第669話 “頭”を使って5層と6層を攻略する件



 “鬼の報酬ダンジョン”の第5層へと辿り着いた来栖家チームは、意気揚々とすっかり慣れた回廊を進んで行く。なだらかに湾曲している通路は、石造りでそれなりに雰囲気がある。

 窓などは一切なくて、灯りは備え付けられている篝火のみである。そんな通路を、敵を倒して10分も進めば明るいドームへと出る事が出来る。


 出現する敵は前の層と同じで、ヘッドバンキングをする小鬼の群れとか、壁を這う大カタツムリとか。途中で、浮遊する目玉のお化けが出て来た時にはギクッとしたけれど。

 そいつ等は全部ソフトボールサイズで、大した能力は持っていなかったようで一安心。茶々丸が一度痺れの視線を浴びた程度で、それも敵を倒せば収まってくれたようだ。


「ふうっ、まだ5層なのに強い敵がボチボチ出て来そうな雰囲気だよね、護人さんっ。報酬は確かに多くて嬉しいけど、それだけ貰ってニッコリなんて事は無さそうだよ」

「本当だねぇ、目玉の親分が出て来たらまた怖い事になりそう。ミケさん、そしたら問答無用で先制攻撃だからねっ!

 ルルンバちゃんもだよ、分かった?」


 姉妹の言ってるのは、“喰らうモノ”ダンジョンで遭遇した巨大目玉の事だろうか。アレは確かに強くて、小型ショベル形態のルルンバちゃんが一度スクラップにされた思い出が。

 確かにそんな敵に遭遇して、悠長に視線を合わせている暇など無いかも。とにかく先制攻撃で、向こうの息の根を止めるのが正当な戦法には違いないだろう。


 それはともかく、辿り着いた5層のドーム内も平和そのものの景色である。物の配置も先程と変わりないみたいで、入った右手には例のパネルがドンと置いてある。

 今回も同じ数字パズルかなと、紗良は頑張って解く気満々。香多奈もしっかりお手伝いするつもりのようで、それじゃハスキー達に運動させて来るねと姫香の言葉。


 彼女の言い分は一見まともそうだけど、要するに頭を使うより体を動かすよとの言い訳である。それもまぁ、姫香らしくていいかと護人は悟り切った表情。

 かくして、時短ではないけど2面作戦が発動してしまった。紗良と香多奈のペアは、さっきより穴埋め箇所が多い数字パズルにやや苦戦しているようだ。


 一方の姫香は、ハスキー達と茶々萌コンビを率いて池方面に出没するモンスター退治。遠くから見ている護人は、さっきより大きいフォルムの大亀に思わずギョッとする。

 ところがハスキー達は、何でもないと言う風に囲い込んでのボコ殴り。思わず浦島太郎が通り掛りそうな場面だが、そうはならずに大亀は魔石へと変わって行った。


 茂みに潜んでいた、大カタツムリと大カブトムシのコンビも、同じく茶々萌コンビが始末したよう。茶々丸も新しく覚えた『突進』スキルを、程良く使いこなしている模様だ。

 遠目で見ていると、立ち止まった姿勢から急にすごい勢いで敵に頭突きが入るので面白い。茶々丸にピッタリのスキルで、今まで覚えてなかったのが不思議な程だ。

 まぁこれで、茶々丸のヤンチャ度は上昇する可能性もあるけど。


 騎乗している萌も大変そう、普通ならむち打ちになってもおかしくないレベル。それをステータスの力で、恐らくは耐えているのだろう。

 萌が若い内から腰痛やらむち打ち持ちにならないよう、その辺は保護者の方でしっかり見ていてあげないと。腰痛に関しては、護人も辛さを良く分かっているので。


 などと思っている内に、紗良と香多奈は数字パズルの解読に成功したようだった。ポンッと軽快な音と共に、パネルの下部が開いて宝箱が転がり出る。

 やったぁと素直に喜ぶ末妹、ここのダンジョンは本当に宝箱に良く巡り合える。姉と一緒に喜びながら、早速中身のチェックを始める2人である。


「わっ、またクイズの雑誌がたくさんだ……それから帽子とヘアバンドと、これは髪染め剤かなっ? 紗良お姉ちゃん、気分転換に髪の毛を金髪にしてみない?

 私がそれをしたら、叔父さんが学校に呼び出されちゃう」

「そ、それは確かだね……私も金髪はちょっとあれかな、姫ちゃんとか似合いそうだけど。あっ、茶色とか黒もあるんだね、茶色なら染めてみてもいいかなぁ?」


 姫香の金髪もどうかなと思うけど、末妹の香多奈は勧める気満々である。他にも木の実や魔石(中)が5個に、強化の巻物も2枚となかなか大量で2人とも大喜び。

 それらの回収が終わって、前衛陣と合流する一行だったのだけど。さっそく香多奈が、姉の姫香に金髪にしてよと持ち掛けて頭を小突かれていた。


 それはともかく、この辺りの敵は綺麗にいなくなってくれた模様。勤勉なハスキー達は、離れた所にいたモンスター達も魔石へと変えて回収してくれていた。

 合流した後衛陣は、それぞれ頑張ったハスキー達を褒めそやして撫で回しながらの怪我チェック。大丈夫そうだと言う事で、それじゃあと5層のゲートの確定へと動き出す。


 今回も扉を開けるのは姫香の役目で、何が出て来るかなと半ば楽しみつつの御開帳。その途端に、室内からダークな雰囲気が漏れ出して来て一同大慌て。

 中にいたのは巨大な人魂で、そいつ等は合計で3体ほど宙に浮いていた。燃える炎には、しっかりと苦悶の人の表情が浮かび上がって一行を驚かせている。


 姫香はその一瞬で敵の特性を判断して、ハスキー達を下がらせて姉への声掛け。それに応じて、長女の《浄化》スキルが暗い室内に吹き荒れる。

 いや、表現としては光が溢れ出して敵を溶かして行くって感じだろうか。溶けて行く苦悶の表情の人魂と言うのも、見ていて気持ちが良いモノでは無かったけれど。

 結果として魔石(中)を落としたので、戦えばそれなりに強敵だったのかも。


「わっ、相変わらず凄い威力だねぇ、紗良お姉ちゃんっ。あっ、スキル書も1枚落ちてる……やったね、苦労しなかった割にはかなり儲けたよっ!」

「そりゃ、アンタは全く苦労してないでしょうけどっ……まぁいいわ、それより部屋の中も敵が消えて明るくなってくれたね。

 ゲートもあるし、報酬の宝箱もちゃんと置かれてるね」

「今日だけで幾つ目の宝箱になるんだ、何だか感覚がおかしくなるなぁ。香多奈、これに慣れたら他のダンジョンを探索出来なくなるぞ?」


 本当だねぇと言葉を返す末妹は、満面の笑顔で叔父の言う事を深く考えてい無さそう。“鬼の報酬ダンジョン”は、探索者を甘やかし過ぎだと正直姫香も思う。

 そして油断した所で、強敵をぶつけて来るタチの悪さも併せ持っていると言う。そんな宝箱の中身だが、今回は鑑定の書や木の実や魔玉(闇)や薬品類がほどほど。


 それからハンチング帽や化粧水、洋式と和式の兜が2つずつと頭関係の品々も当然出て来た。シャンプーやリンスも結構な量が入っていて、日用品の回収は素直に嬉しいかも。

 他にも歯磨き粉や歯ブラシに混ざって、入れ歯や赤ん坊用のおしゃぶりまで入っていた。姫香が嬉しそうに末妹にそれを差し出して、再び始まる姉妹喧嘩である。


 今回は探索者用の兜の類いはナシで、魔法アイテムも入っていなかった。それでも置いてあるだけで嬉しいのが宝箱である、一行は満足しながらゲートを潜って6層へ。

 もうすぐ時刻は12時、さてお昼休憩はいつ取るべきか。




 結局は、お腹が空いて我慢出来ないと言う香多奈の意見が通って、6層のスタート時点でお昼休憩に。紗良が持って来ていた結界装置を作動させて、安全の確保はバッチリだ。

 もっとも、ハスキー達が目を光らせてくれているので、不意打ちなど滅多な事は起きないだろうけど。それでも食いしん坊の彼女達は、食欲を優先させる事もあったりなかったり。


 紗良のお弁当は、いつもの通りに簡素だが完璧だった。おむすびに卵焼き、それから鶏のから揚げに漬け物が少々なのに、何故かそれだけで満たされる感覚。

 ハスキー達も、唐揚げを末妹から貰おうと割と必死におねだりしている。その圧に負けるのは毎度の事なので、家族は敢えて何も言わないこのサイクル。


 その間の話題は、もっぱら陽菜やみっちゃんはどうしてるかねぇって心配事がメイン。何しろザジは訓練でもスパルタだし、探索だとどうなる事やらって感じである。

 幸い、陽菜やみっちゃんは猫娘を師匠と慕っているから良いけど。怜央奈あたりは、早々に音を上げている可能性も無きにしもあらずだ。


 他にもこの後の層の仕掛けの先読みやら、9月の香多奈の学校行事の話やら。シルバーウイークはどこに行こうかと、気の早い話題まで出る始末で。

 子供達の遊びに対する情熱は、探索意欲とどっこいで決して冷める事は無い様子。


 そうしてお昼休憩を終えて、いよいよ中断していた第6層の探索を再開する来栖家チームである。ちなみに巻貝の通信機で確認したところ、敷地内は至って平穏だとの美登利の返答であった。

 陽菜たち女子チームに関しては、同じく休憩中で紗良のお弁当に感謝の言葉が絶えなかった。ザジの指揮振りも無理のない範囲らしく、敵の密度も特訓には持って来いだとか。

 何にしろ、向こうも順調そうで本当に良かった。


 こっちの探索に関しても、出た先はすっかりお馴染みの石壁の湾曲通路。遭遇する敵も、ヘッドバンキングする3頭身の小鬼がメインみたい。

 壁際には大カタツムリが張り付いていて、攻撃を仕掛けようとしたらからに入り込んで防御して来ようとして来る。そんな相手の攻撃は、粘液飛ばしで喰らうとなかなか厄介。


 もっとも、ハスキー達はそれを近距離で受けても素早く回避してしまうけど。とんでもない運動能力で、更にそこから反撃して始末して行くその手腕は凄い。

 レイジーは『針衝撃』を既に完璧に使いこなしており、チラッと視線を向けただけで壁の敵にも放てるみたい。それでポロッと落ちて来た奴を、コロ助がハンマーで順次始末して回っている。


 茶々丸も踏み潰そうと奮闘するのだが、大カタツムリは割と巨体でなかなか大変そう。それをサポートする騎乗中の萌は、傍から見ても良い騎手には違いない。

 そんな感じで敵を倒しながら進んで行って、ようやく左へと曲がる通路へと辿り着いた。ドームの入り口を塞いでいる石顔の集団を蹴散らして、来栖家は明るいエリア内へ。


「あっ、やっぱりここにもパネルの数字パズルがあるみたいだね。さっきは10分で解けたけど、今度の問題はもっと難しいかも。

 みんなを待たせないように、なるべく早く解かなきゃ」

「自分のペースで全然良いよ、紗良姉さん。私とハスキー達は、さっきみたいにドームにいるモンスター達を狩って回ってるから。

 今度のエリアは、新しい敵いるかなっ?」


 それじゃあ競争だねと、相変わらず末妹は場を騒がしくする天才である。姫香もそれに乗っかって、ハスキー達&茶々萌コンビも張り切って敵の討伐へと赴いて行く。

 ドーム内の景色はさっきと変わらず、割と大きな池が奥の方に広がっている。そこにいるのは、カメ型モンスターかと思ったらどうもスッポンみたいな狂暴な奴らしい。


 その途中にも、大カブトムシが木の茂みから飛来したりと忙しい。とか思っていたら、その木がモンスターだった様で、木の幹に醜悪な顔が浮き出て襲い掛かって来ていた。

 姫香はそれらを、手にした『天使の執行杖』でサクサク片付けて進んで行く。その姿は、まるでアトラクションを楽しんでいるようで、ハスキー達共々迎撃に勤しんでいる。


 その一方で、紗良と香多奈はパネルに記された数字パズルに挑戦中。数字の書かれた小パネルを手にして、ここは確定だねとかここのラインはスッカラカンだねとか騒がしい。

 それを見守るミケやルルンバちゃんは、とっても平和な雰囲気で向こうサイドとは大違い。妖精ちゃんも我関せずで、優秀な頭脳をこんな所で使ってられないって態度。


 それでも10分も経つと、9×9のパネルの8割がたは埋まって来た。香多奈もメモ帳を使って、当てまる数字の推理を姉と共に頑張っている。

 結局は、この2チームでの競争はほとんど同時で引き分けと言う結果に。何故か審判役の護人は、その点に関しては譲らない構えで、どっちも頑張ったと子供とペット達をひたすら褒めるのに忙しい。

 そんな訳で、あとに残るのは6層の中ボス退治のみ。





 ――さてさて、今度はどんな敵が出迎えて来てくれるのやら。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る