第712話 “冥界エリア”を抜けて中ボスに挑む件



 真っ黒い不気味なゲートが収束した場所には、残念賞なのか鑑定の書が1枚のみ出現した。あれだけの激闘の報酬としては、かなりしょっぱい感じは否めない。

 まぁ、ミスったのはこっちだし仕方無いよねと、姉に叱られた後なのに香多奈は呑気な物言いだ。ペット達も熱い戦いだったぜと、互いをたたえ合っている感じ。


 もう一度手元の地図を確認している紗良は、目的地はもう少し先じゃないかなと護人に報告する。薄暗いこのエリアは、あまり長居などしたくないのは当然だ。

 そんな訳で、一行は休憩もそこそこに再移動を始める事に。そして5分も経たずに、しっかりと2つ目のチェックポイントを発見に至るこの流れ。


 思わず末妹に視線が集まるが、少女はれっとした表情でこっちが本物だったねと嬉しそう。代表してタッチした姫香の手の中には、魔結晶(小)が3個出現してくれた。

 そっち系の報酬に関しては、かなり潤沢に用意してくれているこの“比婆山ダンジョン”である。そして香多奈の素朴な疑問、そもそもなぜここには“冥界エリア”が存在するのと。


 それを小学生の妹に説明しようとする長女は、ちょっと困り顔である。何しろ日本の創生神話は、割とどろどろとした内容となっているのだ。

 なので簡潔に、要点だけをサラッと述べると……イザナギとイザナミはアマテラス(太陽)やツクヨミ(月)、それからスサノオ(海)と言った神々の親でもあるし、日本を創った国産みの神でもあった。

 ところが、母親のイザナミは火の神カグツチの出産で火傷を負って亡くなってしまう。夫のイザナギは悲しみに耐えきれず、黄泉の国へと妻を迎えに行くが時既に遅かった。


 それでも何とか他の神たちに頼み込んでみるから、その間は決して覗かないでとイザナミは夫に約束させるのだが。結局覗かれて、元妻の腐り切った体を見たイザナギは地上に逃げ帰る破目に。

 その所業に怒ったイザナミは、悪霊軍団を率いて夫を追いかけるのだが。あと一歩のところで出口を塞がれて、呪いと祝福の言葉を掛け合って物語は終わるらしい。

 そんなイザナミの亡骸が埋葬されたのが、比婆山であるとの言い伝えが。


「そんな感じで、この“比婆山ダンジョン”には“冥界エリア”が出現するようになったんじゃないかな? 広島の県民も、島根県の出雲と神様の関わりは知ってても、比婆山が関わってるって知らない人も多いかもね。

 今はヒバゴンの方が、逆に有名になっちゃってるもんね」

「あっ、そう言えばヒバゴンまだ見てないかもっ? このダンジョンには出て来るんでしょ、早く見てみたいよねぇ!」

「ここは“冥界エリア”なんだから、幾ら願っても出て来る訳ないでしょ、バ香多奈」


 そんな感じて始まる姉妹喧嘩を、やっぱり仲裁するのは護人の役目である。先行している前衛チームは、残りはゲート発見だと張り切って進んでいる。

 一見するとバラバラだけど、不思議と破綻しないのは家族の枠組みがきちんと整えられているからだろう。そんな訳で、その後は死霊系の敵の討伐も順調にこなして4層も終了。




 不気味で薄暗いエリアから解放されて、来栖家チームの面々は全員がホッとした表情。再び雪原エリアに放り出されたのだが、こちらの方が百倍マシって感想かも。

 とは言え、寒さはともかく登山道の険しさは、1層と較べて遥かにきつくなって来ている。ゴツイ岩肌も垣間見え、段差の急な道を進む事を余儀なくされて移動も大変になって来た。


 これもA級ダンジョンの醍醐味だよねと、姫香などは張り切って進む気概をみせるけれど。家長の護人から待ったが掛かって、先にお昼にしようとの申し出が。

 時計を見ると、確かに既に12時を回っていた。先ほど妙なエリアに迷い込んだせいで、一行の時間の感覚もおかしくなってしまっていたようだ。


 食いしん坊の香多奈でさえそうなのだ、いつもは真っ先にお腹空いたと騒ぎ出すのに。そんな訳で、一行は良さげなスペースを道端に見付けて、簡易キャンプの準備を始める事に。

 何しろ雪山なのだ、寒さと滑落対策くらいはしておくべし。


「それでも、随分登って来た感覚は確かにあるよねぇ。景色も山の中腹より上な感じだし、周りの雪山を眺めながら食べるお昼もオツだよねぇ。

 ああっ、温かいスープが身に染みるなぁ」

「何を1人で雰囲気出してるのよ、香多奈のアンポンタン。午後からも多分、ずっと登り坂なんだから覚悟だけはしておきなさいよ。

 それよりレイジーは新しい武器、一応は気に入ってるのかな、護人さん?」

「どうだろうな、前のと違って派手に炎は吹き出しはしないけど。切れ味に関しては増してるし、性能は一段階は上がってそうなんだよな。

 まぁ、レイジーも空間収納のペンダント持ってるし、刃物を複数持ち歩いても負担にはならないだろう。両方レイジーの所有で、気分によって使い分けりゃいいさ」

「レイジーは長さの伸びる剣も好きだもんね、あれも使うとMP消費するのかな?」


 紗良の素朴な疑問に、多分使ってるんじゃないかなと姫香の推測の言葉。そんなレイジーは、末妹から焼きハムを貰って満足そうに咀嚼そしゃくしている。

 他のメンバーに関しては、特に装備が変わったりスキルが増えた者はおらず。ただしルルンバちゃんは機体の修繕か間に合わず、予備ボディでの参加となっている。


 それに関しては心配していた家族の面々だけど、今の所は特に問題はない様子で何より。相変わらずヨチヨチ感はあるが、しっかり一行のペースについて来れている。

 立派なアームの使い所はまだ無いけれど、特訓の際には上手に使いこなせていた。何より3本目の左腕(人型)での魔法の使用は、魔銃より正確で強力だったり。


 香多奈からそっちを使いなさいと命じられ、素直にそれに従っているAIロボは日々成長中。必殺のレーザー砲は封じられたが、その内に大魔法を覚えてくれるかも。

 そんな期待を一身に背負うルルンバちゃんは、家族が食事中の時は至って静かである。お行儀の良さは折り紙付き、何しろいつも家族と一緒に過ごしているのだ。


 そう言う意味では、あまり行儀のよろしくないハスキー達は、今は末妹に分けて貰ったおかずを堪能して満足気。賑やかなお昼の食事が終わると、護人は他のチームに巻貝の通信機で確認を入れてみる事に。

 話をするのは姫香や香多奈だが、幸いにも山のお隣さんチームは一発で呼びかけに応じてくれた。向こうも食事中だった様で、ペース的には来栖家とそんなに変わらないそう。


 さすがに移動に関しては、山登りの時間の短縮は簡単ではない模様。オリエンテーリングの仕掛けも、異世界組にはよく理解出来ていなかったようだ。

 一方の岩国チームも、進捗しんちょく具合は程々と言った所みたい。彼らはタイヤのゴツイモトクロスバイクを持ち込んでいたが、それで無理に距離を稼ぐ事はしていないそうな。


 使えるルートは細い登山道のみだし、斜面を滑落すれば酷い目に遭うのは確定している。そんな訳で、持ち込んだバイクは緊急用として使用する感じに留めての探索なのだそう。

 頑張ってねと岩国チームと和やかに話す末妹は、どうやらバイクに興味がある模様。今度乗せてねと、アクティブな約束を交わして通信を楽しんでいる。



 5層エリアも相変わらずの雪景色で、より険しい登山道がうねりながら山間を縫って続いている。紗良の持つ地図も無事に更新されており、2つのチェックポイントは変わらないっぽい。

 中ボスの間がどんな風になってるかは不明だが、昼休憩も終わって元気を取り戻した来栖家チームの面々である。それじゃ行こうとの護人の号令に、は~いと元気な子供達の返事。

 そして最初のチェックポイントに向けて、進軍を始める先行組。


「えっと、第1チェックポイントはこの方向に0.8キロかな? 分かる、ハスキー達……アンタ達の身長がだいたい1メートルだから、その8百倍だからね!」

「さすがにその説明じゃ分からないでしょ、ハスキー達は頭いいけど万能じゃないんだからね。距離を数えるのくらいは自分達でやんなさい、香多奈っ!」

「そっ、そうだねぇ……方角と距離の確認は、私達でやった方が良いかもね、香多奈ちゃん」


 そう口にする常識派の長女は、さすがにハスキー達に距離のチェックまで丸投げは出来ないと思っている様子。護人などは、ひょっとしたらと思わなくも無いけど。

 さすがにそこまでの能力と労力は、求めたら悪いかなと思ってしまう。そんな事を全く気にしない末妹は、案外と大物なのかも知れない。


 それはともかく、この層も雪山に棲息する動物系のモンスターは超元気に立ち塞がる。それから待ち伏せ系の敵も、同じくる気満々で襲い掛かって来る。

 それらを迎え撃ちながら、来栖家チームの進撃は続いて行く。そして最初のチェックポイントは、滞りなく回収が終了した。


 今回は引っ掛けは無かったようだが、安心は出来ないよと末妹の号令がこだまする。アンタみたいに簡単に引っ掛かる奴がいるからねと、姫香も冷めた口調で切り返す。

 あれは茶々丸が悪いんだよと、どうやら発見した仔ヤギも同罪を求められている模様。そして今回も、怪しい2つ目のポイントを見付ける茶々萌コンビである。


 それを眺めて、形状が違うねと引っ掛けだと主張する紗良はさすが冷静だ。末妹も同じく、2度も引っかからないよとハスキー達にスルーを通達して。

 茶々萌コンビには、触ったらさっきみたいなカオスを招くよとキツい口調で注意を飛ばす。誰のせいよとの姫香の呟きは完全に耳を閉ざして、強いメンタルの少女だったり。


 護人からすれば、姉妹喧嘩にならずに穏便に探索が進めば文句は何も無し。そして程無く、本物のチェックポイントをレイジーが発見してくれた。

 それをタッチして、見事に鑑定の書(上級)を3枚ゲットする姫香である。それは良かったけど、宝箱は結局道中には無かったねと残念そうな末妹。

 あとは真っ直ぐ南に進むよと、紗良のナビゲートで一向は大きく方向転換する。



「初の下り道だけど、どうやら合ってたみたいだね、紗良姉さん……あの大きな岩の亀裂が、丁度中ボス部屋の入り口になってるのかな?

 谷に降りて来た時は、道順合ってるかちょっと心配だったけど」

「そうだな、いきなり道を外れるのは勇気が必要だったけど……無事についたようだね、距離もピッタリだし間違い無いだろう」

「それじゃあ、後は中ボス戦を誰が戦うかって話し合いかなっ?」


 香多奈のその言葉に、今回は私が行くよと今までほぼ出番の無かった姫香がすかさず挙手する。それから相方には、やはり出番の無かったルルンバちゃんを招いてのタッグ結成。

 それは良いかもねと、末妹もハスキー達に雑魚が出たら相手しても良いよと通達を飛ばす。仕方ないなって表情のペット達は、毎回の流れをすっかり覚えている様子。


 そんな訳で、巨大な2つに割れた岩石の亀裂の間を、姫香とルルンバちゃんを先頭に進んで行く一行。出た先はやっぱり谷間で、割と広めの広場となっていた。

 その中央には、4メートルを超える猿人が佇んでいた。間違いなく中ボスなのだが、末妹がアレがヒバゴンかなぁと長女に質問を飛ばしてシリアスな雰囲気が変な方向へ。


 関係無いねと突っ込む姫香と、お供を言い渡されて張り切るルルンバちゃん。仮称ヒバゴンは、武器すら持たずに装備も何も着込んでいない有り様である。

 その見た目に油断した訳でもないのだろうけど、姫香の斬撃は何とその白い毛皮に弾かれる破目に。続いて突進して行ったルルンバちゃんの渾身のパンチも、平然と受け止める怪力中ボスは見た目より遥かにパワーを有している感じ。


 お返しの咆哮で、周囲の谷の斜面に思い切り変化が訪れた。そこにも積雪があったのだが、それが次々と起き上がってスノーマンの大群が生まれたのだ。

 慌てる来栖家チームは、いつの間にか敵の真っただ中に。





 ――出番が無いと思っていたペット勢は、その敵を見て嬉々とした表情に。






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