第660話 姫香の誕生日を盛大に無人島で祝う件
尾道方面への家族旅行と称した、ギルドの合宿旅行もいよいよ最終日を迎える事に。何にしろ、この間に一体幾つのダンジョンを探索したって事やらである。
普通のペースでは無かったけれど、みっちゃんの地元のダンジョンの間引きをこなしたりと色々益はあったと思いたい。その集大成はと言えば、“アビス”で見事に交換出来た『ワープ装置』に他ならない。
コイツは、元のゲート型の魔方陣が無いと役に立たないとは言え、長距離も一瞬で移動出来る超便利な装置である。陽菜やみっちゃんからすれば、遠距離に住む来栖家に気軽に訪れる事が可能になった。
それを祝して、今日は午後の来栖家の帰る時間まで遊び倒そうとの提案に。何となく悟った表情の姫香は、どこで何するのと主催者の陽菜とみっちゃんに尋ねてみる。
「うむっ、みっちゃんが船の操縦が出来るそうだからな。その辺の無人島に勝手にお邪魔して、釣り大会と洒落込もうじゃないか。
船釣りも考えたけど、初心者も多いから船酔いしちゃうかもだしな」
「瀬戸内海は波は穏やかっスけど、それでも初心者に小型船長時間は辛いかもなので。そんな訳で、今は無人となった近くの島で釣りをしながらのんびりしようって企画っス!」
「へえっ、それは楽しみ……釣り大会かぁ、海釣りするのは初めてかもっ? ようっし、お姉ちゃんには負けないぞっ。
スッゴイ大物釣って、みんなを驚かせてやるっ!」
そう言って張り切る末妹に、温かい瞳のお姉さんたちである。主催者の陽菜やみっちゃんとしても、楽しみにして貰えるのは何よりのご褒美だ。
そんな訳で来栖家の面々は、朝食後に宿泊先の旅館を出発してみっちゃんの案内で因島の港へ向かう。結局は旅行中、ずっとお世話になった旅館の人たちに手厚いお礼を述べてのお別れに。
また来年には必ず来るねと、末妹も楽しかったとの称賛の言葉が。どうしても宿泊費は受け取って貰えなかったけど、護人は後でみっちゃんに持たせて渡す心積もりだったり。
向こうも地元のダンジョンの間引きなど、お世話になったお礼の側面は大きいのだろうけど。それとこれとは別である、副業の探索で稼いだお金は世間に流通させないと。
経済効果まで考えてる訳ではないけど、本当にお世話になったのはこちらである。お金でしかそのお礼を出来ないのは辛いけど、まぁしないよりは幾分かマシ。
旅館のスタッフ総出で見送られ、来栖家のキャンピングカーはこうして4泊もした旅館を去るのだった。お土産に持たされたお昼の弁当は、今回もきっと豪華な予感。
「来年も絶対に来ようね、叔父さんっ……でもまぁ、陽菜ちゃんやみっちゃんはゲットしたワープ装置で、ちょくちょく遊びに来れるようにはなったんだよね?
でもやっぱり、家族旅行って大事だと思うの!」
「私達は遊びにじゃなくて、訓練に向かうつもりだが。まぁ、海の幸をお土産に持って行けば、こんな田舎町には用は無くなるかもな」
「ちょっと、人の生まれ故郷を何て言い草っスか! 因島はポルノ以外にも、有名人がまだまだいるんっスよ。例えば女優の東ちづるさんとか、小説家の湊かなえさんとか。
こんな小さな島なのに、意外と多いと思いませんかっ!?」
何かのアピールに必死なみっちゃん、そんな彼女を
もっとも“痴漢に遭ってもやり返すだろうNo.1”も取ってたりと、気の強さと向上心も持ち合わせていたようだ。それが周囲にだだ洩れなのは、ご愛敬と言う事で。
『湊かなえ』はミステリー小説家で、代表作には『告白』や『白ゆき姫殺人事件』など映画化された作品も多い。エッセイなども執筆しているようで、広く名前を知られた小説家だ。
そんなみっちゃんの切実な訴えに、確かにそうかもと見直す動きの子供達である。古くは囲碁の強い人もいたしねと、護人の注釈には誰もピンと来なかったよう。
島には記念館もあるっスよと、その話に乗ったのはみっちゃんただ1人。そんな彼女の操縦で、一行は瀬戸内海クルージングを楽しむ事に。
もっとも、ルルンバちゃんの搭載にはかなり苦労して、危うくみっちゃん家の船舶が港を出ない内に転覆しかけたけれど。その危機を何とか回避して、ギルド『日馬割』は目的の島を目指す。
そして数十分後には、何とか無事に目的地へ辿り着く事に成功。誰も船酔いせず、海に落ちる事も無く全員が無人島へと上陸を果たす。
かつては人が住んでいたその島は、ちゃんと港もあるし家屋も何軒か港から見る事が出来た。その無人の港で一息つく来栖家の面々、そしてお持て成しに奔走する3人娘。
みっちゃんは釣り道具を船から持ち出して、全員の竿や仕掛けを準備し始める。陽菜は港近くの倉庫に隠してあった、机や何やらを怜央奈を助手にして持ち寄って行く作業に必死そう。
その中には、旅館で用意して貰ったお昼ご飯の準備も含まれていて、まるで気の早い昼食の準備である。何が始まるのか何となく悟った面々は、忙しなく動き回る少女達を見守るのみ。
机と椅子は古びていて年代を感じさせたが、テーブルクロスや何やらでパーティ感は醸し出せている。紙テープや飾りもしっかり準備されており、それを見た姫香は面映ゆい思い。
香多奈もそんな姉を見て、ニマニマしながらハッピーバースデーの歌を口ずさみ始める。それに何故か天然の紗良も加わって、気の早いネタばらし大会が身内によって引き起こされる事態に。
そんな中での女性陣による会場準備、そして持ち寄った椅子に座らされた姫香の前には大きなサイズのケーキが。どうやら事前に、旅館の料理人に頼んで作って貰っていたみたい。
そのケーキの上には、しっかり17本のロウソクが立っていた。それに火をつけて行く怜央奈と、アンタもお手伝いしなさいと末妹に駆り出されるムームーちゃん。
案外と器用にそのリクエストに応えた彼は、ケーキの乗った机の上でプルプル震えている。その姿が姫香には凄く美味しそうに見えたのは、ムームーちゃんには秘密である。
机の上には、他にも家族のみんなや友達からの誕生日プレゼントか。この日のためにそれぞれ用意してあった品を、魔法の鞄に潜ませて持参して来たのだ。
ここまで来ると、さすがの姫香もちょっと感極まった表情に。
主役を泣かせたら駄目だと、そこからは無礼講の宴に突入するよと陽菜のセリフに。来栖家の面々を着席させて、誕生日会を盛り上げようとする女子チーム達である。
お昼にはまだ早いけど、テーブルの上には旅館から持って来た豪華なお昼が並べられて行く。釣りはどうするのとの末妹の問いに、そうだったと間の抜けた返しは恐らく素なのだろう。
「しまった、誕生日会を盛り上げるのに気が急いて、釣りの時間を組み込むのをすっかり忘れていたな。
みっちゃん、この際だし釣りは別の機会って事に……」
「えっ、ウチは別にいいっスけど……むしろ楽しみにしていた来栖家の皆さんが、何と言うか肩透かしを喰らっちゃうんじゃ?」
「うん、まぁ……せっかく島まで船で来たんだし、少しは釣り糸を垂らしてのんびりしたいかな? ハスキー達も、護衛は良いから島内を少し散策しておいで。
港付近は影場がないし、今日は休みの日の扱いでいいからね」
「そうだね、お昼には呼んであげるからそれまでは遊んでおいでっ! 茶々丸の面倒だけはちゃんと見てあげてね、みんなっ」
そう言われたハスキー達は、無人島の散策も面白そうと思ったのか大人しく遊びに出掛けて行ってしまった。それに嬉々としてついて行く茶々丸に、子供達は心配そうな視線を送る。
まぁ、やったとしても海に落ちる位だろうと、気にせずこちらも楽しむ事に。すっかり出来上がったテーブルを再び片付けながら、さぁ釣りをしようと盛り上がる一行。
そこからはみっちゃん指導の下、各々が好きなポイントで釣りに興じる事に。初心者は港近くのポイントで、アジやサバやイワシを狙う事に。
それから大物用の竿を用意して、こちらは釣れればラッキーと言う感じで放置しておくそうな。大物って、何が釣れるのと末妹は興味津々。みっちゃんは、チヌ(クロダイ)が釣れたらいい思い出ですねと期待を滲ませてそう口にする。
友達の誕生日プレゼントに、ぜひ釣り上げたい気持ちは大きいみっちゃんではあるけど。こればっかりは、運も作用するので腕前で何とかって流れにはならなそう。
それでも香多奈は、ミケさんも竿を見ててねと無茶振りをかまして。萌にも竿を用意して貰って、いっぱい釣って帰るよと盛り上がっている。
紗良や香多奈には、みっちゃんが不備が無いようべったりついてくれて、これなら安心だ。一方のレジャーに慣れた護人や姫香は、好きなポイントを見付けて勝手に釣り始めている。
ルルンバちゃんも、姫香に釣竿を持たされて海釣りを満喫中。
そんな感じで、しばらくの間奮闘する来栖家の面々である。仕掛けが良いのか、釣果はまずまずでボウズは今の所誰もいない感じである。
紗良でさえ、へっぴり腰ながらも何度か魚を釣り上げて興奮した声を上げている。一番苦手なのはどうやら萌のようで、彼はこの遊びの意図がよく分かっていない模様。
その中で一番の釣果を上げたのは、何故かルルンバちゃんだった。サイズ的には、護人が型の良いサバを釣っての面目躍如となっている。姫香もまずまず、ただしルルンバちゃんのサポートをしているせいで、自分の釣りは割とおざなりに。
それでも楽しんでいるようで、クーラーに溜まって行く魚を見ては嬉しそうな笑みを浮かべている。それは護人も一緒で、元々キャンプ好きなのでそれは当然とも。
一番騒がしいのは、やはり香多奈と怜央奈の素人組だろうか。何か釣れるたびに大騒ぎして、そのせいで指導役のみっちゃんは大忙しである。
陽菜は生の魚を触るのがダメなようで、パラソルの下に腰掛けて動画の撮影に勤しんでいる。その内にハスキー達が戻って来て、散策は満喫したよとの報告。
そして建物の陰に居座って、お昼が始まるのを待つ構え。
それからしばらくして、そろそろお腹が空いたかもとの末妹の求めに応じて。待ってましたと、中断していたお誕生日会の支度を再び始める陽菜である。
他の面々は釣りを中断して、手を洗ったりと忙しそう。生の魚の匂いは、そんな事ではなかなか取れないのだけれど。それでも、用意された豪華な誕生日用のランチを目にして、子供達のテンションは爆上がりしている様子。
香多奈と怜央奈の年少組も、姫香の誕生日会を盛り上げようと歌を歌ったりガヤの素質は素晴らしい。こんな無人島の寂れた港が、物凄いパーティ会場になった気分。
その点、陽菜やみっちゃんには無い能力ではある。まぁ、2人も前準備を頑張ってくれていて、飾りつけや何やらは称賛に値する気もする。
護人もそんな子供達を撮影して、何だか心に溢れるモノが。主役の姫香をフレームに収めながら、この数年の保護者としての感慨に思わずほろりとしてみたり。
本当にこの数年は苦労したし、だからこそ良い友達に巡り合えてホッとしている護人である。そんな感傷を吹き飛ばすように、末妹があ~~っと絶叫を放った。
「ほらっ、そこの放置していた竿が今、物凄くグワンッてなった!! 何か掛かってるよ、あそこの大物狙いの方の奴!
姫香お姉ちゃん、早くあの釣り竿手にしてっ!」
「あっ、本当っスね……姫ちゃんっ、急いじゃダメっス! 慎重に引き上げないと、糸を切られちゃうからっ!」
そこからは、てんやわんやの数分間……撮影役の護人も、思わず手に汗握る姫香の奮闘振り。そして釣り上がった
それを見て興奮している面々、ペット達も凄いなぁと今日の主役を取り囲んでいる。目論見通りかは別にして、これは確かに特別な思い出になりそう。
何にしろ、夏の旅行の締めには良いいベンドではあった。
――こうして波乱だらけの家族旅行は、興奮の内に幕を閉じて行く事に。
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