第714話 尾根伝いにオリエンテーリングを満喫する件



 そこからの攻略だが、無事に残り2つのチェックポイントを捜し当てる事に成功した。ついでにゲートにも辿り着けて、約40分程度で6層エリア終了の運びに。

 ペース的には1~5層と変わらず、その点は有り難い限りである。チェックポイントが1つ増えたけど、移動する総距離は変わっていないのが大きいかも。


 ついでに登り坂ばかりの登山道ともおさらば、この7層も尾根伝いの平坦なルートが続いている。細くなって危険そうな場所もあるけど、まずまず安全そうな道が続いているよう。

 とにかく滑落には気を付けてと、口を酸っぱくして護人は子供達に注意喚起を飛ばす。両側の谷はそこまで急斜面では無いけど、雪山は雪崩などの危険もあるのだ。


 ややヨチヨチ歩きのルルンバちゃんも、その辺は細心の注意で歩を進めているようだ。さすが性格は優等生、言われた事はきちっとこなす能力は素晴らしい。

 それに反して、ハスキー達の何と自由な行動振りだろうか。彼女達にも、一応はリーダーの護人の注意は聞こえている筈なのだが。

 ポイントを見付けて褒められたい欲が、それを遥かにまさっている様子である。


 従って、アッチの方向かなぁと紗良や香多奈が指し示した方向には、例え急斜面が待ち構えていようと駆けて行くのだ。危なっかしいには違いないが、さすが四足歩行は人間より遥かに安定度で優れている。

 これなら大丈夫かなと、甘い目論見の香多奈のフォローはともかくとして。取り敢えず、7層の最初のチェックポイントは無事ゲットする事が出来た。


「やった、今度の報酬はまたまたスキル書だったよ、香多奈。随分と気前が良い……あれっ、そこの下った所にあるのって雪だるまじゃない?

 護人さん、ちょっと確認して来ていい?」

「いや、1人でこれ以上下って行くのは危ないだろう……仕方ない、俺が飛行モードで見に行くから、みんなはここで待機していてくれ。

 スノーマンの襲撃には、待機組も充分に注意するようにな」

「了解っ、このダンジョンじゃまだ宝箱が1個も見付かってないからねっ。これは期待出来るかも……頑張って回収して来てねっ、叔父さんっ!」


 すっかり姫香の発見を宝箱と決めつけている末妹だが、目撃報告は雪だるまだった筈。回収品に関しても、地道にポイントを発見する度に溜まって行くので不満に思う程でもない。

 ガメつい性格と、アップ動画ですっかれ有名になってしまった香多奈ではあるけれど。そうは言っても、ダンジョン探索の楽しみの半分以上は宝物の発見&回収に他ならない。


 護人にしても、子供達の我がままに付き合うのは毎度の事である。何も無ければそれでもいいし、取り敢えず不意の襲撃だけは気をつけないと。

 そんな思いで薔薇のマントの飛行能力で、華麗に谷へと降りて行く護人である。肩にはムームーちゃんが当然のように張り付いており、あそこに何かあるデシと教えてくれている。


 彼も役に立ちたい思いはあるし、群れの一員として当然自分の立ち位置を常に考えているようだ。幼いながら大したモノだが、親離れはまだ当分先の模様。

 それはともかく、ムームーちゃんが発見した存在は突然動き出してこちらを雪玉で狙撃し始めた。姫香の言う通り、それは生粋の雪だるまだった模様。

 ただしそいつ等はモンスターで、視界内に見えるだけで4体はいる。


 姫香も当然の如く、『圧縮』スキルで足場を作って応援へと駆けつける構え。血気盛んなハスキー達だが、斜面がかなり急で無理に谷に降りようとすると滑落の恐れが。

 そんな訳で、宙を移動出来る2人による討伐のスタート。ツグミだけは姫香のサポートにと、闇の足場を使って谷間へと降りて近付いている。レイジーの『歩脚術』は、残念ながら雪原で使うと滑落に巻き込まれるみたい。


 ツグミの口元には、母親のレイジーから借りた『炎魔の魔剣』が咥えられたまま。援軍としては心強いけど、先行した2人も雪玉の勢いに近付けずに戸惑っていると言う。

 何しろ飛来する雪玉の飛翔音が並ではない、護人が盾でブロックした破砕音も同じく。これは雪玉でなく岩石なんじゃと、思わず文句を言いたくなるレベル。


 いい加減腹を立てた薔薇のマントが、飛行モードを取り止めて砲塔にチェンジするのを必死に取り成す護人は超忙しい。そんな思いを汲んだムームーちゃんが、代わりに水の槍での攻撃を加えてくれる。

 それが功を奏して、思い切りタゲが上空の護人の方へ。その隙を突いて、姫香とツグミがようやく接近戦へ持ち込む事が可能となった。


 結果、1分と経たずに破壊されて行く砲塔付きの雪だるま4体。なかなか凶悪な武器を持っていたけど、接近戦の手段は何も持っていなかったよう。

 ちなみに護人の方は、空中を飛んでいたせいでスノーワイバーン2匹に絡まれてしまったのは仕方のない事か。これらもミケとルルンバちゃんの雷撃が始末してくれて、何とも優秀な空中迎撃システムである。


 ミケはよっぽど、空中から襲い掛かって来る不埒者が嫌いらしい。子猫の頃にカラスか何かに襲われたとか、案外とそんなトラウマを抱えているのかも。

 それはともかく、尾根に陣取る面々はそんなワイバーンのドロップ品を拾うのに大忙し。反対に谷に降りた護人と姫香は、雪ダルマが守っていたかまくらを発見。


 それはなかなかよく出来た外観だったが、中身はもっと凄かった。3畳程度しかスペースは無かったのだが、その中にぎっしりと宝物が詰まっていたのだ。

 その知らせを聞いて、飛び上がって喜ぶ素直な末妹である。ルルンバちゃんに抱きついて、何故か彼の手を取り一緒にダンスを踊り始めている。


 それに応じる家庭用AIロボは、最先端の機能付きとの噂も。器用だねぇと感心する長女は、末妹からスマホを借りてその光景を撮影してあげている。

 それはともかく、かまくらの宝箱の大半はインゴット類とポーション類だった。薬品はポーションから始まって、エーテル系やらエリクサー系、それから解毒や解熱の治療系まで様々。


 全て大瓶のボトルに入っていて、まるで冷蔵庫で冷やされた麦茶状態。それをツグミに命じて、全て回収して行く姫香は満足そうな笑みを浮かべて上機嫌。

 インゴット類に関しては、オリハル鋼やらミスリル鋼が大半だろうか。重オーグ鉄鋼もあるようだし、後はちょっと珍しいアダマン鋼もあるようだ。


 護人が分かるのはそこまでで、後は判別が不明なのが少々。青空市で企業に売っても良いし、今は隠れ里のドワーフ親方と言うラインも確立している来栖家チーム。

 そちらに持ち寄って、武器や防具にして貰うのもアリだし悩ましい所。こちらも姫香は確認しながら、ツグミの《空間倉庫》に次々放り込んでいる。


 それにしても、何て便利なツグミの能力……薔薇のマントもその位は可能だけど、ご機嫌取りがなかなかに大変なのだ。或いは、ムームーちゃんがそっち系のスキルを覚えてくれれば嬉しい気も。

 あとは白銀の鎧が1セットに、短剣や槍と言った武器が少々。どれか1つでも魔法アイテムだったら、まずまず当たりで戦った甲斐もあったと言うモノだ。


 普通ならこんな雪原エリアで戦いを繰り広げたり、長時間歩き回るのは大変なのだろうけれど。家から持ち寄った魔法のホッカイロのせいで、全然寒さを感じないのは凄いかも。

 魔法アイテムで、ここまで恩恵を実感出来たパターンも珍しい気もする。いや、例えば“アビス”で水耐性装備とかは、楽だなぁと感じる事はあったけど。

 寒さと言うのは、山の上の暮らしでは割と切実な問題なのだ。


「そう言えばそうだね……いつもなら手足がかじかんだり、汗が冷えて背中に悪寒が走ったりするのに。凄いね、異世界で回収したこの石の効果ってば。

 身体を温かい空気で、覆ってる感覚がずっと続いてるよ」

「本当だな、お陰で厚着をしなくて済むし、探索には持って来いのアイテムだね。結構な量を回収出来て良かったよ、他のチームにも配れたし」

「そんな世間話は良いから、早くお宝持って上がって来てよ、2人ともっ! そんで、何が入ってたか私達に見せてっ!」


 そんな声が、尾根で待機中の香多奈から発せられて笑いが各所から巻き起こる。ハスキー達も家族の雰囲気の良さに、笑っているような錯覚が起きてるのは恐らく気のせいなのだろう。

 それでもチームの雰囲気が明るいのは、間違いなく末妹のパワーでもある。ムードメーカーの少女は、今はツグミが吐き出した回収品を目にして興奮中。


 とは言え、大半はインゴットや薬品類で見栄えは全くしない品々だけど。インゴットの中には金もあるので、一応一部はキラキラとはしている。

 香多奈からすれば、全てお金に見えているのかも知れないけれど。女の子が興味を持ちそうにない装備類も、妖精ちゃんにこれは魔法アイテムかなと目を輝かせて尋ねている。


 小さな淑女の鑑定では、幾つかの武器はそうみたいで嬉しい限り。この騒ぎで勢い付いた来栖家チームは、残りのポイントも相次いでチェックして行く。

 そんな感じで、やっぱり40分程度で第7層をクリアして意気上がる面々である。ポイントを触って得たアイテムは、鑑定の書(上級)が5枚と虹色の実が2個だった。


 こんな高価な物も出るんだと、興奮する末妹はいつも通りでまだ疲労の色も見えていない。それを安心して眺める保護者の護人だが、油断が禁物なのも分かっている。

 子供の疲労は急に来るので、しっかりチェックしておかねば。こんな時はルルンバちゃんの積載と言う機能は、本当に頼りになる。

 まぁ、乗り心地に関しては保証はしないけど。




 そして8層へと到着した一行は、相変わらずの雪景色の尾根ルートを眺めている所。この仕様も段々慣れて来たねと、呑気な香多奈の呟き。

 オリエンテーリングも面白いねと、紗良もそれに追従する。体力のない長女だが、家族揃っての山歩きは楽しめている模様で何よりだ。


 それからすっかり慣れた末妹の指示出しで、行き先を貰ったハスキー達がそちらへと駆けて行く。頭上の注意役は護人とルルンバちゃんが行って、すっかりこの役割分担も決定済み。

 この層は、いきなり雪狼の群れが出現して、ハスキー達と熱い戦いを繰り広げ始めた。まだチェックポイントを1つもこなしていないと言うのに、この持て成しは激し過ぎ。


 それでも肉弾戦を楽しんでる感じのハスキー達と、茶々萌コンビは活き活きと戦場を駆け巡っている。香多奈の応援を受けて、その動きは増々切れを増して行ってるよう。

 1ダース以上いた雪狼の群れだったけど、何とか5分程度で討伐は終了した。相手の群れのリーダー格は、体格が良くて難敵だったけどレイジーが力押しで退治に成功。


 さすがだねと盛り上がる子供達に、誇らしそうな表情のレイジーだったり。そんな戦闘を含みつつ、ポイント巡りは2つ目までは順調にクリア出来た。

 問題は3つ目で、ここは偽ポイントを華麗に避けて谷間の下のポイントをツグミが発見。本物は巧妙に樹々の間に隠されていて、過去一番に難しい場所だった。


 それを触って、姫香は谷の底で魔結晶(中)が貰えたよと尾根に待つ家族に大声で報告する。その時、視界の隅に何やら浮遊する綿毛のような物体を確認。

 目敏い末妹も尾根の上から発見したようで、ケサランパサランが飛んでるねと呑気に発言している。山の上では綿毛の虫は、冬前に普通に飛んで名物的な存在なのだ。


 とは言え、ダンジョン産のこの虫には何か意味があるかもと、香多奈は興奮して姉について行ってよと催促。一説によると、ケサランパサランは見付けると幸運になる妖怪なのだとか。

 末妹が山でよく見る奴は、雪虫と言われる奴で実はアブラムシ系の害虫である。雪景色の中を呑気に飛んでいるコイツは、どっちなのかはまだ判然としない。


 実は素直で好奇心の強い姫香は、思わず末妹の言葉に乗っかって谷を横移動して行く。それが罠だと判明したのは、急斜面で突如雪崩なだれが発生したため。

 ひゃあっと言う悲鳴は、あっという間に轟音と大量に滑り落ちる雪の質量にかき消されて行った。慌てて護人が救出に飛び上がったが、時既に遅く谷の底は一面の雪だまり状態に。





 ――家族の必死の叫び声は、雪底に沈んだ姫香に果たして届いているのやら。







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