第684話 家族チームがバラバラに飛ばされてしまった件



 コロ助たちと同じく、単独で飛ばされたルルンバちゃんはひたすら混乱していた。まさかダンジョン内で、たった1人になるなんて全くの想像の範疇はんちゅう外である。

 ただし、それをやった犯人はただちに感知出来て対処は既に終わっていた。黒っぽい翼を有する悪魔っぽいフォルムの虫が、彼と一緒に空間移動して来たのだ。


 コイツめと、魔法の銃で撃ち殺した時にはルルンバちゃんの視力は既に元通りになっていた。そして完璧に1人になっているのを確認して、今は愕然としている所。

 来栖邸では家族の出掛けている間、お留守番をした事は何度もあるとは言え。大抵はミケがいてくれて、何時に戻るからねとの家族の伝言もあったのだ。


 それが無い今、さてどうすれば良いか分からない彼は混乱中。場所は相変わらず、発光する石造りの遺跡の室内らしいけど、人や魔物の気配は皆無である。

 いや、こちらの転送を知って何かが動き出す気配が隣の部屋から。


「おっ、ようやく掛かったか……全く、待ち伏せなんて効率の悪いこった。そもそも、戦力を各層に分断するなんて馬鹿のする事じゃないのかよ?」

「おいっ、そんな言葉がマスターの耳に届いたら、真っ先にお前の首が飛ぶぜ? 俺たちはワープ魔方陣で移動が可能なんだ、いざとなれば増援も撤退も……。

 おうっ、コイツは撤退案件だな……最悪の殺戮さつりく機を引いちまった」


 失敬なと内心で憤慨するルルンバちゃんだが、強いモノ認定には喜んでいたり。何となく気配を察知して、レーザー砲パーツを装着した甲斐もあったと言うモノだ。

 心優しいルルンバちゃんは、それを人間相手に使うなど間違ってもしないのだが。それを知らない推定『哭翼』の待ち伏せメンバー達は、入り口で回れ右して撤退の素振り。


 それを慌てて追うAIロボ、何しろこんな場所に1人きりなんて寂し過ぎるので。相手は殺戮さつりく兵器が追いかけて来ると、大慌てで通路の隅の魔方陣を起動する。

 ところが、追って来たルルンバちゃんも偶然にその魔法の起動を確認。アレで元の場所に帰れるんだと、何も考えずにその場へと突っ込んで行ってしまった。


 結果、ワープ装置が起動する前に最悪の悲劇が起きる破目に。運の悪い事に、そのワープ魔方陣は通路の突き当りの壁際に存在しており。

 急いで突っ込んで来たルルンバちゃんの重量で、哀れな悪漢連中はぺしゃんこに。


 あっと思った時には、時既に遅しで『哭翼』チームの2名の探索者は壁との衝突ダメージで息絶えていた。愕然がくぜんとするルルンバちゃんだが、元はと言えばコイツ等は悪モノなのだと思い返し。

 恐らく、チームを分散させたのもコイツ等の仕業だったのだろう。自分はともかく、他のメンバーもひょっとしたら怖い思いをしているかも知れない。


 それを思うと、再び憤慨ふんがいしてしまう心優しいAIロボなのであった。ただし、術者が死んでしまったために、ワープ装置はウンともスンとも言わなくなっている。

 これはもう、ワープ装置で戻る事はキッパリと諦めた方が良いのかも。それとも、ここで待っていれば家族の誰かが迎えに来てくれるかも知れない。

 様々な考えが、孤独なルルンバちゃんの脳内に去来するのだった。




 周囲で何かが戦っているのは気配で感じられ、紗良は現在身を低くしてどうするべきか考えていた。視界はまだチカチカしており、身を護るすべは何も無し。

 いや、彼女の肩の上には最強の護衛がいるのでそれ程には心配していないけど。ただし、さっきの酩酊めいてい感覚が、ワープ移動の後遺症ではとの推測が当たっていた場合。


 かなり厄介な状況なのではと、紗良は怖くなって必死に視界の確保に尽力している所。そして、自身に『回復』を掛ければ良いとひらめいて、慌てていた自分をひたすら恥じてみたり。

 そうしてようやく中腰になって、周囲を確認する事が出来た。さっきの戦闘騒ぎは既に終わっており、発光する石造りの小部屋には魔石(微小)が1個転がっているのみ。


 恐らくは、ミケが倒してくれたのだろう……肩の上の小さな用心棒は、今は興奮して理不尽な扱いに毛が逆立っている。それはそうだ、あんな凶悪なトラップは本当に久し振り。

 “弥栄やさかダムダンジョン”でも転移トラップに引っ掛かったけど、今回も階層を飛ばされた可能性がある。しかも下手したら、チーム全員が別々の場所って事も。


 紗良は頭を振って、そんな最悪の可能性を振り払った。そのせいで、ミケの気がこちらに向いて、幾分か怒りが和らいだのが伝わって来る。

 何だかんだで、ミケは家族にはとっても優しいのだ。


「ミケちゃん、ここってどの層だろう……歩き回っても大丈夫かな、それとも大人しく救助を待っているべき? みんなが心配だね、護人さんや姫香ちゃん辺りは平気だと思うけど。

 香多奈ちゃんとか、怖くて泣いてないと良いけど」


 紗良の心配そうな言葉に、ミケはニャ~と応えて心配するなと顔を寄せて来てくれた。それだけで、幾分か紗良の心が落ち着いてくれる不思議。

 それから不意に、持ち物チェックを思い付くのは管理が彼女の仕事の1つだからだろう。こんな時は、普段やってる仕事をこなして落ち着きを取り戻すのは理に適ってもいる。


 そんな訳で、落ちていた魔石を拾って魔法の鞄の整理など。その拍子に、荷物の中に巻貝の通信機が2個入っているのに気付く紗良であった。

 それを見て希望を取り戻すも、生憎とこの通信手段も万能と言う訳ではない。この魔法アイテムは、対となっているペア同士でしか話す事は出来ないのだ。


 しかも、呼び出し音など洒落たモノなど無いので、相手が忙しい時など高確率でスルーされる事も。一応、貝の尖った部分を押せば光でも通信の有無を報せてくれて、利便性はその位かも。

 ただし、携帯電話の使えないダンジョン内でもコイツは通信は可能である。通信の有効範囲にしても、恐らく制限はない気もするし。

 そして、紗良の持つ2つはリリアラと舞戻まいもどがペアを持っていた。


「やった、ミケちゃんっ……これさえあれば、外部と連絡が取れるよっ! 家族とは無理だけど、伝言くらいなら届けて貰えるかもっ!?

 えっと、まずはリリアラさんと通信してみるねっ?」


 ミケの返事は、相変わらずニャ~との素っ気ないモノだったけど。幸いにも、通信は一発で繋がってホッと安堵の吐息を漏らす紗良である。

 要領を得ない問答なのは、紗良が自分の居場所をハッキリと答えられないから。それでも、恐らく家族全員が転移トラップに掛かった事を伝えられた。


 後は救出を待てば良いのだが、自分がどこにいるかがやっぱり分からない紗良である。それじゃ迎えに行けないでしょと、のんびり口調のリリアラに諭されるも。

 遺跡内なのは分かるけど、やっぱり階層までは分からない。歩き回って隣の部屋を窺うと、何故か仮面をかぶった探索者風の人間が3人ほど倒れていた。


 どうやら、ミケが壁越しに悪漢が控えているのを察知して退治してしまっていたよう。それをリリアラに告げると、隣にいたらしいザジが死体を検分しろと割り込んで来た。

 どうやら、ダンジョンに放置したら根こそぎ持って行かれるので、証拠となる品は確保しろとの事らしい。それは無理ですと、怖くて死体を触れない紗良は早くもギブアップ宣言。

 ミケによって安全は確保出来たけど、救出作業はまだ先になりそう。




 香多奈も当然、この酩酊する感覚は転移の副産物だと早々に気付いていた。そして素早く、誰かの側にいなきゃとの危機回避のための思考を巡らせる。

 巡らせはするのだが、身体がその通りに動くかは全く別の話である。宝箱の一番近くで眩い閃光を浴びた少女は、やっぱり一番盲目の時間も長かった。


 そして転移が終わって、別の床の感触を感じた瞬間に。香多奈は目の前と言うか、中まで入り込んだ光のイメージを寄り集めて、咄嗟に《精霊召喚》スキルを発動させる事に成功した。

 その一連の作業は、こんなに上手く行った事が無い程に成功したっぽい。呼び出された光の精霊は、末妹からゴッソリとMPを吸い取って召喚に応じてくれた。

 そして素早く、近くにいた敵を光で焼き殺してくれた模様。


「あれっ、私の召喚は上手く行ったんだよね? それより、誰か近くにいるのかな……コロ助か萌っ、いないのっ、叔父さんかお姉ちゃんはいるのっ?」

「残念ながラ誰もいないナ、光の精霊なラ大威張りで宙に浮いてるガ」


 答えてくれたのは妖精ちゃんで、彼女はいつも通りに上着のボッケに潜んでいた。いや、たまに肩に乗ったり頭の上に腰掛けたりと、気分によって位置を変える事もあるけど。

 転移トラップに引っ掛かった時には、確かにボッケの中でその点は良かったと言うべきか。とにかく1人でない事に安堵しながら、他に誰もいない事実に軽いパニックに。


 どうやら、ダンジョンだか敵のトラップはかなり凶悪らしい。少しずつ戻って来た視界の中では、妖精ちゃんもしっかりと戦闘準備を進めてくれている模様。

 それに関しては、頼りにして良いモノか……小さな淑女は、例の兎の縫いぐるみを魔法の鞄から取り出した所。それはスクッと自立して、軽くシャドーボクシングの素振り。


 そして光の精霊からは、近くにインプがいたからブッ殺しておいたぞと物騒な台詞を頂いた。どうやら褒めて貰いたいらしく、胸を反らして偉そうな態度である。

 ありがとうと礼を言いつつ、香多奈はMP回復ポーションで一息つく。


「それにしても、ここはどこだろうね? みんなとはぐれちゃったよ、早く合流しないと」

「ははっ、ここがどこか知りたいのかい……まぁ、言ってみりゃ地獄の1丁目って所かな? どうだい、この言い回しは?」

「全然洒落しゃれてないけど、取り敢えず仕事は早く終わりそうだな。インプが仕事をせず、倒されたのは計算外だったが。まぁこっちは3人だし、お前らはあの精霊と子供を取り押さえてくれ。

 俺はこの網で、あの小っちゃい妖精を捕獲する」


 突然に妖精ちゃんとの会話に割り込まれ、ビックリした少女の前には仮面を被った男達が3名ほど。各々が網や武器を手にしており、ここに獲物が来るのを待ち構えていたっぽい。

 なるほど、この遺跡の特性を理解して、前もって待ち構えていたやからがいたらしい。今回の探索目的の悪い探索チームの連中だと、香多奈は見当をつけるけど。


 まさか、妖精ちゃんと2人で相手をするとは思っていなかった少女である。そんな向こう連中はこちらを完全にあなどって、無警戒に距離を詰めて来てくれている。

 一応は光の精霊に対しては、視線を外していない3名の悪漢たちだったのだが。まさかそれがあだになって、足元の兎の縫いぐるみに奇襲されるとは思ってもいなかっただろう。


 その点、白兎の戦闘ドールの動きは流麗で圧倒的だった。手の平から飛び出した鋭い刃で、あっという間に近付いた連中の足元を斬り刻んで行く。

 悲鳴をあげる連中を見て、光の精霊はやや呆れた表情。そして弱った網持ち探索者を、まずは光の魔法で焼き殺す。その間にも、ノッてる戦闘ドールは残り2名を華麗に始末して行った。


 言葉もない香多奈だが、取り敢えず得意満面の光の精霊は褒めてあげる事に。精霊全般そうなのだが、扱いが難しいのは承知している少女である。

 妖精ちゃんも危機は去ったと、満足そうに光の精霊とハイタッチ。どうやらこの両者、呼び出す回数が多かったので自然と仲良くなったらしい。


 それから移動するぞと、イニシアチブを取る妖精ちゃん。さすがに小学生に、人の死体をまじまじと見せるのは体裁が悪いと思ったのだろう。

 そして兎の戦闘ドールを先行させて、隣の部屋を偵察しつつ。やや放心している少女を急かして、遺跡エリアからの脱出をエスコート。

 まぁ、それが上手く行くとも限らないのは妖精ちゃんクオリティ。





 ――少女と妖精の逃亡劇は、果たして上手く行くのやら?






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 年末の更新ですが、3日くらいまでお休みさせて頂く予定です。今年も色々とありましたが、それはともかく皆さま良いお年を^^

 2024年も『ダンジョン民宿』をよろしくお願いします♪

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