第678話 青空市の会合で9月の県北レイドが決定する件



 元は婦警さんの荒里あらさとは、ある意味窮地に立たされていた。相方から離れた場所で張り込みを行っていたら、護衛対象にモロに見付かってしまったのだ。

 多少は考え事をしていたとは言え、隠密系のスキルを持つ身としては大失態である。とは言え、この何も無いド田舎の地で、身を隠すのも難易度が高いのも本当で。


 しかしこちらを覗き込む子供達の、容赦のない無遠慮な視線と来たら。自分が仮に犯罪者だったら、泣いて逃げ出していたかも知れない。

 もちろんそんな任務の放棄は出来ない荒里は、グッとこらえて言い訳を脳内で慌しく考える。怪しいモノではないのだがと、しかし出たのは何とも歯切れの悪い小さな声。


「私たち、別に何にも聞いてないけど? かえって怪しくないかな、こんな場所にコッソリ隠れてるなんてさ」

「い、いや……私はギルド『日馬割』の、護人リーダーの知り合いで……」

「あっ、親の知り合いだからついておいでって、誘拐犯がよく言う言葉なんだって! 校長先生が、この前の朝礼で言ってたよ、カナちゃんっ!」


 ずざざっと、キヨちゃんの言葉で距離を取る子供たち。誘拐犯認定された荒里は、大慌てながらもナイス教育と見た事も無い校長を内心で褒めてみたり。

 それはともかく、小柄な双子が少女たちの前に出て戦闘準備を始めている。ついでに魔導ゴーレムとドラゴン戦士(小柄)も、子供達を魔の手から守ろうと動き始める素振り。


 ここまでこじれさせるつもりは無かったのだが、荒里の人生って苦難の連続である。ちょっとしたつまずきの先に、割れたガラス瓶が転がってるなんてよくある事だ。

 荒里がそんな悲壮な覚悟を決め込んでいたら、物陰から不意に女性が出現した。それを見て護衛対象の少女が、朱里あかりちゃんと大声を上げた。


 その女性は子供達と知り合いの様で、荒里も名前を知っていた。舞戻まいもどと言う名前だっただろうか、この前顔通しをした『シャドウ』の一員だった筈。

 彼女は荒里の身元を証明してくれて、これで何とか窮地はまぬがれた模様。心底安堵した荒里は、半泣きで舞戻まいもどにありがとうと礼を述べる。


 それを見ていた子供達は、大人を泣かせてしまったと今度はこちらが大慌て。特に双子は、殴り掛かろうとした罪悪感でごめんねと必死に謝り倒している。

 舞戻まいもどは特に慌てた感じでもなく、このお姉ちゃんは元は警官だったんだぞと身元を簡単にバラしていた。普通はこんな個人情報は、極秘の部類に入る筈だが何とも大らかな岩国の密偵部隊の一員である。


 しかしその言葉に、子供達は大いに興味を持って反応してくれた。ウチ(日馬桜町)には警官いないよなと、お転婆リンカが尊敬の眼差しで荒里を見遣っている。

 香多奈も同じく、泥棒もいいけど警官もいいよねと子供特有の価値観を発揮している。確かにルパン3世とか格好良いよねと、太一もその言葉には一部同意している。


 キャッツアイもいいよねと、レオタード姿で盗みに入る自分の勇姿を想像しながらキヨちゃんの言葉に。警察の活躍するアニメって、そう言えば無いよねと香多奈の無慈悲な呟き。

 探偵とかならいっぱいあるけど警官はダサいなと、リンカも同意して荒里は再び泣きそうに。それならドロケン(ドロケイ)で決着をつけようと、良く分からない舞戻まいもどの仕切りに。

 おおっと盛り上がる子供たち、今から何しようと丁度話し合っていたのだ。


「お昼ご飯食べ終わって、小学校の校庭で何かして遊ぼうって話になってたんだけどさ。仕方ないから、姉ちゃんも入れてやるから遊ぼうぜ?

 舞戻まいもどの姉ちゃんも、人数多い方が面白いからな」

「いや、私は任務中……まぁいいか、私の仲間も見張ってるし大丈夫だろう。ドロケイなんて久し振りだな、おっと萌やルルンバちゃんも一緒にやるのか?

 これは楽しみだな、負けていられないぞ」

「そんじゃ、お姉ちゃん達に最初は警察役させてあげるね? 牢屋はどこにしようか、逃げる範囲は学校のフェンスの中だけだからねっ!

 ミケさんは、牢屋の看守をやったらいいよ」


 ミケは興味無さそうに、日影から出たくないと瞳で強く主張している。ルルンバちゃんは、魔導ゴーレムパーツを分離して子供達と遊べるドローン形態へ。

 萌も人型になって、一緒に遊ぶ気満々である。いつもは香多奈の授業中は、コロ助と同じくずっと大人しく待機しているのだ。それを思えば、駆け回れるのはとっても好条件。


 コロ助だけは、さすがに人間の脚力では絶対に追いつけないので、ミケと同じく看守役に決定。かくして、小学校の敷地内で大人の女性VS子供達の熱き戦いが始まるのだった。

 数分後には、子供達の甲高いワーキャーと言う叫び声が。それは全く怖さを伴わない、遊びの興奮によってもたらされた叫び声だから良いのだけれど。


 それを離れた場所で見張っていた宮藤は、相棒のやらかしに頭を抱えていた。素人でもあるまいし、護衛対象に見付かって詰問されるとは。

 しかも、警戒された挙句に半泣き……いや、今は元気に校庭で子供達と一緒に遊び回っているけど。宮藤たちが警戒していたのは、もちろん福山市の闇企業のちょっかい掛けである。


 またどこかのチンピラが雇われて、襲撃なんて事があったら大変なので。岩国の『シャドウ』と相談して、せめて子供の安全だけはと秘密の護衛任務に当たっていたのだが。

 何を思ったか宮藤の相棒は、潜入ミッションへと勝手に切り替える有り様である。いや、それは『シャドウ』の舞戻まいもどの妙ちきりんな助言のせいももあるけど。


 取り敢えずは、今の所は悪漢の気配もないし良しとするべきなのだろうか。釈然としない思いの宮藤だが、子供達が全力ではしゃいでいる姿を見るとどうでも良くなってしまう。

 まぁ、一部成人女性の姿やAIロボも見掛けるけど。


 ――せめて自分だけは、今日を真面目に乗り切ろうと思う宮藤だった。




「いや、本当にいつも食事時に済まないね、護人さん。そんなつもりは無いんだけど、人の往来が落ち着いた時期に訪れると、毎回お昼時なんだ。

 ところで、岩国チームの面々はまだかな?」

「ラインで呼んだから、もうすぐ到着すると思うよ。もっとも『シャドウ』チームは、朝から町の護衛に動いてくれてるって話だけど。

 実はちょっと、福山市の闇企業と揉めてる最中でね」

「あぁ、その辺の事情は協会伝手に聞き及んでますよ。来栖家チームも、この夏の間になかなか大変な目に遭いましたね。

 我々も県北レイドで、山の中に籠りっきりの毎日でしたけど」


 『ヘリオン』の翔馬の言葉には、実感がこもっていてとっても重みがあった。それだけ僻地で苦労したのだろう、ご苦労様と一応はねぎらいの言葉を贈る護人だけど。

 言う程、来栖家も穏やかな日々を送っていた訳ではないと言うこの境遇と来たら。“大変動”以降のこの世界は、平穏な日常を探す方が大変なのかも。


 そんな一行は、冷房の利いたキャンピングカー内で岩国チームが来るまで談笑モード。話題はもっぱら、探索での愚痴やら協会の最近の動向やら。

 ここでも、級上げの形式が変わる話で盛り上がった。ランクアップが複雑になるのは、既にA級に到達した来栖家チームにはあまり関係は無いけれど。


 『日馬割』ギルドの面々には、大いに関係があるので一応情報は仕入れている護人である。聞くところによれば、レベルやスキル数も基準点に入れられ面接も行われるそうな。

 他にも『麒麟』の淳二が、チーム員が増えたみたいだそうだけどと話を振って来て。異界から連れて来たムームーちゃんを見たいそうなので、紹介する事に。


 狭い所が好きなムームーちゃんは、椅子の隙間に入り込んでお昼寝をしていたようだ。護人に呼ばれて隙間から出て来た軟体生物は、知らない人がたくさんいてビックリ。

 それでも護人に抱っこされて紹介されると、ちゃんと念話で挨拶は出来た。偉いねと家長に褒められて、鼻高々なスライムモドキの幼児である。



 そうこうしている内に、歓談しながら全員の食事は終わってしまった。紗良かお茶を皆に淹れに来たついでに、岩国チームも到着したと告げて来て。

 これでようやく難しい話が出来ると、甲斐谷は傍聴阻止装置を作動させる準備。聞かれて困る話ではないけど、チームの行動が筒抜けはやっぱり困るのも確かなのだ。


 チームが力をつけると、反発する力も自然と強まって来るモノ。それを思えば、色々と備えるのは決して大げさではないのも当然ではある。

 紗良に案内されて入って来た岩国チームの面々は、全部で4人いて昼食は既に済ませて来たとの事。詰めて貰った席に座りながら、今日の議題は何かなとせっかちな三笠である。


 それから、ウチのチームと広島の協会スタッフで、町の護衛はバッチリですよと付け加えるのを忘れない。実際は、女性陣が想像の斜め上の行動に出てるなんて、知りようのない三笠なので仕方が無いとも。

 その悪縁は早く切りたいねと、ヘンリーもやや心配そうな表情。自身も子供がいるだけに、弱点を狙って来る闇企業にはかなり立腹している模様。


 それから甲斐谷が議長での、県北レイドの参加依頼の要請が各チームに伝えられた。前もって協会などから伝えられていた護人は、やっぱりねと言う表情。

 “姫巫女”八神の予知では、“比婆山ダンジョン”と“帝釈峡ダンジョン”は確実にレア種が生まれているとの事。この2つがオーバーフローを起こすと、周囲の町は大惨事になってしまうだろう。


 そう言われると、否とは言えない護人である。シルバーウイークの休みで良いそうなので、その点は考慮して貰えて助かった。そして岩国3チームも、同じく同行してくれるとの事。

 先に挙げた2つのダンジョンは、“三段峡ダンジョン”などと同じく相当な広域ダンジョンみたいである。甲斐谷もB級以上が15チームは欲しいとの事で、異世界チームも出来たら連れて来て欲しいと護人に言って来る。


「最近は外活動も、割とこなしてるって噂だしな……あのチームが各方面のレイドに参加してくれたら、こっちとしても大助かりなんだけどな」

「異世界から来た探索者だから、お客様扱いなのは仕方ないですけどねぇ。あれだけ強い戦力を、ずっと放置は確かに勿体無いですよ、護人さん」

「そう言えば、異世界チームと一緒に攻略した“喰らうモノ”ダンジョンはあの後どうなったんです? 上手く活動停止に追い込めたのなら、世界初の偉業って事になりませんか?」


 八神の質問に、封鎖は今の所上手く出来ていそうと護人は返答する。実際には、協会側の調査の結果でしか、詳しい所は知らないのだけれど。

 魔素の流れに関しては、完全に止まったのは本当のようである。さすが鬼のくれたアイテム、効果の程はバッチリだ。異世界チームの面々も、その点は安心しているよう。


 ちなみに、“裏庭ダンジョン”と“駅前ダンジョン”を封鎖してくれた精霊樹も、現在も夏の日差しに負けずに元気に葉を生い茂らせてくれている。協会の調査によると、こちらも魔素の発生は完全に途絶えているそうだ。

 その発表を聞いて、おおっと盛り上がっているベテラン探索者の面々である。まるでこの先の未来に、一筋の明るい光明を見い出したかのような皆の表情。


 或いは本当にそうなのかも知れない、実際に間引きに追い回される毎日にはうんざりしていたのは確かなのだし。ダンジョンを封じる手立てが発見されれば、その労力も今後は減ってくれる筈。

 その兆しを聞けただけで、少しは報われると言うモノ。





 ――探索者とは、儲かる以上にさいの河原のイメージが強い面々だったり。






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