第755話 3つ目の扉の“土エリア”の探索を開始する件



 さて、今回は洞窟エリアだと、灯りの準備を万端にして探索を始める来栖家チーム。すっかりと探索慣れして、どんな状況にも対応出来る経験値は素晴らしい。

 それには“鬼のダンジョン”も含まれていて、何とも皮肉なスパルタの反動である。そしてこの“鬼の報酬ダンジョン”でも、来栖家チームは経験値と報酬で強化される訳だ。


 その向こう側に何があるかは不明だが、現状を打破する力は是非とも欲しいチームの面々。今後もひょっとして、抗えない苦境が家族の前に立ちはだかるかも知れないのだ。

 ただまぁ、現状は県北レイドも終わって、備えるべき依頼も無い現状ではある。子供たちの気が緩んで、呑気な会話が行き交うのも仕方のない事か。


 それに反して、先行するハスキー軍団&茶々萌コンビは、とっても真面目で探索が楽しくて仕方がない様子。今もコロ助のハンマーと茶々丸の角攻撃を前面に、立ち塞がる硬い敵を粉砕している所。

 この“土エリア”は、ほぼ1本道の洞窟エリアで分岐も少なくて探索は楽な仕様みたい。たまの分岐の先の行き止まりには、罠があったり宝箱が設置されていたり。


 特に良いモノは回収出来てないし、罠も難易度はそれ程には高くなかった。まだ1層目なので、お試し感が漂うのはまぁ仕方が無いと言う事か。

 そして突入して20分、一行が出たのは奇妙なドーム状のエリアだった。


「あっ、ここは天井に穴が開いて光が差し込んでるねっ! そんで日の当たるエリアには、綺麗に畑が整地されてるよっ?

 そんなに広くは無いけど、誰が耕したのかなっ」

「ダンジョンの仕掛けでしょ、大騒ぎしないでいいわよ、香多奈。それでも作物が植えられてると、何かもぞもぞしちゃうよね、護人さん。

 なるべく畑を荒らさずに、通り抜けよっか?」

「そうだな、ただまぁ……あそこの案山子かかしたちは、恐らくだが動く気配がプンプンするなぁ」


 そう口にする護人の視線の先には、立派な革装備を着込んだ案山子が3体ほど。顔面に関しては安定のへのへのもへじだが、果たしてその性能は如何いかにって感じ。

 強過ぎても困るが、ハスキー達もその辺は慎重である……いや、護人が教え込んだお陰で、畑に入ったら叱られると記憶して躊躇ちゅうちょしているせいだろう。


 そのせいで敵の先制を許したのも、ある意味平和ボケの範疇はんちゅうなのかも。厄介な炎エリアをクリアして、心に明らかに隙が出来たとも言える。

 そして案山子たちの先制攻撃だが、これもかなり熾烈で一撃でも受けたら大変な事に。その攻撃方法は、垂直に飛び上がってくいの部分で相手を貫くと言う強烈な方法。


 それの標的になったハスキー達は、それ程に慌てる事も無く回避して行く。そして地面に突き刺さった瞬間に、茶々萌コンビの『突進』が案山子の1体に炸裂する。

 そして萌の黒雷の長槍の一撃を受けて、派手に燃え始める案山子型モンスター。他の2体もレイジーの火炎ブレスを受けて、畑の周りは炎の舞う悲惨な状況に。


 苦しむように暴れ回るそいつ等を、延焼被害が出ないように退治して行く姫香。その退治された跡には、何故か野菜がいっぱい入った竹籠が出現した。

 他の2体も同じく……あららと驚く一行だが、野菜畑を持っている来栖家に特に驚きも嬉しさも無い。それでも食べ物は大事と、律儀に回収して行く一行である。


 そんな感じで案山子のいない畑に近付いた途端に、畑の土から出現する巨大ワームやモグラ獣人たち。しかも空からも大カラスが飛来して、案山子を失った反動はここまで大きい様子。

 ハスキー達も農家の子だけあって、そんな不埒ふらちな連中を黙ってみておく訳には行かない。そんな怒り混じりの反撃が、畑を荒らす連中に向けられて行く。


「いいよっ、畑を荒らす悪者は全部やっつけて魔石にしちゃえっ! あれっ、でもミミズはそこまで悪モノじゃないよねぇ?

 まぁ、あそこまで大きいと畑が穴だらけになっちゃうけど」

「そうだねぇ、ネットなんかじゃミミズは悪者って記事をたまに見るけど。外来種として、いない土地に放たれたら昆虫の生態系が乱れたって感じなのかなぁ?

 基本は土壌を改良してくれる益虫だよね、見た目は凄く気持ち悪いけど」

「モンスターとして出て来るワームは、基本は肉食みたいだしな。酸も吐くし、間違っても益虫とは言えないね。ハスキー達も、気を付けて戦って貰いたいけど……数が多いな、俺も前へと出ようか。

 ルルンバちゃん、後衛の守りを頼んだよ」


 行ってらっしゃいと呑気な末妹に送り出され、護人もワームやモグラ獣人との戦いを始める。1ダースはゆうに超える敵兵に加え、空からは厄介な大カラスである。

 そちらはルルンバちゃんが魔銃で撃ち落としてくれており、数は随分と減っていた。護人も“四腕”を発動して、土を掘り起こして畑をボコボコにする敵兵の殲滅に励む。


 結果、5分以上に及ぶ戦いはようやく終焉へ。荒らされた他人の畑は悲惨だが、そこに落ちた魔石を拾うのも大変そう。そちらは香多奈とルルンバちゃんが、頑張って行なってくれた。

 休憩中のハスキー達は、しっかりと次に進むルートを見張ってくれている。或いは地中から不意打ちが来ないか、その辺の管理も行ってくれているのかも。


 何にしろ、その辺の索敵能力に関しては絶大な信頼を置いている護人と子供たち。茶々萌コンビも、一丁前に敵の接近に備えてる感じで凛々しい顔での休憩中。

 この辺は、大人の真似をしたい年頃なのかも知れない。レイジーの凛々しさは、ちょっとやそっとでは習得出来ない気もするけれど。

 それを見ていた香多奈が、アレッと言う顔で何かを思い出した仕草。


「そう言えば、レイジーとムームーちゃんの新スキルはだいたい確認が終わったけどさ。茶々丸のはまだだね、訓練では成功した事無かったんだっけ?」

「えっと、確か……茶々丸ちゃんが覚えたのは、『岩獄』って名前のスキルだったかなぁ? 名前からして土系みたいだし、ここは“土エリア”だから発動の相性はいいかもね?

 茶々丸ちゃん、発動の練習頑張ってみたら?」


 優しい紗良にそう言われ、俄然ヤル気になる単純な仔ヤギであった。とは言え、子供たちの言うように、茶々丸の新スキルは特訓ではなかなか発動に至らずの結果に。

 そもそも角で突いたりジャンプしたり、茶々丸はそう言う単純な行為しか興味がないのだ。唯一の例外の《マナプール》は、誰かとMPを共有するスキル。


 草食動物の仔ヤギにとって、それも割と単純な理論で戸惑いは無いのだが。土を操って敵にちょっかいを掛けると言うのは、全く違って理解が及ばない。

 それでもこのエリアは、確かに地面の下が騒がしいのは良く分かる。それを使って敵をとらえれば良いと、茶々丸の中の本能が語り掛けて来た。


 それは隣の空洞で、敵を見た瞬間にひらめいたある種のロジックだった。敵に避けられるのが嫌なら、あらかじめ掴まえておいてそれから突進すれば良いのだ。

 スキルとは、土の中の仲間にそれをお願いする言語である。そう理解した途端に、茶々丸の『岩獄』は呆気なく発動してくれた。

 そして見事に、多足の岩が摘むように敵を捕らえてくれる。


 しかも『突進』の邪魔にならないよう、適度なサイズ感は至れり尽くせりな気が。それを喰らったモグラ獣人は、避ける事もままならず魔石へと変わって行った。

 やったねと末妹の称賛の言葉を聞いて、茶々丸も一気に有頂天に。騎乗していた萌は、まだ敵はいるよと戦闘続行を促して来る。


 そんな感じで、次の小部屋のような空洞での戦闘も何事もなく終了の運びに。そして中を改めて確認した子供たちは、その部屋の中央に妙なオブジェを発見する。

 それは人が軽々入れるサイズのたると、その上に設置された案山子の頭だった。何となく海賊チックなへのへのもへじの口元には、見事な黒ひげが描かれている。


「これもひょっとして、ゲームの仕掛けなのかな、お姉ちゃん? 樽に差し込み口があって、近くの地面に剣が10本くらい突き刺さってるね?」

「えっ、黒ひげ危機一髪的な仕掛けなの、これって? そう言えば、洞窟エリアはここで行き止まりになってるね。何かしないと、通路が出現しないとか?

 じゃあやっぱり、この樽に剣を突き刺して行けばいいのかな?」

「突き刺して当たりを引いたら、首がポーンと飛ぶのかなぁ? そしたらどうなるんだろう、ルールが良く分からないねぇ?」


 そう言って首を傾げる紗良の言い分はごもっとも、護人も地面に刺さった剣を調べるが手掛かりはナシ。樽や案山子の生首も同じく、果たして何が正解ルートなのか全く不明。

 ハスキー達も周囲を窺うが、抜け道の類いは無いようで戸惑っている様子だ。考えるのを放棄した姫香が、突き刺して行けば分かるよと行動開始を宣言する。


 多少呆れた様子の面々だが、手掛かりがないので助言も出来ないと言う。そんな訳で、後衛陣は離れておいてと、姫香は家族に声をかけての危機一髪を楽しみ始める。

 ところで、この遊技は何が正解なのと末妹の素朴な疑問に。これは複数人が交替で樽のスリットに剣を差し込んで、ドキドキを楽しむゲームだねと護人の返答。


「そうだね、交替で剣を刺して行って海賊の首を飛ばした人の負けなんだけど。作ったゲーム会社としては、本来飛ばした人の1人勝ちのつもりで世に出したって話だねぇ。

 それを踏まえて、果たしてどっちの説が正しいのかなぁ?」


 分かんないけど、3本刺して何も無いねと姫香はゲームを続行中。その姿は楽しそうで、次はどこに刺そうかなと樽の周りをクルクルと回って思案顔である。

 ツグミもお手伝いしようと、ご主人と共にこの仕掛けを解く手がかりを捜しているみたい。姫香と一緒にグルグル回って、そのうちにバターにでもなりそうだ。


 結局は姫香の勘頼りで、7本目でポンッと勢い良く飛んでくれた案山子の生首。つまりツグミの《闇操》や『探知』では、この仕掛けの当たりは分からなかったみたい。

 さすがにそんなズルは許さないと、ダンジョンも気張ったみたいである。何にしろ、首が飛んだことで見事にエリア最後の仕掛けは作動してくれた。

 振動と共に、ドン詰まりの壁が動いて次の層へのゲートが出現。


「やった、壁の奥から隠し通路が出てくれたねっ! それから仕掛けの樽のふたが取れて、中に宝物が入ってるのが見えてるよっ!」

「あっ、刺して無い剣も何か外見が変わってるかも……これは持って帰っていい奴かな、どう思う妖精ちゃん?」

「あっ、本当だ……鞘付きに変わってるよ、目敏いわね、香多奈。これはミスリルか何かかな、多分良い剣だね……あっ、これも報酬の一部なんだ」


 妖精ちゃんのお墨付きを貰って、素直にそれも回収し始める姫香である。ちなみに、飛んで行ったへのへのもへじの生首も、落下した先で魔石(中)とスキル書に変わっていた。

 モンスター扱いだったのかは定かではないが、無抵抗の敵の胴体に7本も剣をぶっ刺した身としては恐縮である。そんな姫香を尻目に、香多奈は樽の中を覗き込んで楽しそう。


 金貨がいっぱい入っているねと、意外と深い樽に苦戦しながら報告する末妹。結局は樽を護人に倒して貰って、中身の回収作業は以降随分と楽になった。

 他にもポーション類が小樽に入っていたり、定番の魔結晶(小)や魔玉(土)もそれぞれ10個以上と豊作だ。そして金貨に混じって、何故か新品のスコップや鍬や草刈り鎌が幾つか。


 それを持ち上げる香多奈は、コレは叔父さんの分け前ねと訳の分からない事を呟いている。そして姫香からしっかりと拳骨を貰って、こちらも恒例の姉妹喧嘩の流れに。

 総じて平和な風景だけど、このエリアの踏破には30分以上掛かってしまった。ペースを上げて行かないと、夕方までに帰宅出来ない恐れが出て来てしまう。


 夕食の時間には余裕だろうけど、夕飯の支度を担う紗良などは6時近くになるとソワソワしてしまう特性が。そんな訳で、少しペースを上げて残りを進むぞと護人の言葉に。

 子供たちとペット勢から、了解の返事がこだまする。





 ――土エリアは残り2層、それから大ボスの間を含めて残りあと少し。





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