第695話 広島周辺の探索者&ダンジョン事情その25



 ずっとこの頃ついてないな、施設の研究員はそんな事を思いつつ動物の死骸の処理を進めていた。これらは以前は、施設内のダンジョンに放棄していたのだが、探索チームから文句が出るようになったのだ。

 つまりは、動物のゾンビやスケルトンが浅層で湧くようになって、臭いがたまらないと言う類いの。そんな訳で、今ではスライムに全て消化を任せるように。


 どちらにしろ、酷い命の侵害には違いない……この施設にいる犬を始めとする動物たちは、魔素を浴びせられてスキル所有が可能かの実験に使われているのだ。

 いわゆる動物実験で、魔素を浴びて“変質”した動物は大抵は狂暴化してしまう。そうなると処分するしかなく、例えスキルを覚えてもこちらの命令に従わなければ用無しである。


 それならこの実験に意味はあるのかと、白衣の研究員は思わなくもないのだが。最初は愛くるしいペットを使っていたこの実験だったが、当然の如く数が足りなくなって行って。

 今では、人間に慣れていなかろうが可能性のありそうな動物は、軒並み実験対象である。そして当然の如く、失敗が続いて死体だけが増えると言う。


 上層部の圧は、会社の命運はこの研究に掛かっていると日ごとに強くなるばかり。全くこの頃ついていない、こんな事をしていたらその内バチが当たってしまう。

 動物たちの死骸を見ていたら、そんな気持ちになって来るのは当然だ。投入開閉口を操作しながら、白衣の研究員はスライムの特性に感謝する。

 コイツは食欲旺盛な癖に、変な悪臭をほぼ発さないのだ。


 いや、何だか焦げ臭いなと、研究員は思わず周囲を見回した。夕方の企業敷地内は、まだまだ働く者の姿は多く窺える時刻である。

 ただ、この研究棟は動物実験の都合上、防音設備が行き届いてその上隔離されている。とは言え大事な部署なので、怪しい侵入者など入って来れない筈。


 ところが次の瞬間、そんな呑気な思惑は露と消える事に。煙は研究棟の至る所から上がり始めており、逃げまどう同僚で上の階は酷い有り様となっていた。

 廃棄場は地下にあったので、完全に逃げ遅れた研究員は大慌てで裏道へと駆けて行く。研究資料は確かに大事だが、命よりは確実に価値は無いのだ。


 逃げまどう途中、何人かの警備員ともすれ違ったけど、手練れの『哭翼』メンバーは1人もいなかった。どうやら作戦執行中で、敷地内から全員出払っているようだ。

 その隙を突かれたのだと、制服の明らかに違う警備員たちは悲壮な表情で話し合っていた。研究員の罰が当たったと言うお門違いの推論は、どうやら彼らには受け入れて貰えない様子。


 どちらにしろ、周囲は既に地獄の様相となっていた。研究員が彼らの側で足を止めたのは、ここなら比較的安全だろうと言う目論見もあっての事。

 ところが彼らの通信先から、更なる衝撃の事態が明らかになった。役職付きの上層部を救出に向かった警備員チームが、血塗れで倒れている役員連中を発見したのだ。


 その通信を聞いて、現場どころか全員が大いに慌てる破目に。何にしろ、警備と言う役割を果たせなかった警備員たちは、全員が顔面蒼白である。

 白衣の研究員も、いつかこんな日が来ると思っていたと独白し始める始末。動物実験での罪悪感は、既に大いに彼の心を侵食していたのだと思われる。


 そんな現場を襲ったのは、何とも意外な幕引きだった。研究棟から逃げて来たのは、何も研究員や会社のスタッフだけではなかったようで。

 “変質”した動物たちも、火災に紛れて檻から抜け出していた模様。罪悪感にさいなまれていた白衣の研究員が、最後に見たのは自分に襲い掛かる大きなあぎとだった。

 それから警備員の怒号と、幾人かのあげる悲鳴と。


 ――夕方の工業地帯の火災は、なおも広がる気配を見せていた。









 山の上の4軒屋の料理事情だけど、実は割と複雑である。まず確実に毎食作るのが、凛香チームの家屋だろうか。こちらは小鳩料理人が、兄弟の為に毎食精を出している。

 それから小島博士のゼミ生家屋かおくだが、こちらは美登利がメインとなっている。ただし、住んでる家屋の台所はかなり古くて使い勝手は宜しくない。


 そんな訳で、大抵料理を作るのは星羅と協会の女性2人が住むお隣さん家屋の台所と決まっている。そこで多めに作れば、2家族どころかあちこちお裾分け出来るって寸法だ。

 星羅チームで料理をこまめにするのは、実は星羅ただ1人だったり。土屋はキャンプ飯は好きだが、つまりは彼女に任せたら毎食が鍋かバーベキューになってしまう。

 柊木に関しては、何とか包丁は任せられるかなって程度。


 新婚生活がかなり不安だが、最近は美登利と星羅に弟子入りしてそれなりに頑張っているようだ。ただ今の割合としては、料理助手でお裾分けを頂く確率の方が高い。

 そして最後の異世界家屋だけど、この3名はほぼ料理をしない。まず家電の使い方から理解させなければならず、美登利や星羅も教えるのを諦めたのだった。


 そんな訳で、異世界チームの面々はどこかの家族が夕食に招く事がそれとなく決定した。来栖邸に招かれる事も多いので、実際にはそれ程の負担にはなってはいない。

 そもそも夕方の特訓では、教官役を担う事の多い異世界チームの面々である。その見返りとして、食事位は用意してあげようとは山の上の探索者集団の本音であろうか。


 異世界から渡って来て、こちらには何の伝手すらない人達なのだ。優しくしてあげたいってのが、護人を始めとする住民の意見なのだろう。

 そもそも、3人とも元から料理の類いはして来なかったそうな。探索が無い時は冒険者の宿に泊まって、そこで支給される食事を食べる。

 探索中は、簡素な保存食と薄いスープで命を繋ぐ。


 そんな生活を普通だと思って、ずっと続けていた面々には家庭の料理は思いの外刺さった模様。何を出しても喜ぶし、和食も嫌がらずに挑戦してくれるのだ。

 そんな訳で、各家庭の料理人たちも異世界チームを進んで食卓に招いている次第である。ザジの梅干し嫌いは相変わらずだが、リリアラなどは漬け物は全く苦にせずむしろ好物みたいだ。


 ついでに言えば、ムッターシャはお味噌汁が大好きだとの事。肉食かと思われる彼の印象とは逆に、大根の煮つけとかも今ではちゃんとおはしを使って食べてくれる。

 ザジの好物は、唐揚げとかハンバーグとかお子様大好きなモノみたい。猫舌な彼女は、酸っぱいモノとか熱いモノ以外は大抵は喜んで食べてくれる。


「いやまぁ、ザジちゃんの好みは置いといて……問題は土屋先輩の知り合いを、この家に招こうって発言の真意でしょうに!

 ってか、そもそも先輩って私以外に知り合いいたんスかっ?」

「失敬な、わっ、私にだって知り合い位はいるぞっ!」

「そりゃあ、仕事上いない方がおかしいとは思うけど……問題はあきらちゃんの言う通り、香織かおりちゃんの知り合いがちゃんとした人かどうかでしょ?

 あきらちゃんは新居生活が始まるけどさ、私達はこの家に続けて済む訳だし」


 そう言われて照れる柊木と、ちゃんとした人かと訊ねられて困った顔の土屋である。取り敢えずはどんな素性の人か説明してと、話を振られた土屋はウムと頷いて話し始める。

 それを要約すると、広島の協会本部に勤めていた時代に目を掛けていた子供達がいたそうな。その姉弟は、近い年齢の子達でチームを組んで、探索活動の真似事をしていたのだけれど。


 最近になって宮島の探索が活発になると、チームでそちらに活動の場を移したそうな。そこで色々あって、チーム同士の統合や何やらで、この姉弟は弱いからと言う理由でチーム構成から弾かれたらしい。

 そう言うライン報告をつい最近受けた土屋女史は、そんならウチ来ればと普通に思ったそうで。ただまぁ、さすがに家には同居人もいるし、勝手に決める事案では無いなと相談に思い至った次第らしい。


 そして今に至るのだが、3人でお昼を食べている食卓は微妙な雰囲気。その中で素麵そうめんすする土屋は、この中で一番肝が据わっている気が。

 星羅の詰問によって、この姉弟は姉が16歳で弟が14歳とまだ若くて頼りないそう。探索者としての腕前もそうだけど、親無しで探索者を選択した手前それは仕方無いとも。


 どちらにしろ、たった2人ではチームとしても機能しないし、捨て置くわけには行かないだろう。そんな訳で、護人リーダーの面談を受けさせるまでは良いよと、同居人の星羅も納得してくれた。

 こうして、山の上の居住者の補完計画は、来栖家の知らない内に進められて行く事に。いざと言う時は、探索者以外の仕事もあるっスからねと、呑気に構える柊木に対して。


 土屋は新入りを鍛えて、立派な探索者に仕上げる気満々だったり。星羅の方は、取り敢えず家事や畑の世話を覚えてくれればって感じである。

 ――そうして、三者三様の考えをはらんで秘密の計画は進行して行く事に。









 宮島の上に居座って、すっかりその存在が定着してしまった“浮遊大陸”なのだけれど。その繁栄振りは“太古のダンジョン”のお陰で、すっかり周囲でも有名に。

 8つの入り口を有する“太古のダンジョン”は、その難易度も今では3つに分けられており。一番難易度の低い、C級ランクの入り口が5つほど。


 それからB級ランクの入り口が2つに、A級ランクが1つと探索者の住み分けはバッチリ出来ている。或いは、その辺が“太古のダンジョン”が賑わっている要因なのかも知れない。

 探索初心者も割と挑戦に赴いているようで、今や弥山みせんの頂上はなかなかの賑わいみたいだ。ロープウェーは半時間ごとに稼働し、頂上には臨時の協会出張所も出来ているのだとか。


 B級とA級ダンジョンしか無かった宮島にとっては、良い集客効果になったのは間違いない。もっとも、訪れ出したのは探索者チームの面々ばかりだけれど。

 そんな騒ぎとは別に、“浮遊大陸”の地上部分は緊迫状態と言う。


 この宮島よりも広大なその地は、幾ら探索者だろうと普通の手段では辿り着けない。或いは“太古のダンジョン”の階層のどこかの、隠し通路を発見すれば辿り着くかも知れないけど。

 来栖家チームがそこに訪れたのも、ほぼ偶然と言っても良い。そんな“浮遊大陸”の地上部分は、大きく分けて4つの領域が存在する。


 1つは獣人軍で、現在の王はオーガの“牙折り”が担っている。それから2つ目はホムンクルス軍、管理ホムンクルス7体が兵の製造から領地運営まで行っている。

 3つ目は魔導ゴーレム部隊で、領地は小さいが同志で強靭な陣営を作り上げている。ただしその生活は慎ましく、ダンジョンから魔石を回収して糧としている感じ。


 他の陣営に喧嘩を売るような事はせず、実は来栖家とも繋がりがあったりして。それと似たような4つ目の陣営が、リッチキング“常闇王”が支配する死霊の国である。

 ここも領地を広げる戦など、過去にさかのぼっても1度もした事は無い。ただし、獣人軍やホムンクルス軍からは、領地に入り込んで無事に戻れた者はいないとの噂は常に立っている。

 言わば、“浮遊大陸”で一番の不可侵な領域なのだ。



 そこに夏も終わりかなってある日の午後、突然大きな異変が訪れた。いや、異変の発信源は実は“アビス”の大穴だったのだけど。つまりは、巨大異界のゲートが再び開いたらしい。

 幸いな事に、その時はたまたま“アビス”探索にその場に訪れていたチームはいなかったみたい。もしいたら、膨大な量の魔素を浴びて大変な事になっていたかも。


 巨大ゲートから出て来ただが、前回の“浮遊大陸”に較べたら随分と小柄だったようだ。これは協会が、“巫女姫”八神の予知を受けて観測カメラを設置して後々に得た情報だった。

 小さいと言っても、実際の全長はゆうに1キロ以上はあった。周囲を飛翔する死霊系のモンスターとの比較で、その巨体さを後から弾き出した訳だけど。


 周囲を飛翔するワイバーンゾンビやインプ、大コウモリや大ツバメもゾンビだろうか。可哀想に太陽光でダメージを受けつつ、巨大なドラゴンゾンビを囲って飛翔している。

 不思議な事にそのメインの物体は、確認したポイントによって色んな形状に見えたらしい。例えば最初のポイントでドラゴンに見えた者もいれば、巨大死霊タコや甲羅まで腐敗した巨大カメだったと証言する者も。

 どちらにしろ、巨大な死霊系モンスターで周囲を群れで護衛されていたとの事。





 ――その巨大死霊モンスターの群れは、“浮遊大陸”の上空で突如消失したそうな。






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