2年目の秋~冬の件

第675話 8月は終わったけど山の上はまだ熱血な件



 怒涛の2チームによる敷地内ダンジョンでの特訓も、無事に終わって暦は既に9月。末妹の香多奈と、お隣の和香と穂積は小学校の2学期が始まってしまった。

 今年は夏休みの宿題も、バッチリこなし終えた香多奈は上機嫌で学校通いも鼻歌混じり。和香と穂積も、それなりに小学校に馴染んで新しい友達も出来ている。


 そんな子供達を見送る姫香と、お泊りがそろそろ1週間に突入しようかと言う3人娘である。夕方の訓練までは暇な面々は、今日は何をしようかとバカンス気分。

 いや、昨日は探索と称する実技試験を頑張ったし、今日はのんびりする気満々の少女たち。昨日は一緒に露天風呂に浸かって、ザジ師匠からもゆっくり休むお許しは頂いているのだ。


 朝食も食べ終わってお昼まで暇な面々は、まだ涼しい朝の時間を利用して敷地内の散策など。麓への道が続くお隣さん方面は、この夏の間にすっかり様変わりを果たしていた。

 山の上の敷地内は、麓まで基本は坂道なのだけれど。それが始まるまでの平らな道路のアジサイ通りの、右手側に新たに家が建ったのだ。


 しかもたった一晩で……と言えばファンタジーだが、実際に工事を行ったのはノームの職人軍団と言う事実。手際も鮮やかで、実際は土台部分のみが先に完成していたのだった。

 そこにキャンピングカーを駐車して、新婚の柊木と三杉が生活を営んでいるとの話に。羨ましそうな少女達も、そんなお年頃には違いない。


「うむっ、今は柱と屋根も完成間近で住もうと思えば住めそうだな。ノームの技術は本当に凄いな、敷地までの上がり口なんか芸術的じゃないか?」

「本当だよね、ちょっと前まで雑木林だったなんて全然分かんないよっ。家はちょっと小さいけど、子供が出来たら増築すればいいもんね」

「来栖邸の大きさと較べたら可哀想っスよ、田舎の特権ではありますけど。私は好きっスよ、この家……小っちゃくて可愛いじゃないスか」


 好き勝手な事を口にする面々は、そこから左に曲がって4軒屋へ続く砂利道へ。左右は畑で、今は凛香チームが植えた野菜が見事に実りをたたえている。

 4軒屋に関しては、割と密集して建っているけど納屋や庭はそれぞれ独立して存在している。特に目立つのは、凛香チームの飼っている鶏小屋だろうか。


 香多奈がお裾分けしたひよこ達は、今や立派に育って卵を産むまでになっている。子供達の塾を開いている事もあって、この辺りもすっかり賑やかになった。

 最初の頃、スキルを使って修繕作業を行っていた紗良は、さぞ感慨深い事だろう。自分の生まれた家が廃れていくのは忍びないと、頑張った成果は見事に実を結んだ訳だ。


 お隣さんの存在を知らずに育った姫香も、今では頼り甲斐のある面々に囲まれて本当に幸せだ。何より家畜を育てている来栖家は、長期旅行など昔は考えられなかったのだ。

 それが可能になっただけでも、有り難いと感謝にえないのは当然。


「ここが子供達が夏休みも通ってた塾か、噂では有名な教授とそのゼミ生が色んな事を教えてくれるとか? 探索者界隈かいわいでも、結構有名な人だった気がするな。

 何て名前だっけな、ダンジョン論文とか私も読んだんだが」

「えっ、小島博士ってそんな有名だったのっ? 山の上では、変わり者変人の名を欲しいままにしてるって印象しかないけどなぁ。

 美登利さんが凄く苦労しててさ、暴走を毎回止めてる感じ?」

「えっ、小島博士の著書ならどこの協会にも大抵は置いてあるよ? 私ですら読んだ事あるもん、ダンジョン7不思議の話とか面白いよねっ!」


 怜央奈まで話に乗って来て、信じられない思いの姫香である。まさかあの変わり者暴走博士が、探索者の間ではそんな有名人だったとは。

 日馬桜町の協会には、そもそも小さ過ぎで探索者の待合室など存在しない。地元の有名人と、もっとアピールすれば来栖家にも噂は届いただろうに。


 来栖家の面々からすれば、残念な天才(自称)と言う印象しか本当に無いのだ。お弟子さん達が苦労してるなと、そっちの方に気持ちを持っていかれていて。

 そもそも本当に働いているかも怪しいとか、失礼な事を平気で思っていたのだが。実際は、地元の大企業と連携して色んな研究を進めているらしい。


 そんな話を、まさか友達から聞かされるとはショックも大きい姫香である。などと話をしながら、一行は4軒屋の裏に新しく出来た階段を上って行く。

 そこを数分山に分け入る形で進むと、途端に景色が拓けて完成間近の塔が出現した。立派な石造りの塔は、4階程度の高さがあってとっても立派に見える。


 これもほぼ1か月で、途端に出現した感じで魔法みたい。当の持ち主のリリアラは、念願の塔の完成には感無量な面持ちに違いない。

 もっとも、新婚の柊木と三杉の新築もノームの業者に頼んだ結果、塔の建築はやや遅れ気味に。とは言え、温室まで併設された山の上の塔はとっても見栄えが良い。

 初めて見た3人娘も、おおっと感嘆の声をあげている。


「凄いな、まるで異界にいるみたいだ……護人ギルマスも懐が深いな、敷地内にこんな建物を建てる許可を与えるなんて」

「ふわぁっ、これってリリアラさんの研究用の塔っスか? 厩舎の横に温室あるのに、こっちにも作っちゃうとか確かに凄いっスね。

 エルフの人は、人生長いって本当なんスね!」

「なるほどぉ、だから研究とか小難しい事して時間を潰してるんだ?」


 そんな言葉でオチをつける怜央奈は、意外と異世界事情に精通しているのかも。とにかく来栖家の敷地の激変を一通り眺め終わって、満足した模様の一行だった。

 ギルドの本拠地っぽい雰囲気も出て来たなと、陽菜の感覚は相変わらず良く分からないけれど。ワープ装置を入手出来たお陰で、行き来が本当に楽になった。


 今後も夕方の訓練に、お気楽に合流出来て実力アップも図れると言うモノ。それを楽しそうに語る陽菜とみっちゃんは、相当な戦闘ジャンキーだと思われる。

 ザジと気が合うのも当然だよねと、姫香などは内心で思って見たり。実際、昨日の“鬼のダンジョン”探索は全13層、大ボス退治まで残らず回ったそうな。


 その報告を聞いて、しっかりダンジョンが回復していたのも驚いたけど、来栖家チームと変らぬ時間で回り切った一行にも驚いた姫香である。来栖家は大ボスの間も含めて10層だったのに、+3層を物ともしないパワーは凄いかも。

 土屋と柊木と星羅のトリオも、恐らくひっそりと実力をつけているのだろう。何にしろ、彼女達もストレス発散にと暴れ回れたようで良かった。


 3人娘も、昨日の疲れもさほど感じていないのは若さの証拠かも。ちなみに来栖家チームと同様に、魔石も魔法アイテムもたんまり回収出来たそうで何よりである。

 来栖家チームの最終ボスとの対戦結果だけど、ドロップは魔石(大)が1個に(中)がそれぞれアラクネから。これにより、魔石(中)が1度の探索で40個近く溜まってしまった。


 物凄い接待振りに、それを探索後に数えていた末妹などは笑いが止まらない有り様。最後の宝箱からも、魔結晶(大)や上級ポーションや中級エリクサー、その他にも換金性の高い品々も多数入っていた。

 それから魔法の鞄も出て来たし、装備品のフレイルと大盾は魔法の品だとの妖精ちゃんの言葉に。望んでいた盾が出たぞと、家族で大喜びしての探索終了となった。

 “鬼の報酬ダンジョン”は、その名に相応ふさわしいエリアだと証明された訳だ。



「それで、敷地内の見回りも終わったしこれからどうするんだ、姫香? チビちゃん達は小学校が始まったみたいだが、我々は午後も暇だしな。

 そう言えば、協会に換金に行く用事も残っていたな」

「来栖家は、協会に動画編集とかも頼むんでしょ? 私は自分で適当に編集しちゃうし、今お金を貰っても使う場所無いから協会に行くのは後回しでも良いけど。

 それとも、換金してから隣町に買い物に出掛けちゃう?」

「買い物はいいっスけと、姫ちゃんの運転はちょっと……行くなら私が運転しますよ、昨日の疲れとか言ってられないっス。

 うら若き乙女たちの、命が懸かってますから!」


 失敬なと憤る姫香だか、まぁ運転役くらいはみっちゃんに譲ってあげてもいかも。それから買い物にしても、そろそろお肉が食べたくなって来たのも本音で。

 最近の夕食は、因島のお土産の新鮮なお魚や、それから“アビス”で獲得したカニやアワビや牡蠣ばかり。贅沢と言えばそうなのだが、海産物は旅行先でもたんまり食べさせて貰っていたのだ。


 フカヒレに関しては、紗良と美登利が苦労して調理してくれた。それを夕食にみんなで食べて、これが高級食材かと驚いたのは良い思い出である。

 或いは隠し味に、レベルアップ効果のある虹色の果実を使ったのが良かったのかも。小さい子たちも喜んでいたし、紗良と美登利も頑張って調理した甲斐があったと言うモノだ。

 ちなみにどちらかと言うと、触感や物珍しさから来る感想だった気もする。


 そう言えば、香多奈も和香と穂積とでお土産を交換し合って盛り上がっていた。凛香チームも、夏休み最後の思い出にと家族でちょこっとお出掛けしたらしい。

 今の時代、やってる宿屋も観光地も半減して探すのも大変だったそうだげど。そこは情報を確認しつつ、岩国から沿岸を廻って宮島方面を1泊2日で観光して回ったそうだ。


 近場で済ませた感はあるけど、そこは色々と奮発して豪遊気分を味わったみたい。何よりチームの最年少の、和香と穂積が大喜びしてくれたのが良かった。

 保護者役の凛香と隼人も、そんな事を語りながらお土産にと家内安全のお守りやもみじ饅頭をたんまり渡して来た。こちらもお返しにと、カニや海産物をプレゼントして。


 香多奈も例の『瓶入りクラゲ』を2人に渡して、何とか気に入って貰えたようだ。そんなやり取りを笑顔で行う子供達、それを眺めているだけで年長者のみんなもほのぼのとしてしまう。

 ちなみに、昨日の夜に集まった有志たちでのスキル書とオーブ珠の相性チェックは全滅だった。最近はいつもそんな感じなので、皆は大抵その事実に落ち込まないのだが。

 末妹だけは、本気で悔しがってその結果に批難轟々と言う。


「まぁ、あのガメつさは探索者には必要なのかもねぇ、分かんないけど。護人ギルマスや紗良姉の欲が薄い分、チームのバランスは取れてると思うけど。

 そもそも、来栖家チームはもう少し欲張ってもいいと思うなぁ」

「怜央奈の言う通り……とまでは言わないが、魔法アイテムのプレゼントとか度が過ぎるとは思ったかな。貰っておいてナンだけど、確かに欲は無いな」

「ええっ、でも皆がパワーアップしたら、それだけギルドも栄えて幸せじゃない? それは投資だよ、好きなだけ泊まって夕方の訓練にも参加してくれればいいしさ。

 山の上のみんなとも、もっと仲良くなってくれれば言う事なしだよっ」


 そうまとめる姫香だが、言葉の半分以上は本音である。彼女の野望としては、ギルド『日馬割』が西広島を飛び越えて中国と四国地方全域で有名になって欲しい。

 そして“四腕”の護人の名前を、誰もが知るようになったら最高だ。


 承認欲求と言う訳ではないが、自慢の叔父であり保護者である。それを世の中に知って欲しいと言う乙女心、それが姫香が探索者を頑張る原動力の1つだったり。

 そんな話をしながら来栖邸まで戻った少女達は、午後まで何をするか話し合う。結果、家族旅行で使用したキャンピングカーの掃除を行う事に。


 今回も潮風を浴びまくった愛車を、感謝の気持ちを込めて洗車する。来栖家の子供達は、何だかんだと綺麗な形状を保つ努力は怠らない性質があるよう。

 3人娘も、この車には何度も移動の際に乗車している。今回の来栖邸への来訪も、もちろんこのキャンピングカーにお世話になった。

 あの怜央奈でさえ、文句を言わずに室内のお掃除に精を出している。





 ――今後は恐らく、こうやって皆で過ごす時間も増えて行く筈。






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