第760話 10月の秋晴れの中で運動会が開かれる件



 10月ともなると、朝夕の気温もグッと冷え込んで冬も間近かなと言う感じがして来る。山の上の生活に関しては、秋は意外と短いのが通例である。

 そんな3連休の最後の休みに、香多奈と和香と穂積の通う小学校で運動会が開かれる事に。もちろん来栖家は全員参加、と言うか山の上の面々もこぞって見学に出掛ける事に。


 その運動会だけど、田舎の学校の行事なので実は町内の運動会も兼ねていると言う。何しろ学校の生徒数が少ないので、小学生だけで競技を回すと忙し過ぎてヘトヘトになってしまうのだ。

 そんな訳で、地元の小学校のグランドは朝から席取り競争で大混乱となっていた。山の上のメンバーも、とにかく人数が多いのでシートも大きい奴が必要になって来る。


 子供を学校に送るついでに、その場所取りシートもしっかりと設置した護人なのだが。風に飛ばされないか心配なので、ドローン形態のルルンバちゃんも家から連れて来て場所取りを依頼した次第である。

 気立ての良いAIロボは、護人の指示に朝から物凄く張り切っていた。彼には運動会の空撮も頼む予定なので、大活躍の日の予感がヒシヒシ。


 車で送迎された子供達は、しっかり運動会仕様に飾られた校庭を見ながら、元気に校舎へと駆けて行った。追従するコロ助と萌は、そんな校庭の変化が気になる様子。

 これは昨日の休みの日の午後に、子供たちが集まってセットしたもの。来栖家の協会もうでが遅れたのも、この集まりがあったからである。

 その代わり明日は1日臨時休校なので、まぁ釣り合いは何となく取れている。町内の大人たちは、子供の応援や自身の競技出場でそれどころではない雰囲気だ。


 いったん敷地内へと戻って来た護人も、ハードな日になりそうだと車から降りて来たレイジーに呟く。レイジーはちょっと困り顔、形ある敵なら自分が粉砕してあげられるのにと。

 来栖邸では、紗良と姫香がお重いっぱいにお昼ご飯の準備を行っていた。運動会の開催時間に間に合うよう、ピッチも上がってまるで嵐のよう。

 それを眺める妖精ちゃんは、まるで魔法の行使を見るような真剣な目付き。


「2人ともご苦労さん、山の上の住人全員分のお弁当となると大変だな。妖精ちゃんは、何でこんなに真剣にお弁当の準備を眺めてるんだい?

 ってか、お握りの数か意外と少なくないかい?」

「紗良姉さんが、お重におかずを詰めていく芸術性を妖精ちゃんにいたら、凄く感銘を受けちゃったみたいだね。ご飯系は植松のお婆ちゃんが、お寿司をいっぱい作って来てくれる予定だよ。

 それでも足りないかな、もう少しこっちでも作っておこうか?」

「そうだねぇ、運動会ではお酒を飲む事が出来ないから……みんな呆れるくらい食べる気がするし、もう1箱分くらいは作っておこうか、姫ちゃん。

 時間のある限り、綺麗なお重作りを目指そうっ!」


 そんな意気込みで、出発時間まで頑張る姉妹の努力は素晴らしい。思わず妖精ちゃんも感心する程の数段重ねのお重は、もはや芸術品と呼んで良いレベル。

 お出掛けするのはペット達も一緒で、今回だけは特別と茶々丸もりょうに変身して車に乗り込んで行く。もっとも、本物の遼も桃井姉弟も連れ出されているので割とカオスかも。



 そんな運動会は、開会式から相当な盛り上がりを見せてくれた。観客の数も保護者枠のみならず、町内の一大娯楽じゃなかろうかって程に詰めかけいる始末。

 お陰で競技用のロープの外のグランドは、シートだらけでその上に観客がすし詰め状態である。来栖家とその隣人たちも同じく、取り敢えずロープ前の競技の見晴らしの良い場所は確保出来ていて何よりである。


「あっ、まだあのスタート地点のゲート使ってるんだ……懐かしいなぁ、べニア板で出来てて普段は倉庫の中で邪魔くさいんだよね」

「あっ、音楽も懐かしいねぇ……これ聞くと思わず走りたくなるよね、ハスキー達っ」


 大人しくシートに座っているハスキー達は、開会式を見た後に小学校のドッグランに放される予定。茶々丸も同じく、もっとも彼女達には囲いの柵など無意味だけど。

 周囲の盛り上がりを敏感に感じているハスキー達は、異常事態なのかなとソワソワしっ放し。なるべくなら護衛役として、主人たちとは離れたくは無さそうだ。


 とは言え、こんなに人間がすし詰め状態の中にいるのは御免こうむりたいレイジー達である。茶々丸も早く元の仔ヤギの姿に戻って、柵の中を跳ね回りたいと思っている筈。

 そんなペット達を尻目に、運動会は華々しく開催された。生き生きと保護者や観衆の前を行進する子供たちは、緊張気味の子もいれば得意満面顔の子もいる感じ。


 遼もちょっとうらやましそう、集団行動などほぼ無い子供時代と言うのも確かに辛いモノがありそう。そこをかんがみて、今日は幾つか競技に飛び入り参加させて貰う予定。

 熊爺家の双子も同じく、何しろ秋祭りで一緒に子供神輿みこしいた仲である。とは言え、レベル補正の恩恵の制御は大変だろうけど。


 その辺は何とか頑張って貰うとして、粛々と競技は行われて行った。特に低学年の徒競走など、観ていて思わずほのぼのしてしまう。

 そしてやっぱり、全校生徒の数の少なさが原因で、すぐに回って来る香多奈や和香や穂積の出番である。それを見て、一気に盛り上がる山の上応援団ズ。


 はしゃぎまくっているネコ娘や小鳩、小島博士なんかは個人応援団の雰囲気モロ出しで声援が凄い。小鳩などは一見おしとやかさんなのだが、和香と穂積のお姉ちゃんとして本気モードである。

 応援されるのに慣れている香多奈は、愛想を振りまいて余裕の表情である。一方の和香と穂積の方は、個人応援団に物凄く照れくさそう。


 そんな午前中の競技だが、双子と遼の参加出来る競技が1つだけあった。最初から運動着で観客席にいた子供たちは、心なしか張り切って待ってましたの表情。

 在校生の小学生の皆さんも、子供神輿などで既に顔見知りの面々も多かったりするので。それぞれのチームから声をかけられて、紅と白の戦いはそれなりに白熱しているよう。


 ちなみに香多奈と和香と穂積は紅組で、遼もそちら側に入る模様。逆に現在点数の負けてる白組に入った天馬と龍星は、逆転しちゃると気合充分。

 そんな勢いで始まった、全校生徒の参加するムカデリレーは大いに盛り上がった。5~6人で1チームでの3チームのバトンリレーだけど、これなら個の力はあまり関係ない。


 まずは低学年の1~2年生チームから始まったこのリレー、騒々しい程の声援がチビッ子たちに集まって行く。そんな中、マイペースでヨイショと声を掛け合って進む、2組のムカデモドキの列が2つ。

 その姿は可愛いのだが、真剣勝負には程遠い感じで見ていてほのぼのしてしまう。何しろ相手チームが転んだら、思わず心配して立ち止まってしまうのだ。


 観衆の中からも、足出しのタイミングが合わずに子供たちが転ぶたびに、ああっと盛大な心配の声が上がっている。そんな周囲の関心を一身に浴びながら、何とか最初の走者たちは完走する事が出来た。

 その次の走者たちは3~4年生がメインで、こちらは競技の理念をある程度は理解している模様。敵のチームには負けないぞと、呼吸を合わせてゴールを目指している。


 そして次のバトンを受け取ったアンカーは、香多奈たち紅組が若干だが早かった。リンカが先頭のムカデ軍は、テンポよく声を掛け合ってひたすらゴールを目指す。

 それを追い掛ける白組は、太一が先頭でその次に双子が配置されていた。その勢いは明らかに紅組より勝っていたが、残念ながら呼吸はイマイチだった模様。


 途中で盛大にスッ転んで、観客からもああっと悲鳴が上がる有り様である。その優位を結局は最後まで保って、見事に勝利にぎつけた紅組のメンバーたち。

 和香と穂積は、飛び入り参加の遼を囲んでゴール地点で大喜び。そのせいで派手に転んでしまったけど、まぁゴールは終えているのでみんな腹を抱えて笑っている。

 頑張った下級生たちも、チームの勝利に飛び上がって喜んでいた。



 そんな感じで、しばらく紅白の2チームがしのぎを削ってようやく時刻はお昼へと到達した。お昼ご飯は、今日に限っては給食ではなく家族と食べると決まっている。

 ちょっと前に遅れて合流した植松の爺婆は、やっぱり手にお重を持っての参加である。その中には押し寿司と稲荷寿司がギッシリ、それを見た面々は思わずにっこり。


 特に今日はお祭りと聞かされていたのに、お酒が飲めないと知ったムッターシャや星羅辺りは食べる気満々。それでも運動会の盛り上がり振りには、他所から着て定住したメンツも満足しているようで良かった。

 こんな地域で盛り上がるイベントも、他にはなかなか無いねぇと小島博士も神妙な顔をしている。教授も子供塾を開いているくらいだし、根っから子供が好きなのだろう。


 そんな野外での昼食会は、合流した子供たちも大いに食欲を満たせたようで何より。ブルーシートの上に陣取った面々は、和気藹々あいあいと午前中の盛り上がりをネタにお昼を進めて行く。

 周囲の保護者達も似たような感じて、どこもかしこも長閑な雰囲気なお昼時である。そんな中、校舎の側から聞こえて来た遠吠えは、恐らくはコロ助のお昼頂戴アピールだろう。


「もうっ、コロ助ったらアピールだけは一人前なんだからっ! まぁ、ここに無理やり突入されるよりはマシだけどね」

「観光地だった頃の宮島の鹿は、花火大会の観衆相手にそれを普通にやってたからな。うちの子達は食いしん坊でも、しつけが行き届いていて本当に助かるよ。

 遼、悪いけど後でお肉の差し入れを持って行ってくれるかい?」

「私も一緒に行くよ、遼ちゃん……午後は何の競技に参加出来る予定なの?」


 そこから始まる、午後の予定表を見ながらのお喋り合戦。午後からは町内の保護者たちの競技も混じって来て、運動会はより一層の盛り上がりを見せる筈。

 保護者の護人も参加予定だが、レベルアップの恩恵を隠すのは大変そうだ。午後一番は、全校生徒による鼓笛隊パレードからなので、香多奈たちも気合いが入っている。


 紗良と植松のお婆のお昼のお弁当は、何とか全員の食欲を満たすのに足りたようだ。その事実に一安心しながら、ハスキー達にお肉を届ける子供たちを見送る紗良である。

 そんな事をしている内に、時間は過ぎて午後の予定が始まった。小学生の鼓笛隊は、笛やピアニカや太鼓で構成されていて、なかなかの見ものとなっていた。


 それが大きなミスもなく終わりを告げると、時間繋ぎの意味合いのこもった保護者による借り物競争や障害物競走が始まった。護人と小島博士と凛香は前者に、ムッターシャやザジや隼人は後者に出場の予定である。

 A級探索者の競技出場に、観衆からは異様な声援が飛び交って妙な盛り上がり。もちろん護人は本気は出さないし、異世界組もそこまで大人げない事はしないと信じている。


 全校生徒でのパレードが終わったら、後の目玉は組体操位だろうか。他にも遼や双子も参加出来る、玉入れや綱引きが午後の競技では控えている。

 土屋女史や柊木やゼミ生の面々も、お玉リレーや大玉転がし競争には張り切って参加する予定。その他夫婦参加の2人3脚や色々、町民が参加する競技は目白押しである。


 主役の筈の小学生たちも、保護者が参加する競技には熱心に声援を送っている。こうして小さな小学校のグランドは、まれに見る熱気に包まれて行くのだった。

 それはもう、閉会式が行われるまでは確実に。





 ――勝ちとか負けの関係のない、年に1度の祭典のように。






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