第659話 広島周辺の探索者&ダンジョン事情その24



 広島市の協会本部に所属する、隠密部隊の荒里は警察官出身である。つまりは“大変動”前にはそうだったと言う意味で、あの頃からモンスターの駆除に関わって来た探索エリートだ。

 いや、探索に関わったのはもう少し経ってからの事だったのだけれど。何しろ“大変動”が収束するまで、少なくとも1年は世界は騒がしかったのだ。


 お陰で本職の警察も、その母体が消滅してしまって呆気なく職無しに。否応も無く探索者へとの道順を敷かれ、そんな感じで荒里はその道へと進む事に。

 そこからのダンジョン攻略人生は、比較的に順調に進んで行った。チームの仲間もすぐに見付かって、固定メンバーでの探索の日々である。


 それ以上に、地域貢献と言うか地上のモンスター討伐も頑張ったのはチームカラーだろうか。皆が正義感が強くて、荒里にとっても申し分のないチーム員たちだった。

 何しろ大半が元同僚で、オーバーフロー騒動で身寄りを無くした境遇も似通っていたのだ。使命感に燃えるのも当然で、とにかく戦えない人達を助けたい一心で。


 身を粉にして戦った挙句、チームはそれなりに有名になって行った。実力もそれなりについて、その頃ようやくレベルやらスキルの概念が探索者に浸透して行き始め。

 そして協会の発足から、チームと彼女の人生も軌道に乗り始めたのも束の間の事。レベルやスキルと言う強大な力は、探索者と一般人の間に格差を生むには充分だと知る破目に。


 つまりは、どれだけ喧嘩の強い一般人がいたとしても。レベルとスキルを身につけたひ弱な探索者は、その力の差を一瞬にして引っ繰り返す事が可能となったのだ。

 それが知れ渡った時の人々の反応は、主に2つに別れる事に。つまりは、ダンジョンなんて魔素が溢れてモンスターが徘徊する、危ない場所に近付くのは狂気の沙汰だと言う主流派と。

 それから、力を欲して積極的に探索に向かう者もごく少数。


 その少数派の中から、不埒ふらちな目的に得た力を使う者が出始めたのもある意味自然な流れだったのかも。人類は全員が聖人君子ではないし、ましてや悪漢揃いでもない。

 ただし、綺麗な上澄みと下層に沈殿したにごりに関しては、必ず存在するのが世の常である。力を得た悪漢たちは、力のない探索初心者をまずは狙い始めた。


 理由は簡単、彼等はある程度の装備を手に危険なダンジョンに自ら入ってくれるからだ。金目の物を盗んで、死体はダンジョンに置き去りは物凄くスマートな完全犯罪である。

 そんな輩の出現に、荒里のチームは当然胸を痛めた。とは言え、たかが数人編成のチームでは出来る事は限られて来る。しかも、連中のやり方は至って巧妙なのだ。


 怪しいチームは確かに存在したが、素行が悪いと言う理由で断罪は出来ない。何しろ警察機構はとっくに崩壊しており、彼等の犯罪を止めるのに誰も逮捕権を持っていないのだ。

 どうしてもと言うなら、こちらも実力行使しか無い……つまりは血で血を洗う、探索者同士の悲惨な命の遣り取りが待っている事に。


 協会本部も、それを知って二の足を踏んでいる状態のようで。出来る事と言えは、年に一度の初心者講習位のモノ。それはあまりにも、差し伸べる手が細過ぎである。

 荒里がそんな悶々とした思いで過ごしていたある日、唐突にその事件は起きた。仲間とのC級ダンジョン探索中の帰り道に、そんな悪漢連中の襲撃現場に出くわしたのだ。


 それは本当に偶然の出来事で、同じ警官出身の仲間たちはすぐに事態の回収へと動き出した。荒里も一歩遅れて、その現場を制止しようと乗り出そうとしたのだが。

 相手の荒くれ者連中は、手慣れた様子で銃の乱射からの迎撃戦に移行して。ハイになっているのか、大声で笑いながらその場を立ち去って行ったのだった。


 その場に残された2つのチーム、つまりは襲われていた側と助けようとした荒里のチームは、どちらも壊滅状態に。荒里も銃弾をその身に受け、治療を受けるまで動けない有り様だった。

 被害からすれば、全滅した恐らく新人チームの方が大きかったのだろう。ただし、敵の銃弾でチームのリーダーをうしなった荒里のチームも、同じ位のダメージを受けたのだった。



 それから月日は流れ、風の噂で聞いた話ではあるけど。いかにも手慣れたその襲撃チームは、西広島の遠征レイド作戦中に全員が行方不明になったそうだ。恐らく、どこか強豪チームにちょっかいを掛けて返り討ちに遭ったのだろう。

 荒里に関して言えば、それからチームは解散して腐りかけていた所を。協会本部に声を掛けられて、暗部の仕事を打診されて今に至る。


 そんな訳で、まるでそうなる運命だったように、彼女は現在奇妙な相方と行動を共にしている。向こうも治安維持の部隊は絶対に必要だと、考えは荒里と一緒なのが救いではある。

 そんな相方の宮藤だが、どうやらこちらの履歴をかなり詳しく聞き及んでいたようだ。窮屈そうな相方の所有する車内で、A級探索者の来栖家のリーダーとの面談の帰りに一言。


「さっきの面談相手だが、彼等が君のかつてのチームリーダーの仇を討ってくれたみたいだね。女性や子供が在籍するチームだし、ちょっかい掛けも多かったんだろう。

 それをあのペット達が、全て撃退して行ったそうだ、凄いね」

「……そう」


 その時の荒里の心中に芽生えた感情は、果たしてどう表現すれば良かったのか。仇を討ってくれた事に対する安堵感、それを達成する力を持つ相手に対する崇拝感。

 あのハスキー犬は、かつて彼女が持っていなかった物を全て所持していた事になる。力が欲しいと、荒里はかつてない程にそう願った。

 そして今度こそ、悪しき者達からか弱き存在を護るのだ。


 ――それこそ、あのハスキー犬が羨む程の輝きを持って。









 来栖家チームが、丁度尾道へと夏の合宿旅行へと出掛けている間の事。山の上の敷地内では、残されたお隣さん達がいつものように生活に勤しんでいた。

 ゼミ生達は週3日で塾を開いたり、教授の研究を手伝ったりといつものルーチンワーク。お弟子のゼミ生達も、各々の論文作成のために日々忙しい様子だ。


 小島博士の言い様ではないけど、この敷地の立地での研究はとにかくはかどり方が半端ない。最近は異世界チームへのインタビューもひと段落つき、それをまとめて発表する作業が佳境へと近付いている所。

 ちなみに例の秘密のスライム研究だけど、ことほかうまく進んでゼミ生達もビックリである。スライムは本当に何でも分解吸収して、ゴミ処理問題の救世主になり得る可能性が。


 異世界チームに訊ねても、意外とこの方法は向こうの世界でも取り入れている地域は多いそうで。下水処理が進んでない地域だと、特に重宝されるそうである。

 つまりは生ゴミや人間の排泄物、何でも綺麗に分解してくれて臭いもほぼ発さないこの生物。魔素問題さえ解決すれば、こちらの世界でもSDGs的な盛り上がりで広まるかも。

 そちらの論文発表は、小島博士自らが担うそうな。


 そのお隣さんの凛香チームの生活振りは、夏休みに入ってもそこまで変わりは無し。和香と穂積がずっと家にいる位で、この2人は真面目に週3の塾通いを行っている。

 熊爺家の子供達とも、すっかり親しくなってはいるモノの。逆に麓の子供達とはそこまで打ち解けておらず、香多奈を介してのリンカやキヨちゃん位しか遊ぶ人はいないと言う。


 凛香や隼人の年長組は、週に2度の探索や畑の世話で毎日を忙しなく過ごしている。来栖家主催のキャンプ泊は、そう言う意味では良い息抜きになったようだ。

 それから家族サービスの重要性にも気付いて、近々和香と穂積の為に旅行など計画しているよう。稼ぎも安定して来たし、その点に関しては隣人たちの手厚いサポートにとっても感謝の毎日である。


 そんな隣人の大人組である、土屋女史と柊木と星羅の生活していた家屋だけれど。最近大きな変化があって、つまりは柊木が結婚して家を出て行ってしまったのだ。

 それを祝福しつつも、残された2人は微妙な感情を抱く破目に。オマケに星羅など、どっかに良い男いないかなぁとか呟き始める始末だし。


 土屋女史からすれば結婚にさほど興味はないけど、同居人がこれ以上減るのは寂しい限りだ。ただまぁ、結婚した同僚は祝福するし、是非とも幸せにはなって欲しい。

 そんな柊木とその旦那様は、現在プレゼントして貰ったキャンピングカーで新婚旅行の真っただ中。たまにラインが来るが、甘ったるくて既読する気になれない土屋である。


 そんな訳で、知り合いの誰かをこの住居の新住人に誘おうかなと画策している土屋であるけど。今の所は、リリアラのお世話で精一杯の状況である。

 そう、この異界からの移住者エルフは、現在自分の“研究塔”を建てるのに夢中なのだ。敷地の所有者である来栖家からは、しっかり許可を得ているので口出しすべき事ではないとは言え。


 何と言うか、異世界の常識的な事象には振り回されっ放しの土屋女史だったり。ルルンバちゃんとズブガジを用いての、山の開墾まではまだ理解は出来るのだが。

 その後に続く、基礎から外壁の建築の素早さはまさに異世界マジック?


「いえ、隠れ里からノームの大工の一団を雇ったのよ。お金はそれなりに掛かるけど、仕事は早くてまさに一晩で見違える出来を披露してくれるわ。

 彼らには、ヒイラギの新築住宅も頼もうと思っているんだけど。どこに建てたらいいか、意見を聞こうにも一向に戻って来てくれなくて困っているのよ。

 適当に決めるのも、本人たちに悪いしねぇ?」

「いやもう、適当でいいんじゃないか? あっちの道沿いの、紫陽花小路の切れた先を少し削って広場にするのはどうだ?

 あんまりこっち側の集落と離れ過ぎても、可哀想だしな」


 そんなリリアラと土屋女史の会話は、しばらく続いて結局は柊木にラインで尋ねた後に施工に取り掛かる事に。まずは妥当な判断に、近くでやり取りを聞いていた星羅は内心でホッと安堵のため息。

 何しろこの2人、一般常識がどこか抜け落ちていて不安になるレベル。リリアラはまぁ、異世界出身でエルフと言う異種族なので仕方が無い部分はある。


 年齢も確か百歳を超えているって話だし、浮世離れした感じなのは否めない。研究熱心で、どこかマッドサイエンティスト的な雰囲気も、恐らく紗良が上手く手綱を握ってくれてる筈。

 問題は土屋女史だ、このコミュ障お化けはある意味他人の感情にも無頓着でコトを起こす事が間々あるのだ。星羅や柊木と暮らし始めて、多少は改善されたとは言え。


 まだまだ面倒を見る必要があるし、問題のコミュ障もかなり良い方向に収まって来た所。ここに仕事の相方の結婚騒ぎである、これが土屋にどんな影響を及ぼすか。

 星羅もとんと分からないけど、幸いにも見た限りでは平穏を保っているようで何よりだ。柊木の結婚もちゃんと祝っていたし、今回の建築作業にも積極的だし。

 後は、土屋やリリアラの奇行が少しは治まってくれれば言う事なし。


 ――そんな感じで、来栖家のいない敷地内は今日も平和なのだった。









 どんな企業にもよくある事だが、“儲け”を尊重し神聖化し過ぎてしまうあまりに。体面とか仕事の過程とか、その他の流れを無視してしまう事が間々ある。

 過去には過度の公害問題や、社員への日常的なパワハラ問題などなど。大きな企業でも、そんな騒動で世間を賑わせてしまう事も確かにあったのは事実である。


 福山市の工業地帯に古くから存在するその企業も、実に分かりやすくその道を辿って行った。“大変動”を乗り切った当初は、得意の造船業で軌道に乗る事が出来たのだったけど。

 その後は、何しろ大半の素材を輸入に頼っていた日本の悲しさである。たちまち資源が尽きて、肝心の造船業に差し支えるようになって行ったのだった。


 それでもこの時代にフィットした、成功例を得た前例に後押しされての方針転換。資源が無いのなら、ダンジョン内から取って来ればいいじゃないかとの結論に至って。

 自社専属のチームを編成して、たまたま敷地内に出来ていたダンジョンへと探索とレベルアップに明け暮れた結果。幾つかの出会いによって、新たな企業方針が決定する事に。


 その1つは、敷地内のダンジョン内で偶然によってもたらされた。ある日突然に、そこを次元通路として異世界の冒険者のチームがやって来たのだ。

 そして何とか無事にコンタクトが取れての、専属契約へと辿り着いての自社チーム強化に成功。それによって、魔石や回収品で潤った企業は一時的に息を吹き返した。


 もう1つの出会いだが、それはある意味来栖家にとっては悪縁となった。次の売り出し物を模索していた企画部が、来栖家の探索動画でスキルを自在に操るペット達を目にしたのだ。

 こんな強い動物たちを探索に同行させて、人間の代わりに戦わせるなんて発想は今まで無かった。いや、あったかも知れないけれど、実現は不可能だと思われていた。

 それを可能にする、来栖家の秘密を知る事さえ出来れば。


 ところがこの来栖家チーム、意外とガードが固くてそっち系の情報が流れて来ない有り様。と言うか、企画部が気付いた時には既にA級にまで上り詰めていたのだ。

 こうなると、気軽に金銭では解決出来なくなってしまった。何しろ相手は、稼ぎに稼いでいるA級チームなのである。こうなったら多少の荒事は仕方が無いと、企画部内でもそんな議論が交わされる事に。


 最初は我が手を汚さず、何とか外部発注で“研究素材”を確保しようとしていた闇企業だったのだけれど。結局は上手く行かず、2度目の襲撃でも散々な結果に。

 こちらの自社チーム『哭翼こくよく』にも被害が出て、しかもまさかのリーダー格の獅子獣人が(勝手に)出動しての失敗である。協会にも確実に目をつけられたし、さてどうすべきか。


「協会と遣り合っても一銭にもならないし、向こうもそれは同じ思いだろう。それなら一刻も早くペット兵器を実現させて、向こうさんに売り込めばいい。

 そうすれば、協会も態度を軟化せざるを得ないだろう」

「なるほど、それは確かにそうだ……それならまず対策を立てるべきは、田舎のA級チームか。コイツ等をおびき寄せて、何とか各個撃破して“研究素材”を捕獲出来ないかな?」

「それなら『魔獄まごく』送りにすればいい、そうすれば『哭翼こくよく』チームも思う存分に実力を発揮出来るだろうしな。あのダンジョンの仕掛けは、例えA級チームでも容易には突破出来ないさ。





 ――何しろウチの社が、研究の末に独自に育て上げたダンジョンだからな」







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る