第729話 霧の渦巻く境内で天狗の襲撃に遭遇する件



「うわっ、思ったより霧が濃いねぇ……視界が悪くて、これじゃ敵が近付いて来ても良く分からないよ。ハスキー達、しっかり見張っておいてね!」

「そうだな、まるで異界に迷い込んだみたいだ……都市伝説みたいだな、鳥居を超えたらそこは異世界だったとか。まぁ、ダンジョン自体が既に異世界だけどな。

 それよりどっちに進めばいいんだい、香多奈?」

「えっと、それが……そこの鳥居を通った途端に、コンパスの針がグルグル回り始めちゃった」


 富士の樹海みたいだねぇと、その現象を不思議がる長女はともかくとして。もう壊れちゃったかなと、香多奈は妖精ちゃんに恐る恐る問い掛けている。

 物を壊すのは末妹のおハコなので、今回もやっちゃったかなとビビり顔の少女だったけど。この霧のせいだろと、小さな淑女の答えは簡潔だった。


 つまりはそう言う事らしい、恐らくは“比婆山ダンジョン”の“冥界エリア”みたいなイレギュラーなのかも。それはあなどれないねと、警戒を強める子供達。

 ハスキー達も同じく、後衛陣と距離を空ける事無く周囲を嗅ぎ回っている。見える範囲では、どうやらこの辺りは神社の境内けいだいの雰囲気だ。


 石畳や砂利敷きの地面に、周囲には真っ直ぐに伸びた針葉樹が多く生えている。ご神木なのか、しめ縄を巻かれた立派な樹もあるようだ。

 唐突に山のどこかから、斧で木を切っているような音が聞こえ始めた。何だろうと反応する子供達だが、霧のせいで方角は良く分からない。意外に近いねと、姫香が口にして前方を凝視する。


 そして木の倒れる音が聞こえて来て、身構える来栖家チームの面々。やっぱり意外に近かったと、その倒木の近さに慌てて避難行動を取る香多奈は、ルルンバちゃんの背後へ駆けこむ。

 ところが思ったような衝撃が来ず、あれっと言う表情に。


「これはひょっとして、何かのダンジョン演出かなぁ? 他には何が考えられるかな、護人さん……レア種がこの空間を支配してるとか?」

「どうだろうな……木を切る音だけが山から聞こえて来る怪異は、意外と全国の山に多いらしいよ。例えば、天狗倒しとか名前がついてる場合もあるね」

「天狗かどうかはともかく、神社の狛犬がそこに建ってるね……空気が少しずつ動いて、視界も段々と晴れて来たかもっ」


 末妹の言葉は本当で、霧が移動して視界が少しずつ確保出来るようになって来た。そのせいで出現した狛犬だけど、ハスキー達は警官心がアリアリである。

 その時、突風が吹きつけて来て視界はさらに明瞭に。奥に古めかしい神社の本殿と神楽の舞台が出現して、神楽舞台の上にはゲートまである。


 それを発見した子供たちは、アレッと言う表情に……敵と戦わず次の層に行って良いのかなと、周囲を窺うも敵の姿は無し。いや、どこかから翼のはためく音が聞こえて来て、何かしらが近辺にいるのは確実っぽい。

 それを発見したのは末妹が最初で、神社の屋根の上に天狗様がいるよと家族に大声で知らせて来た。確かに赤ら顔の4メートル近い巨体の天狗が、屋根の上からこちらを見下ろしている。


 修験僧の格好をしたその大天狗は、お鼻も立派で何とも強そうだ。そいつと目が合った途端、向こうは手に持つ団扇うちわを軽く一薙ぎする。

 その途端、大天狗の前にパラパラと湧き始める小天狗やカラス天狗の集団。


 そいつ等は1メートルサイズで、あまり強そうには見えなかったけど数は多かった。オマケに石像の狛犬2体も動き出して、安定のビックリ仕様である。

 護人の指示で、とにかく前線を構築して後衛陣の安全確保に動き出すメンバーたち。途端に慌しくなった異界の境内だが、ハスキー達は構わず楽しそう。


 ご機嫌に屋根から落ちて来た敵集団に突っ込んで行って、天狗の群れと戦いを始めている。護人もシャベルを取り出して、硬い狛犬を相手にルルンバちゃんと盾役をこなす素振り。

 一方の姫香は、『圧縮』の足場を頼りに屋根の上のボスへと対峙する。ひょっとして、コイツはレア種なのかなと探りを入れながらの斬撃をお見舞いするも。


 軽くかわされて、どうやら体術もバリバリこなす感じの敵の大将である。この“異界エリア”のボスには違いなく、どうやら一筋縄では行かない強さなのは確か。

 そんな訳で、姫香と大天狗は距離を置いて再びにらみ合う。



 一方の境内の戦闘だが、ハスキー達は唯一1体だけいる、高下駄の2メートル級の天狗の存在に翻弄されていた。コイツも天狗の団扇うちわを所持していて、屋根の上の大天狗に姿恰好はそっくりだ。

 そいつが地上部隊の指揮を執っており、小柄な天狗たちは意外と手強い集団となっていた。カラス天狗も同じく、それぞれ錫杖や独鈷どっこを持ってハスキー達と遣り合っている。


 その動きはさすが修験者、もとい人型の妖怪である……しかも向こうは風属性らしく、俊敏さはハスキー達とタメを張るレベル。飛び交う風の刃を、避けまくる彼女たちも凄いけど。

 それでも各種属性を、相当な能力で操るハスキー達のパワーは凄まじい。ちょろちょろと動き回る小天狗やカラス天狗を、コンビ狩りで数を減らして行っている。


 天狗の団扇持ちの能力は、どうやら部下の召喚みたいで厄介だ。1メートルサイズの部下たちだが、向こうも空中殺法を駆使して襲い掛かって来ている。

 お陰でこちらも少なくない傷を負ってしまっているが、その位ではハスキー達の勢いは止まらない。その結果、向こうの召喚する速度よりレイジー達が倒す速度が上回って来た。


 その焦りからか、ようやく奥の2メートル級の天狗が動き始めた。それを迎え撃つ構えの茶々萌コンビは、天狗の団扇の一薙ひとなぎで、呆気無く吹き飛ばされて行く。

 その雑魚っぷりはある意味アッパレ、すかさずカバーに入るレイジーはさすがと言うべき。風の攻撃をオーラで防いで、高度な攻防が両者の間でつむがれて行く。


「後衛は石像を破壊し終わったぞ……姫香の方は大丈夫かっ!?」

「コイツってひょっとしたらレア種かも、かなり手強いよっ、護人さん! 風の防護が厄介で、こっちの攻撃が相手に届かないのっ!」

「ひあっ、茶々丸と萌が吹き飛んで行っちゃった! ハスキー達の方も苦戦してるみたい、どうしよう叔父さんっ?」


 慌てている末妹だが、吹っ飛んだ茶々萌コンビの回収に姉と向かったのは褒めるべき行為だろう。境内でのハスキー達VS天狗の戦いは、姫香の言う通り天狗の風の防御が厄介そう。

 レイジーもかなり手古摺てこずっており、炎のブレスもツグミの『土蜘蛛』も避けられて致命傷にならず。コロ助の物理アタックも、逆に独鈷杵どっこしょに斬りつけられて傷を負わされる始末。


 姫香の方も似たような物で、しかも大ボス天狗の独鈷杵どっこしょには雷属性の効果があるらしい。お陰で現在、姫香の左腕はしびれて使い物にならない有り様。

 狛犬の石像をようやく破壊し終えた護人が、弓矢の『射撃』で援護しようとするも。報告の通りに、風の防護で明後日の方向へ飛んで行く始末である。



 ハスキー達の方だが、雑魚の小天狗たちは全て片付けて、随分スッキリさせる事には成功していた。ただし、大天狗の召喚した手下だとあなどった、2メートルの団扇持ちは雑魚では無かった模様で。

 苦しい戦いを強いられているが、レイジーのヤル気のオーラは高まるばかり。強敵を前にして、何かのスイッチが入ったのは確かである。


 こちらのレプリカ天狗は、サイズ感こそ屋根上の本体に劣るけど、風を招く団扇うちわ独鈷杵どっこしょの守りと攻めはかなり高レベル。間違っても雑魚の獣人とは、一線を画す存在には違いなさそう。

 考えなく突っ込んで行くコロ助などは、既に3回くらい飛ばされて空中で姿勢を立て直すを繰り返している。そこはさすが、茶々丸と違って運動能力は凄いかも。

 ただし、敵の防御の突破には解決策は思い付かないようで残念な限り。


 それを強引にでも突破するのが、炎のリーダー犬のレイジーである。と言うか、何も考えずに正面からのガチ対決は、コロ助の思考と変わらないような?

 ところが敵の攻撃を急所の喉元へと誘った、その動きがまさか策略だったとは。その攻撃のダメージを、首に装着している『山嵐の首輪』でマルッと反射すると言う荒業を敢行。


 さすがの風の防御も、反射ダメージまでは防げなかったようで驚き顔の天狗の分身体。怯んだその拍子に、ツグミの影縛りが敵の厄介な団扇を持つ手に絡み付く。

 そこはさすがのハスキー達の阿吽あうんの呼吸、隙を見逃さない集中力は3頭とも一緒。次いで、巨大化したコロ助が敵の喉元に咬み付いて、地面に叩きつけるのに成功する。


 そこからは一斉に、反撃も許さない止め差しの畳みかけ。今までのうっ憤を晴らすように、レア種の分身体を切り刻んでやっつけるハスキー軍団であった。

 ただし、その姿の消えた後にはドロップ品は発生せず。



 と言う事は、この本体の大天狗を倒さない事には、報酬は何も貰えないって事だろう。ゲートは神楽の舞台に既に湧いてるので、無視して階層を渡る事は可能ではある。

 それを相手が許すとは思えないけど、イレギュラー揃いなエリアには違いなさそう。もっとも姫香からすれば、目の前の敵をやっつける事しか念頭には無い。


 先ほどから、護人やルルンバちゃんが遠隔で援護をしてくれているが、全て風の結界に阻まれてしまっている。姫香の斬撃も同じく、防御に関しては本当に厄介な敵である。

 そんな訳で、護人も薔薇のマントの飛行能力で、挟み込むように大天狗と対峙する事に。それが敵にプレッシャーとなっているかは、はなはだ疑問な大天狗の表情である。


 それ程に、風の防御に絶対の自信を持っている大天狗は、雷属性の独鈷杵どっこしょもかなり危険である。実際に、姫香の左腕は未だ回復せず。

 ムームーちゃんも魔法を撃ち込むのだが、水の槍はともかく特殊スキルの《闇腐敗》も風の壁にブロックされる始末。ショックを受けてる軟体幼児だが、護人は構っている時間も無い。


「風の障壁が厄介だな……姫香、何とか『圧縮』や《豪風》で介入出来ないかっ? こっちも何か手が無いか、色々と試してみるっ!」

「あっ、風系のスキルねっ……了解、護人さんっ!」


 すぐに理解してそれを実行に移す姫香は、さすが戦闘になると頭が柔らかい。護人もとにかく圧を掛けて、姫香が標的にならないよう工夫を重ねている。

 そんな護人も、繰り出す斬撃やシャベルの『掘削』攻撃は残念ながら本体に届かず。惜しい所まで結界に切っ先が食い込むのだが、さすが天狗の神通力である。


 そんな訳で、敵の虚を突きたい護人だが、姫香はとんでもない方法を思い付いた様子。突然に目の前で自分の持つ『天使の執行杖』をバトントワリングのように回転させ始める。

 棒状の杖は回転よく回ってくれて、それが《豪風》スキルの発動のトリガーになってくれたよう。それ以上に、高速回転する杖に吸い込まれて行く周囲の空気。


 相手の大天狗は、それを見て明らかに慌てている様子。姫香の妖術を防ごうとするも、当の彼女はいつの間にか2人に分身している始末。

 その時、《豪風》をまとった『天使の執行杖』が回転運動から鋭い突きへと瞬時に形を変えて行った。それも《剣姫召喚》の分身込みで、モロに敵の身体に吸い込まれて行く風の回転杖。


 その衝撃は、まるで最初に聞こえた幻の倒木音のごとし。吹っ飛んで行く大天狗に、抜かりなく護人が止めの一撃を見舞って行く。

 その瞬間、周囲にドーンと言う大きな音がこだました。同時に完全に晴れて行く霧と、神楽舞台に出現する宝箱。そのサイズ感に、茶々丸を治療し終えた香多奈が嬌声をあげる。

 レア種の討伐の報酬は、確かに大いに期待出来そうだ。





 ――何にせよ、8層の神社前の戦いはこうして終焉しゅうえんの運びに。





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