第657話 長かった“アビス”探索も無事に終焉を迎える件



 いよいよ最終の25層へと辿り着いて、緊張気味な女子チームの面々である。何しろ普段のダンジョンでは、25層なんて深さはまず有り得ないのだ。

 陽菜やみっちゃんC級の探索者チームで、精々が10層に到達出来れば上出来って感じである。それもC級ランクのダンジョンで、B級に潜入だと割と命懸け。


 怜央奈も同じで、兄のチームは同じダンジョンに定期的に潜って生活費を稼ぐスタイルである。そんなチームも普通にあって、ゆえに探索者ランクはなかなか上がらない。

 そんな事情の女子チームだが、今は勢いに乗って25層の中ボスの間の前まで到達した所。探索の疲れも見せず、このまま中ボスを倒すぞと盛り上がっている。


「ここで宝箱をゲットすれば、当初の予定の20枚以上は確定だなっ。最初は心配していたけど、頑張れば何とかなるモノだな。いや、本当に良かった」

「本当に、奇跡みたいな連続ゲットだったよねぇ……これは動画の再生数、かなり稼げちゃう予感がするよっ♪」

「怜央奈、探索者だったら動画の再生数より魔石の回収で稼ぎなさいよ。それはともかく、休憩が終わったら中ボス攻略行くよっ。

 護人さんの方は、もう少し掛かるって話だから焦る事は無いけどさ」


 向こうもコイン枚数稼いでるっスかねと、自信をにじませながらのみっちゃんの呟きである。今度の回収枚数の勝負でも負けてないと、さすがにその思いは皆一緒みたい。

 最後の中ボス退治は、その確定作業みたいなモノだと女性陣の意気は高い。そんな思いで室内へと突入して、中にいた海馬とそれに乗る甲冑騎士との戦いがスタート。


 甲冑騎士の中身は不明だが、海馬はいかにも水属性で水弾を飛ばして来て手強い敵のよう。手下のカサゴ獣人も半ダース控えており、部屋の壁には大ヒトデまで張り付いている。

 なかなかの敵の盛り合わせ、そして甲冑騎士の槍使いも手馴れていて今日一番の難敵かも。それに対峙する姫香とツグミのペアに、しかし焦りも無い。


 人馬一体のチャージをひらりと避けて、水弾も『圧縮』ガードでしっかり防いでやって。ツグミの『土蜘蛛』で、まずは海馬が派手にダウンの憂き目に。

 石畳に投げ出された甲冑騎士の中身は、タコのような軟体生物だった。甲冑の兜が派手に転がって行って、それに引っ付いたタコ頭を慌てて拾おうとする胴体は少し滑稽かも。

 映画で見たようなシーンに、姫香は逆に新鮮な思い。


 まぁ、戦闘を下手に引き延ばすのもアレなので、姫香は『天使の執行杖』のハンマーモードで早々に決着をつけたけど。後には魔石(中)が2個に、スキル書も2枚と大盤振る舞いのドロップ品が。

 その間に、陽菜とみっちゃんと萌は手下のカサゴ獣人と大ヒトデの群れを全て片付け終えていた。怜央奈も少々お手伝いしたけど、趨勢すうせいに影響はない程度。


 ムームーちゃんに至っては、結局ほぼ出番は回って来なかった。それだけ後衛が安全だった証拠なので、その点に関しては良かったのだろう。

 そして肝心の宝箱の中身だけど、鑑定の書や薬品類に混じってリングが6個にコインが5枚とまずまずの結果に。これで午後のコイン獲得数は、24枚と午前より10枚も多い結果に。


 それを素直に喜ぶ陽菜やみっちゃん、これでワープ装置に1歩近付いたぞと。他のアイテムを魔法の鞄に詰め込みながら、やったなと喜びあっている少女達である。

 これで後は、回廊に出て本隊の結果を待つのみ――。




 一方の護人チームの25層も、ルルンバちゃんが張り切って中ボスの間を探り当てて迷わずに辿り着けた。子供達に偉いねと褒められて、ご満悦なAIロボである。

 戦闘に関しては、護人も前衛に出て戦った者勝ちな雰囲気。レイジーも獲物を求めて前に出て、コロ助や茶々丸もそれに追従する構え。


 結果、わちゃわちゃした戦いになるかと思えば実はそうでも無く。中ボスが2体いた事も幸いして、良い感じに組み分け出来て混乱も起きなかったと言う。

 そんな中ボスだけど、さすが水エリアだけに派手な敵が出迎えてくれた。何とリュウグウノツカイとタツノオトシゴのモンスターサイズ、それはド派手な戦闘は請け合いである。


 リュウグウノツカイが泳ぐだけで、周囲には渦が出来て捉われると洗濯物状態である。タツノオトシゴも水魔法と水流ブレスが酷いし、接近戦も離れた戦いもどちらも得意と言う。

 ペースを握られっ放しの本隊チームだけど、紗良の《氷雪》魔法と香多奈の『叱責』が通って徐々にこちらのペースに。動きが鈍れば、前衛陣の破壊力は並では無いのだ。


 まずはリュウグウノツカイが護人の剣で真っ二つになって、グルグル渦に巻かれていた茶々丸の救出に成功する。水流ブレスで近付けなかったタツノオトシゴも、レイジーの『可変ソード』で尻尾を斬られてそこから段々弱って行って。

 最後はコロ助の《咬竜》で、首を掻っ切られてジエンド。


「やったね、大きい敵がいたから最初はビックリしたけど……紗良お姉ちゃんが凍らせてくれてから、明らかに動きが鈍ったよね。

 ちなみに、アレは何て言う魚だったの?」

「リュウグウノツカイって言う名前の深海魚かな、滅多に人の前には姿を見せないそうだけど。深海エリアでもないのに、何で出て来たのかなぁ?

 もう片方はタツノオトシゴで、熱帯や温帯地域の海に棲息しているみたいだね」


 そうなんだと感心した様子の末妹は、どうやら本物もあんな巨大だと勘違いしているよう。さすがに15メートルサイズのリュウグウノツカイはいないよと、紗良は訂正を試みている。

 その間にも、ルルンバちゃんはドロップ品の回収に忙しい。魔石(中)やスキル書は、どうやら2セットずつ落ちてくれたようでラッキーだった。


 その報告を受けて飛び上がって喜ぶ香多奈は、一目散に宝箱の前へ。その中身の確認で、リングを7枚とコインを5枚ゲットして再び大喜びしている。

 他にも鑑定の書や薬品類や、それから魔玉(水)や魔結晶(中)などの定番品に加えて。珊瑚の飾り物や真珠の装飾品、それから魔法アイテムらしい槍やピアスなどが入っていた。


 割と当たりダナとの妖精ちゃんのコメントに、末妹のテンションは爆上がり中。コイン獲得枚数でも勝つよと、紗良に貰った小袋の中身を夢中で数える香多奈である。

 午後のコイン回収は実に25枚、午前中が10枚だったので倍以上である。これならお姉ちゃんにも負けないねと、勇んで最後の勝負に向かう構え。

 そんな訳で、護人チームの“アビス”攻略もこれにて終了。



 巻貝の通信機で、姫香チームが先に攻略が終わったのは分かっている護人は少し急ぎ足でゲートを潜る。それからすかさず、香多奈がコロ助に吠えてとのお願いをしての位置確認。

 すぐにツグミの応答があって、向こうは無事に回廊の休憩所で待っていてくれている模様。安心した一行は、やれやれ探索疲れたねぇなんて話しながら階段を降りて行く。


「あっ、みんな発見……こっちも全員ちゃんと無事だったよっ! 茶々丸が目を回してるかもだけど、その位が丁度いいよねっ。

 そっちはどんな、ってかコインの数の較べっこしようっ!」

「何時間も探索した後だってのに威勢がいいわね、香多奈のアンポンタン。悪いけど、午後のコイン数も私たちの勝ちは確定よ。

 えっと、何枚集めたんだっけ、怜央奈?」

「えっとねぇ……コインは午前中が14枚で、午後は24枚の合計38枚だねっ。うわぁっ、私達10層でこんなに集めたのっ、凄っ!!」


 改めて自分達の業績に驚いている怜央奈だが、普通に凄いよねと仲間達から賛同の嵐。ところが香多奈は、私達の午後の稼ぎは25枚だよと大威張りである。

 1枚だけ勝った計算だが、午前は10枚なので合計は35枚とこの数値は女子チームに負けている。丸く収めたい護人と紗良は、これは引き分けだねぇと笑みを浮かべながら少女の背中をバシバシ叩いている。


 それは残念と、向こうも陽菜が乗っかってくれてこの件は有耶無耶うやむやに。それより2チームで集まったコインの数は、合計で73枚と予定の数に到達していた。

 これは凄いと、再びギルド員の皆で盛り上がっての万歳三唱など。ペット達はそんな陽気な人間を眺めながら、今はゆっくり休憩中である。


 この辺のオンオフは素晴らしいペット達、あの騒がしい茶々丸でさえ、ツグミとコロ助に挟まれて床に寝そべっている。案外、香多奈の言うようにまだ目が回っているせいかもだけど。

 とにかく皆が集めたコインを、紗良がひとまとめにして代表して陽菜に手渡す。それを真面目な手つきで、休憩所の角に置かれた自販機へと投入して行く陽菜。


 やがて70枚投入し終えて、目的のアイテムのボタンが青へと変わったのを確認して。満を持しての陽菜のボタン押しの場面を、息をひそめながら見守る面々である。

 そして念願の魔法アイテム確認に、再び盛り上がる一行だったり。何度も喝采に付き合わされる護人は、若いって凄いなと爺臭い事を内心で思ってみたり。

 何にしろ、これで当初の目的は無事に達成である。




 それから小休憩した一行は、“アビスリング”を使って取り敢えず16層の回廊エリアへとワープする。そこでワープ魔方陣の記録を行って、これで新しい装置でもここに飛んで来れるようになった。

 それから来栖家所有のワープ装置で、車の置いてある“千光寺公園ダンジョン”へと帰還を果たす。今回の探索で、各チームとも40枚以上のリングを確保出来た。


 これでしばらくは、ワープ装置を使用するエネルギーには苦労しない筈。まぁ、足りなくなればまた“アビス”ダンジョンに取りに来れば良いだけの話である。

 そんな話をしながら、一行は因島の宿泊先へと帰って行く。


 この旅館にお世話になるのも、これで4日連続の来栖家である。向こうも持て成す威力は衰えず、毎晩のように宴会を行ってくれている。

 お陰で酒に弱い護人は大変だけど、子供達は一緒の宿で楽しく就寝出来ているようで何よりである。ペット達も、この旅館の中庭はすっかり気に入っている様子。


 その誘いを断ったり、他の宿を探すのもアレなので敢えて連日お世話になっているけれど。支払いだけは、最終日にきっちり済ませる覚悟の護人だったり。

 何しろこちらは、仮にもA級探索者で稼ぎもそれなりにあるのだ。今日の探索でも、魔石やポーションを始め結構な稼ぎを叩き出せた筈。


 稼いだからには、それを世間に還元すべきである。そうしないと、いつまで経っても地元の経済は活性化しない。何より来栖家も、毎月の青空市では世間からお金を巻き上げているし。

 いや、しっかりサービスは提供しているけど……つまりは、良いサービスに対しては適性の価格は支払うべきと言う意味だ。受け取って貰えなかったら、最悪こっそりみっちゃんに持たせてでも支払うつもりの護人である。


 ポーションなどの薬品類も、何気に最近は流通していて喜ばれるらしい。島の人たちも、漁師をやったり最近は畑仕事もこなしているそうな。

 その上で、オーバーフロー対策にダンジョンの間引きもこなしているのだ。そこに自治会の仕事などが絡んで来ると、本当に毎日仕事に追われて大変だろう。

 その大変さは、護人にも充分わかるし報われて欲しいモノ。


 後ろの席の子供達は、そんな保護者の気持ちも知らずに呑気に騒いでいる。まぁ、彼女たちの笑顔を護るために、保護者の苦労はあるとも言える訳だ。

 漁師のオッちゃん達も、恐らくその気持ちは同じに違いない。





 ――彼らの心意気に応えるためにも、今夜の宴会も頑張って乗り切らねば。





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