第693話 激動の“魔獄ダンジョン”が終焉を迎える件



「本当に心配したんだからね、香多奈ちゃん! なかなか通信が繋がらないし、6層を過ぎても全然出会える気配がないし。

 ちなみにここは7層だよ、随分飛ばされたねぇ?」

「えっ、そんな深い層なんだっ!? ビックリだよね、それじゃあ叔父さんや姫香お姉ちゃんは、もっと上の層に飛ばされたって事っ!?」


 そうみたいと、救出部隊の後ろを手を繋いで歩く来栖家の姉妹は、今は随分と落ち着きを取り戻した所。チームは何度目かの遺跡エリアの大通路へと辿り着き、前衛陣は殲滅戦を行っている。

 その速度と来たら、ハスキー達に負けず劣らず物凄い勢い。張り切るズブガジと、ムッターシャとザジの剣技の比較も見ていて惚れ惚れするレベル。


 香多奈のポッケに避難中の妖精ちゃんも、何とか無事に兎の戦闘ドールを回収出来て満足そう。いや、回収した時点では敵によってボロボロにされていたのだけれど。

 再起動は問題無いみたいで、こちらも本当に良かった。少女にお世話になりましたとねぎらって貰えて、白兎も心なしか満足そうに見える。ある意味本懐を遂げた兎の縫いぐるみは、呪いを完全に放棄した感も。


 そんな感じでお互いの冒険を報告しつつ、現在はミケの愛情をほっぺに感じている末妹である。とは言え、まだこの探索は終わりを迎えた訳ではないのだ。

 まだこの先にいると思われる、護人と姫香と無事な姿で合流を果たさないと。それが叶って、初めてこの“魔獄ダンジョン”でのミッションはクリアとなるのだ。


 2人の通信結果によると、厄介な敵と思われていた『哭翼こくよく』チームの殲滅には成功したらしい。だとすれば、後は全員で無事にこのダンジョンを去るだけである。

 それにしても、闇企業のダンジョン解析は随分と進んでいたみたい。恐らくはこのダンジョン内だけだろうけど、スポーンで生まれたインプを手足のように操っていたとの事で。


 それを元にした転移トラップの罠で、来栖家チームをばらけさせて捕獲する作戦だったみたいだ。ただし、向こうもどの階層に飛ばされるかが不明なので、拡散して待っていたのが運の尽きと言うか。

 いや、一緒に飛んだインプがもう一仕事こなせば、なす術もなく捕獲されていた可能性が高い。目潰しと麻痺系魔法のダブルパンチで、捕獲作戦としては悪くないと思われる。

 ところがどっこい、来栖家チームの戦闘力はそれを遥かに上回っていたのだ。


 そんな解析を口にするリリアラは、大通路のお掃除状況を見ながらいつも通りに冷静な表情ながらも。 “変質”した獣人を目にすると、少しだけ悲しそうな素振り。

 彼らも案外、住処すみかを追われた被害者なのかも知れない。ムッターシャ達も、その辺は分かっていて逃げて行く連中を深追いはしていないみたい。


 ――こうして救出部隊は7層の大通路の制圧を完了、続いて8層の探索に。





 完全にガス欠状態からやや回復した姫香は、現在8層の大通路の制圧を完了した所。相棒のツグミも、一緒に休憩してMPの回復もバッチリだ。

 とは言え、このエリアで確保したゲートはたった1つのみである。出来ればもう1つも確保したいけど、分岐の通路が残り5つもあってツグミでも確認は大変そう。


 覚悟を決めて大通路のゲートを進むか、それとも頑張ってもう1つこのエリアのゲートを確保するか。悩ましい所だが、姫香は思い切って大通路のゲートを進む事に。

 さっき巻貝の通信機で救出部隊と会話をしたところ、どうやらリーダーの護人は姫香より上の層にいるらしい。それが分かっただけでも収穫である。


 恐らくの注釈付きだったけど、行動の指針には充分な情報である。つまりはこちらが上がって行けば、少なくとも護人とはすぐに遭遇出来る計算だ。

 救急部隊とも待っていれば会えるかもだが、少なくとも動いていた方が姫香の性には合ってそう。そんなわけで、鞄に入っていた軽食をツグミと食べた後に探索再開。


「それじゃあ行くよ、ツグミ……多分だけど次の層は未探索だから、この層みたいな強い敵がバンバン出て来るからね。でも護人さんとレイジーのグループと遭遇出来るかもだから、頑張って進んでみようっ!

 あっ、後はムームーちゃんも一緒にいるって」


 それを聞いたツグミは、頑張るよと尻尾を振って返答してくれた。それを活力に、姫香一行は大通路のゲートを潜って次の層へ。

 最悪、万一護人と出会えなくても、区切りの層には帰還用のワープゲートが設置してあるそうだ。通信でそう情報を貰っている姫香は、それもアリだねとお気楽に構えて進む事に。


 出た先は、相変わらず発光する石造りの小部屋だった。その部屋には敵はいないけど、やや先行して周囲を窺うツグミからは、隣の部屋に敵がいるよのサイン。

 その辺は相棒らしく、ツーカーの間柄で言葉が無くても通じ合える2人である。ここにも繁殖している、醜く“変質”した獣人達は結構な数で幅を利かせている模様。


 大蜘蛛や大トカゲに騎乗した奴が大半で、大柄な連中も結構混ざっている。それらを相手取るのも、たった2人だとかなり戦力的に辛いモノが。

 それでも退却と言う文字は、姫香の辞書には載っていない。ツグミと共に戦線を構築しながら、手数の多い“変質”獣人を相手取ってほふって行く。


 相変わらず獣人の方は死体は消えないけれど、騎乗していたモンスターは消えて魔石になって行く不思議。5分以上の戦闘の果てに、ようやく通路の戦闘はひと段落してくれた。

 そんな疲労の積み重なる戦闘を、例のゲートのある大通路に抜けるまで3度ほどこなし。ようやくの事、姫香とツグミは目的の次の層のゲートを拝む事が出来た。

 ただし、大通路の広間にもそれなりに敵がわんさか。


「ふうっ、また戦いだよ……ただまぁ、今回は例の“変質”した獣人軍はいないみたいだね。あの鎧の騎士は何だろう、頭が無いね?」


 通路からこっそり覗いて見た感じ、大通路の部屋には“変質”獣人はいない模様。ただし、見事な首無し甲冑の騎士が、階段上で広間を睥睨へいげいしている。

 いや、ソイツには首から上が無いから、そんなアクションは最初から無理なのだが。そんな偉そうな雰囲気の甲冑の隣には、昏いローブを着た魔術師みたいな骸骨顔のモンスターが。


 ここに来てリッチとか、悪霊系の敵が出て来た驚きはともかくとして。どうやら敵は、こちらが向こうを窺っているのに気付いていた様子。

 何と向こうの術が発動していたようで、さっき倒した“変質”獣人達の群れがゾンビとして再登場。これにはさすがに驚く姫香とツグミ、しかも大通路フロアにも最初から配置されていた死霊軍団が。


 その大半は騎士スケルトン兵士だが、大物のトロールゾンビやスケルトン恐竜も混じっている。その数は総勢30匹以上、背後の獣人ゾンビを加えると50匹以上の大群だ。

 これはさすがに、一緒に対処は出来ないと『圧縮』スキルで壁を作りに掛かる姫香。ツグミも何とか闇スキルで、そんな主のお手伝いに励む。

 敵が多いだけに、その点ツグミも必死のスキル行使。


 嫌な事に、奥に控えていた首無し騎士もこちらに反応して近付いて来ていた。姫香はそんな通路を『圧縮』スキルで遮断して、奥からやって来た獣人ゾンビの数減らしに必死。

 そいつ等は腕が斬り飛ばされてなかったり、ツグミの『土蜘蛛』で体に大穴が空いていたり。酷い状態の死体達が、恨めしそうにこちらに這い寄って来る。


 今回ばかりはツグミもフルパワーで迎撃に勤しみたいが、いかんせん相手は死霊系の敵たちである。範囲スキルの『毒蕾』や闇系スキルは、連中には効果が低い。

 その点、姫香の所持する『天使の執行杖』は聖属性で死霊相手にはバッチリまる武器には違いない。ただし、さっきガス欠を起こしたばかりで、使用者自身が本調子でないと言う。


 どちらにしても、かなり大変なシチュエーションには違いない現状は、更にカオス度を増す事に。何と魔術師衣装のリッチが、壁をすり抜けて戦線に乱入して来たのだ。

 闇系の魔法は、ツグミが何とか相殺してかき消す事に成功した。ただし、『圧縮』で閉じていた入り口のフタが、姫香の集中が切れたせいで開くと言う最悪の事態に。


 結果、わらわらと背後から詰め寄って来る死霊軍団は、まさに死の運び手そのもの。不味いと感じたその瞬間、火事場の馬鹿力で奇跡的に《剣姫召喚》スキルが発動してくれた。

 これで挟み撃ちの心配は無くなったけれど、スキルの維持も随分と気力を消耗する。短時間で決着がつけば良いのだが、敵の数は少々暴れた程度では減じてくれなさそう。


 しかも、強敵の首無し騎士やスケルトン恐竜は、まだ背後に控えて戦う時を待っているのだ。“変質”獣人ゾンビもまだ片付かないうえ、ツグミは纏わり付くリッチのお世話で手一杯な状態である。

 こんなピンチは、今までの探索経験の中でも無かったかも知れない。焦りの感情が、徐々に姫香の中に芽生えて来る。稼働のリミットは確実に近付いて来て、そんな負の感情が思いもよらぬ負傷をもたらした。

 しかもさっきと同じ左腕、今回の傷はかなり深いようで血飛沫が周囲に舞う。


「うあっ……ぐっ、大丈夫だから! こっちは気にしないで、ツグミっ!」


 喉を焼くように吐き出した相棒への言葉も、所詮は虚勢でツグミには通じなかったようだ。敵のボスを足止めしながら、ツグミが怒りモードへと切り替わって行く。

 元々感情の起伏の少ないツグミだが、プッツン来た姿はそれはもう凄まじいモノに。回転する闇の球体は、この集団のボスの筈のリッチを吹き飛ばしてしまっていた。


 とは言え、止めを刺せた訳ではないので、飽くまで時間稼ぎに過ぎないのが辛い所。相性の悪さは、どれだけ頑張ろうが覆せないベース部分である。

 それでも何とか作り出した時間で、ツグミは乗り込んで来るスケルトン軍団に最大出力の『土蜘蛛』を見舞う。その土属性の攻撃は、母親のレイジーを真似て『毒蕾』スキル効果も乗っかると言う秀逸さ。


 スキルの複合はなかなか難しいのだが、さすが忍犬ツグミはそんなコピー技もバッチリだ。床から生えて来る蜘蛛の脚のような槍突き攻撃に、スケルトンの群れは次々にたおれて行く。

 背後に控える大物の始末には至らなかったけど、これで何とか巻き返せた気も。ただしツグミのMPや気力も、姫香を助けたい一心で計画性無視で8割以上を消費してしまった。


 ピンチは相変わらず続き、とうとう姫香の分身も敵の攻勢に消え去る破目に。姫香はその時点で、既に左腕の感覚は無くなって武器を片手で操って延命に必死な有り様だ。

 その時、ツグミが急に遠吠えを始めて周囲の敵の気を惹く仕草。既に顔面蒼白な姫香は、ツグミが自身にタゲを取って主人をかばっていると思ってしまったのだが。

 何と大通路から、それに呼応する王者の遠吠えが。


「えっ、何っ……ひょっとして、護人さんとレイジー!?」


 姫香の呟きと同時に、視界の端を盛大な火炎のブレスが通り過ぎて行く。それから、ボスだと思われていたレイスの断末魔が割とハッキリと聞こえて来た。

 その後は殲滅せんめつ戦と言った感じで、護人が自分の名前を呼ぶ声に安堵した姫香は泣き出しそうに。思わず昔の癖で、叔父さんと返事した声はかすかに幼児化してたかも。


 護人とレイジーと、それからムームーちゃんによる死霊軍の討伐は、それでも5分以上掛かってしまった。その間ツグミは、最後の力を振り絞って主を危険から遠ざけてくれた。

 護人とレイジーが2人の元に辿り着いた時には、周囲の掃討は全て完了していた。思わず護人に抱きついた姫香は、子供のように泣きじゃくり始める始末。

 それをあやしながら治療を始める護人は、すっかり保護者の表情。





 その後、救出部隊が護人と姫香の元に辿り着いたのは30分ほど経ってから。姫香の左腕の大怪我もポーションで治療されており、本人もすっかり落ち着きを取り戻していた。

 そして家族同士でお互いの無事を確認して、しばらくはてんやわんやの状況に。山の上のお隣さんチームは、それを優しい目で眺めながら敢えて何も言葉を発さず。


 現在は9階層らしく、A級ダンジョンをモロに体感した面々は揃って憔悴した目付きだ。こんな場所を、ソロで探索なんてすべきじゃ無いよねとの末妹の呟きに。

 全くだニャとのザジの返事は、このお転婆めとのたしなめの音色が多分に含まれている気が。ペット達も、全員の無事を確認しながらテンションは高い模様。

 ただし、コロ助辺りは後で母親に叱られる覚悟を決めていたり。


 その後は、巻貝の通信機で地上に控えるチームに皆の無事を知らせたり。このダンジョンをどうやって出るかを、大人連中で話し合ったり。

 それを含めて、この一連の事件はゆっくりと収束に向かって行ってる感じ。闇企業も『哭翼』と言う手足をがれ、恐らくはこれ以上のちょっかい掛けは出来ない筈だ。





 ――そんな感じで、激動の“魔獄ダンジョン”は終わりを迎えたのだった。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る