第734話 広島周辺の探索者&ダンジョン事情その26



 人知らず活発になって来ている“浮遊大陸”の地上部だけど、その原因に思い当たる者は少なかった。ところが、その上空に巨大な飛行死霊モンスターを見た面々は、事の真相を思い知る事に。

 つまりは死霊の国のリッチキング、“常闇王”が永き眠りから目覚めたのだと。この死霊王は永遠の生を得ているがゆえに、一度眠りにつくと長く不在の時間が出来るのだ。


 その間は、この“浮遊大陸”の領地間の争いは至って静かではあった。獣人国とホムンクルス軍が小競り合いを起こすのみで、死霊軍の動きはほぼ無い状態だったのだ。

 そこに来て、異界からの死霊軍の大物の来訪である……それを招いたのは、当然ながら目覚めた“常闇王”ダァルにまず間違いはない。途端にそれに対抗するために、慌しくなる他軍勢の面々。


 とは言え、向こうは比喩などではなく不死の軍団である。巨大な城の拠点を持つが、その領地は決して広くはない。そんな奴らと戦争を起こすなど、ぬかに釘と言うか暖簾のれんに腕押しと言うか。

 もっと悪く言えば、死体が出来れはその分だけ兵力を贈呈するようなモノ。戦うだけ損と言うか、そんな認識が獣人軍とホムンクルス軍にあるのは確か。


 そして“浮遊大陸”の上空に訪れた、例の巨大な飛行死霊モンスターの正体なのだが。現在は黒衣の人間の姿になって、謁見の間で“常闇王”と対峙している所。

 青白いその顔色は、美麗だが死霊系だと一目で分かる。


「それにしても“常闇王”よ、目覚めたばかりで暇だからと言って、我をパシリに使うのは止めてくれないか。あれでも私が動くだけで、各軍団からヘイトを買うのだよ。

 しかも新たなダンジョンコアが欲しいなど、酔狂にも程があるだろう」

「いやいや、ダンジョンの育成は高尚な趣味だと思うがね、“黒天”のミゲルよ。足を運ばせてしまったのは済まないとは思うが、この地では真っさらなダンジョンコアの入手など簡単ではないんだ。

 そもそも、少々世間を騒がせても、暇潰しにもならないだろう」


 そんな事を話し合う両者は、古くからの知り合いっぽい雰囲気である。“常闇王”と呼ばれたリッチキングは、見た目は骸骨で冷酷そうな声質の持ち主。

 この“浮遊大陸”では、泣く子も黙る死霊軍の王である。そんな“常闇王”ダァルは、今は渡されたダンジョンコアを眺めながら満足そうな表情。


 もっとも、骸骨の表情が分かる者がいるとするならだが……そんなダァルは、せっかくだから暇潰しにダンジョン育成で競争しないかと“黒天”のミゲルに持ちかける。

 このグールの王も、冥界の番人と呼ばれてほぼ悠久の時を生きている。つまりは、部下を何千何万と抱えており、同じく暇を持て余している訳だ。


 この異界の地でダンジョン育成は、確かに面白そうだなとミゲルも乗り気。後は作ったダンジョンに挑戦する人員だが、その辺からさらって来れば良い。

 実は近くの領地から、獣人軍やホムンクルス軍の兵隊を攫って来て、自作のダンジョンへと放り込んでみたのだが。間を置かず全滅してしまって、今は不足している状況である。


 そんな現状を語るダァルだが、“浮遊大陸”に根を張っている“太古のダンジョン”について言及する。そこは現在大盛況で、この現地の探索者が活発に潜っていると。

 それこそ、数チーム攫って来ても平気な程度には繁栄している。


「なるほど、それは確かに暇潰しには良さそうだ……お互い何層構成で作ろうか、死霊系のモンスターばかり配置しても面白くはないよな。

 この土地ならではの、バラエティに富んだダンジョンを作りたいな」

「ふむっ、やはりダンジョンに挑戦する競技者の他にも、出来を競い合う者がいたほうが楽しいな。幸いにも、新品のコアは幾つか持って来て貰ったし、これは楽しめそうだ。

 ミゲルは知らないだろうが、この地の探索者はとっても活きが良いぞ」


 そうなのかと、美麗な顔の“黒天”のミゲルに残忍なオーラが立ち上がって行く。それは“常闇王”ダァルも同じで、両者とも命の重みなど毛ほどにも感じないのがよく分かる。

 そんな両者にロックオンされたのは、どうやら“太古のダンジョン”を主戦場にしている探索者たちみたい。ダァルの感覚だと、彼らは活発にダンジョンに潜っている活きの良い存在である。

 そして総じて強欲で、欲望にまみれてダンジョンに寄って来るのだ。


 ――そんな連中の苦しむ姿を見るのが、彼らの暇潰しの娯楽なのだ。









 山の上の生活も随分と馴染んで来た桃井あかねは、今はお昼を食べ終わって食器を洗っている所。土屋と星羅との共同生活も、少しずつだが慣れ始めて来た。

 それにしても、同居人を始めとして周囲の大人たちの太れ攻撃には参ってしまう。まるでヘンゼルとグレーテルの魔女である、肉がついたら食べられてしまうのかも。


 そんな事を思うあかねだが、現状には充分に満足していた。ただで住む場所を与えて貰って、食べ物も毎食ちゃんと提供されるのだ。

 これで文句を言ったら、罰が当たるレベル……もっとも、弟の久遠くおんは女ばかりの同居生活に、少々肩身の狭い思いをしている模様である。


 まぁ、それ位は我慢して、日々与えられる仕事をこなして欲しいと思う姉の茜である。何しろ、ギルド『日馬割』のリーダーには、探索着や装備一式もプレゼントして貰えたのだ。

 朝の家畜の世話や、午後からの畑仕事の手伝いで返して貰えば良いとは言われているけど。正直、その程度で返せる恩ではないのではと思ってしまう。


 こんな厚待遇のギルドもあるんだと、周囲の大人たちの優しさに驚く姉弟である。実際、知り合いだった土屋女史の紹介で無かったら、不安で逃げ出していたかも。

 それ程に、以前の生活とは大違いで戸惑うばかりの毎日である。仕事を貰えるのはかえって安心出来る、それから午前中の隣家への塾通いと夕方の厩舎裏の特訓と。


 茜の場合は、頑張り過ぎて注意される事も実は何度かあった。同居人の土屋や星羅は、そう言う点ではよく自分の事を見ていてくれると驚くばかりだ。

 その顛末てんまつは、自身が思いがけずに覚えた《大魔導士》と言うスキルに由来する。これを何とか使えるようにと必死に努力するあまり、魔力切れを起こした事が2度ほどあったのだ。


 鑑定の書によると、茜のレベルはたった3で素人に毛が生えた程度らしい。E級チームで1年は頑張ったのだが、そこでは探索の儲けもほぼリーダー格の少年に搾取さくしゅされており。

 運よく覚えられたのが、誰も覚えなかったからと回って来たスキル書による『適応力』と言うスキルである。弟の久遠くおんの方は『盾術士』と言うスキルで、辛うじて前衛向けかなぁって感じ。


 とは言え攻撃力はまるで無くて、結果的には宮島でのチーム再結成で首を切られてしまったのだが。その時の酷い扱いについては、今でも時折フラッシュバックが襲って来る。

 嫌な記憶はさっさと忘れてしまいたいのに、何とも切ない事である。


 弟に関しては、その内に絶対見返してやるって思いが強いよう。心配ではあるけど、茜はそんな成り上がりざまぁみたいな結末は必要ないと思っている。

 それよりも平穏な日々で、姉弟で健やかに過ごせる方がずっと大事ではなかろうか。例えば今の、この山の上の暮らしみたいな。


 この現状の立場をしっかりと確立するために、自分が覚えた魔法系の特殊スキルをモノにしたいのだけど。魔法よりもレベル上げが先かなと、少ないMP量がネックみたいな事を言われてしまった。

 それについても、紗良姉さんと呼ばれる優しそうな先生がついてくれて、充実した訓練が送れている。魔力枯渇で倒れたのも、1度で済んで本当に良かった。


 宮島で別れた元仲間に関しては、今ではどうでも良い存在だと思いたい茜である。後は弟の久遠くおんが、それに同調してくれれば言う事は無い。

 山の上には同年代の子供達もいるし、そっちと仲良くなって欲しいと切に願う。今の所は、姉弟揃って、そこまで打ち解けれていないのが残念な限り。


 それでも、ギルドのリーダーが近い内にレベル上げとD級昇格の為に、ダンジョンに連れて行ってくれると言ってくれて。弟の久遠くおんの瞳に、仄《》かな希望の光が灯ったのも本当。

 それがせめて、ポジティブな動機からであって欲しいモノ。


 ――そう思わずにいられない、心配性の姉の茜であった。









 それは平日の放課後で、小学校の授業を無事に終えた山の上の子供達は植松の爺婆の家へと移動中だった。季節はすっかり秋で、来栖家的には県北レイドが終わった頃である。

 週末の家族総出での稲刈り行事も無事終えており、麓の田んぼも収穫を終えた所ばかりとなっている。それを眺める子供達は、幾分かテンションが上がっている模様。


 やはり田舎の子供達は、稲刈り行事に燃える所があるみたい。田植えよりも稲刈りの方が、収穫と言う一点で楽しみなのは当然かも。

 いつものように植松の爺婆の家で時間を潰しながら、山の上からの迎えを待つ予定の子供たち。お供のコロ助と、和香に抱えられている萌の姿もいつも通り。


 3人での話の内容も、最近の探索事情など香多奈の口からポンポン出て来る。今も“巫女姫”八神の夏の予知は、ほぼ全部無事に回収出来たよと自慢げに話している。

 実際、来栖家が協力した県北レイドや“ペンギン村ダンジョン”など、予言の収束に関わった事例は多い。“アビス”が召喚した大型モンスターに関しては不明だが、まぁ夏の予言は収束したとみて良いだろう。


 そんな話をしながら、香多奈は学校ではずっと鞄に仕舞い込んでたスマホを取り出す。すると友達の『坊ちゃんズ』の阪波はんなみ鈴鹿から、ラインでヘルプコールが。

 と言うか、いつものモフ写真送っての依頼で、そんなやり取りは結構な数に上る次第。そこで爺婆の家の前で、コロ助を被写体に数枚ほど写真を撮影する事に。


「それじゃあ先に家に上がってるね、香多奈ちゃん。オヤツ用意してるって、お婆ちゃんが言ってるし。安心してね、全部は食べないから」

「了解っ、コロ助の写真撮って送ったらすぐ行くからねっ。コロ助、何で逃げようとするのっ……ちょっと大人しくしてなさいっ!」


 飼い主の威厳も何も無いやり取りの後、ようやく何枚か鈴鹿の気に入りそうな写真を撮る事に成功。そのままの勢いでライン送信していると、どこからかどんぐりの実が飛んで来た。

 このパターンに身に覚えのある香多奈は、バッと顔を上げて周囲を確認する。すると近くの生け垣に潜むように隠れている、小鬼の姿を発見した。


 こう言う事はたまにあって、こっそりと交流を続けている末妹と小鬼ちゃんである。すっかり見慣れた着物姿と、小っちゃくて可愛い額から伸びた角。

 その顔はいつものように無表情で、目まぐるしく表情の変わる香多奈とは正反対。今も少女はにぱっと笑って、ズボンのボッケからジャーキーを取り出して手渡している。


 それを奪い取ろうとするコロ助より先に、小鬼ちゃんは香多奈から受け取ったそれを口の中に放り込む。それを咀嚼そしゃくしながら、シリアスな顔で口を開く小鬼ちゃん。

 どうやら直近で、不味い事態が起きた模様だ。


「どうやらお主ら、地元の天狗に目をつけられた模様じゃ……ワシらと天狗は仲が悪いから、こちらにもとばっちりが飛んで来るかも知れんな。

 それはともかく、奴らはスパルタ指導で有名じゃから気をつけろ」

「相変わらずお爺さんみたいな喋り方だね、小鬼ちゃん……それより、鬼の試練も充分にスパルタだったよ? えっと、つまりは近付いて来る天狗に気をつけろって事かな。

 ウチらは鬼陣営になってるから、天狗と仲良くしたらダメって事?」


 そんな香多奈の独特な解釈に、注意喚起しに来た小鬼は珍しく困り顔に。確かに言ってる事は合ってる気もするし、的外れな気がしないでもない。

 みんな仲良くすればいいのにねと、なおも発言が止まらない末妹。そんな少女に、ボクにもオヤツ頂戴とすり寄るコロ助は安定の食いしん坊である。


 シリアスシーンが台無しだよと、ジャーキーで愛犬を黙らせながら。香多奈はそんな天狗への対策を小鬼ちゃんへと訊ねる素振り。

 無理に付き合いを作るつもりは、恐らくは叔父の護人にも無いだろう。とは言え、また無理やり誘拐とかされたら目も当てられない。真っ先に狙われるのは、一番弱い末妹の確率がとっても高いので。


 叔父さんにも伝えとくねと、香多奈はちゃんと家族で注意するよと小鬼ちゃんに約束する。向こうは1つ頷いて、その天狗の名を告げて来た。

 どうやらその天狗は、羅漢山の生まれとの事。





「近くの冠高原や恐羅漢山周辺を縄張りにするそいつは、名を“羅漢らかん疾風坊”と言う。ワシの爺様よりは若輩者ながら、その行動範囲は侮れぬぞ。

 神通力も上手に使うし、今後はダンジョン関連の事件に絡んで来るかもな」






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