第726話 6層から遊歩道を進み始めるルートになってる件



 5層の中ボスを討伐した来栖家チームだが、結局はその場所でお昼を食べる事に決定した。それを受けて慌しく作業を始める子供たち、こんな時に魔法の鞄の収納力は本当に便利である。

 キャンプ用の机や椅子をそのまま持ち運べるので、ダンジョン内でも優雅な食卓が用意出来るのだ。そんな訳で、紗良の給仕によって昼食がスタート。


 とは言え、今回も協会のスタッフの準備してくれたお弁当が人数分あったりする。それだけじゃ味気ないので、紗良もお握りや卵焼き、それからいつものから揚げなど用意していた。

 お弁当は巻き寿司と稲荷寿司、それから煮物のおかずが少々の和風テイスト。不味くは無いのだが、やっぱり家族の用意したお握りの方が美味しく感じる不思議。

 それに温かいお茶が付いているだけで、10倍幸せに感じるのもいつもの事。末妹の口調も滑らかで、相変わらず騒がしい少女はハスキー達の良い的になっている。


「おっと、珍しくムッターシャ達も丁度5層を終わらせた所らしいな。1層での移動分があったせいか、ウチのチームとペースは同じ位かな?

 岩国チームはどんな調子だい、姫香?」

「ヘンリー達は、ウチより1層遅れって感じかな……獣人が多いから銃弾を使い過ぎちゃうって、こんな広域ダンジョンは苦手だって言ってるね。

 コスト的に割に合わないって、そんな計算が働いちゃうみたい」

「ああっ、確かにコストは大事かも……ルルンバちゃんが魔玉を使うペースとか、ウチのチームはあんまり文句は出ないけどねぇ?」


 そんな香多奈の呟きに、アンタが一番文句を言ってるんだよと釘を刺す姫香。その通りと秘かに頷く護人と紗良だが、喧嘩の助長になる発言はしない大人の対応の2人である。

 そんな家族の食事中は、ペット達も暇なのか移動が頻繁に行われる。例えばミケが護人や姫香の膝の上に乗っかったり、ムームーちゃんが机の上に寝そべったり。


 特に分け前を貰おうと末妹にたかるハスキー達は、すっかり来栖家の野外食事の風物詩に。その代わり、ルルンバちゃんや萌は大人しく家族の食事を待ってくれている。

 A級ダンジョン内とは言え、景色はとっても綺麗で長閑なムードの一行は会話も呑気。戻ってからすぐ稲刈りだよとか、香多奈の学校行事の話とか話題はバラバラ。



 そんな食事と腹ごなしの時間もようやく終わって、さていよいよ探索再開である。6層はどんなかなぁと、変化に期待する香多奈の発言は何故かモロに適う事に。

 何と一行が出現したのは、水を満面にたたえた湖の側の歩道だった。どうやら干上がった湖面エリアは、5層で終了してしまった模様である。


 神龍湖は人口湖で、元は曲がりくねった帝釈川の成れの果てである。曲がりくねった川のお陰で、この近辺は対岸に渡る為の橋が幾つか架かっているのだが。

 パッと見、そんな橋が周囲に幾つか存在……その渡った先は、まるで孤島のような佇まい。そこに獣人の集落が形成されており、島に出来た要塞チックな風景が。


「うわぁ、これはまた……湖底に出来た集落を攻める方が、まだ楽な感じだねぇ? 攻めるルートが、橋を超えたこの1本しかないよっ!」

「あっ、本当だ……湖に潜って近付くわけには行かないし、これは参ったねぇ?」

「うむぅ、正面突破しか手が無いのか……どこか他に、もう少し攻めやすそうな集落は無いのかな。ちょっと飛んで見て来るから、みんな待っていてくれ」


 気を付けてねとの子供達の言葉を受けて、護人は薔薇のマントの飛行モードで6層エリアの偵察へ向かう。幸い空を飛ぶタイプの敵は近くにおらず、上空は至って平和。

 そして見下ろす湖の周辺だけど、上流に進むにつれて水位はぐんと減って行くらしい。そちら方向には、川辺に集落を造っている獣人軍もいる様子。


 とは言え、そこに回り込むにもルート選別が厄介で時間が掛かりそう。安全な道を選んで上流へと向かうには、余計に30分程度は掛かってしまう気が。

 更には事前のテリトリー分けもあるし、あまり上流エリアに近付くのも気が引けてしまう。まさか湖が普通に障害物になって来るとは思わず、ほとほと困ってしまう護人であった。


 その見たままの結果を、子供達との合流後に正直に話してみると。そんならあの砦を落とそうかと、何でも無いかのように口にする姫香である。

 作戦を練れば何とかなるでしょと、末妹も飽くまで呑気に姉の言葉に乗っかる構え。ルルンバちゃんの必殺技があればねぇと、完全体の頃のレーザー砲を懐かしむ香多奈。


 それを聞いて、収納からバルカン砲を取り出して、コッチは使えるよとアピールに余念のないAIロボである。そう言えばこっちの威力も凄かったよねと、正面突破作戦に組み込もうと盛り上がる子供達。

 叔父さんはやっぱり空からかなと、どうやら多面攻撃は必須の模様。高台に居座る弓兵や魔術師の早期排除は、確かに一番に取り組みたい事案には違いない。


 そんな訳で、紗良と香多奈の後衛陣はルルンバちゃんの後ろに張り付いて安全確保する事に。護人は空からの遊撃で、ツグミと連動して敵の遠隔部隊を排除する。

 ハスキー達はそのまま遊撃で、砦の入り口の突破を目指す感じ。敵が出て来たら随時対処で、この辺の役割はいつもと変らないので混乱はない筈。


 パッと見た感じ、集落に詰めているのはオーク兵団のようだ。このダンジョンでも戦った事もあるし、そこまで警戒する敵ではないと思いたい。

 それじゃあ気を付けて行こうとのリーダーの声掛けと共に、橋の向こうの砦攻めは始まった。香多奈ものっけから『声援』を飛ばして、ルルンバちゃんの背後から戦況を見つめる。


 予想外だったのは、いきなりの敵の対応だった。飛んで来る矢の雨は、半端な数じゃ無くて殺意に溢れていたのだ。思わず《結界》を張る紗良だったが、その判断は正解だった。

 ハスキー達も、咄嗟にコロ助の張った防御結界に隠れてそれをやり過ごす。


「うひゃあっ、凄い歓迎ぶりだねっ……一体何人いるの、敵の弓兵ってば! これは攻略に苦労しそう、砦の入り口の扉も閉じちゃったし」

「あっ、本当だっ……ズルいっ、向こうは数が多いのに引き籠り戦法だっ! コロ助っ、さっさとハンマーであの扉を壊しちゃって!」

「えっと、先に私が範囲魔法を撃つんじゃ……まだ随分と遠いから、そんな威力は出ないかもだけど。取り敢えず、向こうばっかり攻撃させたんじゃ釣り合い取れないもんね。

 そんな訳で、ちょっとでもひるんで頂戴っ!」


 そんな願いを込めた紗良の《氷雪》魔法は、やっぱり距離が遠かったせいでそこまでの威力は出ず。その代わり、張り切るルルンバちゃんのバルカン砲攻撃は凄まじい威力を示してくれた。

 コロ助に頼んだ筈の入り口の大扉は、粉砕されて魔玉(氷)の成分のせいで凍り付いてしまっていた。ひゃあっと驚き声をあげる後衛陣だけど、向こうもかなり仰天した模様。


 お陰で弓矢の矢ぶすま攻撃も、一瞬どころか止んでしまう始末。その隙を突いて、向かって左側の高やぐらに上空から襲撃を仕掛ける護人&ムームーちゃん。

 派手に暴れたせいもあって、そこに詰めていた数匹のオーク弓兵はあっという間にお陀仏の憂き目に。敵の陣営に慌てた雰囲気が蔓延する中、ハスキー達も次々と砦内へと侵入を果たす。


 入り口付近に詰めていたオーク兵は、全て盾持ちでなかなかの重装備振り。それらに突っ込んで行くコロ助と茶々萌コンビは、ようやく殴れる敵とまみえる事が出来て超嬉しそう。

 一方のツグミは、影に潜んでいつの間にか別の櫓を襲撃していた。その頃には、明らかに向こうの砦から降りかかる矢の雨の威力は半減以下に。


 ルルンバちゃんの硬質ボディは、その手の攻撃は受け付けないとは言え。やっぱり狙われてる感の重圧が薄れて、ほっと息を継ぐ後衛組である。

 ツグミはなおも『毒蕾』を有効利用、固まっている敵を見付けたら毒の霧をぶつけて弱らせて行く。混乱は徐々に敵陣に蔓延し、レイジーの指揮で前線は暴れまくって敵陣は破綻寸前に。


「いい調子かもっ、私達ももう少し前進しようか、紗良お姉ちゃんっ。そしたらルルンバちゃんも、攻撃に参加出来るし!」

「そっ、そうだね……矢もほとんど飛んで来なくなったし、もう安全かな? 一応後ろとか上空も確認して……うんっ、大丈夫みたい。

 橋の上って、どうにも落ち着かないよね」


 そう言って少しずつ移動を果たす、後衛の姉妹は赤い橋の上でやや不安そうな素振り。護衛はルルンバちゃんのみで、前方では派手に戦闘中なので無理もない。

 確かにここはダンジョン内なので、どこから敵が襲い掛かって来るかは分からない。そう言う意味では、長女の慎重な確認はとっても大切には違いない。


 そうしてルルンバちゃんの歩みに合わせて、ゆっくりと獣人の砦へと近付いて行く後衛陣。入り口付近は既に討伐は終わっており、魔石があちこちに散乱していた。

 それを『吸引』で回収するルルンバちゃんは、不安など微塵みじんも感じさせずいつも通り。近付く奴は容赦しないぜと、姉妹を完璧にエスコートする素振り。


 この辺は、長い事後衛の護衛をやって慣れっこのルルンバちゃんである。護人がいなくても頑張るぞと、近付くオーク兵がいないか確認しながら進んでいる。

 ハスキー達は入り口から2手に別れたようで、左右に続く道のどちらがより安全かは不明。ただし、右手側では姫香が熱烈にオーク歩兵と戦闘中だった。


 それを見付けて、応援を飛ばしながらルルンバちゃんにも攻撃命令を下す忙しい末妹。その途端、魔導アームの左腕から氷の槍が数本敵団へと飛んで行った。

 姫香からサンキューと言う言葉と、それから奥に将軍級がいるかもとの忠告が飛んで来る。ひょっとして王様もいるかもと、さすがA級ダンジョンの中層である。


 それにしては、難易度が急激に上がって来ている気がしないでもないけど。姫香のいるのと逆側は、恐らくレイジー達が押し込んでいるのだろう。

 そう思って油断していると、そちら側から派手な車輪の音が響いて来た。どうやらオーク兵の木製の戦車が、戦況を打破しようと突っ込んで来た模様。

 そのサイズは軽トラ並みだが、かれたらただでは済みそうもない。


「わわっ、何か大きな木製の車が、こっち目掛けて向かって来てるよっ! ルルンバちゃん、助けてっ!」

「うわっ、オーク兵が車を運転してるねっ……突撃兵器なのかなっ、かれたら大変な事になっちゃうよっ!」


 仰天して互いに抱き合う姉妹の前に、果敢に飛び出て盾になるルルンバちゃんの勇姿。やっぱり砦に入り込むのは早かったのねと、入り口付近の騒乱に後悔するも。

 ボクに任せておいてと、派手にぶつかり合う魔導ボディと木製戦車の激突音は凄かった。その衝撃で、戦車に乗っていたオーク兵は無残に前方に放り出される。


 前衛能力を持たない姉妹の前に、放り出される革装備のオーク兵。2度目の悲鳴は、そのオークと目が合った紗良の口から洩れたモノ。

 その時、上空から飛び降りて来た護人が華麗にそのオークに一撃を加えた。体勢を崩していたそいつは、抗う事無く消滅して魔石になって行く。


 叔父さんっと末妹の発した声は、まるで待っていたヒーローが出現した時のリアクション。その間にルルンバちゃんは、目の前の戦車をアームで破壊して行っている。

 どうやらそいつもモンスター扱いだったらしく、壊した途端に魔石へと変わって行った。その奥からは、オーク兵の恐らく上級職の雄叫びが響いて来る。

 砦の奥は、未だに熾烈なド突き合いが行われている様子。





 ――オークの孤島砦の攻略は、まだもう少しだけ掛かりそう。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る