第656話 もうひと踏ん張り“アビス”探索を頑張る件



「そう言えば、萌ってばこの前新しいスキルを覚えたんじゃなかった? どんなスキルだっけ、ちょっと使って見せてよ」

「へえっ、そうなんだ……来栖家のペット達は、物凄い勢いで成長して羨ましい限りだな。それでどんなスキルを覚えたんだ、萌?」

「おおっ、萌ちゃんってば、今よりもっと強くなるんだ?」


 怜央奈の期待に満ちた声を聞いても、萌はクルゥと喉を鳴らして微妙な表情。今は姫香チームは、24層の探索中で最初の敵との遭遇戦を切り抜けた所。

 陽菜がカサゴ獣人の群れとの戦いで、ちょっと怪我したのでポーションを飲んで休憩中に。思い出したように、姫香がそう口にしたのが騒動の始まり。


 困ったなと言う顔色は、来栖家の者でなくても何となく察せられる。どうやら当の萌も、あまり新しく覚えたスキルを使いこなせていない様子である。

 そう言う事はよくあって、例えば姫香の《剣姫召喚》とかがそうである。使えたとしても、まぐれで発動したのかなって感じでとっても気紛れな事も間々あるのだ。


 それでも萌は立ち上がって、新しいスキルを何とか発動させようと頑張ってくれる。そのスキル名は《竜翼》と言うのだが、姫香は名前など完全に忘れている始末。

 そして結局、発動には至らずションボリな萌である。それを見て、いいんだよと慰める怜央奈であった。どの道、彼は新スキルなど無くても充分に役立っているのだ。


 それもそうだねと、姫香もその話題にはそれ以上触れない構え。時間があれば、夕方の特訓で付き合ってあげれば良い話でもあるし。

 夏場は夕方もまだまだ日差しが暑くって、ペット達はどちらかと言えば特訓をサボりがちだったりするのだけれど。もうすぐ秋になるし、その内に元気も戻って来るだろう。


 そんな話を終えて、24層の探索を再開する女子チームである。怪我明けの陽菜は中衛に回り、今は姫香とみっちゃんが前衛の配置に交替している。

 この層にもインプは普通に出て来るし、ガーゴイルも三又の槍を手に襲い掛かって来る。敵の密度は今までになく濃くなっており、いよいよ深層に来たなって感じ。


 実際は、5層くくりで言えばそうなのかなって、何とも判断に迷う造りの“アビス”ダンジョンである。とにかく一行は、出て来る敵は全て返り討ちにして進むのみだ。

 そんな勢いで進んで行くと、ようやくエリア中盤を過ぎて例の細長い支道エリアへ。複雑な遺跡タイプのエリアだが、ここまでの造りはどの層もほぼ一緒と言う手抜き振り。


 お陰で先読みして、この細いルートには絶対に罠があるよと警戒する少女たち。人が何とか1人だけ進める通路は、やっぱり天井までの距離は高くて何かありそう。

 それじゃあ今度は誰が行くと、何だか肝試しチックなこの仕掛けへの挑戦者を募る陽菜。懲りない性格と言うか、それじゃあ私っスかねと挙手するお調子者のみっちゃんである。


 それを押しのけて、私が行くよと姫香が上下左右を警戒しながら歩き始める。ツグミも当然、そんな主にピッタリ寄り添って一緒に進んで行く。

 そして丁度、通路の真ん中で姫香の足元で作動する凶悪な仕掛け。


「うわっ、姫ちゃん大丈夫っ……ってか、宙に浮いてるしっ! コレはナニ、ツグミちゃんのスキルなのっ!?」

「これは私の『圧縮』スキルだよ……空気を圧縮して足場にしてるんだけど、今回は落とし穴の仕掛けだったみたいだね。

 まぁ、事前に備えていて正解だったよ!」


 それはどういう理屈なんだと、陽菜が首を傾げながら質問して来る。姫香は魔力で作った透明なゴムタイヤに、空気を詰め込んでギュッと圧縮するイメージと友達に説明して。

 それを空中に固定して、人も乗っかれる形状を維持するんだよと誇らしそう。実際、ツグミも一緒にその足場に乗っていて、落とし穴の仕掛けをじっと見下ろしている。


 何か気になる事でもあるのかと、みっちゃんも同じく串刺し用の槍の敷かれた穴の底を見下ろすと。底の方に、散らばるようにコインとリングが散乱しているのを発見。

 その報告を聞いておおっと盛り上がる一同は、どうやって集めるかの論議に白熱し始める。結局はツグミに闇の階段を作って貰って、回収もツグミが抜かりなく行ってくれた。


 これで追加でコインが5枚、リングが6個入手出来た事に。他のアイテムは無かったけど、午前とは大違いでコインとリングが順調に溜まって行ってくれている。

 それを素直に喜びながら、姫香チームは24層の残りを踏破に至る。そして10分後には、無事に遺跡の通路の突き当りに25層への階段を発見した。


 最後の1層をみんなで頑張るよと、リーダーの姫香の引き締めの言葉に。オーッとチーム内から気勢が上がって、午前中から変わらぬ勢いのまま階段を降りて行く一行である。

 時間はもうすぐ午後3時、今日の探索を終えると明日は帰りの時間までフリータイムの予定。陽菜とみっちゃんの計画では、みなで海釣りをして楽しもうって事らしい。


 その辺のプランもバッチリだと、胸を張ってお客はただ楽しんでくれ的な2人に対して。来栖家の面々も、期待半分で不安も半分だったりして。

 何しろずぶ濡れコンビの計画である、上手く事が運ぶか心配が先に立ってしまう。ただまぁ、海で釣りを行うだけならそれ程厄介な事態は持ち上がらないと信じたい。

 そんな家族旅行も、残る所あとわずかである――。




 その後、護人チームは無事に23層の探索を終了して24層のゲートを発見。今は交替して、斥候役をルルンバちゃんが担っているけど、すっかり慣れた様子で順調である。

 その先頭のルルンバちゃんが、途中で海上を見上げて不意に立ち止まった。思わずそれにならった一同は、巨大な魚影を見て思わずギョエ~ッと叫びそうになったのは前の層の出来事である。


「あれは何だったんだろうねぇ、叔父さんっ……クジラかな、それにしては長いお髭が2本あった気がするし。

 おっきかったねぇ、世界樹の佐藤さん程じゃ無かったけど」

「そうだな、佐藤さんを見た後じゃあまり驚きは……いや、充分に驚いたけど。あれにも宝箱がくくり付けてあったけど、さすがに手出しは出来なかったなぁ」

「ミケちゃんが挑戦してたけど、さすがにあの大きさの敵は止まってくれなかったみたいですね。万一敵対されたらコトだし、素通しで正解だと思いますけど」


 紗良のそんなコメントに、仕方ないよねとの雰囲気がチーム内に流れて行く。ミケはちょっと悔しそう、《魔眼》が通用しなくてプライドが傷付いたのかも。

 それでも紗良の言うように、小島くらいはありそうなクジラと戦闘行為には及びたくはないのも確か。宝箱がくっ付いていたと言うけど、これ見よがしな罠と言う事でスルーが正解だ。


 そうして現在の24層では、マーマンと大サメの混成軍に襲われている最中の一行である。四方八方から攻撃を仕掛けて来る連中相手に、防御も大変でチームは大わらわ。

 紗良もこうなれば、《結界》とか《氷雪》を振る舞っての戦闘参加となって。実に10分近く、奴らの襲撃に耐えてのようやくの撃破成功となった次第である。


 なかなかの激戦の後の休憩で、魔石を拾った香多奈は20個以上あったよと報告して来た。魔石(小)も普通に混じってたようで、難易度は割と上がっていると思われる。

 それでも紗良の怪我チェックでは、該当者ゼロで優秀なペット達である。ルルンバちゃんなど、前線で戦闘中に砂に隠れていた大エイを思い切り踏んづけていたと言うのに。


 毒棘持ちのエイの奇襲も、魔導ボディの彼には全く通用しなかったと言う。或いは分かって踏んづけたみたいで、ルルンバちゃんらしい待ち伏せ撃退法には違いない。

 砂地の待ち伏せは、何だかんだで1層に1度は必ず存在するようだ。砂地は移動も疲れるし、本当に外れエリアだと香多奈は自分で選んで置いて不満たらたら。


 気分を変えるように、紗良がまたもウンチクを披露する。エイの多くは、外敵に卵を食べられないように体内で卵を孵化させるのだそう。

 外に産み付ける種のエイも、卵の形に工夫があるそうで。水に流されてどっかに行かないように、卵に触手が付いているのだそう。


 それは凄いねぇと、素直に感心する末妹は案外チョロいかも。そもそも魚は、たくさん卵を産むけどちゃんと成長するのはその中の一握りである。

 海の生態系も、想像以上に過酷で生き残りは大変なのだろう。


「そっかぁ、せっかく頑張って生き残ったのに、人間が食べるためにって釣り上げたりするもんねぇ。お魚さんも、人生ハードモードなんだねぇ」

「そうだね、私達も明日は海釣りをする予定みたいだけど。釣り上げたお魚は、だから出来るだけ感謝を持って美味しく頂こうね、香多奈ちゃん」


 いい感じに話がまとまったようなので、護人は探索再開を告げてハスキー達に出発の合図。残り1層と少しだ、この厄介な仕様の水エリアももう少しの辛抱。

 景色は相変わらず薄暗くて、障害物の岩場や昆布の森も周囲にはまばらな感じ。お陰で敵の接近はすぐに分かるけど、どこへ向かっているのかはサッパリだ。


 それでもルルンバちゃんの先導に迷いはなく、レイジーとコロ助は素直にその後に従っている。茶々丸に関しては、何も考えていないようで終始ご機嫌な様子。

 そしてまたもや、チームを先導しながら海底を移動中のルルンバちゃんがピタッと止まるシーンが。何だと思って上方を見上げる一同、そこには群れで移動中のイルカの姿が。


 おおっと、その雄大な姿に感動の声を上げる護人はまだ純粋な方なのだろう。先頭の子が宝箱持ってたと、目敏めざとく口にする香多奈はガメつい性格とも。

 それを受けて、今度は止めてやると《魔眼》を発動するミケは半ば意地なのだろう。その努力は通じて、先頭を泳いでいたイルカは遊泳能力を失って海底へとゆっくり降りて行く。


 それを回収しようと動き出した護人だったが、今回はウミガメと違うリアクションが発動。何と一緒に泳いでいた仲間のイルカが、友を救おうと襲い掛かって来たのだ。

 そのイルカたちの戦闘力も、体当たりや尾っぽ撃はかなりの威力で大いに慌てる護人である。それを見て、ウチの大将に何すんじゃワレと、レイジー達も熱くなってその戦いに参戦。


 かなりカオスな現場だが、モンスターとは言えイルカを攻撃には抵抗のある護人。さっきのウミガメもリリースしたし、宝箱を取ればイルカにこれ以上用は無いのだ。

 香多奈も必死に、喧嘩は止めなさいとペット達をいさめてくれている。いつもとは違う命令に、ハスキー達は混乱してとにかく護人を護るのに集中してくれていた。

 その甲斐あって、何とかイルカから宝箱を回収してその場を離脱する護人。


「やった、叔父さんナイスっ……ミケさん、もう逃がしてあげて、あのイルカっ!」

「ハスキー達と茶々丸ちゃんも、もういいから戻っておいで!」


 姉妹の懸命な指示出しに、ようやく宝箱争奪戦の混乱も治まってくれたようだ。《魔眼》に捕らわれていた先頭イルカは、元気に泳ぎ始めてそれに仲間達も追従して行く。

 結局は、あの喧騒で亡くなったイルカは1匹もいなかったようで何よりである。子供達も明らかにホッとしたようで、戻って来たペット達を一応褒めてあげている。


 彼女達も、主人を護ろうと身をていしてくれたのだ……それを叱るのも違うかなと、紗良と香多奈の思いやりである。ハスキー達は、やれば勝てたのにって不満そう。

 茶々丸に関しては、やっぱり何も考えていない模様。


 それよりも、護人がド突かれながら回収した宝箱の中身は、かなり凄くて今日一番の儲けとなった。尾っぽ撃でド突かれまくられたのを、グッと我慢した甲斐はあったと言うモノ。

 まずはメインの、リングとコインが12枚ずつと割と大量。それから魔結晶(中)が5個に、オーブ珠が1個に海鉱石のインゴットが2個と大当たり。


 他にもイルカのぬいぐるみが幾つかと、乾燥昆布が割とたくさん。これは嬉しいなと、台所を預かる紗良はそれを見て笑顔になっている。

 末妹の香多奈は、昆布よりも換金性の高い魔結晶の方が十倍嬉しそう。





 ――何にしろ、コインの回収はこれで20枚に到達だ。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る