第683話 いよいよ“魔獄ダンジョン”に踏み入る件



 改めてこの“魔獄まごくダンジョン”の第一印象だが、かなり広い奥行きの巨大空洞って感じだろうか。高低差も存在していて、どちらに進めば良いか迷う程。

 下方には廃墟と化した遺跡群も広がっており、そちらにも道は続いているみたいだ。道と言っても整備などはされておらず、何となくのルートだけど。


 つまりは、人の行き来は間違っても無さそうで近寄るのも躊躇ためらわれる。どこかの企業が研究に訪れていたとの話だが、ダンジョンはそこまで親切ではない筈。

 探索ルート程度は設定してくれても、それ以上の他意は無さそう。妖精ちゃんは人工的な臭いがすると言ってたけど、そこまでは分からないその他の面々である。


 そんな“魔獄まごくダンジョン”の第1層だけど、楕円形の空洞で上を見れば一応は空が窺えた。そこまでの距離は2百メートル程度だろうか、結構な高さはある。

 それから下を覗くと、割と大きな地下湖畔が拡がっていた。そしてさっきも言った遺跡エリア、妖精ちゃんによるとコイツは後から派生した部分らしい。

 つまりはここは、複合ダンジョンなのは間違いないとの事。


「しかし参ったな、いきなり敵の待ち伏せが無かったのは良かったけど……割と広い上に複合ダンジョンって事は、探索範囲はかなり広くなりそうだ。

 敵チームは、既に待ち伏せているのか今から入って来るのか、どっちだろう?」

「難しいね、しばらくここで待ってみる、護人さん? このダンジョンを間引きする義理は無いんだし、そう言う手も一応はあるよね」

「え~っ、でも見た事のないダンジョンがあれば、潜ってみたくなるのが探索者なんじゃない、姫香お姉ちゃんっ」


 護人の言葉に、相変わらず騒がしい子供達の意見は半々みたい。つまりは、ここで敵を待ち伏せするのが一番手っ取り早いとの意見の姫香に。

 それに対して、香多奈はお宝探しに行こうよとの提案みたい。異世界チームと星羅チームも、少しウォーミングアップはしたいかなと探索の方に傾いてる模様。


 どのみち、ゲート前に誰かが来れば外に控えている味方から連絡が入る筈である。背後からの奇襲を考慮しなくて良いのなら、試しに少し進もうかと意見は一致した。

 姫香もどちらかと言えば、暴れたい娘なのでその決定に否は無い。それでも広いダンジョン内に、どこから探索しようかとエリア内を見回す面々。


 一応は、次の層への階段かゲートを確定しておきたいなとの、ムッターシャの言葉は確かにその通りだ。そんな訳で、来栖家チームと異世界&星羅チームの2チームで1層のチェックを行う流れに。

 そして鉢合わせするモンスター達は、インプやストーンゴーレムや大トカゲがメインのよう。インプは魔法が厄介だし、ストーンゴーレムはいきなりデカくて硬い。

 大トカゲも同じく、3メートルサイズでハスキー達なら丸呑み出来そう。1層から割と強敵揃いで、間違っても最初に言い渡されたC級ランクでは無さそうだ。


 とは言え、A級認定された両チームにとっては、後れを取る相手ではないのも確か。いつしか警戒心も薄れて、チーム別々で次の層へのルートを捜し始める始末。

 この層には、警戒していた『哭翼』チームの待ち伏せも無さそうだと分かったのも大きい。探知能力持ちが、総じてそうお墨付きを下したので間違いはない筈。


 そんな訳で、異世界&星羅チームの面々は巨大空洞の奥へと探索の足を伸ばす流れに。来栖家チームはアレが気になるとの子供達の意見によって、下方の遺跡エリアを探索に向かう。

 そこまでのルートの選定は、ハスキー達が担ってくれて安全な道の確保はバッチリ。直線距離にして、約50メートルの段差の移動はなかなか大変だったけど。

 何とか無事に、地下湖畔までは辿り着く事が出来た。


「ふうっ、ここって移動するのも一苦労だよ……あっちのチームとも随分離れちゃったね、最初の計画とも違って来てない、護人さん?

 下手に入り口から距離取ると、危なくないかな?」

「そうだな、一応は連絡要員がいるって言っても、慌てちゃうと良い事無さそうだしな。それでも1層の間引きは大事だし、ゲートの場所の特定もしておきたいしな」

「そうですね……まぁ、いざと言う時はまたワープ装置を使えば、入り口まで瞬時に移動は出来る筈ですし。

 向こうのチームと離れるのは心配だけど、襲撃の心配は少ないかも?」


 紗良のそんな追随に、姫香もなるほどと納得した表情に。何より遺跡エリアはすぐ目の前で、意外としっかりした造りなのが外から見て分かる感じ。

 これは中身も期待出来るかもと、末妹の香多奈も探索し甲斐があるとのコメントを発している。ところが、その周辺にはモンスターの影は見当たらないと言う。


 一体どういう理屈なのか、整然とした遺跡の通路は明るく発光して一行を歓迎しているかのよう。それが怪しいのは重々承知だが、ハスキー達は気にしていない様子。

 何より、戦闘が少ないのが彼女達には気に入らないみたい。ここまで足を止めて戦ったのが、まだ合計で4回程度しかないのだ。


 暴れ足りないハスキー軍団は、護人の作戦に構わずズンズン先に進んで行く。仕方ないなと、姫香もそれに続いて後衛陣も結果的に付き従う事に。

 そうしてやけに静かな遺跡エリアへと入り込んだ一行は、整然としたそのエリアにまずは感心する。崩れかけていたのは入り口だけで、中はまるで現代建物のように綺麗である。


 うっすらと発光している壁や床は、現代と言うより未来的かも。そしていきなりの分岐と、何かに反応するハスキー達&茶々萌コンビ。

 どうやらようやく敵と遭遇したようで、通路の先の小部屋にはスケルトンの群れだった。皆が立派な装備を着込んで、手に持つ武器もそれなりに良品だ。


 ようやく巡り合えた敵の群れに、ハスキー達前衛陣は大張り切りで戦いに突入する。特にコロ助は、ハンマーを振り回して獅子奮迅の活躍振り。

 茶々丸の『突進』も冴えを見せ、萌との連携も随分と研ぎ澄まされてきた感が。そうして数分後には、スケルトンの群れは魔石へと変わって行った。

 それを満足そうに眺める、先行したハスキー軍団だったり。


「あらら、やっと敵の群れを見付けたと思ったら、手を出すまでもなくハスキー達がやっつけちゃったよ。それにしても綺麗な遺跡だよね、護人さん。

 スケルトンが出て来るの、ちょっと違和感あるよね」

「確かにそうだねぇ……もっとパペットとか魔導ゴーレムとか、未来的な奴が出て来そうな感じなのにね。

 でも、複合ダンジョンって話だし、仕方が無いのかな?」

「どうだろうね、取り敢えず《心眼》で確認したけど、人間のチームが待ち伏せてる気配は今の所はないかな。

 とは言え遺跡エリアなんだから、罠には気を付けて行こうか」


 護人の言葉に、は~いと元気過ぎる子供達の返事が。それをどれだけ信じて良いかは分からないけど、探索途中で変な事をしでかす者もいないだろう。

 ハスキー達もしっかり周囲の確認をしてくれるし、後は別行動中のチームと情報を擦り合わすだけ。そうすれば、この1層エリアは安全だと判断出来る訳だ。


 その後をどうするかは、また2チームで揃った時に決めれば良い話。それから外を見張っている『シャドウ』チーム達が、異変を知らせてくれるかも知れないし。

 作戦とも言えないアバウトな行動指針で、この“魔獄ダンジョン”に入ったツケなのだろう。ここの特性や内部情報も分からなかったので、このあたふた感は当然とも。


 それよりもハスキー達は、既に隣の部屋で何か発見した模様だ。確認に向かった姫香が、大きな宝箱が置いてあるよと家族に報告してくれた。

 いきなり1層に宝箱とは、随分と気前が良いねと興奮模様の末妹の言葉に。確かに罠臭いなと、護人も気を付けるようにチームに注意喚起を飛ばす。


 肝心のツグミだが、どうやら大きな宝箱を前にかなり戸惑っている様子。普段なら一瞬で影を捜査して開け放つか、安全かどうかを知らせてくれると言うのに。

 やっぱり怪しいなと思った時には、既にチーム全員が宝箱のいる部屋に集合していた。そして突然、宝箱の蓋が開いてトラップが発動。

 箱から出て来たのは、煌々こうこうと光る眩しい球体だった。


「うわっ、眩しいっ……みんな、どこっ!?」

「不味い、みんな目を護って姿勢を低くしろっ! 香多奈、どこだっ!?」


 護人が一番弱い末妹を護ろうとしたのは、ある意味当然の選択とも。ところが香多奈は、一番先頭でまばゆい光を浴びてしまって、皆の位置の把握どころではない状況。

 それは家族みんな一緒で、ルルンバちゃんでさえ視界を奪われると言う最悪の状況に陥ってしまった。そして各々から伸びた影が、光源と一緒に出現した魔物たちによって、知らぬ間に魔方陣に書き換えられて行く。


 来栖家にとって幸いだったのは、このカオスインプと言う魔物は戦闘能力はほぼ皆無だったと言う点だった。お陰で、視界を奪われた隙を突いて攻撃を受ける事態には至らず。

 ただし、コイツ等のいやらしい点は、影を使った悪戯に尽きた。今も各々の伸びた影を使って、ワープ魔方陣をせっせと作成して魔力を流し込んでいる。


 流す魔力も個体によって様々で、つまりはそれぞれの行き先は違って来ると言う事。この事実は、来栖家にとっては最悪の事態へと繋がった。

 インプによって描かれた魔方陣だが、大抵が1人前の重さを転送する威力しか無かった。ところが優秀なレイジーとツグミは、それぞれの主の居場所を瞬時に探り当てて合流する事に成功。


 その流れに乗り遅れたのは、コロ助ただ1匹……彼の名誉のために言っておくが、コロ助も不味いと思って咄嗟の移動は行ったのだ。

 ただ、そのルートには邪魔者がいて、その努力は叶わず――。




 そして一瞬の暗転、いや眩い光を浴びたせいで視力はまだ戻っていないのかも。そんな考えを巡らす程度には、コロ助は正気を保っていて冷静だった。

 ただし、護衛主である少女の元に辿り着けたかどうかは、かなりあやふやな記憶のまま。何かにぶつかった記憶はあるが、それが仲間の誰かまでは確認が出来なかったのだ。


 自分がヘマをこいたのならば、これほど腹立たしい事は無い。願わくば、ぶつかったのが来栖家の末妹であってくれとのコロ助の願いは虚しくも霧散してしまった。

 臭いで分かる、近くにいるのは茶々丸と萌に違いない。そして他のメンバーは近くにいないのも、同時に臭いで確認出来てしまった。


 ついでに、場所も強引に飛ばされて全く違う所に連れて来られたようだ。視力が戻るより先に、一緒にワープ移動して来たモンスターの存在をコロ助は嗅ぎ取る事が出来た。

 そいつを腹立ち紛れに咬み殺して、何となく溜飲りゅういんを下げるコロ助である。それから次にやる事は、弟分たちの世話をしながらチームに合流を果たす事。


 母ちゃんに叱られるのは、この際甘んじて受け入れる事に……しくじってしまったのは自分なのだ、ただし少女が無事でいるのを祈るのみなのは歯がゆい所。

 鼻先で興奮している茶々丸弟分を小突いてやると、向こうはビクッとしてこちらを確認した模様。萌は既に視界を取り戻しているようで、仲間の不在に心細くクーンと鳴いている。


 泣きたいのはこっちも一緒だけど、兄貴分としてシャキッとしないと。コロ助の視界も段々と元に戻って来て、今いる場所をようやく確認する事が出来た。

 そこは例の遺跡の小部屋らしく、全体が薄く光を放って光源に不便はない。部屋は10畳程度はあるようで、そこそこの広さに出入り口は1つだけ。

 そこから不意に知らぬ人間の声がして、コロ助は思わず身構える。


「おっと、目当ての連中がようやく罠にかかってくれたようだな……やれやれ、ダンジョンに寝泊まり生活もようやく終わりかよ。

 定岡、3匹いるぞ……取り敢えず、全部スキルで眠らせてくれや」

「了解っ、ってかインプは殺されちまったのか。とは言え、抵抗されたら暴れる可能性もあるからな。取り押さえる準備もしといてくれよ、2人とも」

「戦っても負けやしねぇよ、こんな犬っコロ共」





 ――犬っコロとあなどられたコロ助は、不穏な目で出現した敵を睨むのだった。







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