第710話 ようやく“比婆山ダンジョン”の階層攻略が始まる件



 丁寧な事に、レイジーは周囲の雪を炎のブレスで溶かしてくれていた。そこに浮き上がるチックポイントは、明らかに人工的な布で作られた4面体だった。

 これかぁと感心しながら近付く子供達と、鼻高々なレイジーを撫でて褒める護人である。活躍したらちゃんと褒めてあげないと、ヤル気アップに繋がらないのだ。


 実際、主に撫でられたレイジーは尻尾が凄い事になっている。茶々丸など焼きもちを焼いて、自分も撫でてと護人に頭突きをかましていたり。

 その辺は、まだまだ子供と言うか仔ヤギの茶々丸である。ただまぁ、褒められて頑張れるのは子供も大人も変わりない気も。そんな訳で、チームの舵取りにいつも苦労するリーダーだったり。


「あっ、どうやれば良いのか分からなかったけど、触るのが正解だったみたい。チェックポイントが鑑定の書に変わって行ったね、ちょっと面白い演出かもっ?

 紗良姉さん、次はどっちの方向に進めばいい?」

「えっと、北北東に0.7キロ進む感じかな……ここからだとアッチの方向だよ、みんなっ。次も近付いたら、この辺だって知らせるね?

 それにしても、ちゃんと登山道があるみたいで良かったねぇ」

「そうだな、敵もまだそれほど強い奴は出て来てない感じだし。待ち伏せタイプと、それからフクロウの隠密タイプには注意が必要だけど。

 今回は間引き目的だから、出遭った敵も全部狩って行くぞ、みんな」


 護人の言葉に、張り切って尻尾を振って返事する頼もし過ぎるハスキー軍団である。撫でて貰えた茶々丸と萌も、活躍の場を求めて思い切り前衛位置へ。

 雪山対応に心配された茶々丸だけど、何事も無いように萌を乗っけて進んで行くのは頼もしい。寒さもへっちゃらの様で、レイジーの隣で敵を探し求める勇姿は可愛いかも。


 そして肝心の登山道だけど、紗良が指し示した方向へとだいたい伸びて行ってる感じ。高く生えている木々のせいで、先は全く窺えないけどハスキー達は関係なく先行して行く。

 その後に続く後衛組も、完全に慣れたモノで今回は姫香もそっちに合流している。何しろ奇襲をかけて来る敵が、このダンジョンでは意外と多いのだ。


 後衛についていても、戦闘の機会はそれなりにやって来るので問題は無し。現にこの1層で、既に2匹のスノーマンを討伐している姫香である。

 逆に、護人とルルンバちゃんの出番は今の所は全く無し。後衛の紗良や香多奈に関しても、魔法を使う機会は今の所巡って来ていない始末。


 先ほどのチェックポイントだが、まだ突入して15分しか進んでいない場所。そのため休憩も必要無いとの判断で、すぐに再出発を果たしたのだった。

 A級ダンジョンとは言えまだ1層目なので、確かにそこまで警戒する必要はないだろう。ただし、まだ勝手が分かっていないので、特色を把握するまでは慎重に進むべき。


 だと言うのに、前衛と後衛の間は20メートル以上も開く有り様。頑張って歩く紗良と香多奈だが、ハスキー達の元気さは戦闘時間を差し引いてもそれを上回ってしまう。

 前を塞ぐ敵が、今の所は弱い感じのタイプしか出て来ないのが最大の原因だろうか。それでも15分後に、再びチェックポイント地点へと近付いたとの報告に。

 またもやペット達の、熱い争奪戦が始まる。


 今度チェックポイントを発見したのは、安定のツグミだった模様。これも得意そうな顔で、いかにも褒めて貰いたそうな雰囲気を醸し出している。

 犬やペット達との生活が長いと、動物の表情も自然と分かるようになる不思議。そんな訳で、今度は姫香がわしゃわしゃと愛犬を褒め称えてあげている。


「わっ、今度はポイントに触ったら魔結晶(小)1個に変わって行ったよっ。何か宝箱みたいで面白いね、この仕掛けっ。

 さっきは鑑定の書が2枚だったし、この先も色々と貰えるかもっ?」

「確かに面白い仕掛けだねぇ……儲かる仕様になってるのは素直に嬉しいね、香多奈ちゃん。この次が多分、2層へのゲートになるのかな?

 方向は北東方向に、約0.6キロの位置だよ、みんな」

「おっと、3つ目のポイントでようやくゲートか……やっぱり、どうやっても1層40分以上は掛かりそうだね。登山道は上りばかりだし、やっぱり結構きついね。

 敵の数に関しては、まずまずって所かな?」


 護人の言葉に、そうだねぇと応じる姫香は今日はまだ暴れ足りないかなぁと不満そう。2層じゃ強い敵か、またはたくさんの敵が欲しいよねと物騒な事を呟いている。

 そんな感じで、続けてゲートを見付けるよとの姫香の号令に。ペット達は勇んで、紗良の指し示した方向へと前進を開始し始める。


 まだまだ元気なペット達だが、後衛陣も幸いな事に極端な疲労は窺えない。持って来た『温保石』の効果で、厚着をせずに済んでいるせいかも。

 山歩きに関しては、山育ちの子供達に関してそれ程に心配する事も無いだろう。後はこのダンジョンの冬の仕掛けが、厄介に作用してこない事を祈るのみ。



 相変わらず待ち伏せのスノーマンは、後衛陣にも襲い掛かって気は抜けない。ただし白フクロウに関しては、初見の襲撃以降は警戒していた甲斐あって無事に撃退出来ている。

 前衛陣も、格下の兎や狐に負ける訳無いと軽くいなして進んでいる模様。こんな感じで、1層の攻略は前衛陣がゲートを発見してくれて終了の運びに。


 さすがにゲートは3メートル級で目立つだけあって、全員が一斉に発見に及んだみたい。それでも誇らしげな面々を存分に褒めて、ヤル気を注入する家族の面々である。

 今の所は戦闘による怪我も無く、薬品によるMP補充も必要は無いみたい。A級ダンジョンなので油断は出来ないが、初っ端から強敵が出て来る気配はないようだ。


 それよりも大変なのは、やっぱり延々と続く登山道だろうか。今の所は緩い傾斜ばかりだが、深層になると傾斜がきつくなったり天候が荒れたりはありそう。

 敵ももちろん、段々と強くなるのは ダンジョンの常である。それよりも末妹から姉に対して、この山は比婆山ひばやまじゃないのとの素朴な疑問が上がって来る。


「えっとね、確か正確には“比婆山”って山は無くて“比婆山連峰”って感じなのね。最高峰はこの『立烏帽子たてえぼし山』だけど、ダンジョン内の危険度からしたら『比婆山御陵』や『竜王山』の方がやや上なのかなぁ?

 そう言う意味じゃ、甲斐谷さんのチーム振り分けは公平なのかもね?」

「なるほどっ、この山の難易度もなかなかにハードモードって感じなのかな? でも異世界チームが割り当てられた『竜王山』なんて、いかにも竜が出そうだよねっ!」

「そうだね、“三段峡ダンジョン”でもこれでもかって程にワイバーンが出たもんね。A級ダンジョンだから、その位の敵がバンバン出て来ても不思議はないかもね?」


 そんな事を話し合うチームの面々は、2層へと到達して周囲の警戒を始めている所。ここも雪原の山岳エリアで、紗良によるとマップが自動的に更新されたそう。

 何と言うか、このダンジョンではこれが命綱……この地図が無いと、次のゲートに辿り着けなくて大変な目に遭ってしまう。香多奈も興味津々で、地図の読み方を長女に尋ねていたり。


 実地に勝る勉強は無いと、紗良は地図とコンパスでオリエンテーリングを妹に教える構え。相変わらず騒がしい後衛陣だが、先行するペット勢も戦闘を張り切っている。

 狭い登山道を塞ぐように、周囲の茂みから敵が出て来る。1層でも出て来た雪兎や雪狐が大半なので、ハスキー達も撃退はお気楽なモノ。


 それに時折混じる、雪豹は今までの中では1番の難敵かも。幸い群れの中には1匹しか混じって来ないので、退治に際しては比較的楽に対応出来ている。

 それからスノーマンも、やっぱりこちらの不意を突いての襲撃が何度か。前の層より確実に体積が多いそいつ等は、相変わらずこちらを凍死させる気満々でちょっと怖いかも。


 ツグミも余程近付かないと判明出来ない、この隠密の使い手はこのダンジョンでは難敵の類いである。護人やルルンバちゃんも、近付いてようやくかすかな違和感を感じる程度なのだ。

 雪フクロウも同じく、音もなく近づく敵は本当に厄介。


 そんな登山道を進む事15分余り、2層で最初のチェックポイントが近付いて来た。紗良はどうやら、地図間の距離と歩いて進む時間でだいたいの位置を絞っているみたい。

 もちろんコンパスでの進む方向の確認も大事だが、最初はチュートリアルなのか登山道沿いばかりみたい。雪をかき分けて進む手間が無くて、今の所は助かっている感じ。


 そんなチェックポイントを、今回も2つ30分で無事に回収してアイテムもゲット。内容は、ポーション500ml入りの瓶とMP回復ポーション500mlのを1本ずつ。

 宝箱こそ見付かっていないけど、アイテムは割と順調に貯まって行く。魔石もまだ2層だと言うのに、既に魔石(微小)が50個以上貯まっている。


 登山道の上りはまだそれほど急ではないので、その辺はまだ助かっている。予備ボディで参戦のルルンバちゃんも、山道に苦労しながら一行について来てくれている。

 戦闘に参加していないのは、後衛陣はみんな一緒なのでそれほど問題ではない。ただし、魔導ゴーレムの馬力をかんがみるに、やはり前の大型の方がパワーはずっと高い感じがする。


「これならまだ、ドローン形態の方が活躍出来たかもね、ルルンバちゃん。山道をついて来るのも大変そうだし、まだ飛んでついて来た方が楽なんじゃ?」

「そうかもねぇ……でもまぁ大型の敵が出て来た時とか、この後に活躍するチャンスが巡って来るかもだしさ。

 逆にチェックポイント探しが難航したら、空を飛んで探せばいいんだよ」

「確かにまだ慣れてないのか、よちよち歩く感が漂って来てるよねぇ……これも可愛いから良いかなって思ってたけど、本格的な戦闘となると厳しいかもねぇ?」


 妹達のルルンバちゃん評論に、考え込むように紗良が追従する。確かに長女の言う通り、今回の魔導ボディのAIロボは、よちよち歩きで間違っても強そうではない。

 頼りのレーザー砲も、修理が間に合わずに未だ工房預かりなのだ。魔法が使えるようになったからと言って、確実性は未だ身につけていないルルンバちゃんである。


 そう言った点では、来栖家チームもまだまだ発展途上なメンバーばかり。来栖家のエースのミケとレイジーだって、この先更なる成長を遂げるかも。

 まだ幼い茶々丸や萌、それから新入りのムームーちゃんも成長の伸びしろは無限にある。それはルルンバちゃんも同じ事、何しろ《合体》なんてチートスキルを持っているのだ。


 いざとなったら、どんな機体も乗っ取れるこのスキルは無敵に近い気も。気が優しいAIロボは、それを決して悪用しようとは間違っても思わない。

 香多奈などは、もう少し前に出てもいいよとは言っているのだが。ルルンバちゃんの性格では、今後もそんな積極性を身につけるのは難しいかも。


 茶々丸が大人びた対応を身につけるのと、果たしてどちらか現実的だろうか。そんな事を話し合う子供達は、将来のチーム事情がとっても楽しみな様子。

 護人にしても、手のかかる子供達(ペットを含む)が自立してくれるのは喜ばしい事に違いない。ただ、その時まで現役を張れるかははなはだ疑問ではある。


 それを間近で見る楽しさも、保護者の特権じゃないかなと思う次第。とても頼り甲斐のある末妹の姿は、頑張って想像してもちょっと思い浮かばないけど。

 それはともかく、2層の探索も今の所は至って順調に進んでいる模様。紗良のナビゲートも完璧で、香多奈も地図の見方を熱心に勉強中。


 結局、2層のゴール地点である3層へのゲートも、前衛陣が見事に発見して無事に終了の運びに。この層も40分とちょっと、なかなか大変な山歩きだった。

 これが夕方まで続くとなると、相当な苦労な気が。





 ――とは言え次が3層、チームはひたすら進むのみ。






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