第697話 驚きのスキル取得に振り回される件
山の上の住人達を、渦中の騒動に巻き込んだ人物は実はもう1人いた。小島博士の親戚筋だと紹介されたその子供は、頬から首筋まで“変質”の目立つ痩せこけた少年だった。
生気の無さはともかくとして、栄養不足は否めない……この時代、どこにでもいる身寄りのない子供の代表みたいな存在である。とは言え、本当に教授の親戚なのかは不明だ。
一行が新入りの姉弟と一緒に麓から戻ってみたら、小島博士も長い出張から戻って来ていたみたいで。住居に1人分空きが出たからと、結婚した三杉の代わりみたいなニュアンス。
身寄りも無くて今まで苦労して来た子供でねと、大袈裟にこちらの哀れを誘う演技は毎度の教授の手法である。そうなのと同情する紗良は、早くもその術中に
「おおっ、そちらの姉弟も新しい住人候補かな? いいねっ、子供の教育は我がゼミ生達に任せ
これで当面の生活費に関しては、心配いらなくなるぞ、美登利」
「それは嬉しいけど、新住民に関しては前もって護人さんに通達するのが礼儀でしょうに。本当に済みません、ウチの教授が我が
許可さえ頂ければ、子供の教育やお世話はこちらでこなしますので」
「いえっ、別に怒ったり
ただまぁ、子供を育てるのにも手分けして事に当たるべきかなと」
そんな護人の言葉に、もちろんだと胸を反らす小島博士である。ついでに君の子育て経験には期待しているよと、護人に育成を丸投げする気満々でもあるよう。
そんな感じで、教授に紹介された少年は串田
生気に掛けた“変質”持ちの子供など、今の時代は
生き抜くには、空き家漁りだろうとダンジョン探索だろうと何だってやって来たのだろう。この子にも仲間がいたのかは不明だけど、小島博士はその存在については何も触れなかった。
とにかく生活をこなす家屋は、教授とゼミ生の暮らす4軒屋の1つで決定したよう。勉強や探索活動については、土屋の連れて来た桃井姉弟と一緒に考えれば良い。
そう結論付けて、この場は取り敢えず解散する流れに。どの道子供達の信頼を得て、本音を引き出すにはそれなりの時間の経過が必要になって来る。
そう考える護人は、桃井姉弟と教授の親戚の子に対する応対もしっかり身を入れてこなすつもり。出会ったのも何かの縁だし、出来れば良い感情をこの町と住民に抱いて欲しい。
小島博士の言うように、護人は自分が子育てのスペシャリストだとは全く思っていない。ただギルドのマスターとして、それから山の上の敷地の主として、子供達に正しい道を選んで欲しい。
その為の手助けなら、喜んでやる所存の護人であった。
週が明けて、小学生たちはいつも通りに元気に朝から学校へ。昨晩から共同生活を始めたばかりの新人ズは、早起きしての家畜の世話を容赦なく体験させられた。
その結果、終わった後も眠そうな素振りだが、そこは山の上の一員となったなら慣れて貰うしかない。そんな事を口にする姫香は、ライン通話でようやく陽菜やみっちゃんから許しを貰った所。
どうやらうっかり香多奈が、近くのダンジョンに先週潜ったよと口を滑らしたらしく。その事について、仲の良い姫香が昨晩から問い詰められていたようだ。
それはA級ダンジョンだし闇企業案件だったしと、仕方のない事案ではあったのだけれど。友達に隠し事をしたと言う後ろめたさは、そんな事では和らがないようだ。
そんな消耗している姫香に、護人も
他にも諸々、何だかんだで忙しい山の上のメンバー達である。
護人も子供達の送迎から戻って来て、企業の移動販売車の予約など。3人の子供達の大まかなサイズも分かったので、ついでにお揃いの探索着も発注しておく。
それからルルンバちゃんのドローンも、最新の型番を発注しておく事に。馬力があって装甲も硬いダンジョン仕様のがあるそうで、2台用意してくれるそうな。
お高くなるのは仕方が無い、他にも新人用の装備品やら薬品の空瓶の補充やら。紗良も遠慮せず、欲しい物を次々に箇条書きにして伝えて来る。
長女も山の上生活にすっかり馴染んで来たようで、買い物の機会は逃したくないとみえる。それはともかく、やっぱり心配な新人ズの環境への慣れ具合である。
まだここに来て間もないのもあるけど、人間不信の気配がチラチラと見え隠れしている気が。特に酷いのは桃井姉弟の弟君の方だろうか。
それに関しては、時間を置いて経過を見守るしかないと周囲の大人たちの判断の中。護人の頼んであった企業の移動販売車が、その週の木曜の午後に山の上へとやって来た。
いつもの若い護衛探索者も一緒で、元気そうな姿に思わず来栖家の面々もホッとする。何しろ探索者など、先週元気だからと言って今週そうとも限らないのだ。
その日は末妹も、既に小学校から戻って来ており注文の品々を珍しそうに眺めている。新人ズの3名も、探索着の試着をしたり武器を手に取ってみたり。
もっとも、来栖家チームの倉庫には死蔵している武器や装備品は多いので、改めて買うような品物は無い気がする。それよりルルンバちゃん用の新型ドローンは、なかなかゴツつて格好良いかも。
そんな批評をする子供たちは、熱心にドローン形態のAIロボの飛行シーンを眺めている。ここで不備があると、お高い買い物の甲斐が無いのでその目はどれも真剣だ。
護人の方は、買ってばかりでは資金が底をつくので、企業売りに取っておいた品々の換金作業。鑑定人を招いて、青空市で売れない品を手渡して行く。
例えば素材類は、甲殻系から始まって鉱石やらインゴットまで色々。最近は“アビス”や沿岸地帯のダンジョンも多かったので、海産系や魚系素材も多いかも。
それから当然の如くに、金貨やら宝石類が割とたくさん。この辺から、勘弁して下さいと言う企業の鑑定人の視線が、《心眼》を使わなくても漂って来始める。
それを
とは言え、中級エリクサーなどは100mlで30万円もする高級薬品である。来栖家が今回注文した、ドローン機体×2台と新米用探索着×3着の料金が200万にも達しないのに対して。
査定して貰った素材類やら金や宝石類で、既に600万円近い金額になっているとの鑑定人の言葉。これで薬品の換金代が乗っかると、とても払い切れませんとの正直な泣きが入る。
護人は困った顔で、チラッと魔法の鞄の中身を確認……と言うか、中庭にもかかわらず、薔薇のマントが首に巻きついて《空間収納》の手伝いを買って出てくれているのだが。
それによると、まだまだ鞄内には砂金や宝石類、それからアダマン製の武具やオリハル製の武具、重オーグ製の武具までぎっちり入っており。
とても今回だけで、在庫一掃とはなってくれない模様で残念な限り。
「あっ、護人リーダー……私達に探索着を買って貰って、本当にありがとうございます。ほ、本当に良かったんですか?」
「ああっ、構わないよ……ウチのギルドは先行投資が出来る程、資金が
それから、うちの子や近所の子達とも仲良くなってくれれば言う事なしだよ」
「そうだねっ、意外とやること多くて大変だろうけど頑張って慣れてね! 秋は大イベントの稲刈りとか、おはぎパーティとかもあるからねっ。
楽しみにしていてね、
そんな姫香の勢いのある言葉に、たじたじとなりながら頷く桃井姉である。男勝りな姫香と較べると、随分とおしとやか過ぎな新入りの
その弟の
今も探索着を香多奈や和香に見せびらかして、ちょっと照れた素振りで走り回っている。この少年は生きるために本当に何でもやっていたようで、何故か『鍵開け』なんてスキルも所持していた。
ちなみに桃井姉も、『適応力』と言う周囲の環境に馴染むスキルを持っている。弟の
確かにこの姉弟、チームを組むにしても役割的にどこを任せれば良いか分からない。弟の方は前衛職だけど、剣を振り回すにしても筋力が明らかに足りない体つきなのだ。
姉の
それもチーム的には、全く嬉しくない特技には違いない。
「叔父さんっ、探索着のチェックはもういいんでしょ? それなら後は、武器とか選びにみんなで一緒に母屋に戻るねっ!
スキル書もたくさん余ってるから、みんなでチェックしちゃおうかっ!」
「それはいいけど、家に保存してある危ない宝珠とかは触っちゃ駄目だぞ……一応、紗良も一緒について行ってくれないかい。
香多奈だけじゃ、何をやるか不安で仕方無いからね」
「了解しました、あっ……手の空いた人は、中庭のテーブルへどうぞ。はるばる来て貰ったんだし、お茶とお菓子を出しますね?」
気の利く長女の言葉に、私も手伝うよと姫香がお持て成しの手伝いを買って出てくれた。子供達は香多奈に
それについて行くハスキー達は、何かを期待するように楽しそうな足取り。珍しくレイジーまで、護人の元を離れて行くのは何かの予感があったからか。
新人の子達は、スキルの相性チェックに関しては何度か経験済みらしい。とは言え本当に数える程で、今のスキルを獲得出来たのも本当に幸運に恵まれての事。
最年少の
そんな新入り達の相性チェックは、ペット達の見守る中で事務的に行われて行った。一緒について行った土屋女史も手伝って、テーブルの周囲を半周しながらの作業である。
香多奈と土屋が用意したスキル書やオーブ珠を、くるくる回りながら新人たちが触って行くと言うこのスタイル。妖精ちゃんやミケも見守る中、最初に成果があったのは桃井姉だった。
しかもオーブ珠への反応で、妖精ちゃんによるとかなりレアなスキルらしい。《大魔導士》系の魔法職で、攻撃も回復も可能な万能魔法使いになれる可能性があるそうな。
ドラクエで言う所の賢者だねと、興奮するその場の面々はおめでとうと湧き上がる。それに触発されて、弟君と最年少の
気合を入れたからって獲得出来るモノでは無いけど、どっこいその願いは山の上では叶ってしまった。さすがミケ様と、良く分からない称賛の中で妖精ちゃんと紗良が鑑定を行う。
その結果、
しかも、桃井の弟君の覚えたスキルがこれまた厄介だったのだ。妖精ちゃんが《勇者》だなと口にして、またまた冗談をと紗良が《鑑定》スキルで丁寧に調べ直した所。
確かに《勇者》で、こんな山の上に魔王と勇者が同時に揃い踏みである。
――この
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