第731話 10層の中ボスを倒してなおも深層を目指す件



 相変わらず『殺戮さつりくのバルカン砲』の威力は甚大で、射撃音もかなり騒々しい。そう言う意味では、ダンジョンでの戦闘には向いてるのか不向きなのかは不明ではある。

 ただし、湖面を一気に凍り付かせる威力は、やっぱり反則級には違いなく。合わせて放たれた、紗良の《氷雪》魔法も後押しには充分だった模様。


 これで湖面の凍った範囲は、楽々スケートが楽しめる程には広がった。こちらを敵と見定めて、さてこれから喰っちまおうかと画策してた中ボスはさぞ仰天した事だろう。

 ここまでカチカチに凍らされて、身動きを取れなくさせられるとは思ってもいなかった筈。せっかくの演出が台無しである、しかしどうしようもないこのもどかしさ。


 ちなみに、ムームーちゃんに《闇腐敗》をぶつけられた蛇の頭は割と酷い事に。巨大ボス級にも通用するこの魔法は、見た目のエグさに目をつむれば凄いスキルである。

 他の蛇の頭も、バルカン砲の射撃ダメージを本体に受けて荒れ狂っていた。ひょっとしたら、ミケの釣り上げの雷撃ダメージも相当にあったのかも。


「あれれっ、意外とダメージが通ってるのかもっ……中ボスを動けなくさせるだけのつもりだったのに、このまま倒せちゃえるかなっ?

 ミケさんっ、今なら簡単にあの敵を倒せちゃえるよっ!」

「紗良姉さんとルルンバちゃんの合体氷魔法、思ってたより凄い威力だったねぇ。確かに中ボスはあそこから動けないみたいだし、止めを刺すのは楽勝かも。

 今まで見た中では、一番大きいサイズ感だったのに残念」

「まぁ、残念って事は無いけど……ミケは止め差しに興味はないみたいだし、俺たちでもうひと頑張りしようか。相手は大きいから、暴れられると厄介だ。

 なるべく近付かないように、遠隔で仕留めよう」


 了解と元気に応じる姫香は、ツグミと組んで一番左の元気な蛇の頭を退治しに行く模様。まだ元気があるかいと軟体幼児にお伺いを立てる護人だが、残念ながらムームーちゃんのMPは半減以下で再度の魔法攻撃は無理みたい。

 それを聞いた薔薇のマントが、そんなら私に任せてと瞬時に変形して行く。いつもの暴走モードに、慌てる間もなく発射される砲弾は見事に1匹の蛇の首の根元に命中した。


 派手だねと喝采かっさいを浴びせる香多奈だが、護人は正直内心ではげんなりな気分。それはまるで、気は良いけど制御不能な子供を預かる保育園の園長をしているみたいな。

 子供たちは慕ってくれているのだが、それぞれ勝手気ままに成果を誇って褒めて貰いたがる感じ。姫香の白百合のマントはそんな事も無いのに、かなり不平等な気もする。


 それを含めて、そう言う役回りだと既にあきらめの境地に至っている来栖家のリーダーである。幸いながら、ハスキー達のお手伝いもあって、その後の中ボス討伐は順調に進んでくれて無事にゲートは開通してくれた。

 そして紗良とルルンバちゃんの作った氷の床の上に、同時に出現する宝箱。これって凍らせてなかったら水没してたのかなと、末妹は釈然としない様子である。


 回収出来るんだから良いじゃんと、軽くあしらう姫香はいつもの妹揶揄からかいモード。湖面へみんなを降ろす作業に大変だった護人は、いつもの仲裁にも元気がない。

 時間はようやく3時過ぎで、まだまだ予定の終了時刻まで余裕がある。宝箱の中身の回収を手伝う紗良は、次の層で長めの休憩を取りましょうと護人に提案する。


 ちなみに、全長50メートル級のヒドラがドロップしたのは、魔石(大)とオーブ珠が1個ずつ。そして宝箱の中からは、虹色の果実や魔結晶(大)や薬品類が割と大量に出て来た。

 ここまで潜って来た甲斐があったねと、喜ぶ香多奈は喜色満面。他にも魔法アイテムのイヤリングや、蛇の鱗素材や牙素材も程々に入手が出来た。


 珍しく日常品とか、生活用品の類いは宝箱に入っておらず。さすがにダンジョンも、この地で朽ちた人々の遺品を使い回すのは不味いとの判断に及んだのかも。

 取り敢えず素材も上等な品なので、末妹の表情の通りに大儲けには違いない。それらを魔法の鞄に仕舞い込みながら、次の層はどんなかなと話し合う子供達である。


 ゲートを潜って、すぐにオヤツ休憩しようと画策する紗良の計画は護人も大いに指示している。あまり深く潜り過ぎても、面倒の種を引く結果になるだけ。

 そんな護人の嫌な予感が的中するのは、もう少し後の事――。




 さて、11層の出現場所は湖の上流部分だったみたい。なかなかに風光明媚ふうこうめいびな沢みたいな場所で、遠くには岩のトンネルみたいな風景も見える。

 沢の水深は歩いて渡れる程で、秋の水際もオツと言うか風流である。周囲に敵がいないかすぐに探索に出掛けるハスキー達は、敵の影が少ない事に不服そう。


 前の層までは、辺りを見回せば獣人や蟲系のモンスターを簡単に発見出来ていたのだが。この11層では、とんとその姿を見掛けなくなってしまった。

 これは都合がいいねと、長女の紗良はポジティブ発言から3時の休息を提案する。ある程度モンスターの間引きをした方が安全なのだが、敵がいないので仕方がない。

 そんな訳で、テーブルを出しての川辺のティータイム。


「ふうっ、寛ぐねぇ……紅葉をみながら、川辺でお茶とかなんか楽しいねっ。ほらっ、ハスキー達もサンドイッチお裾分すそわけしてあげるよっ!」

「確かに優雅だけどさ、一応はモンスターの襲撃には備えておきなよ、香多奈。ここら辺の敵、全然手付かずで休憩に入っちゃったからね。

 ってか、急に敵が減ると身構えちゃうよね、護人さん」

「そうだな……まさか8層に続いて、この層もレア種が湧くなんて事は無いと思うけど。急に減ったのには、何かダンジョンなりの理由でもあるのかな?」


 護人もその理由を考えあぐねて、そんな返答しか思い浮かばない。テーブルに置かれたタマゴサンドを口に放り込みながら、一応は周囲に目を光らせる護人や姫香である。

 ハスキー達も、末妹からおこぼれを貰いながら抜け目なく敵の気配を探っている。ところが、優雅なお茶会の最後まで敵の出現は見られずの結果に。


 れて貰ったコーヒーを飲み終わった護人は、ごちそう様と紗良にお礼を言ってしばしその余韻にひたる。茶々丸や萌もエーテルを飲んで、最後の追い込みに備える素振り。

 一番リラックスしているのはミケとムームーちゃんで、紗良と姫香が膝に乗せて構っている。それが子供たちの寛ぎ要素でもあるので、まぁウィンウィンだろう。


 そんなお茶の時間も終わって、さて11層の探索の再開である。休憩を終えて張り切るハスキー達が、まず向かったのは川の上流の岩で出来たトンネルだった。

 トンネルと言っても、深さは5メートルに満たない自然の岩が重なって出来たようなモノ。ただし景色としてはエモいと言うか、岩の上の茂みもこんもりしててチャーミングかも。


 秘密基地大好きっ娘の香多奈が、これは良いねと絶賛の嵐。確かに綺麗な景色だねぇと、姉の紗良も思わず家族の集合写真を希望する。

 それを無視して、突然立ち止まって警戒心もあらわのハスキー達。驚く後衛陣だけど、確かにトンネルの方向を見ればその理由は一目瞭然いちもくりょうぜんだった。

 何と今までの静寂を破って、トンネルから湧き出る大沢蟹の群れ。


 そいつ等は、総じて2メートル級の硬い甲羅と鋭い爪を有した捕食者の群れだった。今までどこに隠れてたんだと、ツッコミを入れたくなる程の大群が川辺を席巻して行く。

 ハスキー達も負けじと、まずはレイジーの炎のブレスが敵の突進に待ったをかける。それに乗じて、萌もブレスでお手伝い。火炎の壁が、目論見通り敵の勢いを大いに減じる。


 そこからは、ハスキー達お望みの壮絶なド突き合いが幕を開ける事に。もっとも、スキルを含めての何でもアリな乱打戦ではあるけれど。

 護人と姫香も前に出て、壁役はこれでバッチリ……とは言い難い、それを上回る敵の勢いだったり。例の岩のトンネルは、まるで召喚ゲートのように大沢蟹を吐き出し続ける。


 そいつ等の大半は2メートルサイズだが、時間と共にその倍の4メートル級も混じるようになって来た。その進行は、前に味方がいても関係なく乗り越えようとして来る。

 お陰で来栖家チームの前衛陣も、対処がなかなかに大変で戸惑う場面も。護人などは、“四腕”を展開して、片っ端からぶん殴って吹き飛ばして大変な暴れよう。


 もっともその主犯は、薔薇のマントの変形した拳だったりする。調子に乗ったその所業を、最近は肩の上のムームーちゃんも真似をするので困っている護人である。

 とは言え、その破壊力は硬い筈の蟹の甲殻を破壊するのに充分過ぎ。ついでに《奥の手》とムームーちゃんの魔法支援も、範囲にいる敵の殲滅に大いに役立っている。

 傍から見れば、殺戮マシーンの様相の護人とその周辺。


「護人さんっ、このカニの行進っていつ終わるのっ!? あの岩のトンネル、ひょっとしてモンスターの召喚装置とかじゃないのかなっ?

 待ってても止まらなかったら、ちょっと不味いかもっ!」

「確かに不味いなっ、この調子じゃハスキー達も持ちそうにないし……仕方がない、いったん防衛ラインを後衛陣の所まで下げようか。

 紗良とルルンバちゃんの魔法でサポートを頼んでくれ、姫香っ!」


 ハスキー達も踏ん張っているが、次々と湧き出る大沢蟹の勢いには抗し切れない。そんな訳で、護人の指示通りにラインを下げるよと、姫香が慌て気味にチームに通達している。

 その本人は『圧縮』で、ウジャウジャ接近する敵団に蓋をしている。そこに紗良とルルンバちゃんの氷アタックが見舞われ、一気に4分の1近くが氷漬けに。


 それでも止まらぬ大沢蟹の集団、まるで卵から生まれたばかりの蟹の子状態である。慌てているのは後衛も同じで、その産み出される勢いにビビって逃げ出しそうな勢い。

 そこに待ったをかける、暴虐の化身ミケの場を一掃する雷の嵐が発動。つまりは《昇龍》が岩のトンネル目掛けて、敵をほふりながらの疾走を見せてくれた。

 その結果、後に残るのは敵の残した魔石ばかりに。


「うっわ、ビックリしたぁ……あれっ、全部いなくなってるよっ。ミケさんがやっつけてくれたの、ありがとうっ!

 いやぁ、怖かったよ巨大なカニの群れっ!」

「さすがのミケだったね、多分だけど召喚装置の岩のトンネルごと壊したのかな? ミケの腕力じゃなきゃ、多分無理だったかも!?」

「そうだな……ってか、その岩のトンネルがいつの間にか次の層へのゲートになってるね。やれやれ、何とも殺意の高い仕掛けだったな。

 次の層のゲートの確保も、11層以降は命懸けってか」


 そんな感じでボヤく護人だが、しっかりミケにはお礼を言いながらのご機嫌伺い。末妹はルルンバちゃんと一緒に、辺りに散らばった魔石を拾い集める作業。

 石がゴロゴロ転がる上流の川岸での回収は、なかなか大変だが香多奈は楽しそう。岩のトンネルの横に宝箱まで見付けて、少女の喜びはマックスに。


 長女の紗良は、さっきの激闘で怪我を負った皆の治療に大忙し。ハスキー達ばかりか、茶々萌コンビも結構な怪我を負っていて、蟹の大群恐るべしである。

 姫香も魔石拾いを手伝って、ついでに湧いた宝箱のチェックにも同伴する。宝箱の中にはスキル書や魔結晶(小)や、薬品類や甲殻素材やらがゴロゴロ入っていた。


 それから魔玉(水)やら木の実やら、大物では鑑定プレートまで回収出来てしまった。高価な魔法アイテムは拾えたけど、この難易度の上昇ぶりは洒落にならないかも。

 それを切り抜ける力を貸してくれたミケは、紗良にMP回復ポーションを出して貰ってそれを飲んでいる。無礼にも茶々丸が一緒に飲もうとして、盛大に猫パンチを喰らっていた。


 それもまぁ、平和の証だとスルーする護人である。もちろん加減はしてあるので、茶々丸はしけの一撃に面食らっただけで済んでいた。

 そんな仔ヤギを慰めるのも、リーダーである護人の仕事。





 ――本当に、ペットの上下関係はデリケートな問題だ。





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