでは強過ぎるし、何より洞窟タイプのダンジョンでは小回りが利くタイプの方が良い。

 そんな保護者たちの気配りなのだが、いかにもな前衛の弱体化に隣の久遠くおんはや不安そう。とは言え、3人で見た動画情報では敵に強いタイプはいなかったのも事実だ。

 そんな訳で、後は訓練の成果を信じてひたすら突き進むのみ。





 ――目の前の洞窟の暗闇は、まるで死霊の怨嗟えんさで塗り固めた闇のよう。







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