第711話 噂の“冥界エリア”に迷い込んでしまう件



 3層の雪景色もなかなかに壮観で、たまに樹々に積もった雪がドカッと落ちて来る。それに敵の襲来かと見構えるも、実は何でもなかったりして。

 この辺の樹々は背丈が高くて、山の景色はあまり見通しはよろしくない。ただし、それは山の高さがまだそれ程でもないと言う証拠に他ならず。


 3層目ともなると、香多奈も何となく地図の見方も分かって来たよう。ハスキー達に、こっちの距離に15分間進んでみてと指示出しも立派な感じ。

 15分とは、だいたい1キロ進む目安だと長女から教わった末妹なのだけど。戦闘が間に挟まれると、時間で測る距離測定はあっという間に狂ってしまう気も。


「それから、ハスキー達の進む速度はメッチャ速いからねぇ……後衛が歩く速度で15分くらいが、丁度1キロ進んだ感じかな?

 もちろん、山の高低差とかも距離を狂わす元になって来るからね」

「なるほどぉ、えっと……この等高線が狭い区間は、崖になってる感じで急勾配きゅうこうばいなんだっけ?」

「おっ、もう地図を読めるようになって来たのか、香多奈。凄いな、やっぱり興味のある事柄は覚えが早いのかな?」


 護人のその言葉に、鼻高々な末妹はハスキー達にゴーサインの号令を出す。それと共に3層の探索が、勢いよく開始される事となった。

 雪山にはそこそこ慣れているペット達は、この程度の積雪なんてへっちゃらだぜと先行して行く。登山道は、時折急な坂道になったり狭くなったりと、かなりバラエティに富んでいる。


 その道を進む事15分、3層での最初のポイント地点が近付いて来た。それを察して、前衛のペット達が手柄を立てようとそわそわし始める。

 後衛の護人は、なるべく全員を褒めてあげたくてこちらも頭を悩ませていたり。何しろペット達も、褒めてあげないときちんとねるので。


 その辺は公平にしてあげたいけど、何か活躍をしてくれないと褒めるのは難しい。レイジーも手柄となると、大人気なくポイントを稼ごうと頑張るのだ。

 そんな争奪戦は、今回はコロ助が見事に勝利を勝ち取ったみたい。跳ねて喜ぶコロ助を、香多奈が存分に撫で回して褒めてあげている。


 そして姫香が触ったチェックポイントは、その瞬間に魔玉(氷)へと変わって行った。茶々萌コンビは悔しそう、早くも次のポイントに行こうと皆に催促をしている。

 戦闘に関しては、先行した前衛陣で安定はしている感じ。ただし、この層から出没し始めた雪狼の群れとの戦いは、こちらもハスキーの群れがハッスルして大迫力だった。


 一部仔ヤギが混じっているけど、その仔ヤギがまた強い……角で相手の身体をカチ上げて、対面した狼達を吹っ飛ばして行っている。それに騎乗している萌も、容赦のない槍さばき。

 こちらより多い7頭の雪狼達の群れは、そんな感じで5分も持たずに全滅して行った。さすがのハスキー軍団、ある意味狼の群れより野生の血が濃いような。


 戦闘に関しては圧倒的に経験値の高いハスキー軍団は、3層の進行も順調な足取り。2つ目のチェックポイントも無事に確保して、残るは次の層へのゲートのみ。

 もうすぐ2時間経過だが、間引き作業はまずまずはかどっている。


「登山での移動は大変だけど、敵の間引きはまずまず順調だねっ、護人さん。ハスキー達、さっきの戦闘で怪我とかしてない?

 狼にも負けないのは凄いけど、あんまりハッスルし過ぎないでよ」

「ハッスルしてたねぇ、みんな……本当に、今までの道中は順調だねっ。ハスキー達に怪我は無いみたいだから、少し休憩したら再出発は可能ですよ」

「了解、あとは昼休みのタイミングかな? 次の層を順調にクリアしたら、5層到達の時点で丁度お昼位になるのか。今回の探索は間引き案件だから、最低でも10層までは進みたいな。

 なるべく頑張って、夕方まで1層でも多く攻略するとしよう」


 護人の言葉に、そうだねとヤル気をみなぎらせて答える姫香である。香多奈も頑張って歩くよと、山歩きの探索にへこたれていないアピール。

 ペット達も問題は無さそう、もっと強い敵よ出てこいみたいな勢いさえ感じる始末。A級ダンジョンなので、恐らくそのリクエストは遠からず叶うとは思うけれど。


 護人としてみれば、なるべく穏便に間引きを済ませたい所である。もっとも、“巫女姫”八神の予言では、レア種はどこかの層に湧いてると出ているそうな。

 それからヒバゴンも見たいよねぇと、呑気な末妹は未確認生物との対面を楽しみにしている様子。ダンジョン内では、割と高確率で遭遇するとの報告もあがっている。


 ところが残念ながら、3層のゲートまで辿り着いてもその姿は窺えず。ゲートの発見は容易に発見出来たので、皆が言うように探索そのものは順調な感じ。

 それが一変する4層の仕掛けに、一同が騒然とするのはすぐ後の事だった。




「あれっ、ここどこだろう……雪が全く無いねっ、変なゲートを潜ってみんなで迷子になっちゃった?」

「あれっ、本当だ……山の中には変わらないけど、妙に薄暗くて不気味な雰囲気の所だねぇ。えっ、本当にウソのゲートを選択して、変なエリアに迷い込んじゃったのかなっ!?」

「うわぁっ、何だろ……ああっ、これがひょっとしたら噂の“冥界エリア”なのかもっ!? 確か定期的に出現して、敵は死霊系ばっかりって報告があった筈!」

「なるほど、ここが“冥界エリア”なのか……それじゃあ前もっての作戦通り、後衛は浄化ポーションの準備をしておこうか。

 ゴーストとか出て来ても、みんな慌てないようにな」


 そう忠告を飛ばす護人に、相変わらず元気な子供達の返答が。ペット勢もいち早く異変を察知しており、敵の気配も鋭い嗅覚で感じ取っている様子。

 それから紗良が、手に持ってる地図も更新されたと報告が来た。このエリアにも、どうやら2つのチェックポイントとゴール地点にゲートがある模様。


 ゲートはあってくれないと困るけど、ポイントまであるとはちょっと予想外かも。末妹などは、触ればアイテムゲット出来るからお得だねと喜んでいるけど。

 そんな訳で、今回は北東の方角に進むみたいと長女の指示出しに。思い切り鬼門の方向だねと、渋い表情の護人の返答である。


 それは不吉だねぇと、分かったような香多奈に胡乱うろんな視線を向ける姫香。そんな騒ぎの中、前衛陣は早くも接近して来たゾンビの群れに反応している。

 そいつ等は腐臭を漂わせた、古代の和服を着込んだ死人たちだった。うーとかあーとか呻きながら近付く、腐敗した死体の群れはかなり怖いと言うかショッキング。


 ハスキー達は関係ないぜと、レイジーと萌の火炎のブレスで焼き払っての迅速な処分。その奥からは、石の剣や槍で武装したスケルトン軍が近付いて来ている。

 それに速攻で突っ込んで行く、茶々萌コンビと白木のハンマーを咥えたコロ助はヤル気満々。敵の数は意外と多くて、スタートした時点で既に10体以上の敵を倒している。


「この辺は一応山岳エリアだけど、そこまで坂道じゃ無くて移動は楽かな? それでも薄暗くって、足元とか見え辛いから注意は必要かも知れないね。

 敵も多いから、ルルンバちゃんも前に出て魔法の練習をしておいで」

「そうだね、一緒について行ってあげるよ……1人じゃ心細いだろうからね。さあっ、頑張ってキル数伸ばすよっ、ルルンバちゃん!」

「物騒な事を教え込まないでよ、姫香お姉ちゃん……ルルンバちゃんは、お姉ちゃんと違って純粋なのが良いんだからねっ!」


 そう言って姉に咬み付く末妹だが、確かに口にしてる事は真っ当である。紗良も秘かに頷いているし、張り切っているAIロボを余所に変なポイントで盛り上がる子供達。

 そんな後続部隊にも、ちゃんとピンピンした(?)敵が割り当てられて、殲滅せんめつ戦は続行されて行く。姫香とルルンバちゃんのツーマンセルは、左辺を受け持ってゾンビやスケルトン兵を蹴散らして順調にキル数を稼ぐ。


 薄暗くて不気味な4層エリアだが、死霊系のモンスターの密度は半端ではない。仕舞いにはゴーストも出て来て、対応する来栖家チームはてんやわんや。

 最初のチェックポイントに辿り着くまで、何と40個以上の魔石(微小)が集まってしまった。そしてチェックポイントを触った香多奈の手には、今日初のスキル書が1枚。


 やったねと喜ぶ素直な香多奈、ここはひょっとしてボーナスエリアかもと嬉しそうな表情。あんまり舐めてると痛い目見るよと、姫香の忠告は確かにその通り。

 とは言え、半透明のゴーストの対応も取り敢えずは順調で、負傷者もチーム内には無し。このままクリアすれば、確かに相当な儲けにはなりそうな予感。


 ところが話はそう上手く進まないのは、世のことわりと言うかダンジョンの意地悪さ。次のチェックポイントを指示する紗良と、それに従って進み始める前衛陣。

 進行方向は相変わらずの鬼門の方角で、出て来る敵も段々と複雑になって来た。ゾンビも大イノシシや大蛇が混じり始めて、難易度が妙に上がっている気配が。


 それでも炎に弱いのは同じで、紗良の《浄化》スキルもまだ出番が無いと言う。ハッスルする前衛陣だが、茶々萌コンビが見つけたと主張するチェックポイントは何だかヘン。

 どうも紗良の目測より、随分と近過ぎる気が。


「あれっ、紗良姉さんは0.7キロって言ってたけど、それより随分と早く着かなかった? ポイントの形も、何か最初のと色合いが違う気もするし。

 ひょっとして、タチの悪い引っ掛け問題なんじゃ?」

「えっ、じゃあこのポイント無視するのっ? さっきスキル書を貰ったし、素通りなんて勿体無いじゃん……きっと何か、アイテム貰えるよっ!」

「いやいや、ペナルティ喰らうかも知れないし、本物のオリエンテーリングも何か厳密なルールとかあるんじゃなかったっけ?

 危ない事は止めておきなさい、香多奈」


 そんな家族の制止など、全く意に介さない末妹はガメついとの世間の評判通りかも。そして結局は、貰えるアイテムに釣られてペタっとポイントにタッチ。

 次の瞬間、香多奈の触ったポイントが爆ぜるように反応を示した。出て来たのは報酬ではなく、何と真っ黒で不気味な色合いのゲートと言う顛末。


 そこからわんさか出て来る敵の群れ、和風のゾンビやスケルトンから始まって大イノシシや大鹿のゾンビまで。ゴーストも混じっていて、大慌ての末妹は慌てて退避する。

 ほら見なさいとの姫香の罵倒は、こんな時に怒らないでよとの香多奈の返事に上書きされた。姉妹喧嘩をしている暇じゃないでしょと、長女の叫びも乗っかって場はまさにカオス状態。


 それでも咄嗟とっさに紗良の《浄化》スキルが吹き荒れて、何と出現した死霊系の半数が即時退場の憂き目に。そのパワーはさすがで、逃げ出す末妹も一息つけそう。

 それでも不意を突かれて、周囲にいた者が何度かゴーストにタッチされてしまっていた。具体的には茶々萌コンビと香多奈が触られて、MPだか気力だかを体内から抜かれる始末。


 ゴーストタッチは外傷こそ出来ないが、こんな感じで酷い目に遭う事が多い。それを続けられると、最悪の場合は外傷無しで死亡するケースもあるそうな。

 ある意味、ゾンビに咬み付かれるよりも厄介なこのケース。茶々丸などは、ゴーストに血の気を抜かれてその場にダウンする有り様である。

 慌てて駆け付けた護人のカバーも間に合わず、何とも残念な結果。


 それでも、それ以上のおイタをゴーストに許さず、『ヴィブラニウムの神剣』で物理攻撃の利かない敵を真っ二つにする護人。他の前衛メンバーも懸命の頑張りを見せ、5分以上かかったモノの何とか黒ゲートの乱は終了の運びに。

 その後、末妹がこってりと絞られたのは、まぁ当然と言うか本人の為でもある。慎重な年長組の警告を、マルっと無視したのだから罪は重い。

 こんな騒動を起こして、さすがの香多奈も慎重な面持ち。





 ――見事に用意した罠に掛かっるとは、仕掛けたダンジョンもさぞかし満足?





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