第745話 10月の青空市も波乱に満ちている件
市内から訪れた甲斐谷たちの案件は、本当に県北レイドのお礼と世間話だけだったようだ。10月にも是非なんて話は話題は無く、ホッと一安心の護人である。
その他の話題として、福山市の火災騒ぎは誰も口には出さず。ただし、宮島の盛況振りは市内が活動メインの彼らの耳にも届いているよう。
一度行ってみたいなとの話も飛び出して、来栖家チームは行った事無いのかと訊ねられる始末。宮島はともかく、“浮遊大陸”や“太古のダンジョン”は来栖家チームには鬼門な気も。
何しろ過去に罠に
とにかくそんな理由もあって、子供達も行きたいねとは言い出さないため。同じ廿日市市内であるにも関わらず、今の今まで無視を決め込んでいた次第である。
同じと言っても、海側と山側で移動に1時間近く掛かってしまうのも気楽ではない理由の1つ。そんな“太古のダンジョン”は、手頃に探索可能なC級から、報酬が豪華だと噂のA級まで入り口が8つもあるのが魅力らしい。
そうは言っても、ランクの高い入り口は数が少ないそうで、盛況なのはC級の入り口なのだとか。“アビス”とは少し違うがガチャ要素もあるらしくて、足繁く通うチームもあるみたい。
つまりは並ぶ景品も、それなりに豪華な品揃えらしい。
「“アビス”と言えば、妙な召喚飛行物体が少し前にゲートから湧き出たそうだね。ウチのギルド員が、その騒動の1日前に探索に出掛けていて、ニアミスだったとぼやいてたよ。
聞けば、魔素の濃度が急上昇して数日は立ち入り禁止になったんだって?」
「ああ、その件な……ウチの“巫女姫”八神の、海側の予知案件の2つ目がそれらしいんだが。その巨大な飛行物体は、見た場所や人によって外見が違って見えたそうなんだよ。
幻影の魔法でも掛かってたのかな、一致したのは死霊系の巨大なモンスターって事だけでな。消えたのは宮島に居座る“浮遊大陸”の真上で、どうしたモンかなって話さ」
「そうね、被害報告が上がっているなら対応の仕様もあるんだけど。突如として消えた後は、全く行方も知れないからこちらも困っているのよ。
いえ、何か騒ぎを起こして欲しいって訳じゃないんだけどね?」
そう言う八神は、姫香に淹れて貰ったお茶を笑顔で受け取ってその後困り顔に。そうなんだと、堂々と盗み聞きをしていた姫香はそのまま車を出て行った。
宮島の“太古のダンジョン”の話は、その後しばらく続いて話は妙な方向に。どうやら探索者の失踪が、何チームか続いているらしい。
市内の高ランクギルドに、捜索依頼も飛び込んで来ているそうで。ひょっとしたら、同じ廿日市市のそちらにも依頼が行くかもと翔馬は話題を提供する。
『ヘリオン』や『麒麟』にも依頼が来たのだが、さすがに県北レイドの大仕事の後だけあって。ややこしい依頼は、両ギルドともしばらく断る方針らしい。
護人としてもお断りだが、同じ市内の緊急事態と言われれば断りにくいかも。宮島にしても、地元の有名な観光地など逆に地元民は訪れないので。
来栖家としても、“大変動”以降はほぼ訪れていないと言う事情が。
そんな他愛ない話を30分ほど行なって、市内からやって来た面々は邪魔したねと帰って行った。壮大なフラグを残された気もするが、護人としてはどう仕様もない。
見送りに出たついでに販売ブースを確認すると、市内チームと一緒に訪れた怜央奈が売り子を手伝っていた。そんなブースの売り物だが、野菜も新米(お裾分けサイズ)もすっかり完売した模様。
それはもう、綺麗サッパリ売れて行ったよと、お小遣いをせびりに来た香多奈は晴れ晴れとした表情。隣の遼も、凄かったねぇと興奮で頬が紅潮している。
双子も一緒に遊びに行くそうで、取り敢えずキッズ達の護衛は今回も何とかなりそう。萌も遼が抱っこしており、護人にお小遣いを貰って屋台巡りが楽しみで仕方が無い様子。
お預かりシステムも好調だったようで、今やブルーシートは買い物かごで埋め尽くされている始末。そのコーナーを任された桃井姉弟は、遊びに出ずに引き続きブースに詰めておくそうな。
ちゃんと遊びに行く時間は取るからねと、姫香は新入りの面倒もよく見てくれている。この青空市では真剣モードの紗良は、接客に全振りでいつもの優しさが影を潜める傾向が。
「あっ、市内チームと話しが終わったんだ、護人さん。ラインで岩国チームも青空市についたって連絡あったから、もうすぐ来るかも知れないね。
レニィちゃんも来るそうだし、神輿にちょっとだけ参加させてあげたいよね」
「ああ、ロープ引っ張る前列とかなら可能じゃないかな。後で峰岸自治会長に訊いてみようか、まぁ本人が参加したいって言ったらだけど。
桃井姉弟もお疲れさま、お昼まで頑張れるかい?」
子供達にお小遣いを渡しながら、護人はそんな情報のやり取りを交わす。香多奈と子供達は、ありがとうとお礼を残してあっという間に駆けて行ってしまった。
追随するコロ助は、お仕事の時間だと大変そう。ドローン形態のルルンバちゃんは、出動だと邪魔にならない高度へと舞い上がって追走を始める。
気を付けてねとの姫香の掛け声は、果たして届いたかどうかは定かではないけど。それにかぶさるように、ハローと声を上げて近付いて来る巨漢の一団が。
いや、巨体を揺らして歩いているのはヘンリーとギルで、後は普通サイズには違いない。その集団にはヘンリーの愛娘のレニィもいて、女性陣は一斉に歓迎ムード。
少女自身は、ネコちゃんに会いに来たと言うスタンスなのがちょっと悲しい。そしてロックオンされたミケは、実はこちらもちょっと嫌な表情。
レニィは、そんな
もっとも飼い主の護人や姫香は、ミケが幼女の無礼なお触りにキレないか冷や冷やしていたり。そんなブース裏の事情に関係なく、野菜を売り終わった机の上は華麗に様変わりを遂げていた。
この辺は、何度も青空市に参加しているだけあって、みんな既に慣れたモノ。探索でゲットした品々をカテゴリー別に並べて、新たな集客を狙って飾り付けている。
今回は特に、新人ズが探索で回収した品もコーナーを作って貰えていた。そして売り子役には茜も参加し、何となく誇らしそうな表情でその大任を担う構え。
“配送センターダンジョン”で回収した日用品は、売れ筋な事もあってお昼前には全部売れてしまった。乾麺や調味料なども、今やダンジョン産だからと言って敬遠する者は少ないよう。
それを横目で眺める久遠も、商品がが1個売れるたびに嬉しそうな表情。紗良や姫香からもやったねと
それからお昼を屋台へと買いに行く部隊に、桃井姉弟も組み込まれ。青空市の雰囲気を楽しんでおいでと、先輩たちの計らいに送り出される流れに。
その背後のキャンピングカー内では、今度は岩国チームと護人の座談会が始まっていた。『シャドウ』の三笠もいつの間にか混じっていて、近辺地域のダンジョン情報を報告してくれる。
その行為はとっても有り難くて、情報によっては協会より詳しい内容のモノもあったり無かったり。特に遠く離れた広島東部の顛末は、護人のもっとも欲していた情報だった。
「広島の協会本部の発足した暗躍部隊は、まずまずの手柄を上げて人員も増えるそうですよ。福山市の闇企業の火事騒ぎには、不明な点もあるとの報告もあがって来てますが。
それに関しては、こちらも手掛かりすら得られない状況です」
「天狗の目撃情報とか、その手の話だったかな……ウチの敷地内のダンジョンは、鬼が手掛けた奴もあったりするんだが。まさか天狗まで出て来るとは、現実は思ったよりファンタジーに侵食されてるのかもなぁ。
ただし、この件に来栖家が関わってると思われるのは心外だけど」
護人のそんな弁解に、半信半疑の視線が各所から返って来るのは
とんだ言い掛かりと言うか、不名誉な思いの護人ではあるけれど。強く言い返せない現状に、何だかなぁとムームーちゃんを撫でながら思う『日馬割』ギルドのリーダーである。
ちなみに他のダンジョン情報に関しては、特には無いそう……一番の関心は、今の所は宮島に引っ越して来た“太古のダンジョン”みたいである。
広島県西の山側の奥深いダンジョンは、今年は吉和の『羅漢』ギルドや安芸太田町の『芸北クラブ』が頑張ってくれたそうだ。去年来栖家が参加した、“
『羅漢』ギルドが管理している“もみのき森林公園ダンジョン”も、今年はずっと安定運用されているとの話だ。その辺は、青空市へもよく顔を出すギルド員からも聞き及んでいる。
何にしろ、広島県西や山口県の岩国方面を含めて、秋から冬にかけてオーバーフロー騒動の兆候は無さげで一安心。報告する三笠も、話をしながら安堵の雰囲気。
協会と探索者の共同戦線も、少しずつ実を結びつつあるようだ。
その頃の来栖家ブースは、早めに昼食を取ろうとやや慌しい雰囲気になっていた。今は買い出し部隊も戻って来て、交替でお昼を食べて後のラッシュに備えようと話し合っている所。
今回の青空市では、お昼の1時に植松のお婆の作った押し寿司とおはぎを、限定50個ずつ売る予定なのだ。こちらも混雑が予想されるので、当然ながら準備は必要。
お昼前の青空市の客層は、どちらかと言えば食べ物系の屋台に人が流れているようだ。来栖家ブース前の人通りは緩やかで、購入者もチラホラって程度。
そこに賑やかな若者の集団が通り掛かって、突然に桃井姉弟を目にして驚いた素振り。どうやら元所属の探索チームが、偶然に遊びに来ていたようだ。
そして騒ぎ出す一同だが、かける言葉の節々には姉弟に対する
宮島を活動先にしていたと言ってたし、割と近いから遊びに来たって感じだろうか。市場の売り子など、傍目から見ても落ちぶれた先の顛末にしか見えない。
桃井姉弟も言い返す事はせず、そのせいか向こうの言葉も次第に荒くなって来た。途中からは挑発と言うか、お前らは負け犬だ的な横暴な物言いに。
それを隣で見ていた来栖家の姉妹が、とうとうブチ切れて立ち上がる。
「あなたたち、言葉だって暴力になるのよ……今までの遣り取りは、一方的に無抵抗な姉弟を拳を握って殴ってるのと変わらないでしょ。
どうしてあなたたち、そんな行為が許されると思ってるの?」
「な、何だお前……お前には関係ねぇだろっ、口出しすんじゃねぇよ!」
「関係無いってどうして言い切れるの、アンタ達は姉弟のその後を知らないんでしょ? 今は立派に、ウチの『日馬割』ギルドの一員やってるよっ!
2ヶ月後には、2人ともC級に上がってるから見てなさいっ!」
道理を諭す紗良はともかくとして、華麗に
所詮は彼らも、C級に上がりたてのペーペー探索者集団に過ぎないので。何じゃコラと、思わぬ角度から女性に反撃を喰らった事で激高する
ここに来て、桃井姉弟も無礼な真似は止めろと元の仲間達を
恐らく茜も久遠も、元のチーム員を心配しての制止では無いのだろう。お世話になっている来栖家に、迷惑を掛けたくないとの配慮が頭にあったのだろうけれど。
その心配が無用に終わったのは、タイミング良くキャンピングカーから岩国チームが用を終えて出て来てくれたせい。場にはハスキー達や、レニィを相手していたミケもいたので本当に良かった。
つまりはもう少しで、ペット達の遠慮のない制裁が始まっていた可能性が。その雰囲気をいち早く感じたヘンリーやギルは、坊主たち何か用かとわざと英語で語り掛ける素振り。
結果、蒼褪めた表情の連中は早々に退散を決め込んでくれた。
――ペット達の本性を知る者は、血が流れずに済んで良かったと安堵の表情に。
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