第717話 “比婆山ダンジョン”の10層へと到着する件



 厄介な“冥界エリア”だった9層の探索を終え、来栖家チームは取り敢えずの目標の10層へ。相変わらずの雪山の尾根に出て、何となくホッと息をつくメンバー達。

 何しろ“冥界エリア”は、完全にランダムに出現するとの情報が。ひょっとしたら、この10層にも出張する可能性もあったので護人の安堵も当然だろう。


 子供達も雪山だぁとはしゃいだ声を上げて、薄暗かったエリアとの決別を喜んでいる。そして紗良の指示出しによって、尾根道を進み始めるハスキー軍団。

 相変わらず先行しての探索だが、しっかり雑魚敵は出没してくれてまずは良かった。まさか区切りの10層でレア種は無いだろうけど、ダンジョンの常識など誰も知らないのだ。


 ハスキー達は、さっそく出て来たモンスターと殴り合いの喧嘩を始める。手伝う茶々萌コンビも、さっきのダウンから復活して汚名返上と張り切っている。

 それにしても、先ほどの“冥界エリア”に較べたら尾根からの見晴らしはとっても素敵。普通って良いなぁと、妙な事に感心する護人と紗良である。


「雪山って、改めて見ると綺麗ですねぇ……さっきのエリアを経験した後だと、この真っ白な山頂の景色が目に染みますよね」

「本当だな、雪は色々と邸宅の保護に手が掛かるから、あまり好きじゃなかったんだけど。こうやって見るだけなら、綺麗だなって思ってしまうよ」

「2人して、なにを感慨にふけってるのよ。ほらっ、さっそくハスキー達が最初のチェックポイントを発見したみたいだよっ。

 やっぱり谷の底を下った場所みたい、ちょっと行って来るね」


 ハスキー達の案内に、割と急な谷を下って確認に出掛ける姫香はとってもアグレッシブ。気をつけてなと、取り敢えず心配な2人はそう声をかけて見守る構え。

 香多奈も同じく、もっとも彼女の興味は触って得られるアイテムなのかもだけど。結果、数分後に姫香からは、虹色の果実がゲット出来たよとの報告が。


 相変わらず、深層になると貰える報酬も良質になる仕組みらしい。ガッツポーズの末妹は、喜び過ぎて疲れたよと妙な事を口にするようになって来た。

 それでも無事に斜面を上がって来た姉をねぎらって、次のチェックポイントへと再出発。張り切るハスキー達を先頭に、今回何度目かのフォーメーション。


 そして2つ目と3つ目も、先行したペット達の活躍で順調にポイントをゲット。上級ポーション300mlと鑑定の書(上級)5枚を回収して、子供達のテンションも高めをキープである。

 出て来る敵も程々に多くて、深層らしく手応え的にもかなり強くなって来た。それでもハスキー達は、戦いの速度は止まらず順調である。


 その理由としては、レイジー愛用の『ほむらの魔剣』と、それから追加で入手した『炎魔の魔剣』にある。こちらはツグミが借りパクしていて、氷属性の敵に効果抜群。

 ただし、相性の問題かレイジーの『歩脚術』は、雪の斜面では上手く使えない様子。何度も谷に落っこちそうになっていて、それなりにストレスを感じているリーダー犬である。


 それはコロ助も同じく、巨大化して谷間の斜面で強引に踏ん張ったりと、工夫は凝らしているみたいだけど。ツグミにポイントの発見率に差を開けられて、他の面々はやや不満そう。

 まぁ、それもあと少しの辛抱である……10層の残りは中ボスの間の所在地のみ、それが終われば一旦チームの目的は達成と言う事になる。


 もっとも、まだ時間が残っているので、もう少し探索しようよとの声が子供達から上がっている。レア種の定義が曖昧あいまいなダンジョンのため、それを討伐したと言い張れないのが護人としては辛い所だ。

 末妹などは、絶対に氷属性の大物が出て来るからと言い張って譲らない構え。恐らく巨大な竜タイプだと、モンスターの種類まで先読みして姉の姫香ににらまれている。


 毎回ネタにされている、アンタが口にしたら現実になるでしょ的な例の言い回しは、的中率も高くて馬鹿に出来ないのが本当の所。ここまでかなり苦戦して、締めの戦いに竜など割り当てられたらたまらないってのが護人の素直な感想である。

 ところがハスキー達は、先ほどのダウンの挽回ばんかいにと張り切って強敵よ出て来いと気勢を上げている。中ボス戦で鎮まって欲しいけど、強過ぎても大変だし困ったモノだ。


 そんな事を考えている内に、紗良のルート指示は段々と一行を谷の底へと導いて行く。取り敢えず下り道は細い獣道が出来ていて、斜面を滑り降りずに済みそうで良かった。

 それから風景は、どこか5層で見掛けたような巨石と谷間の造りに。指示された方向に向かう面々は、この先が目的地だと確信した足取りに変わって行く。


「あっ、辿り着いたかも……それじゃあ、今回は誰が行こうか。護人さん、ムームーちゃんと一緒に中ボスの相手をして来る?

 それとも、また私が行って来てもいいけど」

「叔父さんは9層のボス死霊を倒したじゃん、姫香お姉ちゃんでもいいんじゃない? ミケさんはダメだよっ、まだ機嫌悪いから酷い事になっちゃうかもっ。

 紗良お姉ちゃんは、氷属性の敵が相手だと《氷雪》が効かないもんねぇ」

「そうだねぇ……まぁ、私も“冥界エリア”でそこそこ活躍出来たから、ここでの出番は譲って貰わなくていいかな?

 護人さんでも、姫香ちゃんでもいいんじゃない?」


 働き過ぎのハスキー達は敢えて外して、そんな紗良の提言にそれじゃ俺が行こうかと護人が立候補する。どんな敵が出て来るか分からないが、メイン中ボスの相手はこれにて決定。

 雑魚も出て来るかもだよと、5層の顛末を思い出して末妹がペット達に発破をかける。強敵を取られて不服そうなハスキー達だが、サポートに手を抜く事は無い筈。


 その辺の勤勉さは折り紙付き、そんな話し合いを終えていざ10層の中ボスの間へと突入する一行。その空間は、やっぱり5層の場所と酷使していた。

 その中央には、待ち構えていたように一陣の風が舞っていた。いや、ダイヤモンドダストの輝きは、ただの風の精霊ではなく恐らく氷雪の狂った精霊だろうか。


 オマケに左右に1体ずつ、合計2体の推定ヒバゴンがどっしりと地面に構えていた。これはハードかもと、姫香は右は私が相手するよと言いながら戦闘開始の雄叫びを上げる。

 それに呼応するように、左の敵に突っ込んで行くレイジーと茶々萌コンビ。ツグミとコロ助は、全体をサポート出来る位置取りをキープ中。

 何しろ、ここも360度積雪のエリアなのだ。


 5層のイメージがある紗良は、同じくルルンバちゃんにも護衛モードをお願いしている。戦いに関しては、前衛陣に任せておけば今の所は充分である。

 スノーマンが来たら炎の魔法だよと、香多奈も前衛に応援を掛けながらルルンバちゃんに助言を飛ばしている。それに応じた訳では無いだろうが、ヒバゴンの咆哮からお馴染みのシチュエーションが展開する。


 つまりは、紗良の予言した通りに周囲からスノーマンの援軍が。その数は5層の時と勝るとも劣らずで、賑やかな宴への参加希望者がぞろぞろと中央の舞台へと降りて来る。

 その殲滅指令を貰ったルルンバちゃんは、炎の魔法で近付く雪の魔物を薙ぎ倒して行く。後衛の2人はボクが守るんだと、その心意気はアッパレである。


 ツグミとコロ助もそれを手伝って、その情景はハスキーの全力雪遊びって雰囲気。派手に雪の欠片が吹き荒れて、その範囲はハスキー達の突進でどんどん広がって行く。

 その一方で、ルルンバちゃんの火炎魔法は絶好調で、スノーマンの群れを溶かして行く。後衛の護衛もバッチリで、張り切るAIロボは元気に戦場を駆け回る。



 一方のレイジーと茶々萌コンビだが、5層より体格の良い推定ヒバゴンにやや押され気味。メインの攻撃手段はレイジーの『焔の魔剣』なのだが、それを相手は手に持つ棍棒で防ぎまくっているのだ。

 器用な猿人だが、その口から放たれる雪のブレスも厄介。レイジーもやり難そうだが、関係ないぜと『突進』をガンガンかます茶々丸である。


 それに加えて、萌の槍が猿人の毛皮に突き刺さりそうで突き刺さらない。茶々丸の《刺殺術》も貫通せず、推定ヒバゴンの毛皮はかなり強度な模様。

 体格もそうだし、振り回す棍棒を喰らったらひとたまりもなさそう。こういう奴等は、大抵は防御は苦手で攻撃オンリーに腕力を使いがちなのだが。


 しっかり防御の意識も高い、この中ボス部屋の猿人は戦う相手としては不足なしって感じ。そんな訳で、レイジーの闘志にもメラッと火がついて凄い事に。

 《オーラ増強》で吹き出たオーラは、バッチリ炎の形状でレイジーにはぴったりかも。そして繰り出す剣戟けんげきは、間違っても犬が口に咥えた剣の太刀筋ではない。


 その繰り出す剣が、推定ヒバゴンの棍棒に弾き返された。その結果、宙を舞う焔の魔剣に、中ボスの猿人は恐らく勝利を確信した事だろう。

 その瞬間を縫うように、猿人の周囲に焼け焦がす程の炎のブレスが舞い上かった。完全に油断を誘ったレイジーの作戦勝ち、モロに炎を浴びた中ボスの片割れは無残に崩れ落ちて行く。

 そこに茶々丸の、ストレス溜まりまくりの怒涛の突進技が。


 どう作用したのか、その攻撃で猿人の巨体が派手に吹っ飛んで行った。それが思い切り片割れの推定ヒバゴンにぶつかって、大きく体勢を崩す事に。

 こちらも敵の堅い防御で苦戦していた姫香だが、大きく出来た隙に咄嗟に飛び込んでの一撃。威勢の良い叫び声と共に、大鎌モードの斬撃は猿人の胸板を貫通する。


 期せずして、丁度同時に中ボス2体は魔石(中)へと変わって行った。強敵を打ち破って、それに対面していた姫香や茶々丸はよっしと心中でガッツポーズ。

 そして上空で遣り合う、狂った雪の精霊と護人の戦いを見上げるのだった。



 その“雪の精霊”だが、なかなか個性的で掴み所の無い外見をしていた。舞い上がるスターダストの乱舞の中に、急に雪狼の顔が出現したり王冠を被った女性の顔が見えたり。

 薔薇のマントの飛行能力で対面する護人は、それが見えるたびに斬りかかってみるのだが。一向に手応えは無く、さすがの『ヴィブラニウムの神剣』でも無形相手の敵の切断は難しい様子。


 コア的な部分を探す必要があるのかと、周囲を飛び回りながら護人は思考を巡らす。その間にも、雪の精霊からは皮膚を凍らすほどの霊気が発されている。

 更には殺意と共に、氷柱つらら型の弾丸が飛んで来るように。流れ弾に注意だよと、後衛陣が警戒を呼び掛けてくれている。その威力は、軽く地面をえぐるレベル。


 氷点下の氷魔法と共に、ずっと対峙していると厄介極まりない敵である。こんな奴に付き合っていたら、その内に凍えて体の機能が停止してしまう。

 新品の盾の『神封の大盾』も、表面が凍りかけて大変な有り様。考えたくはないけど、薔薇のマントが凍り付いたら自身ごと墜落してしまう気が。


「頑張れ、叔父さんっ……ムームーちゃん、アンタも炎の魔法が使えるでしょっ!」

「ルルンバちゃんも遠慮しないで、バンバン撃ち込んじゃっていいよっ! 敵が寒さを振り撒くなら、こっちはゴーゴーに燃やし尽くしちゃって!」


 戦いに興奮模様の末妹の助言は、激しいけど的を射ている感じも。頑張るデシと、素直な軟体生物は助言通りに《炎心》を炸裂させる。

 炎系の魔法は、普段は子供の火遊びはしちゃダメですと、家族から止められている行為でもある。それを解禁されて、張り切るスライム園児は目の前の敵に炎の塊を浴びせかける。


 同時にルルンバちゃんも、魔玉(炎)を媒体にしての炎の魔法を雪の精霊に命中させる。派手な絶叫は、恐らく変身中の雪の女王(精霊)の発した悲鳴だろうか。

 もうもうと巻き上がる水蒸気の中、護人は《心眼》で敵のコアの見極めに成功。それに伸ばす《奥の手》は、10メートル近く伸びてコアをガッチリと掴み取った。

 そして硬質な破砕音と、消滅して行く雪の精霊の姿。





 ――手強い10層の中ボスの間も、こうして何とかクリアに至る事に。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る