第666話 “手”の込んだダンジョンに挑みに掛かる件



 この2層目も、塔の内側へと進む通路を見付けるのに10分以上掛かってしまった。その間に敵との遭遇は計3回、マドハンドの奇襲も4回ほど体験した。

 そいつらをそこまで手を掛けずに倒して、さて今度は内側エリアの探索だ。チームで気合いを入れ直して、芝生と樹木で庭園風のエリアへと足を踏み入れる。


 ここも前の層と構造は似ていて、しかし入った通路の右にも左にもロープの仕掛けは無し。あれば厄介だけど、無ければ物足りなく感じるのが謎解き系の仕掛けである。

 この層でもお宝を期待していた末妹は、明らかにがっかりした様子。何か別の仕掛けがあるんじゃないかなと、ハスキー達に探索を命じている。


 それを素直に聞き入れるレイジー達は、何を捜せば良いのか正直良く分かっていない様子。それでも数分も経たずに、擬態した陸ヒトデの群れを1つ撃退して戻って来てくれた。

 それから報告もしっかり、怪しい場所があったよとリーダーに告げて案内する素振り。何があるのかなと、楽しそうに追随する子供達はのそ壁の仕掛けを見てビックリ仰天。

 壁際に人の顔の彫刻と、ポッカリ空いた口の穴はどこかで見た気が。


「あれっ、これって……映画とかで有名な“真実の口”じゃないかなっ? 確かローマの観光地に置いてあって、嘘つきさんが手を入れると嚙み切られちゃうんだっけ。

 これも確かに、手に関する仕掛けだねぇ」

「そっ、そうなんだ……それはちょっと厄介だねぇ、別に自分が嘘つきとは思ってないけど、間違って手を嚙み切られたら嫌だし。

 香多奈、アンタ挑戦してみる? この奥に何かいいモノあるかもよ?」

「何で私なのよっ、その位なら萌かルルンバちゃんに頼むよっ!」


 アンタはペットを何だと思ってるのよと、そこから始まる恒例の姉妹喧嘩に。指名された萌やルルンバちゃんは、この穴の奥に何かあるのと素直に覗き込む仕草。

 罠があるかもだから気を付けてとの紗良の言葉に、『遠見』からの『念動』コンボであっさりクリアするルルンバちゃん。入り口に到達したそれを、萌がひょいと取り上げる。


 それはグローブと腕輪のセットで、妖精ちゃんがどっちも魔法アイテムだなと反応してくれた。やったねと喜ぶ子供たち、それから改めて口の中を眺めて仕掛けはあったのかなと不思議顔の末妹である。

 まだ間に合うよと揶揄からかう姫香だが、各方面からよしさいとの制止が。さすがの好奇心旺盛な末妹も、腕を失うのは怖かったようでそれに従ってくれた。


 そして反転して塔の中央を目指すハスキー達、長閑のどかな雰囲気の周辺には敵の姿は無し。とか思っていたら、茂みをかき分けて河童モンスターが出現して来た。

 何でと思わず叫ぶ末妹と、懐かしいなぁとか言いながら迎撃に向かう姫香。ハスキー達ももちろん、さっさと敵を倒すべく動き出している。


 河童は全部で3体いて、コイツ等の腕は何と言うか腕の関節が非常にヘン。右腕と左腕の骨が繋がっているのか、右腕が伸びたら左腕が縮むのだ。

 このトリッキーな動きで、油断していたコロ助がガシッと胴体を掴まれてピンチに。香多奈が思わず、尻子を抜かれるよと愛犬に注意を飛ばしている。


 実際にそんな攻撃に及ぼうとしていたのかは不明だが、それを行う前にその河童は萌の黒槍に突かれて昇天してしまった。姫香も1体ほふって、残りもハスキー達が始末して戦闘は終了。

 そして魔石(小)と一緒に落ちていたマジックハンドを拾った姫香は、これも魔法アイテムかなと後衛陣に問うて来る。紗良も妖精ちゃんも、その問いには揃って違うなとの返答。


 残念と言いながら、それを末妹に手渡す姫香はこれも手に関係してるねと呟いている。受け取った香多奈は、それを操ってムームーちゃんにちょっかいを掛けていたり。

 マジックハンドに掴まれた軟体生物は、形を変えてそれを回避している。何とも凄い能力は、これも自衛の手段の1つなのだろうか。


「ムームーちゃんをいじめるのはよしなさい、香多奈のアンポンタン。それより中央の小部屋があったよ、護人さん。

 私とハスキー達とで、一緒に突入していいかな?」

「虐めてないよっ、構ってあげてただけじゃんっ! ねっ、ムームーちゃんも嫌じゃ無かったよねっ?」

「これこれ、ペットを巻き込んで言い争いをするんじゃありません。こっちにおいで、ムームーちゃん……香多奈の方は、妖精ちゃんを乗せてあげなさい」


 少女の頭の上に乗っかってた小さな淑女は、相変わらずやなこったとイケずな対応。姫香は肩をすくめて、ハスキー達を連れてゲート周辺の掃除をしに行ってしまった。

 ムームーちゃんは大人しく末妹から護人の肩へと移動を果たし、ようやく安堵したようにプルプル揺れている。一方の石造りの小部屋前は、例のゴリラが今回も居座っていたよう。


 途端に派手な戦いに突入して、張り切りながら敵を殴りつける前衛陣。そしてこれも同じく、扉の奥から増援の4本腕パペットが半ダースほど追加される。

 そいつ等の腕には、それぞれ短刀とかハンマーとかバラエティに富んだ得物が握られていた。破壊力に関しては、まぁパペットなのでそれ程じゃ無いのが有り難い。


 そして数分も経たず、順調に数を減らしての掃討作業は終焉へ。一息ついて中身を確認しようとした姫香を、しかし体当たりで食い止めたのはツグミだった。

 慌てているのは前衛陣のみならず、どこからか湧いた手の平蝶々が優雅に舞いつつ後衛陣に接近戦を挑んで来る。そして石の小部屋の入り口でも、隠れ潜んでいた敵と再び戦闘が始まっていた。

 どうやら、天井に張り付いて奇襲を仕掛けて来た奴がいた模様だ。


 そいつは球状のモンスターで、腕の先が絡まり合って球体を作り上げていた。大きさからして、恐らくは何十本もの腕が中央から生えているみたい。

 思い切り気持ち悪いが、それらが勝手にウゾウゾ動いて相手に掴みかかろうとしている。幸い武器の類いは持ってないけど、迫力に関しては充分。


 何しろ大きさは直径で2メートル位あるのだ、しかも指先から魔法を放つ腕も混じっているっぽい。たちまちにして、近くにいたハスキー達はその魔法に被弾する。

 姫香も同じく、不意を突かれたにしても被害は甚大である。気付くのが遅れたツグミはとっても悔しそう、しかし反撃の『土蜘蛛』は不発という結果に。


 どうやら土系のモンスターらしく、飛んで来たのもつぶての類いみたい。腹を立てたレイジーが炎のブレスを見舞うも、途中から土の壁でそれを防ぐ球腕モンスター。

 ツグミも新スキルの『毒蕾』をお見舞いして、敵の弱体を図りに掛かる。ただしそれも効果があった感触はなく、なおも活発に動き回るゲートキーパである。


 この頃には後衛陣も追いついて、香多奈がみんなに『応援』を振り撒き始める。それに乗ってコロ助が白木のハンマーで殴りかかるが、潰れた腕はほんの数本。

 それを犠牲に、何と他の腕がハンマーに纏わり付いてコロ助は武器を奪われる始末。


「うわっ、コロ助……武器は放っといて離れなさいっ! アンタまで腕に取り込まれちゃう、コイツ意外に狂暴で厄介だよっ!」

「あっ、こいつってばズルいっ! コロ助から盗ったハンマー、自分が使い始めてる!」


 姉妹の言った通り、コイツの手癖はどうやら最悪の部類らしい。自分が手放したハンマーにぺしゃんこにされそうになって、慌ててその場を離れるコロ助。

 姫香もいい加減にしなさいと、敵を真っ二つにしようと『天使の執行杖』の大鎌モードで斬り掛かる。ところがこれも防がれて、コロ助のハンマーと同じ運命に。


 香多奈がおバカと姉をののしって、とっさに護人が罵声は敵に向けなさいとたしなめの言葉が。そうだったと慌てる末妹は、球腕モンスターに向けて『叱責』を飛ばし始める。

 それに触発されたのか、香多奈がバカ~とか単語を発するたびに、ミケが単発で敵に『雷槌』を落とすと言う。何かのゲームをやっているようで、これには明らかに敵も怯んでいる。


 敵が姫香から奪い盗った『天使の執行杖』だが、理力を送り込めないそれはただの杖で怖さはない。それでも返しなさいとお怒りの姫香、それを掴もうと伸ばされる無数の手。

 それに落雷が続いて、どうやらミケはこの敵を虐めて楽しんでいるらしい。いかにも猫っぽいその所業だが、先にこん折れしたのは球腕モンスターの方だった。

 割と太い雷の落下で、とうとう本体がバラバラに吹っ飛ぶホラー振り。


「うわっ、ミケさんってば飽きたら大雑把なのは相変わらずだね。最後はホラーだったけど、ちゃんと魔石になってくれて良かったよ。

 お姉ちゃん、盗られた武器ちゃんと回収出来た?」

「もうっ、私の杖ミケに壊されたかと思ったよ! それにしてもコイツ、たくさんのモンスターの集合体かなって思ったけど、1体だけだったんだね。

 魔石(中)が1個と、変な腕落としたよっ」


 姫香が回収した腕は、一見すると人の女性の生腕に見えるけど。どうやら魔導アームのようで、切断面は機械がびっしりで全く生々しくなかった。

 これはルルンバちゃんにあげるべきかなと、香多奈などはちょっと嬉しそう。それより建物の中に宝箱あるよと、安全を確認した姫香から声が掛かる。


 さすが報酬系のダンジョン、1層に1個以上とは贅沢そのものである。満面の笑みでそれを確認する子供たち、中には定番の薬品類に鑑定の書や魔玉(土)など盛りだくさん。

 それからやっぱり手袋類がたくさんに、ちょっと高級そうな皮手袋もサイズ別に幾つか。それから防具系で、アームガードやショルダーガードも出て来た。


 素材は平凡な革や甲殻素材の物だが、軽くて使い勝手は良さそう。残念ながら、魔法アイテムは奥から出て来た腕輪の1個だけみたい。

 最後に魔結晶(小)を7個確認して、これは換金額が楽しみだねと嬉しそうな末妹である。それらを魔法の鞄に詰め込みながら、紗良も鼻歌など口ずさんだり。




 それから休憩を挟んで、3層へと侵入を果たした来栖家チームの面々。さっきの層で、既に強敵と鉢合わせした一行は、進むのもやや慎重になっている。

 具体的には、ハスキー達が先行し過ぎないように距離を調整してくれていたり。これによって、姫香も戦いに参加しやすくなった。


「えっと、“鬼のダンジョン”は大抵が3層で区切りの来る構造だよね……そしたら、この層に中ボスの間があるのかな?

 それが3つだと、お昼休憩をいつ挟むかちょっと悩んじゃうね」

「あと最後に大ボスの間が1つあるね、でもまぁ午前と午後に分ける場所は確かに微妙かも。紗良姉さんがお弁当作ってくれてるから、別にダンジョンの中で食べても良いけど。

 向こうの女子チームは、どうするって言ってたっけ?」


 つまりは、午前中に無理やり3層×2か所をクリアするか、3層だけクリアして早めに昼食にするか。姫香は敷地に戻らず、ダンジョンの中で食べる手もアリと言っている。

 巻貝の通信機で、向こうの状況を聞いてみるねと末妹の提案に。あっちのチームは順調かなと、紗良や姫香もちょっと心配そうな素振りである。


 何しろザジのスパルタ振りは、時には過剰で限度を超える事もあったりなかったり。姉妹が心配するのも当然、その辺も聞き出してと末妹にお願いして来る。

 そして通信相手の怜央奈は、案の定の疲弊振り……まだ午前の探索1時間目だと言うのに、さすが師匠の愛の鞭は容赦のないレベル。


 後衛の怜央奈にも、容赦なくそのスパルタのムチは向いている様子。まぁ、彼女はちゃっかりさんなので、たまにはそんな試練があっても良いかも知れない。

 そんな事を話す姫香は、取り敢えず女子チームの無事な探索振りを喜んでいるよう。ただまぁ、怜央奈は昼食休憩があるのかも怪しいと悲惨な台詞を呟いてたけど。

 何にしろ、こっちも続けて探索を頑張るのみ。





 ――来栖家の敷地内ダンジョンなのだ、向こうのチームに負けたら恥だ。







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