第723話 “帝釈峡ダンジョン”を順調に探索して行く件



 景観の素晴らしいダンジョンと言うのは、以前にも探索した事がある来栖家チームの面々。例えば広島空港近くの“三景園ダンジョン”だとか、地元の“滝下ダンジョン”だったりとか。

 ただしさすがに日本百景の1つである“帝釈峡たいしゃくきょう”は、自然そのものの眺めが半端でなく素晴らしい。秋に固定したダンジョンの目論見は、見事に訪れた探索者達のハートを射止めてナイス演出と言う他なし。


 それはともかく、さすが随分と間引きを怠っていたダンジョン内はカオスの一言に尽きる。つまりは第2層もほぼ探す事なく、敵の群れに遭遇する破目に。

 それを黙って見過ごす来栖家チーム、もといハスキー軍団ではない。茶々萌コンビも追随して、通り掛りの魚人の群れへと襲い掛かって派手に斬り合いを始めている。


 もっとも、変てこな形状の魚人が操るのはほぼ三又槍のようだけど。二足歩行のカエルにも似た魚人は、その瞳がどこを見ているか分からずちょっと不気味。

 そもそも、無理やりくっ付けたような手足を使うのが苦手なのか、動きは余り俊敏ではないこのモンスター。俊敏で、口で咥えた刀を自在に振るうハスキー達の敵では無いようで、次々と簡単に撃破されて行く。


 応援を飛ばす末妹と、これなら加勢するまでもないかなと手出しを控える姫香。護人も同じく、こちらに回り込もうとした奴を弓矢でいる程度の援護のみ。

 そうこうしている内に、敵の魚人の数は残り数匹に。その喧騒にかれたのか、今度は空から大トンボの群れが近付いて来た。


「わわっ、戦う音を聞きつけて空からお替わりが来たよっ、みんなっ! ミケさんっ、ちょっとは助けてっ!」

「おっと、今度は大トンボの群れだっ……なかなか大きいな、コイツ等は確か風属性だったかな?

 ムームーちゃん、一緒に撃墜しようか」


 分かったデシと、張り切る軟体生物は水槍を数本発生させて飛行して来る敵を撃ち落とす構え。護人も“四腕”を発動させて、弓矢での迎撃を開始する。

 それにしても、3メートル級の大トンボに上空に居座られると、かなり怖いと言うか息苦しい。そう思ったのはミケも同じらしく、秋空に突如響き渡る雷鳴の轟き。


 そして7匹いた3メートル級の大トンボは、全て撃墜されて地に落ちて行った。相変わらずの剛腕振りに、ご機嫌に魔法を使っていた幼児スライムは呆然としている様子。

 そんな軟体生物に、ミケは災害と思った方がいいよと家族の長としての護人のアドバイス。前衛陣の戦いもひと段落ついたようで、これにて2層の最初の戦いは終了。


「うんっ、無益な戦いだったね……後から来る予定の、間引きチームに任せても良かったかも。私たちは、ゲート見付けてズンズン先に進む組なんでしょ?」

「そうだな……まぁ、後から来るチームも挟み撃ちに遭ったら怖いから、完全に無駄って訳でもないだろうけど。

 ゲートの確保には、確かに無駄な戦闘だったね」

「随分と放っておかれたのかな、このダンジョンってば。広さに比例してなのか、めちゃくちゃモンスターの湧きが多いよねっ」

「えっと、集落を捜すんだっけ……あっちの方と、あと少し離れてるけど反対の橋の向こう側にもあるね。どっちに行こうか、叔父さんっ?」


 末妹の香多奈の質問に、好きに決めて良いよと毎度のリーダーの返答である。それじゃ遠い方に行ってみようよと、好奇心旺盛な少女は行き先を指し示す。

 それに応じて一斉に駆け出すハスキー達、まだまだ元気いっぱいで先ほどの乱戦の消耗など感じさせない。そして道中の水溜まりにいた、大ヤゴと大アメンボとの戦闘に突入。


 大ヤゴは接近戦が主流らしいが、大アメンボの方は水弾を飛ばして来る魔法使いタイプのよう。過去に何度か対戦経験のあるハスキー達は、慣れっこでこちらも遠隔スキルで対応する。

 そして水溜まりの敵の姿は、あっという間に減って行ってここでも順調なペース。後から追いかけて来た後衛陣が合流する頃には、蟲系のモンスターは全て倒されていた。


 そんな感じで、神龍橋の下を潜って移動を果たす来栖家チームの面々。周囲の渓谷と紅葉を楽しみながら、気分はすっかり観光者である。

 ハスキー達は、見慣れた山の景色など気にも留めていない模様。次の敵はどこだと、野生き出しで次の目的地の集落を真っ直ぐ目指して行く。


 そうして集落攻めの第2戦のスタート、今度の獣人はさっき遭遇した魚人らしい。彼らの集落は、水草や藻をイメージしているのかとってもユーモラス。

 それでもそれなりに強度はあるようで、泥と一緒に固まって出来た壁は破壊は困難そう。ハスキー達はそれを悟ってか、普通に入り口から特攻をかけている。


 今回も見張り台に敵は配置されており、そこから飛ばされる敵の魔法はかなり厄介。水弾や水の槍がバンバン飛んで来て、先行し過ぎたハスキー達は一転ピンチに。

 後衛陣の到着を待たずに、敵が多いのが分かっている集落に突っ込んだのは、半分以上は茶々丸のせいなのだが。フォローに入ったハスキー達も、血の気の多さはどっこいだったり。


 慌てて合流しようと駆けて来る後衛陣、香多奈はしっかり先走ったペット達を叱り飛ばしている。何しろ、攻撃大好きなコロ助が《防御の陣》で魔法の被弾を防いでいるのだ。

 姫香は叱責を飛ばす末妹に、アンタは仲間の足を引っ張るなと拳骨でのダメ出し中。少女のお叱りは、たまに普通に『叱責』スキルが弱体攻撃として拾う事があるのだ。


 そんな感じで後衛陣も混乱中の中、薔薇のマントの飛行モードで先行した護人が乱入する。とにかく術者を減らそうと、《奥の手》を展開して見張り台の制圧に大暴れ。

 そのお陰もあって、少しずつ前衛が自由に動けるようになって来た。水属性の魚人には、レイジーの炎のブレスは効きにくいけどパワー押しは関係ない。


 それが一番得意なコロ助が、香多奈の『応援』を受けて巨大化からのハンマーブン回し。小柄な魚人たちは、これに対する術が無いと言う。

 護人が物見やぐらを全て制圧した頃に、集落の入り口の敵戦力も崩壊していた。コロ助と茶々丸の突進力は物凄く、その隙を突いてレイジーとツグミが集落に入り込む。


 集落の中には、動く水草型モンスターや大水カマキリなどが、飼育されてるのか所々に配置されていてそれなりに厄介。それらを斬り飛ばしながら、レイジーとツグミは集落制圧にせっせと勤しむ。

 ようやく後衛が追い付いた頃には、前衛陣で敵の駆逐はほぼ済んでいる有り様。最初の苦戦を物ともしない、やっぱり剛腕のペット勢である。


「うわっ、これは2層も割と楽勝だったかな……後はゲートを捜して、ついでに集落にお宝が隠されてないか見て回るだけだねっ。

 一昨日の雪山より、移動に関しては随分と楽かもっ?」

「そうだねぇ、それに山岳の冬の景色よりも渓谷の秋の景色の方が映えるよねぇ。私はどっちも好きだけど、華やかさはやっぱり秋の紅葉かなぁ」

「私達の地元ももう少しすれば紅葉に染まって行くよ、紗良姉さん。そしたらもうすぐ冬だよ……家畜たちの為に、今年もせっせと冬支度しなきゃね。

 帰ったら稲刈りもあるし、秋は大忙しだよっ」


 本当だよねっと、急にソワソワし始める末妹はともかくとして。秋は色々と行事も多くて、探索ばかりにかまけていられないのも事実である。

 かと言って、探索業をセーブしようとは行かないのもA級に上り詰めたチームの悲しさ。それでも本業は大事だよねと、幸いにも家族の理解が高いのは有り難い。

 9月ももうすぐ終わり、10月はどんな月になるのやら?




 魚人の集落は中も風変わりで、建物内も見るだけで面白い。子供達は感想を言い合いながら、目ぼしいモノが無いかのチェックを進めて行く。

 ハスキー達も探索と残党狩りを行いつつ、集落内にある筈のゲートの捜索に忙しそう。途中で見つけた水草で編まれた篭には、魔玉(水)や魔結晶(小)が卵のように置かれてあった。


 それを喜ぶ末妹、負けじとハスキー達も砂金の入った袋や属性石を回収して来てくれた。そして肝心のゲートだが、入り組んだ集落の奥にようやくの事発見に至った。

 ちゃんとした宝箱が見付からずに不満そうな香多奈だが、ここでの目的は間引きだと言い渡されている。そんな訳で、さっさと次に進むよと姫香は次の層への進行を明言。


 それに従う先行部隊、まだまだ元気で今回は集団戦がメインと気付いて嬉しそうですらある。3層も恐らくそうかなと、見渡す一行の目の前にはやっぱり周囲に点々と集落っぽい影が。

 ここまで1時間ちょっとの進軍は、まずまずのペースで順調とも言えそう。子供達はどの集落を攻めようかと、ハスキー達を引き留めながら協議中。


「一番近いのはオークの集落かな、あの砦の形は絶対そうだね。あっちの橋の奥のは、さっきも攻略した魚人の集落に間違いないね。

 ここは魔法使いが多いから、ちゃんと後衛がサポートしないとね」

「さっきはハスキー達が先行し過ぎたからね……ダメだよっ、ちゃんとチームとして探索しなきゃ! そんで、あっち側のトゲトゲした外壁の集落はどの獣人かなっ?」

「多分だけど、リザードマンの集落かな……過去のダンジョン探索で何度か遣り合った事あったし、その特徴に合致している感じがするな。

 敵として見たら、体格はオークが上だが器用度的にはリザードマンだな。魚人は魔法使いが多いけど、一番体力が少ない感じがするね。

 それを念頭に入れて、さあどれと戦おうか?」


 そんな護人の冷静な分析に、そんじゃ一通り全部と戦ってみようよと末妹の提案が。そんな訳で、それじゃあリザードマンだねと来栖家チームの方針は呆気なく決定した。

 それにしても、お互いの集落の距離は時間にして歩いて3分程度だろうか。かなり密集して建ってると言わざるを得ず、さすがは長く間引きを後回しにしていただけはある。


 後から来るチームにも、ちゃんと残しておかないとねと姫香は気遣い屋である。ギルド運営を事実上担っているだけあって、視野も広いのは立派なのかも。

 末妹は、そんな姉を人使いが荒いよねと辛口に評しているけど。まぁ、モノの見方と言うのは角度を変えれは違って見えるのは当然である。


 毎回被害を被っている妹の立場からは、姉の言動は他人に厳しく見えるのも当然か。とは言え、突入前に自分達の役割は深層の間引きと聞かされている。

 そう言う意味では、姫香の言動はとっても正しいのだが。口喧嘩の理由がぶら下がっていたら、猫じゃらしを与えられたミケのように反応するのが香多奈である。

 そして、それを早めに潰すのも保護者の護人の習性だったり。


 喧嘩しないで先に進むぞと、先行したペット勢の後に続いて歩き出す後衛陣。湖の底から眺める景色は、なかなか新鮮でかつてのダムダンジョンを思い出す。

 アレも確か秋とかその頃だったねと、思い出話を始める紗良に対して。1年なんてあっという間だなぁと、内心で哀愁に暮れる護人であった。


 あの時は確か、妙な連中に絡まれて装備や金目当てにダンジョン内で襲われたんだっけ。今や押しも押されぬA級チームで、世間の見る目は随分と変ってしまった。

 それでもちょっかいを掛けて来る団体は今もあるし、厄介な状況は変わっていない気も。姫香などは、ギルドを大きくしていけばそんな連中も怖気付くと思っているようだけど。


 一定の旨みがあれば、馬鹿な連中は恥知らずにも常識のかせを破って悪さを働くのだ。そんな人間の嫌な部分を知ってるだけに、護人はつい懐疑的に世間を見てしまう。

 それでも家族のみんなが力を合わせれば、強靭な防御システムがいずれは出来上がる筈。それを信じて、この先も探索を続けて行く構えのギルマスである。


 気付けば先行したハスキー軍団は、集落の護衛役のリザードマンの釣り出しに成功していた。さすがに向こうにだけ援護がある状態は懲りたのか、それの及ばない場所に誘導して戦いに及んでいる。

 その知恵の回し方は、さすがレイジーである。コロ助が『咆哮』を使っていたのも、この頼もしいリーダー犬の指示だろう。見習わないとなと何となく思いながら、護人は戦場へと大急ぎで近付いて行く。

 今は将来の心配より、目の前の戦闘の方が大事に決まっている。





 ――この戦いが終われば、次はリザードマンの集落へ突撃だ。




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