第746話 10月の青空市と秋祭りが同時に開催される件



「ああっ、あの新造チームかぁ……確かに評判は良くないね。私達とか同ランクに対しては横暴だけど、ランクの高い連中にはびへつらってる感じかな。

 虎の威を借る狐の集団で、そのせいで最近は金回りも良いらしいね」

「そうなんだ、それはそれで腹が立つね……まぁ、その内に痛い目に遭いそうな連中だったけどさ。桃井姉弟も、早めに縁が切れて良かったんじゃない?

 一緒に泥船に乗ってたら、取り返しのつかない事になってたかもよ」


 そう姫香と話しているのは、こちらも宮島から遊びに来た『いつくしマーズ』のメンバーの皆さん。半分以上が宮島に籍を持つ地元民で、同じく新人探索者である。

 さっきの逃げ去った連中は、どうやら今は『無頼漢ズ』と言うチーム名で活動しているらしい。金回りは良いそうなので、探索の腕もそれなりなのだろう。


 来栖家のブースは、現在は紗良とみっちゃんと桃井姉弟がブースの後ろで食事中である。姫香と陽菜が売り子をしており、陽菜の方は羅漢の若手数人とお話し中。

 こちらは半分ナンパ、半分は探索に良さそうな魔法アイテムの購入に悩んでいる感じ。なかなかの微妙なラインに、陽菜も素っ気なく出来なくて対応に苦慮しているよう。


 それも修行だと、姫香は呑気に常連さんと情報交換をしたり、さり気なく商品を売り込んだり。県北レイドで入手した防寒具は、まずまず人気で売り上げも好調。

 雪深い地域の人は、安くて暖かそうな服はやはり目に留まるのだろう。逆にバスケットボールやバッシュを手にする客は、ほぼいなくて困った有り様である。


 お客に関しては、午後のおはぎと押し寿司販売の前に、懐かしの宮藤や荒里も遊びに来てくれた。そちらは護人との密会を希望で、この日3回目のキャンピングカー行きに。

 それからジャミラの面々も、相変わらずMP回復ポーション目的でやって来てくれた。リーダーの佐久間は、追加で売れ残りのフィギアと漫画のイラスト集も購入。

 本当に、そっち方面ではお得意様で有り難い限り。


 ついでに羅漢の雨宮も来店して、こちらは大口で購入の雰囲気。それを察した紗良は、昼食休憩を中断して色々と品物を取り出す仕草。

 雨宮の購入予定の物は、いわゆるギルドの備品的なアイテムの品々で。鍛錬室に置くトレーニングチューブやダンベル、マットなどをまずは購入に至った。


 それから休憩室用にと、座布団や寝具用マットや寝具、アイマスクや寝袋を購入。向こうも魔法の鞄持ちなので、遠慮なく嵩張る物を買ってくれるのは非常に有り難い限り。

 それから消耗品として、ミスリルの投げナイフや矢弾を買い取ってくれた。“鬼の報酬ダンジョン”の回収品は、これで随分とけて行ってくれた感じ。


 ちなみに矢弾だけど、最近は護人もあまり使わなくなって、チームのスタックはだぶつき気味だった。理由としては、ムームーちゃんが探索中は常に肩にへばりついている為だ。

 そのせいで、遠隔攻撃はこのスライム幼児が代わりに担ってくれるように。更には山の上のお隣さんの、ムッターシャとザジが意外に器用で矢弾を自作するのだ。


 暇な時には、来栖家に貰った木工用具で矢尻から矢羽まで自作してくれて。食事代や家賃代わりにと、割と大量に融通してくれていた次第である。

 品質的にも問題無いし、本人たちも売れるなら売って生活費の足しにしてくれとの事なので。定期購入してくれるギルドがあれば、こちらとしても嬉しい限り。


 青空市に訪れる探索者チームの、新たな売れ筋になるかもとご機嫌な紗良に対して。今回は回収品で売れるモノが少ないからねと、姫香も同意の構えである。

 一方の桃井姉弟のブースだが、彼らか“配送センターダンジョン”で回収した品は全て売り切れてしまった。乾麺やカップ麺などの食料品も、ダンジョン産ながら完売の運びに。


 それには素直に喜ぶ茜と久遠、先ほどの元チームメイトに絡まれたダメージも薄れたよう。周りの大人たちもフォローしてくれて、これも自信の1つになれば言う事無しである。

 そんな思考も、午後1時の訪れと共に霧散する流れに。その10分前に、ザジ達が植松のお婆の作ったおはぎと押し寿司を運んで来てくれたのだ。


 告知していただけに、それを目当てのお客が結構前から待ち構えていたりして。その殺気は凄まじく、思わずザジも尻尾の毛を逆立ててしまう程。

 とは言え、こちらも50パックずつしか販売しないお裾分け販売である。おひとり様1セットずつと言う決まりもあって、この騒乱はモノの数分で終了の運びに。


 売り子を手伝った陽菜や怜央奈は、すっかりと客さばきも慣れて慌てる感じも無し。桃井姉弟の方は、ザジと同じく半分ビビッての接客だったのは仕方がない。

 それでも何とか、今月の青空市の盛り上がりは乗り切れた。


「後は面倒なのって言ったら、お預かりシステムの荷物を返すのだけかな? これを間違って渡して、クレーム来ないように頑張ろうね、2人ともっ!

 護人さんは、このあと香多奈や子供達の御神輿おみこしを撮影に行くんだっけ?」

「そうだな……ムッターシャ達も来てくれたし、ここの護衛は任せてちょっと席を外させて貰うよ。子供神輿は3時からだから、青空市の客もそっちに流れるとは思うけど。

 悪いけど、ここの片付けはみんなで頼むよ」

「任せておいてください、バッチリ片付けておきますから。護人さんは安心して、香多奈ちゃんや遼君の撮影をお願いしますね。

 今日は戻って、その動画を観ながら手巻き寿司パーティをしましょう!」


 珍しく意気込んでいる紗良は、何らかの青空市のブーストが掛かっているようだ。私たちは最後の追い込みで売り上げアップと、売り子たちに発破をかけている。

 既に宮藤たちとの面談も終えた護人は、今日のメインのお仕事に気合充分で撮影器具を手にしている。紗良と同じく、並々ならぬ意気込みが瞳からあふれる有り様。


 そんな、探索では見られないギルマスと長女の盛り上がりに、陽菜やみっちんもやや引いている感じ。それでもオーッと返事をする姫香に、ノリを合わせて頑張るぞのポーズ。

 10月の青空市も、あと残り2時間足らずだ。




 一方の、小学校の校庭に集合した香多奈や子供達は、子供神輿を前に盛り上がっていた。何しろ見学人が、既に小学校の外に溢れ返っているのだ。

 時刻は2時半、もうすぐ子供神輿みこしの出発の時間である。町中を1時間ほど練り歩いて、それから最終的にもう1度小学校の校庭に戻って来るのだ。


 或いは見学人の多さは、その後に配られるお餅のおすそ分けに起因しているかもだけど。参加した子供たちにも、お菓子が配られるそうで頑張る甲斐はあると言うモノ。

 そんな事を話し合う、近くにいる仲良しチームである。


「遼ちゃん、一番前に行くと良いよ。このロープを持って、前を歩く案内の人について行くんだよ。そんでなるべく、元気に声を出してお祭り気分を楽しんでねっ!」

「わ、分かった……お祭り気分って、どんな感じなの?」

「わっしょいって気分かなぁ……改めて聞かれると、わっしょいってナニ?」


 そんな事を口にして、笑い合うリンカやキヨちゃんは法被はっぴがよく似合っている。太一は大団扇を持ってみんなをあおぐ係で、和香と穂積も遼と同じくロープ持ちである。

 香多奈はしっかり、リンカやキヨちゃんと一緒に神輿みこしの担ぎ役となっている。何しろレベルの恩恵で、知らずに末妹は相当な力持ちになっているのだ。


 加減をしないと危ないので、その辺は常に気を付けている末妹である。ちなみにコロ助や萌も近くにいて、護衛役はしっかりと継続中だったり。

 ルルンバちゃんもドローン形態でやや上空を飛行中、そして撮影役も兼ねてまさに万能ロボの性能を発揮している。護人に言われた子供たちの勇姿を、最初から最後まで撮影するのは彼に課された重要なお仕事なのだ。


 子供たちは人前を進む緊張も無く、いざスタートの時を待ちながら雑談中。双子も担ぎ役なのだが、やっぱり力のコントロールに不安そうな素振り。

 それでも時間になると、先生たちの指導の下に元気な一団は子供神輿を担いで校庭を出発する。往来に響くわっしょいの掛け声は、秋空を行進するのにぴったりかも。


 元気な子供たちの集団は、学校の校門を出て大通りへと向かう。大通りと言っても、日馬桜町の通りは駅前のお店が数件の至って簡素な通りである。

 最近の来栖家チームの活躍で、そこにあったダンジョンが閉鎖されて安全度は格段に高まってくれた。そのお陰もあって、子供神輿はそこで最初のわっしょいの連打をかます。


 見学人もそこそこいて、子供たちの元気な姿に観衆からも拍手が巻き起こる。秋のお祭りは神様への感謝の為だが、みんなが楽しめば神様だって嬉しい筈。

 小型の神輿は、それから県道を通って神社方面へと進んで行く。ただし日馬桜町の神社はダンジョン化しているので、境内までには入らない予定。


 その辺は色々ともどかしいけど、安全が優先されるのはこの時代では当然の事でもある。自警団もしっかり警備についており、子供たちの安全を影から守る構え。

 護人も同じく、土屋女史と一緒に撮影しながら子供神輿と歩みを共に町中を練り歩いている。運営からすれば、これほど心強いサポーターはいないだろう。


 何しろA級ギルドのリーダーである、町の評判は押しに弱い山の上の農夫さんだけど。その山の上も、今は住人が増えまくって大変な事になっている。

 麓の住人からも、あの場所こそが“魔境”なのではとささやかれる始末。何しろA級ランクを始めとする、3チーム以上が居を構えているエリアなのだ。

 しかもそこの番犬たちは、侵入者には容赦がないとの噂が。


 とは言え、何故か魔導ゴーレムの評判だけは良くて、お掃除好きで行儀もいいんだよとの評判が流れていたり。それからゼミ生の開催している塾の評判も良くて、子供を持つ親は通わせたいと心中で思っているそうな。

 町の住人も噂する、そんな山の上の大ボスが護人である。噂が噂を呼んで、今や来栖家の評判も訳の分からないモノへとなっている始末。


 例えば町の守護神だったり、ある者は異界からの侵入者なのではと恐れてみたり。ムッターシャ達との合流も、あらかじめ計画の内だと思ってる者もいるとかいないとか。

 ペット達の従順振りも、何らかの魔術的な仕掛けがあるとか、変な評判は留まるところを知らず。そんな噂で、また妙な闇企業を引っ張り込まない事を願うばかりである。


 そんな大人たちが見守る中、子供神輿は順調に町を練り歩いて行く。今は神社の側でのお披露目を終えて、無事に県道へと戻って来た所。

 後は大畑地区へと足を向ければ、日馬桜町のすべての地区を巡った事になる。



 そして1時間にわたる子供たちの任務は、無事に終わって子供神輿は小学校の校庭へ。そこでは結構な人数の観衆が、その帰りを待ちびていてくれていた。

 そして最後の踏ん張りでわっしょいを行う子供たちに、温かい拍手と声援が。或いはそれは、その後に配られる無料のお餅配布への期待なのかも知れないけれど。


 とにかく、自治会の企画した秋祭りのイベントは、大盛況のうちに終了しそうな気配。とにかく周囲は凄い賑わいで、用意したお餅が足りるのか不安になる程。

 ついて行った護人が改めて感じたのは、町のどこに行ってもダンジョンがあるなぁって事実。これでは普段の生活で、それを避けて過ごすのはとっても無理である。


 だからこそ、探索者による普段の間引きが重要になって来る訳だ。特にこの1年は、月に1度は他所の町から買い物客が来るようになっただけに。

 その安全確保のためにも、探索者としての活動はとっても大事には違いない。それはチビッ子神輿を企画した、実行委員も身に染みて感じている事だろう。

 何にしろ、秋の収穫を氏神様に報告出来て本当に良かった。





 ――例え、お菓子やお餅目的の参加者が大半だったとしても。







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