第720話 1つ目の県北レイドを終えて次の場所に移動する件



 夕方過ぎ、無事に“比婆山ダンジョン”の間引きを終えたレイドチームは、一息ついた後すぐ次のキャンプ地に向かう。これは万一のオーバーフロー騒動に備えて、近場でのキャンプを張るため。

 その為に地元の協会やギルドから、サポートメンバーとして数名が派遣されているようだ。護人も重労働の後なので、運転は無理せずサポート員に任せる事に。


 来栖家チームの他の面々も、キャンピングカーの車内で疲労の色を隠せない。それでも、参加した12チームが全員無事で良かったねと、会話の内容は至って穏やか。

 ペット達も完全に休憩モードで、静かなのはいつもの事ではある。車内で騒がないは、きちんとしつけされた彼女達にとっては当然の反応。


 その反面、騒がしい代表の末妹の香多奈は既に眠りの淵の一歩手前の模様。それに気付いた家族は、会話を控えてそれを妨げない構え。

 そんな中、協会スタッフの運転する来栖家のキャンピングカーは、庄原市を南下して行く。周囲は既に真っ暗で、土地勘のない一行はどこを走っているのやら。


「えっと、今日はどこに泊まるんだっけ、護人さん。夜中の移動は構わないんだけどさ、そんなに次のダンジョンの魔素濃度は切羽詰まってるの?

 “比婆山ダンジョン”にしても、かなり高かったって話なんでしょ?」

「まぁ、どっちもどっちなんだろうな……今夜泊まるのは、帝釈峡たいしゃくきょう近くの休暇村だそうだよ。キャンプ場とコテージがあって、貸し切りだからどっちに泊まっても可だそうな。

 香多奈を起こすのも可哀想だから、子供達はこのまま車内泊かな?」

「えっ、夕食もまだですけど……多分、みんなが食べている頃には起き出して騒ぎ始めますよ、香多奈ちゃんなら」


 それもそうだねと、すかさず同意する姫香はお腹空いたなぁとぼやき始める。運転していた協会スタッフは、そんな車内の会話を聞いていたのだろう。

 向こうのキャンプ場で、先行したスタッフが食事を作って待っていますと一行を安心させる。何しろ相手は、押しも押されもしないA級チームである。

 腹が減って、暴れ出されたらたまらないとでも思われている可能性も。


 そんなB級チーム以上を乗せたキャンピングカーの群れは、国道314号線を南下してしばらく進む。そして1時間も経たない内に、県道25号線に入ったと親切に運転手からお知らせが。

 そこから30分もしない内に、長い車の列は451号線にと進路を変えた。そしてようやく、探索者12チームを乗せた車は、目的地の休暇村へと到着を果たした。


 いい加減に疲れていた家族たちは、その頃ほぼ全員が眠りこけている始末。ペット達も護人や子供達を枕にして、ほぼ全員が眠っていただろうか。

 寝てないのは、恐らくルルンバちゃんのお掃除パーツのみ?



 到着したと聞かされた一行は、ハッと目覚めて周囲を見渡して安全確認。その辺は探索者のさがと言うか、ペット達ももちろんその習性に従っている。

 一緒に眠っていたなどおくびにも出さず、きびきびと車を降りて周囲の匂いを嗅いで回っている。逆に呑気な末妹は、良く寝たぁと大欠伸をかましながら続いて車を降りて行く。


 ふらついてたら危ないよと、起き抜けなのにきびきびした姫香が末妹を叱り飛ばしている。相変わらず騒がしい来栖家の面々は、そんな感じで休暇村に到着した。

 この“帝釈峡たいしゃくきょう”だが、国定公園内の渓谷でかつては日本百景の1つだったらしい。今は大規模A級ダンジョンのお陰で、近付く観光客はめっきり減ったけど。


 探索者も余程のモノ好き以外は、こんな厄介な所には通い詰めないとみえる。地元からも敬遠された結果、今や魔素濃度は高まり切ってレア種だオーバーフロー騒動だって話に。

 遠征レイドの日程としては、さすがに明日は1日休息日に充ててくれるそう。それからその次の日の朝から、2つ目の県北レイドが始まる感じ。


「ふあっ、ここもキャンプ地なんだ……暗くて良く見えないけど、休むには良さそうな場所だよね。あっちにあるのはコテージ的な建物なのかな?」

「みたいだな、どこかで夕食の準備がされているって話なんだが。おっと、コテージ前かな……みんな、向かおうか」

「了解っ、そう言えばお腹空いてるかもっ! うわっ、ハスキー達も飛んで来たよっ、叔父さんっ。待ってなさい、ちゃんと支度してあげるからっ!」


 ペット達も家族とは言え、食事の順番は厳格に定めている来栖家である。何しろちゃんとした秩序と上下関係が無いと、素手で戦って負けるのは高確率で人間である。

 要するに、ペット達にはこちらが上だから従ってねと言う、サインが必要なのだ。それが食事の順番であり、常日頃の訓練でもある。


 お世話してあげても、向こうにめられていては信頼関係は生まれない。なので、末妹みたいな状態は本来はあまり宜しくは無いのだが。

 護人も強くはたしなめられないし、本当に困ったモノである。とは言え、現状では家族とペット達の絆はバッチリ良い感じに形成されているのも事実。


 それは探索風景でも確認は出来るし、現在の来栖家チームの核の部分でもある。こんなに早くA級に昇り詰めたのも、ハスキーを中心としたペット勢のお陰は本当。

 それを信じて疑わない護人は、今後も良き群れのあるじであろうと日々努力中。それはともかく、子供達は用意された夕食に一直線で向かっていた。


 この匂いはカレーだねと、香多奈の予想は大当たり。食堂的な場所もちゃんとあるらしく、そこでは先に到着していた探索者達が既に食事を始めていた。

 賑やかに今日の探索を話し合ってるチームもあれば、疲労で口数の少ない連中もいる感じだろうか。子供達はトレイを手に、空いてる場所を探してキョロキョロ。


「おーい、コッチ空いてるよ……お疲れさま、ソッチは何層まで潜ったんだい?」

「あっ、岩国チームもお疲れさまっ! みんな無事で良かったね、こっちは雪山歩き過ぎてクタクタだよっ。

 さっきまで、全員が車の中で寝ちゃってたもん」

「それは仕方ないよね、こっちは12層でレア種の雪竜を倒して戻って来たよ! さすがA級ダンジョンだよねっ、かなり大変で凄く苦労したよっ。

 そっちはどんなだった、大変だったでしょ」


 姫香のそんな語り掛けて、来栖家の席の決まらぬ内に始まる苦労話の数々。岩国2チームも相当に苦労したらしく、最後は遭難1歩手前だったとの事で。

 10層まで辿り着いたのはさすがだが、中ボス戦であわやの大惨事になる所だったらしい。半壊しつつも何とか立て直し、麓まで降りて戻れたのはさすがのベテランチームだ。


 来栖家の子供達もそれぞれ席について、ようやくの夕食を胃にかき込み始める。その食欲は飢えたライオンのごとく、凄まじい勢いなのは仕方ない。

 末妹など、食べるか喋るかどっちかにすれば良いのに、お行儀が悪いったらない。姫香もカレーがまるで流動食のような食べっぷり、それから完食後にお代わりするのかと思ったら。


 ペット達に夕ご飯あげて来ると、席を立ってキャンピングカーへと向かってしまった。それと入れ替わりに近くの席に着いたのは、ようやく休暇村に到着した異世界+星羅チームの面々。

 ムッターシャ達は、元気に探索ご苦労様とご機嫌な素振りに見えるのだが。土屋や柊木はぐったりしていて、表情からもその疲労振りが窺える。


 ご苦労様とねぎらう面々は、このチームが恐らく最深層かなと期待の眼差しを向ける。案の定、何と13層に到達したそうでさすがの剛腕振り。

 付き合わされた星羅たちは、本当にご苦労様と言うしかない。


「姫ちゃんがいないね、トイレにでも行ってるのかな?」

「ペット達の夕ご飯をあげに、たった今入れ違いに外に出て行ったよ。多分それが終わったら、お替わり持って戻って来るんじゃないかな?

 ここってお風呂も入れるんだよね、お湯に浸かってさっさと今日は寝たいよ」

「同感だね、本当に今日の探索は戦闘以上に雪山行脚あんぎゃが地獄だったよ……」


 星羅の呟きに、全くだとの同意の言葉が各所から。岩国チームも、ロードバイクの持ち込みは、体力温存には効果が無かった模様で悲しい限り。

 その内に、奥の席で食事をしていた『反逆同盟』の甲斐谷が、今回のレイド結果の発表をし始めた。その内容だが、12チームで怪我人は少々出たけど、脱落者も無く間引きは無事に終わったとの事。


 平均到達階層は10層で、ついでにレア種も複数討伐したとの報告に。おおっと、凄いなとのどよめきが聴衆の探索者の間から上がって行く。

 そこにひょっこり、お替わりのカレー皿を手に戻って来る姫香である。


 護人や紗良からはご苦労さまとのねぎらいの声が、その間にも甲斐谷の報告は終焉に近付いて行く。最終的には、みんなお疲れ様との言葉で発表はお終いに。

 それから明日は休暇の日で、リーダー会議は午後から行うとの補足報告。護人はともかく、紗良は真面目にそれをしっかり覚え込んでいるみたい。


 それが済むと、甲斐谷がこっちの席に直接に今日のねぎらいを言いに来てくれた。ついでにと、向井少年とゴスロリ徳之島がくっ付いて挨拶に。

 甲斐谷の相手は護人が行って、向井やゴスロリ少女は姫香と香多奈が担って一時騒がしい事に。その頃には、ほぼ全員食事が終わって、デザートのフルーツポンチが各人の前に。


 それを家族の分用意してくれた紗良は、みんなの笑顔に満足そうな笑み。周囲の席からは、後でお互いの動画の視聴会をしようと明日の予定を話し合う声が。

 皆が総じて、生き延びた事に感謝して寛いだ雰囲気である。




 それから食堂にいた面々は、各自解散して寝る準備を始める。お風呂は各コテージにもあるし、大きいお風呂も用意されているそうだ。

 探索者の大抵はキャンピングカーで参加しているけど、大きなお風呂は設置されていないので。大半の参加者は、大きいお風呂を使うみたい。


 来栖家や山のお隣さんチームは、女性が多いのでその辺はデリケートな問題である。寝る場所にしても、護人とムッターシャは昨日はテントで寝たのだった。

 今夜はコテージの1つを貸して貰えるそうで、案内の協会スタッフはそこにお風呂も付いていると説明してくれた。護人とムッターシャは、そのお風呂を使おうかと話し合う。


「私達はこの建物の共同風呂に入って来るね、護人さんっ……歩夢あゆちゃんが、お風呂場まで案内してくれるって。

 寝る前に、叔父さんのコテージに報告した方が良い?」

「そうだな……キャンピングカーも、俺とムッターシャが泊まるコテージの近くに移動しておこうか。キャンプテントの設置なんかは、取り敢えず明日する事にしよう。

 今夜はとにかく、みんな温かくして寝なさい」


 そんな保護者の言葉に、は~いと素直に返事をする子供たち。夕ご飯を食べたお陰で、早くも眠そうな末妹を気遣う紗良は大変そう。

 とにかく、夕方まで掛かった“比婆山ダンジョン”の間引きは、曲がりなりにも終了したのだ。後は1日の休息を挟んで締めの探索をこの地で行うのみ。


 次に待ち構えるのは“帝釈峡たいしゃくきょうダンジョン”で、こちらもA級の広域ダンジョンとの噂。間引きにはかなりのマンパワーが必要で、結果県北レイドの最終日まで放置されてしまったと言う現実が。

 子供達は呑気に構えているが、難易度的には“比婆山ダンジョン”とタメを張るらしい。“巫女姫”八神の予知内容でも、オーバーフロー間近に魔素濃度が高まっているのは判明している。





 ――そんな難関ダンジョンに、挑む12チームの運命や如何いかに?





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