第725話 沈没船のエリアを抜けて中ボスと対面する件



「うわっ、引っくり返った船の中を進まなきゃいけないのっ? これは大変だね、扉を潜るのも一苦労だよ……ハスキー達、安全確保をお願いねっ!」

「奥にルート続いてるっぽいね、横転してる障害物を超えて行けば広い場所に出れるかな? ハスキー達は反応してるし、ありそうな気はするけど。

 無かったら、時間だけ消費して別の場所に行かなきゃいけないパターンだねっ」

「ゲートを見付けるのも一苦労だな……まぁ、広域ダンジョンなら仕方が無いか。取り敢えず、探索はハスキー達に任せて後を追って行こうか」


 紗良お姉ちゃん頑張ってと、かなり大変そうな横転船舶アスレコースを見ながら末妹の応援。先行したペット達は、横に開いた扉を潜って奥の空間へ。

 その辺の足取りに、特に戸惑いは無いのは大いに安心な点ではある。そして壁に張り付いていた大タニシや、散乱していた障害物の影から襲い掛かる大サワガニと乱戦を始めている。


 それらを華麗に片付けて行くハスキー達は、むしろ貫禄もついて来た感じ。目に付くモンスター達を次々に返り討ちにして、後続の為に安全ルートを確保してくれている。

 そして後続組は、散乱する船内の障害物を避けながら、横になった船内の移動にてんてこ舞い。扉も横になっているので、這って通らないといけないと言う。


 それでも客室を通過して通路を渡ると、船底へと通じる階段を発見した。とはいえ、その階段も横倒しなので歩くのは壁の部分である。

 ハスキー達は後方部隊がついて来るかを確認しながら、先行して船体の奥を窺う構え。そこは本来ならエンジンルームだった筈ながら、何故か巨大なドーム仕様となっていた。


 これはダンジョン不思議パワーなのか、意外と広い空間に思い切り戸惑うハスキー達。それでも襲い掛かって来る魚人やリザードマンの群れに、すぐに思考は戦闘モードに。

 敵の獣人軍は、集落こそ無かったモノの色んな瓦礫が障害物となって、簡易拠点を形成していた。そこから矢を射かけられたり、魔術師が居座って魔法を撃って来てやりたい放題。


 障害物拠点の素材だが、客船の座席やらカヤックの残骸やら様々である。それなりに強靭に組み立てられているので、強行突破も難しい仕様かも。

 しかも奥には、ワニかと見紛う大トカゲが数匹、武装モードで待機していた。しかも騎乗しているリザードマンは、装備をがちがちに固めて騎士のようなたたずまい。


 突破はまず無理、殲滅もそれなりに大変そうな、ある意味集落攻めより厄介なこの布陣。そこにようやく追いついた後衛陣が、『射撃』やら《氷雪》魔法で加勢を始める。

 弓矢や魔法で援護していた簡易拠点の敵の獣人は、これらの援護で一斉にノックダウン。それに乗じて、前衛のハスキー達は押せ押せムードへと転じる流れに。


 それを許すまいと、いよいよ奥に待ち構えていた大トカゲの騎乗部隊が前線に投じられ始めた。それを目にした茶々萌コンビが、負けるもんかと一騎打ちを挑みに掛かる。

 結果、向こうは総出で迎え撃って来て、割と酷い目に遭ってしまう2匹だったり。フォローに向かうハスキー達も呆れ顔、さっさと下がれとレイジーもお怒りモードの雰囲気。


 姫香もコリャヤバいと前線に飛び出して、ヤン茶々丸の救助を手伝っている。大トカゲの騎乗騎士は、何とか2体をハスキー達が沈めてくれて、これで追撃されずに下がれそう。

 後衛陣も治療にと間を詰めて、一部戦線は大忙しの有り様となった。そしてガッツリ怒られながら『回復』スキルを受ける茶々丸と、再び前衛に飛び出して行く姫香。


 ここまで敵陣に食い込むと、ようやくドーム状のエリア奥にゲートが確認出来た。これでここの敵の殲滅が無駄足にならないと知って、護人も一安心で援護を後衛陣に言い渡す。

 それを聞いて張り切るルルンバちゃん、氷系の魔法を飛ばして騎士や残った弓兵を凍らせて行く。何しろ媒体の氷の魔玉は、先日の“比婆山ダンジョン”でしこたま入手したのだ。

 香多奈も遠慮なく使っちゃいなさいと、AIロボに発破を掛けている。


「いけいけ、ルルンバちゃんっ! 何なら例のバルカン砲を撃ってもいいよっ、ガンガン敵を倒しちゃって。

 ほらっ、ゲートの横に宝箱が見える……しかも、かなり大きいよっ!」

「確かに大きいけど、色は銅色かな……香多奈、ルルンバちゃんに無茶を言うのは止めなさい。おっと、あの壁際にもタニシ型のモンスターが張り付いてるね。

 不意打ちされたら危ないから、今のうちに駆除しておこうか」

「そうですね、もう1発《氷雪》を撃ち込みましょうか、護人さん?」


 意外と多い残兵の駆逐に、後衛陣もそれなりに大変な模様。結局は紗良の魔法の2発目で、戦場は随分とスッキリする形に。

 残りはキッチリとハスキー達が始末してくれて、ようやくドーム状の船底エリアは静かになってくれた。それでも抜かりなく、周囲の警戒を続けてくれるハスキー達。


 とっても勤勉で優秀だけど、末妹は宝箱に夢中でやったーと本日初の遭遇に大はしゃぎ。紗良は以外と激闘になった戦いの後だけに、念入りにペット達の怪我チェックを行っている。

 茶々丸に関しては、何とかスキルでの回復を終了させてまずは一安心。ところがコロ助にも裂傷が見付かって、混戦だったもんねぇと姫香に慰められる始末。


 一方の香多奈は、護人とルルンバちゃんの護衛のもとに宝箱のチェックを進めていた。大きな箱の中身の大半は、靴や衣類や防寒具と何だか遺品チックな香りが。

 それから紙幣入りの財布や眼鏡や時計も出て来て、これはもう確定である。さすがの香多奈も、これを嬉々として持って帰ろうとは口に出来ない様子。


 他にもボートのオールとかライフジャケットが数点、観光地らしくポストカードやキーホルダーも数点。薬品類や強化の巻物も、底の方から出て来てくれた。

 大物としては、魔結晶(小)が5個と魔法の鞄が1個くらいだろうか。木の実や魔玉(土)も数個出て来て、宝箱の質としてはまずまずかも。

 まぁ、それも遺品類の回収品を排除して考えての事だけど。


 さすがにガメつい末妹も、財布を含めた遺品類を持ち帰ろうとは言い出さなかった。護人も熟考の末、持ち帰るのはライフジャケットまでに留めておく事に。

 治療が終わった紗良も合流して、その考えに納得してくれて何より。世間の常識と探索者の常識は異なるかもだけど、来栖家の常識はおおむね長女の言動に依存するのだ。




 そんな訳で、休憩と治療と宝物の回収を終えた一行は、気分も新たに4層のゲートを潜って行く。飛び出たその先は5層の中ボスの待ち構えるエリアである。

 ここもいつかのダムダンジョンと同じく、大物を1体倒せばゲートが出現してくれる仕様らしい。この層は楽でいいよねと、呑気な末妹のコメントは敢えて全員がスルーする流れに。


 姫香もジト目で妹を眺めて、それじゃあ中ボスを捜そうかとハスキー達に捜索依頼を出す。無視しないでよといきどおる香多奈に、紗良がドンマイと声を掛ける。

 ハスキー達は忠実に、言われた通りに敵の探索へと先行偵察を始めている。とは言え、この5層は雑魚のモンスターの姿はめっきりと少なくなっている模様。


 遠くの崖際に集落のような物が窺えるが、近付くまで5分程度は掛かりそう。そちらに進む動きを見せているハスキー軍団だけと、不意に足を止めて上空を睨む仕草。

 3匹一斉のその動きに、後続部隊も当然警戒して足を止める。


「うわっ、紗良姉さんがサイズに文句言ったせいかな……ダンジョンが怒って、これでもかって程の巨大トンボをぶつけて来たよっ。

 一番大きい奴、自家用ジェットくらいはあるんじゃない?」

「お供の大トンボも、10匹以上はいるんじゃないかなぁ……それじゃあこれは、香多奈ちゃんが楽だって言ってた当てつけなのかもね?

 ダンジョンって、たまに変テコな期待の叶え方するもんね」

「どっちにしろ、あのデカいのは中ボス判定に間違いなさそうだな。それじゃあここは、家族でトンボ狩りと洒落込もうか。

 いや、特に深い意味は無いけどな」


 トンボ狩りはお洒落でも何でもないよねと、末妹は護人の呟きに即座に突っ込む。それはともかく、あれは倒していい敵だよねと、ルルンバちゃんが空中に向けて魔法を発射。

 それに反応して、空中の大トンボの群れから派手に、エアカッターのカウンターが飛んで来た。その数10以上、悲鳴をあげてルルンバちゃんの影に隠れる子供たち。


 護人も“四腕”を発動しつつ、《堅牢の陣》で後衛陣を護りに掛かる。コロ助も同じく、魔法の防御陣を張って敵の魔法の乱打に対抗している。

 コロ助の《防御の陣》は優秀な魔法防御壁なのだが、性格が攻撃的な彼はたまにその考えに思い至らない事が。いざとなれば《韋駄天》で、自分だけ逃げると言う選択肢もコロ助にはあるのだ。


 多過ぎる選択肢は、時には思考の邪魔になると言う典型的なパターンかも。特にコロ助は、『咆哮』で敵の集団の注意をいて、その上で《防御の陣》を張ると言うハメ技も存在する。

 それをすると、他の者はかなり安全に敵を倒す事が可能になる。ただしハスキー達は、その考えに至らないのかそんな卑怯な戦法はあまり使用しない。


 今回も同じく、やられたらやり返すぜと勇ましいハスキー達は、スキルの連打で敵を次々と撃ち落として行く。ただし、巨大トンボの再反撃はそれなりに熾烈だった。

 風の打ち下ろしは、まるで大気の天井が落ちて来たかのような衝撃。


 これにはさすがの来栖家チームも、全ての衝撃を跳ね返す事は出来ず大パニックに。全員が揃ってダメージを受けたのは、チーム探索を通じて初かも知れない。

 そして思い知る、踏んづけてはいけない尻尾がそこにはあったと言う事実。雷の白刃は、果たして天から落ちたのか地から駆け上がったのか。


 物凄い轟雷は、家族の鼓膜も盛大に震わせてそっちでもダメージを受ける護人たち。ただし、恐るべし範囲魔法を放った巨大トンボは、いつの間にか上空から消え去っていた。

 中ボス級もたった一撃とは、恐るべし来栖家のリーサルウェポンである。その衝撃波で散り散りになってしまった護衛の大トンボも、ハスキー達の献身で狩られて行く。


「ふうっ、まだ耳がキーンとしてるよっ……本当に酷いよね、ミケさんってば。確かに空気の押し潰し技も酷かったけど、あんな仕返しするなんて。

 家族までダメージ受けたんだよ、反省してっ!」

「まぁ、そこまで叱る必要は無いだろう、香多奈。ミケは体が小っちゃいから、さっきの敵のダメージも馬鹿にならないんだよ、きっと。

 若返ったとは言えミケはお婆さんなんだから、いたわってあげなさい」


 そんな護人の言葉にも、憮然とした表情の末妹は納得していない様子。紗良はやっぱり、お婆さん猫をなだめる作業に忙しそう。

 そんな巨大トンボのドロップは、魔石(中)とスキル書1枚と宝箱だった模様。ついでにゲートも出現してくれて、一番の目的は達成されて何より。


 それを見付けて、ミケへの文句などキッパリ忘れて楽しそうに宝箱に近付く香多奈である。さっそくの中身チェックに勤しむ末妹と、それを覗き込む姉の姫香。

 紗良は先ほどの範囲攻撃のせいで、ペット達の怪我チェックが忙しそう。宝箱の中身チェックの末妹も、薬品類や鑑定の書を手にしてニンマリ笑顔。


 それらを魔法の鞄を用意してくれた、姉の姫香に次々と手渡して行く流れ作業。妖精ちゃんも頭の上から口を出してくれて、今のは魔法アイテムだナとか助言をくれている。

 それはトンボのペンダントで、割とお洒落な形状をしていた。それから魔結晶(小)が6個に、眼鏡とか鉛筆がケースでたくさん、それからバスケットボールやバッシュなどいまいち統一性のない品々が。


 仕舞いには熊手や縫い針セットが出て来て、何だろうと混乱する姉妹である。そこにペット達の治療を終えた紗良が合流して来て、謎解きに参加する。

 そして出て来たのは、意外な答えと言うか推測だった。


「あっ、ほら……トンボって英語ではドラゴンフライって言うじゃない? ただ地名によっては、レイク(熊手)って言ったり、スウィングニードル(裁縫針)って呼ばれるんだって。

 それを知ってた、ダンジョン流のジョークじゃないかなっ?」

「ああっ、ドラゴンフライって…… “大変動”前には広島県に、そんなバスケチームが確かにあったねぇ。

 なるほど、これは面白いねっ!」

「レイクって……湖って意味じゃないの、紗良お姉ちゃん?」


 それを聞いて、それも掛かっているのかもねと、湖の底で笑い始める意外と笑い上戸の長女であった。とにかくこれで謎解きも見事に解明されて、心置きなく次の層へと進めると言うモノ。

 時刻はもうすぐ12時で、お昼を挟んでも良い時刻である。そんな事を話し合いながら、来栖家チームのダンジョン探索は順調に進んで行く。

 周囲を眺める香多奈は、紅葉の景色の中で食べる昼食もオツだねぇと一言。





 ――呑気な物言いは、まるでピクニックにでも出かけているかの如く。






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