第685話 『哭翼』の強者が牙を剥いて来る件



 あっと思った時は、既に転移トラップは発動していた。姫香はあらがう術もなく、とにかく周囲の情報把握に務めようと必死に頭を働かせる。

 そして懐に入って来た存在に、これはツグミだとすぐさま理解した。相棒はこんな時には、物凄く頼りになるのは何度も体験して理解済み。


 それにしても、転移トラップが宝箱に仕掛けられたていたとは恐れ入った。それを前もって解けなかったツグミは、さぞかし悔しい思いをしているだろう。

 もっともアレは、魔法の仕掛けっぽかったので回避はかなり難しかった気がする。魔法の発動は、起こってみないと何が発動するか分からないのだ。


 などと考えていたら、転移は呆気無く終わって姫香は恐らく別のフロアへ。それを確認しようと、必死に目をしばたかせるが視力が戻るにはもう少し掛かりそう。

 ただしツグミは違ったようで、割と近くで敵が倒される気配が1つ。位置からして、何か近くを飛んでいたようだ……さすがツグミと、褒めようと姫香が前の方に手を伸ばすと。

 ツグミらしきモフモフが、手の中に飛び込んで来る気配が。


「ごめん、ありがとうね、ツグミっ。視力が戻るまで、もう少し守って頂戴」


 ツグミが手の甲をペロッと舐めて、それから離れて行くのが気配で伝わって来た。視界に頼らず気配を探るも、ツグミ以外に家族は近くにいないようだ。

 これは本格的に不味い事態だが、慌てるのはもっと不味い。ようやく元に戻って来た視界に安堵しながら、姫香はこの後の行動を脳内で必死に組み立てる。


 ところが、隣のツグミは完全に戦闘態勢で、姫香はそれどころではない状況だと一瞬で理解した。彼女の相棒は、数増しにと闇の銀狼を召喚して、この小部屋の唯一の出入り口を鋭い目で睨み据えていたのだ。

 それにしても、久し振りに見る銀狼の毛皮をまとった闇の召喚獣は頼り甲斐はありそう。母親のレイジーを真似ての作戦なのだろうが、こういう所も本当に器用。


 その銀狼の大きさは、丁度巨大化したコロ助位だろうか。頼り甲斐もそのくらいあれば良いのだが、それは相手次第。そしてツグミが警戒していた連中は、何のひねりも無く入り口に姿を見せてくれた。

 そいつを見た途端、姫香の表情が皮肉染みた笑みの形に。こんな引きは嬉しくないが、相手がたった3名だと言うのはラッキーではある。

 最悪を言えば、『哭翼』チーム総動員もあり得たのだから。


「あらっ、お迎えがたった3名とは寂しい限りじゃない? 仲間はもっといる筈じゃないのかな、例えばあの獅子顔のリーダーとか。

 ひょっとして、別の場所にいて連絡つかないとか?」

「心配せずとも、客人は一緒のダンジョン内にいるさ……しかし、一緒に飛ばされたインプが混乱の魔法を掛けて、後の捕獲は楽だって筋書きだったんだが。

 さすがA級ランクだな、簡単には捕まってくれないとは」

「おいっ、ペラペラと内情を喋るんじゃねえっ……動画で観たろう、この娘はバリバリ前衛で暴れられると厄介だ。

 客人に始末して貰って、犬っコロだけはさっさと捕獲するぞ」


 あの後ろのデカい銀犬はどうすんだと、仲間内であざけり合いが始まる中。その召喚された闇狼が、軽口を叩き合う『哭翼』の探索者へと襲い掛かる。

 姫香はと言えば、例のカラスの仮面の副官と睨み合い。確か“闇羽根”のネジェルだったか、異世界から来た傭兵団の腕っ利きの二刀使いである。


 軽口を叩き合っていた部下の悪漢たちも、風の刃を飛ばして咄嗟に応戦して来た。その立ち振る舞いは、連中も決して雑魚ではない様子。武器も装備も上等な品で、これはツグミでも苦労しそう。

 本人もそう思ったのか、いきなり『毒蕾』を敵集団に飛ばしてのっけから全開である。姫香とカラス仮面の副将も、それを合図に斬り合いを始める。


 激しい刃の遣り取りは、あっという間に十合を超えて更に熾烈になって行く。敵の二刀流は、以前も思ったが変幻自在でかなりのレベルに達している。

 姫香も全てさばく事は出来ず、両腕に浅くない傷を幾つも負ってしまっていた。どうやら相手の腕から狙うのが、“闇羽根”のネジェルの戦闘スタイルらしい。


 相棒のツグミは慌てつつも、敵の兵士を倒し切るまでに至らず。『土蜘蛛』の連打も2人して避けながら、向こうも魔法スキルの応酬で周囲は酷い有り様である。

 召喚した闇の銀狼は、とっくにバラバラにされており向こうの実力も分かる。自分達の敷地内ダンジョンで鍛えた精鋭部隊と言う噂だったが、トップチームはさすがの強さみたい。


 それでも、闇を操るツグミは徐々に2人の術者相手に優勢になって行く。最初の『毒蕾』が効き始めたのか、それともMPが枯渇し始めたのか。

 日々鍛錬を欠かさないと言う点では、ハスキー軍団だって一緒である。そのストイックさは、A級ランクだからねなどの一言では語れない。

 その意地を込めた一撃が、敵の戦闘員にようやくヒットする。


 それは、敵の放った風の刃をツグミの闇でコーティングした、言ってみれば反射系の魔法だった。まさか自らの魔法が返されるとは思ってなかった風の術者は、ガードも間に合わず真っ二つに。

 それに驚いた片割れも、大きな隙を作ってしまって最終的にはそれが致命傷に。すぐさま同じ命運を辿って、これで残る敵勢はカラスの仮面の男のみに。


 ただし、その腕前だがやはり姫香よりも数段上だったようである。致命傷までは行かないが、姫香の左腕は二刀に斬り刻まれて既に使い物にならなくなってしまっていた。

 危うく『天使の執行杖』を取り落としそうになった姫香は、他人事のようにポーションで治るかなぁと脳内思考。ただまぁ、紗良姉に会えればバッチリ元通りにして貰える筈。


 気力は全く衰えない相手に、敵の副将は感心した様子。同時に部下の2人が倒されたのに気付いただろうに、さして慌てた素振りも無い。

 それでも、フリーになったツグミには一瞥いちべつでの牽制は忘れない。


「……まだ若いのに大した腕前だな、殺してしまうのが勿体無いよ。抵抗せずにお前のペットと捕獲される道を選ぶなら、命だけは助けてやるが?

 まだ若いのに、四肢を失って絶命するのは嫌だろう?」

「ツグミがフリーになっちゃったから、焦ってそんな言葉を言って来た訳? ここから盛り返して、倒されるのはアンタでしょ……ほら、ようやく《剣姫召喚》が発動したよ。

 ツグミっ、例の作戦で行くわよっ!」


 それがハッタリだと分かっているツグミは、血塗れの主人を確認して割と必死。とにかく格上の相手の気を惹いて、何とか相手に致命傷を与える隙を作り出さないと。

 もしくは治療の時間が欲しいけど、さすがにそれは許して貰えそうにない。とにかく最短で敵をほふって、それからゆっくり治療をするのが現実的だろう。


 そんな訳で、ツグミは残りのMPを注ぎ込んでの《闇操》スキルのフル活用。闇の銀狼は倒されてしまったけど、闇の残滓はそこかしこに漂っていて活用に不便はない。

 最初にツグミが作ったのは、そんな残滓をかき集めての主人の分身体だった。それを確認した姫香は、視線のフェイク込みでカラスの仮面の男へと斬り掛かる。


 いや、それより早くツグミの《闇操》スキルに二刀使いは確かに反応した。同時に姫香のお得意の、《舞姫》からの《剣姫召喚》が発動する。

 最初に闇のデコイに釣られたカラスの仮面の男だが、しっかりと2人のその後の斬撃にも反応したのはさすがだった。見事に飛び上がって、2人の姫香の薙ぎ払いを避けたまでは良かったけれど。


 まさかその後、ツグミが足元に《闇操》スキルで落とし穴を作っていたなどとは思わなかった様子。ツグミが人間をめる常套手段が、見事ここでも成功してくれた。

 得意の敏捷性を封じられた相手に、姫香の容赦のない追撃が。次なる前後からの斬撃は、さすがの“闇羽根”のネジェルでも防げなかった模様だ。


 姫香の攻撃で動かなくなった敵の副将の顔から、カラスの仮面がポロッと落ちて行く。その表情はどこか無念そう、こんな異界の地で果てたのだから当然だろうが。

 ただそれも、時間と共にダンジョンに吸収されて消えて行くのだ。姫香はさほど感慨も持たず、部屋の隅にしゃがみ込んで自分の治療を始める。

 そんな主の隣に、そっと寄り添い勇気付けるツグミであった。





 その頃、大慌ての異世界&星羅チームは、1層を入り口へと引き返していた。この巨大空洞は、奥のエリアでは空からワイバーンが襲い掛かって来る難易度で。

 さすがにハード過ぎないかなと、土屋や柊木は少々心配顔に。それでも空洞の最奥で、2層へのゲートは発見出来たのだったけれど。


 そこにやって来た、来栖家チームの紗良からのSOS通信である。それを受けて、一行は慌てて来た道を引き返す破目に。その内容は、チームで転移トラップに引っ掛かったそうで、しかも全員がバラバラに飛ばされた可能性が。

 紗良がいるのは遺跡エリアだそうなので、そちらの攻略が急務となってしまった。そして警戒していた『哭翼』チームだが、どうやらダンジョン内で待ち伏せしていたとの事。


 敵はどうも、インプを飼い慣らして自在に操る術を得ているそうな。そちらも気を付けてと言われたが、一番心配なのはバラバラに飛ばされた来栖家チームに他ならない。

 もっと言えば、たった1人でいる可能性の香多奈が超心配。


 そんな訳で、ザジが自分の巻貝の通信機で話し掛けてみた結果。少女は推測するに、5層から10層の間の遺跡エリアにいるっぽい事が判明した。

 さすがの連合チームでも、割と大きなエリアの攻略にはそれなりの時間が必要である。5層まで降りて行くとしても、最低でも1時間以上は確実に掛かりそう。


 だと言うのに、肝心の少女は通信料が勿体無いからと会話を切る始末。向こうは妖精ちゃんとペアを組んで、付近を探索して回る気満々らしい。

 その所業に、ザジは地団駄を踏んで怒髪天をく怒りよう。生きて会ったらお尻ぺんぺんニャと、虚空に向かってたけっている。


 そんな連合チームだが、火力だけは一級品で進行スピードも並ではない。ムッターシャとズブガジの2トップは、巨大な敵が出て来ても足止めにすらならない始末。

 難点を言えば、ズブガジは遺跡エリアなど小回りの利かない場所では火力が充分に発揮出来ない所だろうか。だから敢えて巨大空洞エリアを進んでいたのに、この不意の呼び出しである。


「とは言え、来栖家チームのみんなが何層に飛ばされたか、完全に把握出来ないし困ったよね。護人リーダーと姫ちゃんには、まだ通信が繋がらないし。

 無事なのは疑ってないけど、向こうには強い傭兵も混じってるんだよね?」

「そうだな、モリトやヒメカじゃ1対1じゃちょっと無理だな。ハスキー達ペットがサポートして、ようやく何とか勝機が掴めるかなって感じだろう。

 それだって、精々が3割くらいかもな」

「あなたは自分の弟子を過小評価する癖があるわね、ムッターシャ。私はもう少し勝率は高いと思うけど、彼らのペット達との絆は想像以上ですもの。

 とにかく、私達は一刻も早く救助に向かいましょう」


 そうするニャとたけるザジの号令で、混成チームは急ぎ足で敵を討伐し終えた1層を逆戻り。それから事件のあった遺跡エリアへと辿り着き、ここからは慎重にと探索モードへとシフトする。

 ザジの見立てでは、この発光する石造りの遺跡エリアもそれなりに広そうだ。次の層へのゲート位置を確定するまで、少なくとも30分程度は掛かりそう。

 先頭のムッターシャは、敵の殲滅は素早くするぞと相棒ズブガジと話し合っている。





 ――かくして、来栖家チーム救出緊急ミッションはスタートの運びに。







―――――― ―――――― ―――――― ――――――


 明けましておめでとうございます。今年も更新頑張って行きますので、応援の程宜しくお願いします!!


 

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